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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第三章 調査団
62/135

乖離


「……なんだそれ」

「いいから。忌憚のない意見を頼むよ」


 ほら、といった様子で広げた手をこちらに差し向けたヒソラ。どういう意図なのかシヅキは分からなかったが、とりあえず頭の中にコクヨを思い浮かべたのだった。


 痩せた長身と一つ括りにした長い黒髪。闇空と同じかそれ以上に濃い黒色の瞳となぜ付けているのかは不明の眼帯。それが浄化型最強と謳われるコクヨの容姿だった。


 会話を交わした回数は本当に数回程度だ。どこか掴み所のない声が頭に再生される。そう、彼女は薄明の丘の地に伏したシヅキに向かってこのように言ったのだ。



『……魔人は全て、根絶やしだ』



 あるいは肌寒さを感じる白濁の木々の下でこうも言った。



『その時はワタシの責務だ』




 シヅキにはコクヨに大きな恩があった。彼女は“絶望”からシヅキとトウカを助けてくれたのだ。その事実を忘れてはならない。決して。


 信頼出来るものが彼女にあることは確かだった。今回の調査団だって、もしもの時はコクヨが何とかしてくれると思っている。たかが一ホロウの分際だが、コクヨのことを尊敬しているとは自信を持って言えた。


「……」


 シヅキは時間をかけて瞬きをした後にそんなコクヨについての印象をヒソラへと話した。彼は何も言うことなく、ただただシヅキの話を聴いていた。


「――これでいいか?」


 一通りシヅキはコクヨの印象について話し終えたが、ヒソラは満足していないのだろうか? その表情が晴れることがなかった。むしろどこか険しくなっている気さえする。


(……なんだ?)


 シヅキが違和感を感じたのを他所に、ヒソラはたっぷりと時間を置いた後、その口を重苦しく開いたのだった。


 まるで言い聞かせるかのようなゆっくりとした口調でヒソラは言う。


「トウカちゃんを害したソウマというホロウは、普段コクヨと行動を共にしているよ。そのことをどう思う?」

「そんなことを訊いて、何がしたいんだ?」

「いいから」

「……疑問には思う。ただコクヨさんがあいつの危険性を知らないんじゃないかと予想はしているが。現に、俺がコクヨさんの名前をあいつの前で出したらそそくさと逃げちまった」

「へぇ、逆には考えないんだね。()()()()()()()()ソウマが近くにいるとは」


 ヒソラの周りくどい言い回しに対し、シヅキは眉間に皺を寄せた。


「……それは、コクヨがホロウを差別するような思想を持っているからこそソウマのようなホロウが集まったんじゃないかってことか?」

「差別、とまでは言わないよ。どちらかと言えば淘汰だ」

「とうた? ……どうだっていいが、大筋は合ってるってことだろ」


 強い口調でシヅキが言うと、ヒソラは無言でただ一つだけ頷いた。


 シヅキはそれを見届けた後に舌打ちを一つ打ったのだった。


「お前がコクヨさんの何を知っているのかは知らねぇよ。俺より付き合いも長いだろうから、そりゃ詳しいだろうよ。 ……でもよ、それでもコクヨさんのことを傲慢野郎(ソウマ)なんかと一緒にするのは止めろ。あのホロウには確かな正義感がある」

「正義感、ね……」


 意味深に呟いたヒソラは椅子から跳ぶように勢いよく立ち上がった。その場で大きく伸びをすると、行儀悪く椅子へ腰掛けるシヅキの元へと歩いてきた。そして、その肩にそっと手を置いたのだ。


「ごめんねシヅキくん。何もコクヨを悪いように言う気はなかったんだ」


 加えて、ヒソラはこのようなことを言ってみせたのだ。


 耳を疑った。


「シヅキくん、ボクは調査団が活動を続ける間ここで簡易的な医務を行うよ。体調に異常があれば訪れるようにね……ただそれ以外の目的でここに来ることは無しだ。例えばボクに助言を求めたって、その手立てには応じない」

「……は?」


 シヅキは一瞬、彼が何を言ったのか分からなかった。なぜなら、あまりにも彼には似合わない言葉だったものだから。“体調以外のことでも相談に来てね”なんてのがヒソラの口癖だった。なのに、どういう風の吹き回しだろうか?


 これにはシヅキも困惑せざるを得なかった。


「急にお前……どうしたんだよ。俺が苛立ったからか? でもよ、それは――」

「ううん、シヅキくんのせいじゃないよ。これはもっと他の問題だからね」

「……コクヨさんか?」


 恐る恐るの口調でシヅキはそう尋ねたが、ヒソラが(かぶり)を振ることはなかった。そこに居たのは、ただ愛想のいい笑みを浮かべているだけのいつものヒソラだ……この光景には酷く見覚えがあった。


(過去を語った時の……トウカと同じだ)


 自然と拳が握りこまれたのは言うまでもなかった。胃の淵から湧き上がる怒りに酷似した感情に身を任せてしまおうか……なんて思考が頭を過ぎる。


 しかし過ぎるだけで形になることは無かった。というより、形にすることは無かったのだ。


 口内で舌を噛みちぎれる程に強く噛んだシヅキは、ヒソラがシヅキにしたように肩へと手を置いたのだった。


「……お前には、お前の事情があるんだろ」


 いつもより1トーンは低い声で呟いたシヅキに対し、ヒソラはその眼を見開いた。それこそシヅキの腕に抱えられたトウカを見た時よりもだ。


「……驚いたよ。数発は殴られることを覚悟していたくらいなのに」

「別に割りきった訳じゃねぇよ。そんな要領なんて俺には無い。ただ自分に言い聞かせようとしているだけだ」

「十分だよ……成長したんだね、シヅキくん」

「良い意味かじゃねぇだろそれ。 ……ただ、失敗から学んだだけだ」


 シヅキが淡々とそう述べるとヒソラはひとしきり笑った後に、ただ「そっか」とだけ言ったのだった。


 なぜかご機嫌な様子で椅子へと腰を掛けたヒソラの声色が再び緊張感を帯びたものに戻った。とは言うものの、そこに浮つきが混在してはいるが。


「シヅキくんの言う通り、ボクにはボクの事情があっての提案だよ。悪いけど今は覆すつもりはない。年長者の力を借りずにどうぞ悩みたまえ」

「あぁ……トウカはもう一体でも大丈夫か?」

「うん、ボクの方でちゃんと診ておくよ。明日には復帰できるから」

「なら俺はもう行く。お前んとこにはもう来ねぇよ、ヒソラ」

「……うん」


 もの悲しげに返事をしたヒソラを振り返ることなく、シヅキはテントの入口へと歩き出した。外と中を隔てる深緑の布に手をかける。


「シヅキくん!」


 そこでヒソラが叫ぶように名前を呼んだ。ちょうど忘れ物を指摘するかのような声で。


 そしてヒソラはこのように続けたのだった。


「これだけは断言しておくよ! ボクの中の最優先事項は君たちホロウの存在だよ。本当にそれだけは絶対だ!」

「…………」


 シヅキは何も返事をすることなく、テントを潜ったのだった。




※※※※※




 シヅキがテント内を去ってからしばらくの時が過ぎたが、ヒソラは座り込んだ椅子から動かなかった。ただ彼が出ていった入口の布を凝視するだけだ。


 しかしいつまでもそういう訳にもいかず、乾いた唇を徐に開いたのだった。


「さて……予定していたプランは通らなくなったか。後戻りはもう出来ない」


 言語化することで現状を把握する。同時に襲われたのは確かな焦燥だった。早打ちする心臓に鬱陶しさを覚える。


「大丈夫だ。ボクの思考とシヅキの思考における乖離性 は想定通りだよ。だからこそ2つ目のプランを仕込んできた……大丈夫だ」


 大丈夫、大丈夫と何度も繰り返すヒソラ。次第に身体から熱が抜けてゆき、平常を取り戻す。


 静寂のテントの中でヒソラは眼を閉じた。彼はたった独りで思いを馳せるのだ。ちょうど昨日に仕込んだ種は……しっかりと花を咲かせてくれるだろうか? と。


 ヒソラはこのように呟いた。



「頼むよ。リンドウ、ソヨ」



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