ジェットとライ
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「鼻どうしたの?」
ジェットは鼻を赤くさせてムスッとして立つライに声をかける。
「別に」
若干面白がって聞いてくるジェットに対し、ライはぶっきらぼうに答えて背を向けた。
「どうせジュリエット嬢に思わせぶりな事言ったんだろ?」
「思わせぶりな事?……いや、全然分かんねー」
無自覚に女性を虜にさせる天然のなせる業だ。考える素振りを見せたが、ライは本当に分からないといった顔をする。
ジェットはライの赤くなった鼻を見ながら、ジュリエットの慌てふためき具合を想像してクスっと笑った。
「それにしても、認識阻害の魔道具を使用したラインハルトを見て俺に似てると言うなんて――ジュリエット嬢は、なかなかに鋭い子だな」
テーブルに並ぶ銀縁眼鏡とチョーカー型の魔道具を点検しながらジェットは感心した様子で話す。ライが使用人に扮する際に使った魔道具だ。
「まぁ時間の問題かもな。初めて兄上と顔を合わせた時、ジュリエットは何かを感じていたようだったから」
ライは部屋のソファに座ると肩をすくめる。
ライが今いる場所はギルドの最上階、ジェットの住居スペースだ。
ジェットの部屋はまるで研究室のようで、辺りには製作途中の魔道具であったりよく分からないパーツや物があちらこちらに置いてある。
最上階フロアは全てジェットの所有するスペースとなっていて、この階だけは特定の人物しか出入りできないように魔法陣が仕込まれている。秘密情報を取り扱う事が多い故の対策だ。
ライ――改めジェットの弟であるラインハルトは、身内という事で部屋への入室も許されていた。
魔道具を整理し終えたジェットは、自分の耳に着けている魔石のピアスに触れて魔力を止め、黒縁眼鏡の魔道具を外す。すると途端に、栗色だった髪色がシルバーブロンドに、黒茶色の瞳が藤色と本来の色へと戻っていく。
そこには、ライと似た面立ちながら中性的な容姿を持つ美しい男性が立っていた。
「あの義姉上と同じ師であるサファイヤ女史のレッスンについていける子だ。聡明であるのは間違いない。我々が兄弟だと気付くのはそう遠くないかもね」
ちなみにライとジェットには、他にもギルバートという兄がいる。ジェットの言う「義姉上」とは、ギルバートの妻の事だ。
ギルバートの妻は、王室で教鞭を振るっていた当時のサファイヤが、“もう教える事はない”と太鼓判を押した才女であり――ヘリオドール王国の元王女である。
ジェットは一纏めにしていた髪を解いて、ライが座る向かいのソファへと身を預けた。ライと同じシルバーブロンドの長い髪がさらりと肩から落ちる。
静かにジェットの話に首肯していたライは、さらにジュリエットについて得意げに語り出した。
「あぁ、当然だ。学院の成績もトップだし魔法の才能もある。なにより、今王室にいる頭の悪い王女達より王族らしい気品がある。学院中を虜にしてるだとかなんとか言われてるセシリア・セレスタインなんて、ジュリエットの足元にも及ばない」
「ジュリエット嬢の名誉挽回と爵位奪還のためにも、学院の卒業パーティーと王家主催のデビュタントまでに体を元に戻さないとだね。僕も見てみたいよ……「悪役令嬢」やら「悪女」とレッテルに塗れたジュリエット嬢が、完璧な王女教育を身に着けていると知った奴らの顔は見ものだろうね」
「当のジュリエット本人は、淑女教育だと勘違いしてるけどな」
ジュリエットを思い起こしたライがふっと口角を上げた。
思い出して愛おしそうに笑う、そんな弟の見た事のない表情にジェットは目を丸くする。ジュリエットに対しライは少なからず好意を持っているのではと、好奇心から尋ねようとした。
「ラインハルト……もしかして、ジュリエット嬢の事――」
その時、ジェットの声を遮るように室内に魔道具のベルが鳴り響く。
「兄上?なんか言った?」
「あっ、いいや……何でもないよ」
何となくライ自身も気持ちに気付いていないような気がして、ジェットは弟の初恋に水を差さないようにと口を噤んだ。
ベルの音を鳴らしていた魔道具は、遠隔で書類を送る通信魔道具だ。字が彫られた小さなボタンが規則正しく配列されているのが目を惹く。カタカタと音と立て先端部に活字のついた金属の棒が自動で動いて、内部に取り付けているロールペーパーに印字されていく。そして、最後にチンと小さなベルの音を鳴らして停止する。
ジェットは魔道具の傍に行き、魔道具から出た紙をビリっと切ると紙に目を通した。
「ジュリエットの宝石の鑑定結果か?」
「あぁ、予想通りどれも高値がついてるよ。このままギルドで買い取りをして、ジュリエット嬢に請求したものは完済できるけど……ジュリエット嬢は何と言っているのかな?」
鑑定額の明細が印字された紙をライに手渡すと、ライは紙をじっと眺めて押し黙る。
「ラインハルト?随分浮かない顔をしてるけど?もしかして、ジュリエット嬢が売りたくないと言っているの?」
「あ、いや、そうじゃない。むしろ、ギルドで買い取りを希望している。だけど――」
♠♡♦♧
数時間前――
セレスタイン伯爵邸から無事にライの部屋に戻ってきたジュリエットとライは、持ち帰ってきた宝石を確認していた。
アクセサリーの殆は所謂アンティークと呼ばれる古い物ばかりだったが、金の細工が精巧なフィリグリーネックレスやブレスレット、それほど大きくはないが内包物が少ない透き通った宝石など、華美ではないが希少価値のある物ばかりであった。
そして、取り戻した宝石を前にジュリエットはライにある依頼をする。
「本当に……これ全部、ギルドに売るのか?」
ロケットペンダントの中で微笑む両親の肖像画を眺めていたジュリエットは、驚きながら聞き返すライに対し眉を下げて小さく笑った。
「ふふ、あなたを雇うにはお金がいるのでしょう?」
「――っ、そうだけど……」
ギルド所属である“冒険者ライ”が、個人的にジュリエットの手助けをする事を是としなかったのは、ギルドマスターのジェットだ。ジュリエットが抱える問題を、ジェットはギルドへの正式な依頼として契約を結ばせると固辞した。
一方のライはというと、呪いの攻撃を受けて体が小さくなり、命の危機に直面したジュリエットを不憫に思い気が進まないでいた。気丈に振舞ってはいるものの、ふとした瞬間に不安な表情をする。そんなジュリエットを守りたいと強く思ってもいた。
そんなライの考えはジェットにしっかりと見抜かれており、個人で動くつもりなら今回の件から身を引きジュリエットの身柄を国家警備隊に引き渡せと、ギルドマスターとして命令を下していたのだ。
眉に皺を寄せて考え込んでいるライを見てジュリエットは、ふふっと笑みを深めた。
「わたくしがギルドと契約するように仕向けたのは、ジェット様のご命令でしょう?」
ジュリエットの言葉に、パッと顔を上げたライは驚きに目を見開く。
「なんで……」
「分かりますわ。ライは優しいもの」
ライのポケットの中にずっといたから分かる。
差別によって迫害され、戦争によって国を追われ、生きる術を奪われた混血や毛色の違う異国人に手を差し伸べ、彼らが冒険者として身を立てられるように任務に同行したり、職を斡旋したりと、ライは悩みながらも自分に出来る事はないかと考えている。
街を歩いていても、ギルドに行っても、ライの優しさで救われた人々の輪が出来る。そんな光景をポケットの中から何度も見てきた。
(そんなライだからこそ、契約で縛らないときっと無茶をする。ジェット様の判断は正しいわ)
ギルドの契約は冒険者を守護する役目もある。命にかかわるような状況に陥った時に、プロテクトが発動し、冒険者の身を守る魔法陣が一度だけ起動するのだ。魔法陣が起動するとその位置が魔法によってギルドへと伝達され、早急な救出に繋がる。このシステムのお陰で命を落とす冒険者が激減した。
「くれぐれも無理はするな」と有無を言わさぬオーラで念押ししたジェットの剣呑な雰囲気は、心配からくるものであったと今なら理解できる。
ジェットの表情はまるで家族を心配するようにも見え、そんな風に大切に思ってもらえているライが少し羨ましいなとも思っていた。だからこそ、ライを守護するなにかを渡したいとポケットの中でジュリエットはずっと考えていた。
宝石箱の淵に手をかけて、ジュリエットはぴょんとジャンプをして中を見る。
「あったわ!ライ、底にある包みを取って下さる?」
ジュリエットに言われた通り、宝石箱の底にあった布に包まれている物をライが取り出す。
「これか?」
ライはジュリエットの目の前に包みを差し出すと、開けてみるように促される。ライが布を開いていくと、中から女性用の小さなアクセサリーが姿を現した。
「ミスリルのバンクルよ」
ジュリエットの言うミスリルのバンクルは、ライの大きな手の中で異彩を放つ美しさで目を惹くものだった。
「これがミスリル……」
ライはバンクルを目の上に掲げ食い入るように眺める。
古代遺跡で発見されたミスリルは、厳重な管理の下で王家が所持しており、Sランク冒険者のライであっても見るのは初めてなのだという。
「厚みがあるのに軽い。それに、つなぎ目や接着の跡もないなんて……大陸中を探してもこんな高度な技術を持つ職人は、人間の中にはいないだろうな」
今まで見た事も触れた事のない素材と加工技術、そして何よりも月の光を閉じ込めたかのような神秘的な輝きは、本物のミスリルであると認めるしかないほどに美しかった。
「そのバンクル……ライが身に着けておいてくださる?」
突然ジュリエットの提案の声に、夢中になって観察していたライがぱっと顔を上げた。
「どうして?大事な物だろ?」
首を傾げ少し驚きを見せるライの目と合う。
「大事だからライに常に持っていて欲しいの。理由はバンクルを守ってもらいたいからよ」
見つめるライの視線から逃げるように、ジュリエットはぱっと目を逸らせる
ミスリルのバンクル自体に何かの効果があるのか分からないが、本物である可能性が高ければ高位妖精、もしくは大妖精との繋がりがこのバンクルにはあるはず。ジュリエットは、バンクルを守ってほしいと理由をつけて身に着けてもらおうと考えた。
ジュリエットの提案にライは考えを巡らせると、目を逸らせたままのジュリエットをじっと見つめて口を開いた。
「分かった。ジュリエットの体が元に戻るまで、こいつと――ジュリエットも俺が大事に守るって約束する」
「えっ……」
ドクンとジュリエットの胸が高鳴り、咄嗟に顔を上げてライを見る。
その時、タイミング良く建物に隠れていた西日の陽光が、ジュリエットの背後から差し込み、目の前に座るライのシルバーブロンドの髪を金に変えた。
月の光のような神秘的な輝きを放つミスリルよりも、陽光に当てられ金色に光り輝くライにジュリエットは心を奪われ、胸の高鳴りはもう抑える事が出来ない。
(わたくし……やっぱりライの事――)
「契約内容は変わんねぇから問題ないしな」
バンクルをくるくると回しながらライがあっけらかんと答えた次の瞬間、ジュリエットはガクッと両手をついて脱力した。
(そうでしたわ……!この男、天然無自覚タラシ男でしたわ……!!)
一瞬でもまたときめいてしまった事が恥ずかしく、しかも今回は迂闊にもライに対する自分の気持ちに気付いてしまった。がばっと顔を上げたジュリエットは、心の中で地団太を踏みながらライを睨み付けた。
「――っ返して!」
「は?」
急にすごい剣幕で怒り出すジュリエットに、ライは困惑して固まった。
「も~~~~うっ!!わたくしの(ときめいた)気持ちを返してくださいまし!」
ジュリエットの叫び声が上がった約2秒後――ライの顔に風の塊が直撃した。
次回は、4/17の7時投稿予定です。