思い出のカップケーキ (お題:カップケーキ、サイボーグ、置いてけぼり)
「エイトちゃん、調子はどう? 何か食べたいものはない?」
「体調はいつも通りです。空腹は感じないし、何か食べたいとも思いません」
女性研究員は私の回答に少し残念そうな表情を浮かべる。
私は、エイト。数年前に孤児院からこの研究所に引き取られ、以来サイボーグ研究の手伝いをしている。サイボーグといっても手の平から銃弾が出るとか、背中から羽が生えて空を飛ぶとかそんな大層なものではない。ただ空腹を感じないように身体をいじられているだけだ。なんでも人類の食料問題の解決とか、兵隊への軍事導入とか様々な利用用途を考えているらしい。
空腹を感じないからといって食事を取らずに済むわけではなく、手首に取り付けられたウェアラブルデバイスが現状の体内エネルギー量を測定し、必要な食事量を教えてくれる。ただ、この身体にされてから何を食べても以前のような感動を味わえないことが残念だった。
研究所に来た頃は、それはもう天国だった。パスタ、ピザ、カレー、ステーキ、ハンバーグ、ケーキ、クッキーetc。孤児院にいる頃は到底食べることができなかった料理をたくさん食べることができた。そのいずれも今までに味わったことのない美味しさで、感動は凄まじいものだった。
ところが、サイボーグ手術を受けてからというもの、それまでに食べていた料理を口にしても、それほど感動を覚えず、食べるとはただ口に運ぶだけの作業となってしまった。それでも、以前味わった感動を忘れることはできなかった。
ある日、研究所に誰もいなくなった。理由はわからない。私はしばらく自分の部屋でおとなしくしていたが、ウェアラブルデバイスが食事の供給を求め始めたため、調理室に向かった。普段から料理は自分でしているため、材料さえあればどんな料理でも作ることができた。
誰もいないという状況は、私のいたづら心を刺激した。こうなればいろんな料理を作ってやろう。一つぐらい私を満足させるものができるかもしれない。
そこから私は手当たり次第料理を作り、出来上がったものを口に入れた。レシピ本を見ながら、今まで作ったことがないような料理まで作った。パエリア、チョコレートケーキ、サケのムニエル、グラタンetc。しかしいずれも私を満足させる料理を作ることができなかった。
やっぱり無理なのかな。そう思った矢先、口にしたカップケーキを食べた瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。思わず手にしているカップケーキに目をやる。それはどうしようもなく、懐かしい味だった。
孤児院に入れられる前に、母が作ってくれたカップケーキ。小さいけど暖かい家で、甘い匂いを漂わせながら焼いてくれたカップケーキ。この幸せがずっと続くと信じて疑わなかったそんな記憶。
気づいたら涙が流れていた。それはどうしようもなく、感動的な味だった。
「やったわ!」
その光景をカメラ越しに見ていた女性研究員はガッツポーズを決める。
「ついに、人工記憶に味覚を埋め込むことに成功した!」