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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第三章 調査団
86/135

存在理由



 白銀が靡く。琥珀が走る。彼女が現る。


 シヅキの口からその名前が漏れた。

 

「トウ、カ」


 すっぽりと白の外套に身を包んだホロウ、トウカ。彼女はちょうど“結界”のある方向から駆けてきた。その表情は焦燥と緊張と辛苦に塗れている。おまけにやけに魔素臭い。泥だらけの外套に魔素がべっとりと付着している。


 それだけで何があったのかを悟るには十分だった。


 地面に横たわるシヅキの元へと駆け寄ったトウカは、彼の肩を大きく揺らした。

 

「シヅキ立てる? 怪我は…………内臓か」

「…………」

「肩を貸すから。立って。今のうちに離れよ?」

「…………」

「結界の方をヒソラ先生が足止めしてくれてる、から。きっとあっちの方が、安全」

「……いや」


 シヅキは小さく首を振った。そして、肩の下に回されていたトウカの腕を振り払ったのだ。


「俺はここでいい。逃げることなんて、出来ない」

「……一旦引こ? 今必要なのは情報の共有と体力の回復で――」

「俺は! 俺は……逃げてまで……()きようと思えない」


 頭を激しく抱えたシヅキは、まともにトウカの表情を見ることが出来なかった。瞳を瞑り、無理くりに造り出した暗闇の中に思い浮かんだのは彼らの表情だった。柔和な微笑みを浮かべる……彼ら。


「もう……放っておいてくれよ」


 そう言って、縮こまった彼の背中を小さな手が触れる。それは頼りないほどに小さな手だった。


「シヅキ、ダメだよ」

「無理だ」

「ダメだって」

「俺は……逃げねえよ。ちゃんとあいつらに向き合わねえとせめてそうすることが! 俺にできる精一杯の罪滅ぼしで……」

「逃げないでよ。シヅキ」

「……え」


 冷たい雫に歪む視界を持ち上げたシヅキ。気が遠くなるほどの闇空が彼方に見える光景で、ソレに決して呑まれない真っ白なトウカがそこには立っていた。


 彼女は一時も眼を逸らすことなく、言葉を突きつける。


「自分に価値を見出せず、だからせめて犯した罪を償いたくて、自らの存在を終えようとしているの、だよね。すごく、綺麗な考え方だと思う。とても健気で、可哀想で、まさしく悲劇の体現。 ……でも私は、ソレを許さない」


 その琥珀がシヅキを刺す。


「シヅキがやろうとしているソレは“逃げ”、だよ。シヅキはね? 自分が傷をつけられることで()()()()()()()()()()()、自分を正当化したいんだ。世界を抜け出して、逃げようとしているの」

「……そんなこと! お前に分かる筈が――」

「分かる、よ。私だって自分のエゴのために、何体もホロウを(ころ)しているんだから」


 そう言ったトウカは引き攣った笑みを浮かべた。 ……大いに影のあるその笑顔は、初めて見る彼女の表情だった。


「ねぇシヅキ。自分が存在する理由、分からない? 自分の存在証明、出来ない?」


 トウカがシヅキの両手を握りこむ。


「私が同族を(ころ)せるのは、倫理観とか、道徳が欠けているからじゃないよ? 心が強いからでもない。 ……たとえ同族を(ころ)してでも叶えたいコトがある、から」

「…………世界に生命(いのち)を取り戻す……」

「昔、生きている頃の花の映像を見たことがあるの。白くて、小さくて、弱々しい花だった。でも、すごく綺麗だったの。眼に焼き付いて、一時も離れない……一目惚れだった。私はね? きっとその花を見るために存在しているんだって、そう思えたの。だからね――」


 トウカが両手に力を込めると、シヅキの身体は簡単に起き上がってしまった。それは大の男を持ち上げるほどの力が働いたからではない。それでもシヅキは呆気なく立ち上がったのだ。


 トウカはその小さな口を開く。


「シヅキも一度考えてみよ? どれだけ自他を傷つけても、それでも構わないと思えるモノを……似非人間(ホロウ)は見つける必要があるんだよ」

「自他を……傷つけてでも…………」

「うん。 ――ちょうど彼のように」


 トウカが(おもむろ)に首を動かす。釣られてシヅキもその視線を向けた。そこには木の幹に身体を擦り付けながら立ち上がる男の姿があった。


 赤毛の男は肩で荒い呼吸をしつつ、こちらを睨め回す。


「ハハ! そいつに! 何言ったって無駄……すよ。はァ……はァ…………コアがそう簡単に見つかるはずねェ」

「よく、立てるね」

「バカ言えよ……こんなところでくたばれる訳ねェっすわ」


 そう言いつつエイガは「ヒヒッ」と引き笑いを浮かべた。見ると、彼の指は木の幹にめり込んでいる。


「オレの中の魔素が……狂ったかのように暴れ出した。過度な魔素中毒の症状っすね」

「……ありったけを使ったんだけどな」

「ハハハ! ただ大人しいだけの抽出型にしか見えなかったすけど、やることエグいすわ! ……ありゃあ“煤魔法(すすまほう)”っすよね」

「うん。心を、壊す魔法。」


 そう呟くように言ったトウカの懐からカランと空き瓶が転がった。

 

「もう弾ねえすよね? 外套で残数を誤魔化しているつもりかも知んねーすけど、挙動と服の皺の形で丸わかりっすわ」


 エイガの両手に再び短剣が握られた。柄が歪に曲がり、刃先が異様に細い短剣……サユキとアサギを消した剣。


「トウカっち……あんたは処分対象なんすよね。オレが手を出す筈じゃあ無かったんすけど、まぁいっすわ。喉掻っ切るんで」


 その刃先がトウカの方向を捉えた。それは燻んだ銀の光を放っている。


「私を、(ころ)せるの?」

「そりゃあアレすか? じんどーとかそういう類の話すかね? ……ええ、(ころ)せるっすよ。あんたを(ころ)したって伝えりゃあ、きっとオレは褒めてもらえる…………クク…………ヒヒ!」

「……そっか。君にはちゃんと存在する理由があるんだね」


 ふう、とトウカは小さく溜息を吐いた。そしてシヅキの袖をギュッと握ったのだ。


 彼女は一呼吸を置いてからこのように言った。


「ねぇシヅキ。一つお願いがあるの」

「トウカ……手が…………」

「うん。怖いから、ね。……だから、助けて欲しいなって」

「助ける…………?」

「そう、だよ。さっき切り札も使い果たしちゃったの。だから私……このままだと(ころ)されちゃう」


 “(ころ)される”。その言葉が聞こえた瞬間、シヅキは意識が引っ張られる感覚に襲われた。現実へと引き戻されるような感覚…………。

 

「ねぇ、シヅキ。君は、私のことも見消(みごろ)しにする?」

「…………っ!」


 次の瞬間、鈍く光る短剣がトウカの首元を目掛けて振るわれた。

 


 ズシュ


 

 


 


 

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