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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第三章 調査団
85/135

失望と嫉妬



 サユキとアサギが(ころ)された。ほんの十数分前には会話を交わしていたくせに、今やもう世界から失せきった。


 その光景は目の前で起きたはずなのに、実感はあまりにも遠かった。現実を受け容れられない心が、現実への理解の邪魔をする。 ……夢でも見ていたのではなかろうか? 実はサユキもアサギも無事なのではなかろうか? 真っ暗闇の中に見えたその糸を、シヅキは引っ張ろうとした。


 ――しかし、そんな現実逃避すら叶わない。


「シヅっち〜ずっと黙りこくってるけど、どしたんすか? それとも、喋ることすらままならないすかねぇアハハ」


 カラカラと、あまりにも軽すぎる笑い声がシヅキの耳を撫でた。地に伏せ、泥まみれとなった顔を持ち上げると、そこには下卑た表情を浮かべたホロウが一体。


「………………エイガ」

「あーそうそうそう。喋ってくれねーとこちとら暇なんすよね。待機ってあんま柄じゃあねーんすよ」

「…………」

「おっっと。そんな睨まないでくださいよ〜怖いっすよ〜? シヅっち」

「お前……お前、何をやったのか分かってんのかよ」

「んあ?」

「…………サユキと、アサギを(ころ)した」

「ああそっすね。(ころ)したすよ? コレで」


 そう言ったアサギの右手には、2本の短剣が滲むように生成された。柄の部分が異様に曲がっており、刃先が普通のものより尖っている歪な短剣だ。


「コレ対ホロウの短剣なんすよ。ホロウを流れる魔素は魔人のものより動的なんで、首元に小さな穴開けるだけでもけっこーな魔素が流れ出るんすよね」

「……」

「シヅっち、聞いてます?」

「……なぜ俺の事は(ころ)さない?」

「は?」


 シヅキはその眼を改めてエイガへと向けた。生気も気力もない、あまりにも虚な眼で。

 それに対して、エイガは眉間に皺を寄せつつ答えた。


「命令っすよ。めーれー。お前を(ころ)さない理由なんてそれ以外にはなんもねっすよ」

「命令…………お前が……お前の意志でやったんじゃないのか」

「そっすね」

「お前の感情でも、お前自身の事情でもなく……言われたから(ころ)したのかよ」

「さっきからなんすか? ホロウを(ころ)すことに理由を求めるんすか。ホロウの価値なんてたかが知れているのに」

「ホロウの……価値…………」


 反芻(はんすう)したエイガの言葉が自身の中で何度も反響した。


 ホロウの価値。確かにそれはあって無いようなものだ。 ……シヅキだって、そう思う。そうやって思おうとする。


 しかし実際にはそんなことはなくて。少なくともサユキとアサギは……あいつらは大事なホロウだった。もし彼らの存在を助けられるのなら、シヅキは何も迷うことなく肩代わりだって何だって出来た。


(なのに……現実は……)


 滞りなく襲ってきたのは耐え難き後悔の念だった。もっと上手くやれたなら、あいつらが無事だった可能性はある。それがどうだろう? 末路は孤独だ。たった一体残された。まんまと一体……残された。


 ………………


 ………………


 ………………………………。


「……(ころ)せよ」


 口元から滑り落ちるように、そんな言葉が流れ出た。


「あ? 何言ってんすか?」

(ころ)せ。俺を……(ころ)せ」


 自己を否定する感情が、自己を否定する言葉が沸き出て止まなかった。自分が今ここに居る理由が解せなくて止まなかった。自己を強く見せるための態度だって、自己を守るための理性だって…………そんなものは忘れてしまっていた。


だからシヅキは縋った。救いの無い絶望に縋ったのだ。


 

「俺はもう………………耐えられない」



 閉じ切った喉の、その隙間から声が漏れ出た。それは心の底からの、シヅキの願いに相違なかった。


 それから間もなくして。


「あぁ……良いっすよ。顔を上げてくだせーよ」


 上から降り注いだのは、ある種の救いの声だとシヅキは思った。だからこそ、彼はただ愚直にその顔を見上げたのだ。


瞬間、ガクンと首が折れて景色が歪む。


「はァ。マジでお前のこと嫌いっすわ」


身体が宙吊りにされているとすぐに気がついた。どうやら襟元を掴まれているらしい。その肉薄する距離感にはエイガの顔が。失望と苛立ちに塗れた……そんな顔だ。


「オレの感情に従っていいのなら、迷いなくその首に穴開けてんすよ。それくらいお前のこと、ぶっ(ころ)してやりてぇ。 ……そーゆう訳にはいかねぇけどさ!」


 ドスッ

 

「ガッ!」


 内臓が押し潰される感覚が走る。腹を殴られたのだ。


 エイガはソレを何度も何度も繰り返す。


「お前見てるとさぁ! 鏡見てるみてぇなんすよ! “コア”を持ってるか持ってねぇか! オレとお前の違いなんてたったそれだけじゃあねぇすか!」

「ぐ………あァ゛………………」


意識の遠のきを感じる。


「そのくせにお前は気に入られ、オレぁほっとかれ上等! アァ! 嫉妬で狂っちまいそうだァ!」


 硬く、冷たい地面に叩きつけられたシヅキ。その眼先に鋭く尖った銀色が鈍く輝いていた。 ……濃密な魔素が鼻をついた。それが誰のモノだったかなんて考えるまでも無い。


「あァくそっ……! (ころ)してぇ(ころ)してぇ(ころ)してぇ…………ぶっ(ころ)してやりてぇ…………!」


 頭上に写るエイガの表情は、さっきまでとは打って変わって随分と痛々しいものだった。ナニカに苦しんでいるようにすら見える。それこそ(ころ)されかけのサユキを眼にした時のアサギのように。


「…………………エイガ、お前――」


 

「ガァ! アアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 

 瞬間、酷く聞き苦しい悲鳴が上がった。シヅキか? ……否。


両手で頭を抱えたエイガが地面に倒れ込んだのだ。その脚を振り回し、身体を痙攣させ、地面を這いずり回る。


 シヅキには訳が分からなかった。

 

「な、なにが……」

「シヅキ!」

「……え」




 

 ――眼の端に白銀が揺れ動いた。

 



 

 

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