あなたは誰?
「ほんとにもう……世話がかかるんだから」
シヅキが退出してから間も無くして、ソヨはそう嘆くように言った。頬杖をつき扉の方をボーッと見るソヨ。一方で、トウカは一連のそんなやり取りを見てその顔に微笑みを浮かべた。
「ふふっ」
トウカが笑っていることに気づいたソヨの口元が「あ」という形にみるみる変形する。
「申し訳ございません。わたしったら……」
「仲がいいのですね。シヅキさんと」
「……そう、見えました?」
「ええ、とても」
トウカが優しげな口調でそう言うと、ソヨはその場を誤魔化すように笑った。自身の頬をポリポリと掻く。
「あいつとは……シヅキとはいわゆる昔馴染みというものなのです」
「昔馴染み、ですか」
「今からちょうど18年前……わたしとシヅキはこのオド深くで造られました。それから一緒の時を過ごすことが多かったのです。軽口を言い合ったり、は日常茶飯事というものでして」
「……そういうの羨ましいです」
「そんないいものじゃないですって! あいつは口が悪いし、捻くれているし。全然周りに馴染もうともしないんだから……一緒にいて大変なんです」
ハァ、と大きく溜息を吐くソヨ。
「その溜息の吐き方……シヅキさんに似ていますね」
「……ほ、本題に! 入りましょう!」
上擦りの声で言いながら、ソヨは傍に置いていた分厚い本を目の前に広げた。しかしそこは白紙のページである。文字も、絵も、何も書かれていない。
ソヨはそのことを気にする様子なく、次に自身の指を一度払ってみせた。すると……なんと白紙の上に数行の文字が浮かび上がったのだ。
ソヨが言い慣れた説明口調で話す。
「これは、わたしの中にある記録領域の魔素を視覚化したものです。ここにはわたしが受け取ったトウカさんの情報が記載されています。一度目を通してもらっても宜しいでしょうか?」
トウカは1つ頷くと、差し出されたその本を見る。容姿の情報と出身しか記載されていないページを、トウカはすぐに読み終えてしまった。
「訂正箇所などは宜しいでしょうか?」
「……ええ。ありません」
「そうですか、分かりました。 ……トウカさんに関して、中央から回ってきた情報が極端に少ないんですよね。普通は、名前、役職、年齢、経歴、容姿の画像は最低限手元に回ってきている筈なんです」
ふう、と息をつき本を閉じるソヨ。
「わたしは上のホロウから指示を受けました。それも昨日の話です。新たなホロウがやってくるから、その手続きを頼むと。驚きましたよ……こんなに情報が不足しているなんて。指示を寄越した上司も困惑していました」
「そうですか」
淡々とそう返事をするトウカ。一方でソヨは、その様子をじっとりとした視線でただ見る。
「何か心当たりはありませんか? トウカさん」
「……いえ、ありませんね。私の移転における手続きは、中央部の雑務型の方が為された筈なんですが」
「そうですよねー。雑務型の方でそこらへんの手続きは済む筈なんですよ」
「その……言ってなかったんですけれど、辺境区のアークに知り合いがいるんです。その方に話が届いている筈なんです」
「それって、“レイン”ですか? 雑務型の」
その名前を聞いたトウカの身体がピクッと跳ねたことをソヨは見逃さなかった。
「そうです……レインさんです。私の移転手続きには彼女が関わっていた筈なんですが!」
捲し立てるかのように言ったトウカ。その言葉を聞いたソヨの口元がより一層に引き締められた。ソヨの表情にはもう……シヅキに悪態をついていた時の親しみやすさの片鱗なんて残っていなかった。
「トウカさん。一つ知っておいて欲しい情報があります。紛れもない事実です」
「な、何ですか……」
スッと息を吸ったソヨ。彼女は一息にして言った。
「………………え」
茫然の声とともに、トウカの眼が大きく見開かれた。