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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第三章 調査団
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肌寒さと共に

 

 いつの間にか翌日を迎えていた。それこそ瞬きを1つした程度の感覚だ。こんなにも時間の進みは早かったものかとシヅキは思う。


 後に通心で送られてきた詳細情報では、集合場所と時間、しばらくは野営となる旨が記載されていた。それと同時に少量の私物の持ち込みの許可がなされた。しかしシヅキが持ち込むものなど特に無い。せいぜい、普段制服の上から着ているソヨから貰った外套くらいだ。


 いつものように外套へと袖を通したところで、シヅキは他に何か持っていくべきものがないのか部屋を見渡した。


「あとは……あぁ」


 シヅキの目線が1つのモノを捉えた。実際に手にとってみる。


 (……こんなのを持っていったところでか)


 一度はそう思って元あった場所に置いたシヅキだったが、他に何かを持っていこうとも思えなかった。手ぶらで向かうのが心許(こころもと)ない……なんて考えた訳ではなかったが、結局のところソレを布製のボロ袋の中に入れた。


 袋を片手に持ち、扉に手をかけたところで柱時計の時刻を確認したが、集合時間よりはまだまだ早かった。きっとほとんどのホロウは集まっていないとは考えたものの、シヅキは構わず部屋を出た。


 昇降機に乗り、静寂に包まれたオド内部を移動する。地上に出ると肌寒い空気がシヅキを出迎えた。

 

 空も大気も常に闇で覆われているくせして、起床直後の外の空気感は明らかにそれ以外の時間帯とは異なる。シヅキの感覚的な話にはなるが、大気が透き通っているのだ。以前ヒソラに尋ねたことがあったが、彼は『まともに人類が健在していた頃で言う“朝”の感覚じゃないかな?』と言っていた。 


「まぁ、だから何だって話か」


 そう呟いたところでシヅキは1体で廃れの森の中へと足を踏み入れた。集合場所となっていたのは森を進んでまもなくのところにある、木々が開かれた空間だった。ホロウの手によって木を伐採された円形の広場である。


 そんな広場に入るや否や、シヅキは見覚えのあるホロウを1体見つけた。細身の長身で、黒の長い髪を一つ括りにした女性ホロウである。シヅキは喉を鳴らして声を整えたところで、その名前を呼んだ。


「コクヨさん」


 その声に反応してこちらを振り向いたホロウ……コクヨの眼帯をしていない右眼がシヅキを捉えた。焦点が合っているのか合っていないのか分からない、まるで虚空を見つめているような眼にシヅキは一瞬たじろいだが、すぐに持ち直した。


「ああ、シヅキか。早いな」

「眼が冴えちまって。でも体調はまぁ、大丈夫です」

「そうか。それは何よりだ」


 淡々とした口調のコクヨに、シヅキは自身の身だしなみを若干整えた後に軽くお辞儀をした。


「その……コクヨさん。言うタイミングが遅くなっちまったんすけど、以前はありがとうございました」

「以前? あぁ、“絶望”のことか」


 “絶望”。コクヨが発したその単語は、シヅキの頭の中に1つの光景をフラッシュバックさせた。


 無数の枯れ枝を脚とし、不気味な漆黒の花弁の胴体を持つ魔人。 ……そして何より、「ミィ」と鳴く小さな花を身体中に咲かせた姿は記録(きおく)から離れることがない。


 そんな“絶望”と対峙し、(ころ)される直前にまで追い詰められたところを助けたのが、まさしくコクヨだった。


「……コクヨさんが来てくれなかったら、俺とトウカは間違いなく(ころ)されてました。今俺とトウカが無事に存在しているのはコクヨさんのおかげです。その……ありがとう、ございました」

「まだトウカはここに来ていないが」

「え? あぁ……いや、まぁそうですね」


 困惑した調子でシヅキが答えると、コクヨはわずかに微笑んでみせた。


「すまんな。今のは軽い冗談だ。間に受けてくれるな」

「は、はぁ」


 どう返事をしたものかとシヅキが迷っていたところ、広場の奥の方から話し声が聞こえてくることに気がついた。見ると、向こうの方にはやや大掛かりな荷物類と数体のホロウの姿が見えた。


「……まだ早い時間なのに、結構な数のホロウが居んだな」

「あれは雑務型のホロウだ。野営に備えたテント類と食料類の準備を行っている」

「あぁ、そういうことですか」

「今回執り行われる特殊作戦は、人間の復活に大きく関与する可能性が高い。上層部の面々も躍起となっているのだ」

「躍起に……まぁそうですね」


 大ホールに集まった際も、上層部のホロウたちは壇上に上がっていたのだ。シヅキが知っている限りでは、今までにそんなことは1度たりとも無かった。彼らが言葉を発することはなかったものの、特殊作戦に躍起となっていることは頷ける。 ………きな臭さは拭えないが。


「だが今回シヅキ含む調査団の目的は、あくまでも“から風荒野”を覆う結界の破壊だ。気楽でいろ、とまでは言わないが背負いこむ必要性は無いと思え」

「……はい」

「まぁ、万が一のことがあろうなら――」


 コクヨは腰から提げた刀を鞘からは出さず、シヅキの前に(おもむろ)に差し出した。


「その時はワタシの責務だ」


 “万が一のこと”。コクヨはそう言ったが、果たして彼女もこの特殊作戦なるものに違和感を感じているのだろうか? シヅキにとって都合よく解釈するならば、そういうことになる。


 不都合の全てをコクヨが祓ってくれるとまでは思わない。ただ“絶望”と対峙した時とは異なり、強力な味方が常に近くにいてくれるとは思っても良さそうだとシヅキは感じたのだ。




 ――そう、感じていたのだ。

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