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第44話 体育祭⑥

 続いて、第三試合と第四試合が行われ、一回戦が終了した。これでベスト四が揃ったことになり、次の二回戦……つまり準決勝の組み合わせが自動的に決まる。

 C組は男女ともに勝ち上がった。が、別の試合の勝敗により、対戦相手のクラスが男女別々になってしまった。男子はD組、女子はG組が相手になる。


 初めは男子のC組vsD組の対決なので、俺たちは後ろに下がって応援する。

 さすがに『鬨の声でビビらせる作戦』は通用しない。さっきの俺たちの試合のように、試合開始直後は両者ともに一列になって、様子を見ながらお互いにジリジリと近づいていく。


 そして、C組の騎馬の一つが帽子を取られたことを発端に、大乱戦が始まった。

 C組の騎馬とD組の騎馬が、互いで互いを分断し合い、入り乱れて戦っている。男子は体格が大きい分、ものすごく激しい戦いになる。


「じょ、女子になっていてよかった……」

「どうしたの天野?」

「なんでもない」


 もし事故に遭わずに男子のままこの種目に出場していたら、こんなことになっていたのか、と思うとゾクっとする。元の体は今よりも大きく体格にも恵まれているとはいえ、こんな激しい戦いに身を投じていたらひとたまりもなかっただろう。

 戦いを眺めていると、戦いの中でいくつかの騎馬では上の人がバランスを崩して地面に落下しているのが見える。見ていてかなり痛々しい。もちろん、落下したらその試合中にもう一度騎馬を組み直すことはできないが、もし組み直せたとしても、これでは騎馬を組み直す気力もなくなるだろう。幸い、誰も大きな怪我はしていないようだった。


 そんなこんなでフィールド上の騎馬はどんどん数を減らしていき、ついにC組とD組がそれぞれ一騎ずつ残るだけになった。

 よく見ると、こちら側の騎馬の上の人は佐田じゃないか! あいつ、マジで頑張っているな。


「佐田ー! 頑張れー!」

「佐田くーん!」

「取っちゃえー!」


 俺の横から、そして後ろから黄色い声が飛ぶ。ムードメーカーで性格がいいのはもちろん、顔立ちもいいから女子に人気なんだよな……。


「佐田、やれー!」


 俺も彼女たちに負けないくらい大きな声で応援する。


 佐田と、対峙する相手の騎馬はグルグルと円を描いて互いの背後に回り込もうとする。ウロボロス状態だ。

 数十秒間それが続くと、埒が明かないと思ったのか、両者は互いに歩み寄って取っ組み合いを始める。戦いが佳境に入ったのを感じて、こちらの声援も、相手側の声援もデカくなる。


 そして、十数秒間の死闘の末、ついに佐田が相手の青色の帽子を宙に舞わせた。

 だが、ほぼ同時に相手も佐田の赤い帽子を地面に叩き落とす。


 これは……いったいどっちが勝ったんだ⁉︎ まさか、両者相打ちで引き分けになるのか⁉︎ 微妙な状況に、ギャラリーがざわめいて、審判に視線が集まる。どちらが勝ちと判定されてもおかしくないので、佐田も相手も騎馬を崩さずに静かに判定を待っている。


『C組vsD組の試合ですが、現在審議中です』


 放送がフォローを入れる。そして、審判が集まって何やら話し合うと、勝者を示す旗を掲げた。

 その旗が傾いているのは……こちら側。


「よっしゃ!」


 俺たちのクラスが勝ったことがわかった瞬間、大歓声があがる。やはり、僅差で佐田の方が早く相手の帽子を取っていたのだ。


「よっしゃああぁぁああ! 皆見てたかぁぁああ!」


 審判から渡された、地面に落ちていた赤い帽子を被り直して、佐田の騎馬がこちらに戻ってくる。佐田はめちゃくちゃテンション高く、叫びながらガッツポーズをしている。


『準決勝第一試合、C組vsD組の勝負は……C組の勝ちです!』


 改めて放送でC組の勝利が告げられると、次の出番に備えて、俺たちは騎馬を組み始める。


「男子に負けてらんないね!」

「わたしたちもこのまま決勝にいっちゃおう!」


 男子の決勝戦進出に刺激されて、女子のモチベーションも相乗的に上がっている。

 俺もクラスのために、次の試合で一つくらい帽子を奪っておきたいところだな……!


 深く帽子を被り直すと、自陣の白線まで下がって相手の準備が完了するのを待つ。

 相手のG組とは、俺はほとんど関わりがないので、どういう人が在籍しているのかまったく知らない。慎重にいかなければ……。


『それでは、女子準決勝を始めます!』


 直後に笛がなり、俺たちは一斉にスタートを切った。

 俺たちの陣形は前回と同じ、一列。一方のG組も一列の陣形だが……こちら側にどんどん近づいてきている。向かってくるスピードが異常に速いのだ。


「このままでは押し込められてしまいます……加速して一気に突破しますよ!」

「「「了解!」」」


 前衛の越智が瞬時に対応して、俺たちの騎馬はスピードを上げる。あとは列を突破する時に帽子を取られないようにすれば完璧だ……!

 どんどん迫ってくる敵の騎馬を前に、身構えようとした、ちょうどその時だった。俺の身に異変が起こり始める。


「うっ……?」


 急に周りの音が遠のいた。そして、視界が真ん中を中心にしてグニャリと歪む。

 なんだ? 眩暈か? こんな時にどうして……。


 次の瞬間、猛烈な頭痛と耳鳴りが俺を包み込んだ。ノイズの入った音、色が落ちる視界。この感覚……久しく忘れていたが、覚えがある。いったいどこで……もう少しで思い出せそうだが、頭がまともにはたらかない。


 とにかく、今は騎馬戦が大切だ。このまま敵に突っ込んだら、まともな対応ができないまま帽子を取られてしまう!

 幸い、手の感覚は元のままなので、俺は越智の肩に手を置くと、少し体重をかける。そして、自分の声もまともに聞き取れないまま、俺はとにかく叫ぶようにして越智に指示を飛ばした。


「越智……突っ込むのは止めて、今すぐ敵から離れて!」

「ど、どうしてですか?」

「いいから早く! 頼む、なるべく敵から離れてくれ……!」


 俺の声音で、何か尋常じゃない状態に陥っていることを察してくれたのか、方向転換するのを感じる。俺は振り落とされないように、必死に重心を移動させる。


「どうしたの天野⁉︎」

「何かあったの……?」


 心配そうに後ろの檜山と飯山が声をかけてくる。


「眩暈が……あと耳鳴りがする……」


 俺は正直に、今の状態を伝える。これを言っている間にも、異常な状態のせいで思考がかき乱されている。


「眩暈? 熱中症か?」

「違うよ! ほまれちゃんはロボットなんだよ⁉︎ そんなこと、起こるはずがないんだよ!」


 ここで、俺はようやく思い出した。

 以前どこでこの感覚に襲われたのか、そして、誰がこれを引き起こしたのかも。


「ふふふ……素晴らしい! 素晴らしい効果が出ています!」


 ちょうど正面から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 間違いない、俺が絡みたくない生徒ランキング堂々の第一位……。


「ロボ研の鳴門か……!」


 ところどころ色が落ちたりノイズが走ったりしている視界に、鳴門の姿が映る。

 コイツ、G組だったのか……! しかも、よりにもよって、騎馬の上とか……なんか騎馬戦で関わりたくない人ばかりと鉢合わせているな! ちくしょう!


「いったい何をした、鳴門……?」

「以前部室に来てもらった時に体験してもらった機械を、改良したんですよ……!」


 何か四角い機械のようなものを手に持っている、ように見える。それが俺の頭痛の根源か……! きっと、俺の頭脳部分に干渉して、変な障害を引き起こす装置なのだろう……。

 ぐぅ……鳴門が近いせいか、眩暈と耳鳴りが激しくなっている気がする。気が狂いそうだ。止めてくれ、と言っても、彼女は止めてくれないだろう。


「頼む……コイツから離れてくれ……!」

「逃がしますか!」


 俺の騎馬が移動しているのを感じる。だが、逃すまいと後ろから鳴門の声が迫ってくる。まともに動けないこの状況では彼女から装置を奪取するのは難しい。ひたすら身を小さくして、越智の肩に掴まっているほか、俺にできることはなかった。


 早く終わってくれ……! この地獄から早く抜け出してぇ……!


 ひたすらそんなことを念じながら揺られて、どのくらい経っただろうか。不意に、あっけないほど突然、スッと頭痛と眩暈と耳鳴りが直った。本当に何事もなかったかのように、視界と聴覚がクリアになる。


 おそるおそる視界を高くして、周りを見渡す。すると、突然後ろから声が聞こえた。


「騎馬を解いてください、失格です」

「そ、そんな……!」


 振り返ると、そこには審判の先生と、それに抗議している鳴門。手には装置を握っている。

 審判の先生は、鳴門の持っている装置を指差すと、はっきりと言った。


「競技に関係ないものを持ち込むのは失格になります」


 なるほど……これで失格になれば、強制的にフィールドから退場になる。それに、審判に見つかったら装置を止めざるをえなくなるはずだし、そうでなくても没収されて持っていかれるだろう。

 下で、越智がため息をつきながらボヤく。


「関係ないものを持ち込んだら失格になるのは当たり前でしょう……ルールをきちんと読んでいればこんなことはしないはずです」

「あ、ありがとう越智……」

「いいえ、当然のことをしたまでです。フェアプレーは重要ですから」


 どうやら、越智が先生にルール違反を伝えてくれたらしい。

 俺は、騎馬を解いてトボトボと自陣に戻っていく鳴門を無言で見送った。これで、ようやく苦しまなくて済みそうだ。このままもう二度と関わり合いになりたくないものだ。


 ほっと安心した次の瞬間、笛が三度鳴った。見渡すと、フィールド内に、俺たち以外の騎馬は一つも残っていない。

 ……どうやら、最後まで残っていたのは俺たちだけらしい、ということを理解したのは、数秒後のことだった。


「マジか」


 ただ逃げ回っていただけだけど……。

 俺にとっては思わぬ形で、クラスにとっては喜ばしい形で、C組はG組を下して、男女ともに決勝戦へと駒を進めることになったのだった。

 次回、2022/10/12 19:00に投稿予定

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