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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第三章 調査団
97/135

俺の全てだ


「シヅキ」


 抑揚の無い声にて、その名が呼ばれた。ソレを皮切りにした訳では無かったが、


「――っ!」


 地面を精一杯に踏みしめた。


 

 ギィィィィィンンンッ!!!


 

 けたたましく響く超高音。肉薄する距離で刀を振るい上げているコクヨの表情が目に映った。


 ぎょっとしている。あのコクヨが眼をひん剥いている。意表をつけたことに間違いなかった。別にそういう意図があったわけではなかったけれど、これはこれでいい。


 自らの腕に加える力を弱めると、彼女の押し返す力がこちらに勝り、刀の振り切り方向へ身体が吹っ飛んだ。ズザザザと靴が地を擦る。


 身体に籠もった熱を排出するように、息を吐き出した。頭が冷却され、1つの確信が過ぎる。


(今の俺なら、コクヨさんを(ころ)せる)


知恵の種(インデックス)……!」


 抑揚の無いくせに叫んでいる、そんな矛盾を孕んだ音が響いた。目の前に在るのは、遠慮なしに刃先を差し向けるコクヨ。つい先ほど眼をひん剥いていたのは、幻覚なんてオチではなく、現実だったと知る。


 ピクピクと目尻をひりつかせたコクヨが再び叫ぶようにして言う。


「適応が速すぎやしないか。想定外だ」

「適応……? あァ、コレですか」


 首を動かすことなく、自身の目線だけ下げきったシヅキ。そこにあったのは……いや、彼の右手とは、とてもじゃないが正常と言えるものでは無かった。


 コクヨの眼と同じ位にどす黒さに染まった“腕”。そこには指が存在しなかった。手先とは、鋭く尖っており、振るってしまったならば、もうソレは凶器と相違のない。まるでシヅキの腕には大きな剣が寄生しているかのようで。“魔人の手”なんて言えば、うまく言語化出来ているだろうか? 


 シヅキというホロウは、そんなものを手に入れてしまったのだ。無論、望みではなかった。それに取り返し用の無い大きな痛みを伴った。罪を犯した。 ……しかし、選択に後悔は無い。


 シヅキはどこか気まずそうに苦笑いを浮かべる。

 

「醜いですよね、これ」


 肩を落としたシヅキの右腕が、鈍い音ともに泥を跳ね上げた。 ……コクヨの眼がその跳ね上げを確かに捉える。喉が膨らみ、唾が通過した。


 彼女が慎重に言葉を発する。


知恵の種(インデックス)は、ホロウの在り方そのものだ。自らの救いを叶えるべく、ソレ以外の全てを切り捨てる。 ……シヅキ。お前は種を発芽させる為に、一体何を捨て置――」


 言葉を話し終える前に、ヒュンと空気を裂くかのような音が鳴り響いた。反射的にコクヨがその身を翻す。その寸のところを群青が駆けていった。ソレを見届けることはなく、コクヨはただ眉間をひくつかせた。


「まだ、話の途中だが」

「すんません。俺、あんたを(ころ)しに来たんです」


 虚に光を失ったシヅキの眼。その声に抑揚は無く、実に淡々とドライなものだった。


「……お前」


 コクヨは彼に自身を重ね合わせる。否、重ね合わせてしまえた。目の前に在るシヅキとは、先刻までの“シヅキ”ではない。似たような経験を随分と前にしたことがあった。50年前の中央区。種を食べ、人間の記憶を垣間見て、コクヨはその日に“世界平和”を決意した。


 

 ――コクヨは確信をする。シヅキは光無き世界へと“救い”を見出したのだと。存在の証明理由を、コアを見つけた。


 

「…………(ころ)し合う前に、最後に一つだけ答えろ」


 自身の眼帯に手をかけたコクヨ。華奢な指でソレを握り締め、ゆっくりと外してみせた。中から覗いた琥珀色に透き通った眼が、シヅキのことを確かに捉える。


「お前にとって、“トウカ”とはなんだ」


 シヅキは間髪入れることなく、即答をした。


 

「俺の全てだ」


 

「クヒッ!!!」


 醜くコクヨが鳴いた。その腕が変形する。間もなくして無数の枯れ枝が生え散らかした。その影響は彼女自身の身体に収まることを知らず、辺り一面へも影響を与える。


「ミィ」


 耳障りな雑音を、真っ黒の花が発した。


「ホロウの幸せの為に、ワタシはお前たちを排除する! 世界に光などを取り戻してたまるものか! 生命の片鱗を世界に戻してなるものかっ!」


 コクヨの声に呼応して、僅かに地面が揺れた。咄嗟にシヅキは大きくバックステップをする。次の瞬間、極太の蔦が地面を抉り立ち昇っていった。


 視界前方、十数という規模の蔦が(うね)り生えている。その中心にコクヨの姿を見つけた。刀を携える手が震えている。怒りに身を任せ震えているのだ。


「はぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 シヅキはそんな彼女に向けて左手を差し向けた。その手には大きな得物が握られている。青を青で塗りたくった、深い深い群青の弓。矢を携え、器用に片手一本で弓を引いた。


 喉の奥からの排熱と同時に、一音一音を大切に、発音する。


「技を借りるぞ、サユキ」


 バビュンと音を立て、群青色の細い矢が、コクヨへ向けて飛んでゆく。



 ――このようにして、たった2体のホロウは、事変に似た戦いの火蓋を落としたのだった。

 

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