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第69話 プール①

 ついにこの日がやってきた。


 これまで、俺はいろんな修羅場をくぐり抜けてきた。例えば、女子トイレを使わなきゃいけなくなったり、女子がたくさんいる中で女子更衣室で着替えなきゃいけなくなったり、男子からナンパされたり。


 しかし、今日、俺はそれらを超える修羅場を経験することになる。


 夏。そして体育。

 この二つのワードから導かれるもの、それは……。


「やっとプールの授業だな、ほまれ!」

「お、おう……」


 佐田がテンション高く俺に声をかけてくる。対して、俺はちょっとテンション低めだ。


「これまでずーっと酷暑の中、グラウンドでやってきたけど、やっと涼しい環境で体育ができる! いやー、楽しみだな~!」

「そ、そうだな……」

「なんだよ、ほまれは楽しみじゃないのか? 別に泳ぎが苦手なわけじゃないんだろ?」

「んまあ、そうだけど……」


 俺の心配はもっと別のところにある。

 すると、佐田は俺の心配するところがわかったみたいだった。


「ははぁ……なるほど、わかったぞ。さては、水着、持ってきてないんだろ?」

「さすがに持ってきたよ!」


 スクール水着は、その他の水泳道具と一緒に今朝プールバッグのに詰めて持ってきたよ! プールの授業があると聞いた時、やべ、水着買ってなかった! って一瞬焦ったけど、みやびは抜かりなかった。そうなることを見越して俺の体のサイズに合うような水着をすでに用意していたのだ。

 それに、家でみやびに水着の着替え方をレクチャーしてもらったから、着替えるときに戸惑うこともないはずだ。


 俺の心配はそこではない。


「考えてみろよ。授業前とか授業後、俺は女子更衣室の中で着替えることになるんだよ? その……周りが着替え中の女子でいっぱいになるんだぞ⁉」

「……サイコーじゃねぇか」

「変態だー!」


 真顔で言うもんだから思わずツッコんでしまったよ!


 確かに、変態からすれば最高の環境だろう。プールの着替え中の女子の姿なんて、男子は絶対に見ることができない。

 しかし、俺にとっては少々刺激的すぎる。体育の着替えのときでさえ、もういっぱいいっぱいだったのに、プールの着替えなんて……一瞬裸にならざるをえないのだ。しかも、周りに女子がわんさかいる中で、男子は俺一人。俺はただ体が女子だから、という理由で女子更衣室で着替えているだけなのだ。さすがに何かの犯罪を犯しているような気分になる。


 この気持ちは、佐田にはわかってもらえなさそうだった。


「んじゃ、俺はそろそろ行くよ」


 俺は立ち上がると、プールバッグを持って、早足で女子更衣室へ向かう。

 チャイムが鳴ってから比較的早く行動したから、更衣室には誰もいないだろう、そう踏んでいたのだが。


「うっ……」


 到着すると、すでに女子更衣室の照明は点いていた。中からは女子の話し声と微かに聞こえる衣擦れの音。遅かったか……。


 俺はそーっと扉を開けると、俯いてなるべく女子を視界に入れないようにして中に入る。そして、更衣室の入り口とプールへ繋がるドアを結ぶ最短経路上にあるロッカーに素早く荷物をぶち込んだ。周りに着替えている女子は誰もいない。


「ふぅ……」


 女子だらけのところでまともに着替えられるわけがない。今回は特に。

 そう思って、着替え始めようとしたその時だった。


「プール楽しみだね~」


 ガラガラと入り口の扉が開いて、檜山を筆頭にたくさんの女子が入ってきた。ちくしょう、バッドタイミング! ますます環境が悪化してしまった!


 檜山は何のためらいもなく俺の横のロッカーに荷物を入れてくる。

 おいおい、数多ある空のロッカーの中で、なぜ俺の隣を選ぶんだ⁉ もっと別の空いている場所があるだろ! 俺に対する新手の嫌がらせか⁉ 思わずそんなことを考えてしまう。


 すると、檜山は俺に話しかけてきた。


「天野はプール泳げんの?」

「え? うーん、まぁ、それなりに……」

「へぇ~」


 そのまま、平然とした様子で、彼女はワイシャツを脱ぐと、ブラジャーを外し始めた。


「なっ……!」


 俺は慌てて顔を背けた。


 なんで隣に俺がいるのに平然と上半身を裸にできるんだ⁉ 見た目は女子でも中身は普通の思春期男子だぞ⁉ 普通もうちょっと恥じらいを持つだろ!

 それに、普通着替えるときはプールの着替え用タオルを着るだろ! なぜそのまま普通に曝け出すんだよおかしいだろ!


 とにかく檜山の方は見ちゃダメだ。見たら何かしらの犯罪になる気がする。


「……どうした? 早く着替えなよ」

「え、あ、いや……」


 挙動不審になって慌てながらも、決して自分の方を見ない俺の様子から、檜山は何かを察したようだった。


「へぇ~なるほどね~」

「ちょっ……!」


 すると、檜山が俺の背中に密着してきた。

 やめろ俺にくっつくなー! なんか背中に当たっているんだが! おい! まさか裸のままじゃないだろうな!


「ほらほら~振り払ってみな~」

「くっ……!」


 くそっ、俺が振り返れないのを利用してやがる! なんて姑息な……! 俺はなんとかして檜山を振り払おうとするが、体重を押しつけてくるせいか、なかなかうまくいかない。


「ふーっ」

「ひゃぁぁ……」


 そのうち、檜山は耳に息を吹きかけてきた。その感覚に俺は思わず変な声をあげてしまう。檜山にからかわれっぱなしだ。


 俺は舐められている。そして、このままやられっぱなしでは、いずれどこかのタイミングで俺の精神がもたなくなるだろう。それに、そもそも今精神がもたなくなりそう。そうなる前にこの状況からなんとか脱しなくては!


 俺は目を瞑ると、勢いよく振り向いて彼女の体を押して遠ざける。


「檜山、やめてくれ!」

「…………」


 手をそのままに、俺はおそるおそる目を開けて、目の前の光景を見る。


 檜山は、スク水姿だった。てっきり裸で俺にくっついていたと思っていたのだが、さすがにそこまで変態ではなかった。きちんと着替え終わってから、俺にくっついていたのだ。俺は安心する。


 しかし、その安心感は一瞬で砕け散った。


 先ほどから何か柔らかいものを掴んでいるという感覚が、俺の手に伝わってきていた。目を瞑っていた時は、女子の体って柔らかいと聞くから、と大して気にしていなかったのだが。


「……あまの~大胆だね~」


 俺は思いっきり檜山の胸を鷲掴みにしていた。


「へああぁぁああっ⁉ ご、ごめん!」


 まさかピンポイントでそこに触っているとは思いもしなかった。俺は彼女の声に我に返ると、慌てて手を放す。

 これまでさんざんセクハラされてきたのに、まさかここで自分がセクハラしてしまうとは、なんたる不覚! 檜山はきっと怒っているだろう。


 俺はおそるおそる檜山を見る。だが、意外にも彼女はそんなに怒ってはいない様子だった。


「へ~天野もついにセクハラするようになったか~」

「違う! 違うって! わざとじゃないんだ!」

「そうかそうか~それじゃ、あたしもお返ししないとね~」

「しなくていいよ!」


 なんだか不穏な雰囲気が漂い出した。檜山がジリジリと近づいてくる。俺は後ろに下がるが、すぐにロッカーにぶつかってしまい、逃げ場がなくなる。檜山はニヨニヨしながら、手をワキワキと動かす。


 またセクハラする気だ! 俺は反射的に胸を腕でガードする。もう見えきっているぞ! 結局俺のおっぱいを揉みまくるつもりだろ! 今回はそうはさせないぞ!


 しかし、俺の予想は大外れだった。


「隙ありー!」


 檜山は、そう言うと俺の視界から突然消失する。

 否、存在が消失したのではない。素早くしゃがんで俺の視線から外れたのだ。


 そして、胸ではなく俺の腰のところの、スカートの上端をガッシリと両手で掴むと、勢いよくずり下ろした。

 スポーンという擬音が似合うほど、あっけなくスカートは床に落ちた。しかし、ずり落ちたのはそれだけではなかった。


「……へ?」


 スカートの中に、白い布。スカートの一部ではない。スカートの下に履いていたもの。

 それが自分のパンツだと認識するのに、俺は数秒の時間を要した。


「あ」


 檜山がやっちまった、的な表情をしている。


 スカートと一緒にパンツがずり落ちているということは……つまり、俺は今ノーパンで下半身裸、ということ……?


「いやああああぁぁああああああ!」


 俺は甲高い叫び声をあげながら、ワイシャツの端を掴んで必死に下半身を隠す。

 もう勘弁してくれええええぇぇええええ!

 次回、2022/11/11 19:00に投稿予定

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