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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第三章 調査団
75/135

全ては×××の為に

 

 遥か遠くまで続く坂を見上げ、シヅキは大きく息を呑んだ。


「また俺はここに……」


 この坂を上りきれば“結界”に辿り着くことができる。それは酷く簡単な行為のように聞こえてならないが、シヅキにとってはあまりにも高すぎる壁であった。


 (おもむろ)に視界を落とす。休養のおかげで既に身体から倦怠感は消えていた。魔素だって正常に循環をしている。 ……ただ一つだけ。腕の震えだけが後遺症と呼べる後遺症として確かに彼には残っていた。


「大丈夫、だよ。私が傍にいるから」


 声の方向に視線を移すと、そこには真っ白の外套を着たトウカがただ一体。 ……他には誰の姿もない。調査団は既に”結界”へと向かってしまったのだ。


 シヅキはその細い眼でトウカを見やると、すぐに溜息を吐いた。


「な、なんで溜息を……」

「お前なぁ。よくもあんな啖呵を切りやがってよ」

「啖呵、って?」

「本気で言ってんのかよ。 ……お前が、俺を導くってやつだ」


 妙なくすぐったさを覚え、シヅキは自身の首の後ろを掻いた。彼が思い返したのは、口角を吊り上げるようにして嗤ったコクヨの笑みだった。


 彼女はトウカの言葉の後にただ一言、こう言った。



『ならやってみるがいい。無理だろうがな』



「……」

「シヅ、キ?」

「……正直、俺だってあのノイズを超えるのは無理だと思っている。身体がよ、えげつねえ拒否反応を起こすんだ」

「痛かった?」

「痛ぇは痛ぇよ。でもただの痛みだけならどうとでもなる。そう言うんじゃなくて……触れたくないっていう……俺の気持ちの問題だ」


 シヅキは独り言のように呟くと、「ハッ」と自虐的に笑いを溢した。


「嗤えよトウカ。ノイズがよ……たかがノイズの筈なのに……クソ怖えんだよ。ほんとに……」

「さっきも言った、でしょ? 私が居るから。必ず、連れて行くから」

「でもよ――」

「シヅキにはベースキャンプに残る選択も出来た、よね? でもここに来たのは、ちょっとでもある、()()()に賭けたかったから」

「…………」


 トウカはこの場に似合わない柔らかな微笑みを浮かべてみせた。


「私、結構嬉しい、よ? コクヨさんじゃなくて、私のことを選んでくれたの」

「……バカ言ってんじゃねえよ。それで、どう俺を“結界”まで連れてってくれんだよ。まさか何も策が無え訳じゃねーだろ」

「策って呼べる程のものじゃないけど……“考え”はあるの」


 そう言ったトウカは、こちらにその小さな手を差し出してきた。まるで、それは握れと言わんばかりに。


「んだよ」

「握って?」


 握れという意味だった。


「握ってどうすんだよ」

「簡単、だよ。握って歩くだけ。そしたら、たぶん超えられるから」

「……は?」

「ちゃんと説明する、から。 ……もう隠し事を続けるの、疲れちゃった」




 ※※※※※




「コクヨさーん! コクヨさーん!」

「…………」

「コ・ク・ヨ隊ちょ〜う! 聞いてるすか〜?」


 何度も何度も名前を呼ばれ、コクヨはようやく振り返ったのだった。


「ああエイガか」

「はいエイガすよ〜! 酷いっすよ〜ずっと無視されたら流石のオレでも傷ついちゃうすよ!」

「そうは言うが、随分とお前はご機嫌に見えるが」

「えへへへへ! そりゃあそっすよ〜!」


 エイガは大きく跳び上がるように移動すると、コクヨの目の前に着地した。そして、その緋の眼を蘭々と輝かせながら饒舌に言葉を紡ぐ。


「だってぇ〜コクヨさんがオレに頼みたいことがあるなんてぇ〜滅多にないことじゃあないすか! 流石のオレでもテンション爆上がりすね! ほんと!」

「さほど普段と変わらない気がするが……まあいい。お前は()()()()()()。ちょうど適任だ」

「色が薄い? よく分かんねぇすけど、オレが必要ってことすよね!?」

「ああ。 ……もう少し声量を落とせ」

「あー! さーせんす!」


 その虚の眼でエイガのことを一通り睨め回したコクヨは、再びその視線を戻したのだった。はるか遠くに見える豆粒ほどの大きさである彼らを目にし、小さく息を吐いた。


「どうせ無理だろうに」

「ひょっとしてシヅっちのこと観てるすか?」

「ああ」

「……ふーん、そっすか。オレには小さすぎて観えねーっすけどね」


 そう言いつつ、エイガは近くに落ちていた手ごろな大きさの石を蹴り上げた。宙を待った石はあえなく、崖下まで落ちていってしまったのだった。そんな石の末路を見届けたエイガは、赤毛の髪を弄りながらこう言った。


「もしかしてなんすけど、その頼みってのもシヅっちがカンケーしてたりするんすか?」

「察しがいいな」

「その褒めは嬉しくないすよ。 ……んで、オレは何をすりゃあいいんすかね?」

「なに。お前の力を借りるかどうかはあくまでも保険だ。然るべき時に相応の働きをすればいい」


 再びエイガの方へと振り向いたコクヨの眼は、先ほどのものよりずっと細く、闇が深いものであった。


 エイガはその眼闇(がんこう)を知っていた。その狡猾で、残酷で、しかし慈悲深いその眼差しを酷く知っていた。ずっと昔に“コクヨ”というホロウに出会って以来、一度たりとも忘れたことのない眼だった。ずっとずっとずっとずっとずっと……追いかけ続けてきた、エイガにとっての(みちびき)だった。


 その眼が今、自身に向けられている。その眼が今、自身のことを映してくれている。その眼が今、自身のことを求めている。 ……そんな事実は、エイガにとってあまりにも大きな救いに他ならなかった。


 エイガは早る心臓を抑えずに、高揚する心を抑えきれずに、ただひたすらにコクヨの言葉に浸ったのだった。



「――というわけだ。頼めるだろうか?」


 エイガはブンブンと縦に首を振った。そして、その震える声で彼はただ一言だけ……こう誓ったのだ。




「全てはコクヨの為に。オレの信じるものは(はな)からアナタだけです」




 ――()()()は、確実に近づいていた。


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