全てが繋がっているとしたら
――コクヨには大量のホロウを消す計画がある。確かにヒソラはそう言った。
「…………」
はァ、とシヅキは大きく溜息を吐く。その細い眼が捉えるのは、微風に揺れる白衣とそれを纏うヒソラであった。
「君にとっては衝撃がすぎるかい、シヅキ。君が大きく恩を感じ、頼りにしていた背中とはどうしようもないほどに汚れていた訳だけれど」
「……エイガ。あいつが慕っていたホロウがコクヨさんだということは分かっていた。あいつは名前を出さなかったけどよ、そんくらい馬鹿でも気付ける」
「そうかい」
「だからよ、だから……コクヨさんに恩を感じているのは確かで。今でもその気持ちを拭うことは叶わねえけどよ……コクヨさんが調査団を危険に追いやったことは、飲み込めちまう」
自身の腕が震えていることに気がついた。止めようにも止められない震え……コクヨと手合わせをした時に感じた震え。痛みよりも辛いソレは、奥歯を噛み締めることなんかではどうにもならないものではあるが、何もしないよりはマシだった。
しばらくその震えの中に浸った後に、シヅキは重苦しく口を開いた。
「ただよ」
伏せ気味であった眼を再び持ち上げる。
「ただ……“そのこと”と“何百ものホロウを消す計画”があるってことは、繋がらねえだろ。飛躍っつーか……根拠はあんのかよ。だってそんな規模のホロウを消すなんて! そりゃあまるで“虚ノ黎明”みたいで――」
「察しがいいね、シヅキ」
「……え?」
シヅキよりも先に困惑の声を漏らしたのはトウカだった。反射的に彼女の方へと視線を向ける。見開かれた琥珀の瞳に、曖昧な輪郭をしたヒソラが写っていた。
彼は何も躊躇をすることなく、つらつらと語る。
「“虚ノ黎明”は有名だよね。度々にアークに属するホロウを狙い、今まで何百体も消してきた危険な集団だ。しかしその存在は闇に包まれているわけで。規模も、やり方も、誰であるのかも……それは全て謎だ。今となっては、本当にそんな集団が存在するのか、と疑いを向けられる対象と成り果てている。 ――でも、虚ノ黎明は確かに存在する。ちょうどボクの真後ろにね」
「おい……ソウマと、コクヨさんが虚ノ黎明だと?」
「正確には虚ノ黎明を騙るモノさ。元来はもっと別モノなのでしょ? トウカちゃん」
ヒソラの問いに対してトウカは何も言うことなく、ただ首をコクリと振った。
『嘘じゃない! それに……虚ノ黎明は犯罪集団でもない、よ! 彼らは私と同じで、生命を取り戻す方法を探している……だから!』
……シヅキの中に思い出されたのは、いつかのトウカの言葉だった。虚ノ黎明……元来は、生命を取り戻すことを目的とした集団であり、しかしその名前が罪をなすりつけるために利用されているとトウカは語っていた。
(トウカのあの話は本当のことだったのか? ……いや、今はそうじゃあねえだろ)
突きつけられる事実の規模が大きすぎて、整理がつかない。ヒソラの言葉を聞けば聞くほどに、シヅキは自身の中のナニカを消費している気分になってならなかった。何も考えず、知らず、全てから逃げてしまいたい……そんな気持ちに襲われる。
しかし実際にそうする訳にはいかなかった。 ……逃げた先の末路なんて、碌なものでないことをシヅキは嫌というほど知っていた。それにシヅキは決心をしていたのだ。真実を知るという決心を。
「…………」
口内に溜まりきった唾液を飲み込んだ。たじろぐ脚を無理やりに動かし、ヒソラの前に対峙する。
「……何故そう思ったヒソラ。コクヨさんが、語ったのか?」
「いいや。コクヨは自身のことを語らないよ。強く促さない限り、あいつはそんな真似を絶対にしないからね」
「ならそれは、憶測だと?」
「いいや」
頭を振るヒソラ。彼のくりくりとした大きな瞳が捉えたのは、シヅキではなく……トウカだった。
「ボクがその結論に至ったきっかけ。それはトウカちゃんの存在が大きかった。君が真実をもたらせたといっていい」
「……私の、記録を覗き見た、からですか?」
「それもあるけれどね。君が辺境区にやって来てからというもの様々な不可解が起こった」
そう言うと、ヒソラは華奢な手から細い指を順々に伸ばしていった。
「“ドゥ”という鳴き声が印象的な魔人、漆黒の花を咲かせる“絶望”、棺の滝でシヅキが発見した煤描きの奇妙な模様、いつからそうなっていたのか正体不明なノイズの渦。 ……トウカちゃんが辺境区にやって来てからの短期間で、これだけの出来事が起きたよ。 ……ところでこの一連の出来事ってさ。全て独立した事象だと思う?」
「どういう意味だよ」
「コクヨにとって色々と都合いいんじゃないかなと思わないかい?」
「…………は?」
「もし意図的に魔人を造り出せるとしたら? “ドゥ”と鳴く魔人にも、“絶望”にも他の魔人とは異なり、意志めいたものは感じなかったかい? 前者がトウカちゃんを消すために差し向けた刺客だとすれば? 後者がシヅキの信頼獲得を主目的とした存在で、薄明の丘で起きた出来事の全てがいわゆるマッチポンプだったとすれば? そういえば棺の滝って、コクヨの大隊が“絶望”に襲われた場所だよね? なんで魔法を起こすための煤が、岩壁に塗りたくられていたのだろう。 そして……ノイズの渦は、ノイズの渦が無ければ、調査団なんて結成されなかった訳だよね」
自身の脳内を全て語り尽くすように、言葉を重ね続けたヒソラ。その時の彼の表情を、シヅキは見たことがなかった。表では、シヅキの前では決して見せやしなかった…………愁いと、苦しさと、怒り。絵具のように混ざり合って、完成したどす黒さ。
ソレを前にして、シヅキごときが言葉を紡ぐことなど出来るはずがなかった。
「シヅキくん、トウカちゃん。全て繋がっているんだ。コクヨの心の底が何を求めあぐねているのか、知ったこっちゃないけどさ…………あいつは、あいつらはボクの信念を…………“多くのホロウの存在を繋ぐこと”を踏みにじったのさ。胸糞悪いったらありゃしないよ」




