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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第三章 調査団
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煤描きの模様


「ハァ」


 シヅキは露骨に溜息を吐いた後に、トウカの顔を見ないようにしつつ呆れた様子で言った。


「いい加減、真剣に魔人探せよ。言われたことくらいはちゃんとしたらどうだ」


 その指摘に対してアサギは即答せず、「んー」と小さく唸った。一度口をへの字に曲げたかと思うと、すぐに戻して言葉を選ぶようにして言った。


「そうは言うけどよ……今は居ないものは居ないだろ? それに、ほら」


 アサギは横方向に弧を描くようにして右手を挙げようとしたが、その手が空を差すことは無かった。壁により途中で阻まれたからである。アサギは手の動きを阻んだ壁に掌を押しつけた。


「俺の経験上、近くに障害物がある場合に魔人は出現しづらい。こんなデカい岩壁なんてもってのほかだと思うぞ?」


 シヅキたちが魔人の排除に担当させられた範囲は、岩壁沿いのエリアだった。岩壁……この先には調査団の目的地であるから風荒野が広がっているのだというが。迂回して登るルートでもあるのだろうか?


 (今はどうでもいいか)


 アサギを細い眼で見ながらシヅキは言う。


「……障害物があっても、別に魔人はいるだろーが。何で廃れの森の中で魔人が湧いてんだよ」


 アサギと同じように灰色の岩壁に手を触れてみた。ゴツゴツとした冷たい岩肌の感触がシヅキを襲う。視界のずっと先まで続くその景色は、白濁色の木々や光差さない闇空と同様に好きにはなれそうになかった。


「まぁいいじゃないか。出るよりも出ないほうがずっとマシに決まっている。なに、魔人なんてこちらから探さずとも向こうの方から姿を見せにくるものさ。そうだろ?」

「……そりゃあ、そうだが」


 俯き気味にその言葉に同意をしたシヅキ。眼の端に捉えたトウカもコクコクと頷いていた。


「ただ少し雑談は自重するよ。すまん」

「……う、うん。私もちょっと、喋り過ぎた……ました。ごめんなさい」

「チッ……謝んなよ」


 その言葉と同時に岩壁から手を離したシヅキは、2体に先行して前を歩き出した。


 崖と反対方向には、設営中のベースキャンプの見えた。数張りのテントが既に立っている。


 (しばらくオドには帰れねーんだよな)


 思いがけず頭をよぎったのはソヨの表情だった。昔馴染みというか腐れ縁である彼女のことを鬱陶しいと思うのがしばしばではあるが、信頼出来るのは確かだ。頭だってシヅキよりもずっとキレる。


 (昨日中に調査団について話を聞いときゃ良かったな。あいつの意見が欲しい)


 叶わない願いに焦がれたところで仕方がない。そう割り切りつつ、黙々と前進を続ける。そのタイミングとなってシヅキはようやく気がついたのだ。


 自然と足が止まる。


「…………」

「どうしたシヅキ? 急に立ち止っちまってよ」


 後ろからかけられたアサギの声には答えず、シヅキはただ自身の掌をじっと見つめた。先ほど岩壁に触れた左の掌だ。一見するとそれは、灰色の砂が多少付着しているようにしか見えない。


 しかしながらシヅキは首を傾げたのだった。


「……なんだこの変な魔素」


 何にも触れていない右手でその掌を擦る。それを数度繰り返したところで灰色の砂が付着していた掌が……いや、正確には灰色の砂が真っ黒に変色をしたのだ。


(これは……(すす)か? なぜ岩壁にこんなものがこびり付いてんだ?)


「シヅキ? ほんとにどうしちまったんだよ」


 後ろを振り向くと、眉を潜めたアサギと心配そうな表情をしたトウカが居た。秘匿にする理由もなかったため、シヅキはこの異変のことを端的に話したのだった。


「砂を擦ると煤が出てきた? どれ……」


 やはりというか眉間に皺を寄せたアサギがシヅキに倣い岩壁を何度か擦ってみせた。しかしながら、それは何度擦っても砂のままだ。


「変わらんぞ」

「いや、そんな筈は」

「アサギさん、シヅキ……さん。こちらへ!」


 ふと声の方向を振り返ると、数メートル戻ったところにトウカの姿があった。何かを発見したらしい。


 シヅキとアサギが素直にトウカの元へと行くと、両者とも大きく眼を見開いたのだった。


「これは……何かの模様か」


 灰色の岩壁には真っ黒な煤が付着していた。それは無作為的ではなく、アサギの言うように何かの模様を描いているようだった。


 大きな円の中にはそれよりも少し小さな円が描かれている。円と円の隙間には複雑な形のナニカ……文字のようなものが所狭しと書かれていた。そして小さな円の中には、星模様に似た直線の集合体が編み込まるように走っているのだ。


 シヅキがその模様を凝視していると、トウカが恐る恐るとこのように言った。


「シヅキさんが触れていた岸壁の箇所を、擦ってみました。そうしたら、砂が変色して、あとはこのような感じで……」

「ふぅむ。まるで砂でこの模様を隠していたみたいだな。 ……よく見つけたな! シヅキ」

「いや、ただのマグレだ。ほんとに」


 シヅキは岩壁に描かれた模様へと再び触れてみた。冷たい岩肌の感触は通常の岩壁とは変わらない。しかし、それとは別に肌をひりつく感覚があった。 ……魔素のノイズ反応。それがこの煤で描かれた模様の中に込められている。


(だが……一体なぜこんなものがここに?)


「おい」


 その時、高圧的な声がシヅキ達にかけられた。反射的に振り向くと、そこに居たのはメガネをかけた男性ホロウ……ソウマだった。明らかにその表情は不機嫌の色が見えていた。


「何をしている? 貴様らは命令に背いていることを自覚しているのか?」

「ソウマ……いやな? これには訳が――」

「黙れ! お前には聞いていない!」


 アサギの言葉をバッサリと切り捨てたソウマの視線は、トウカへと向けられていた。


「おい、トウカ。何をやっていたんだ?」

「えっ、えっと…………」

「さっさと答えろ。ボンクラが」


 冷徹という言葉が似合うソウマの声。先ほどのアサギの例からして、こちらの言葉は聞き入れてもらえなさそうだ。シヅキはそう思い口を挟まなかった。


 口下手なトウカがすぐに答えられないのは当然のことだった。ソウマが数度、急かすような言葉を浴びせた後に震える声にて答えた。


「ここに……煤で描かれた、不思議な模様が……あって……それで……少しだけ……見ていたのです」

「模様だと?」


 ソウマのどこを見ているのか分からない細い眼がトウカの背後にある岩壁を捉えた。しばらくそれを見つめた後にトウカへ向けて言葉を吐いたのだった。


「……そんな指示を一度でも出したか?」

「……いえ」

「初めに立ち止まったのは誰だ……?」

「そ、それは……」

「俺だ」


 シヅキが短くそうやって言うと、ソウマがバッとこちらを向いた。ホロウらしさの欠片もないあまりにも冷たい表情……無言でシヅキを見つめた後、やはりその視線はトウカへと戻ったのだった。彼女の顔は眼に見えて青ざめていた。


 どこかねっとりした口調でソウマが言った。


「……そうか。浄化が事の発端か」


 そこからのソウマの行動は早かった。


「なっ――!?」


 アサギが驚愕の声を上げた。シヅキだってその眼を大きく見張った。


「ぐっ…………ガ…………ギ…………」

「抽出型の貴様が……浄化の手綱を握っている貴様がなぜ勝手に行動を許した? 発言しろ」


 ソウマの細い手がトウカの首を強く掴み、その身体を岩壁へと叩きつけていた。苦しげな表情を浮かべて、トウカは空気を喘いでいる……。



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