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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第二章 “絶望”
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苦しみ続ける弱さ


 異質なホロウだとは思っていた。


 少なくとも、周りには居ないタイプのホロウだった。気が小さくて、臆病で、不器用で、心配性で。しかし、そんな短所を掻き消すほどに“信念”を持っているホロウだと思えた。


 ――“絶望”と対峙した時のことを思い出す。


『“絶望”のノイズを感じて、すごく怖かったから。もしかしたら、今日私は消滅しちゃうんじゃないかなって考えちゃって……でも、そのことで頭がいっぱいになるのは辛いから。前を向ける未来が欲しかったんだ』


 灰色の花畑で覆われた土地である薄明の丘にて、彼女は現状を悲観することはなかった。


 ――大ホールにて集められた直後のことを思い出す。


『でも、私は思うの。人間の為になんて……そんなのおかしいよ。ホロウは……ホロウにだってちゃんと意志がある! 怖いものは怖いし、痛いものは痛い。それなのに、何で私たちは私たちのことを第一に思えないの?』


 彼女は、ホロウの存在が「人間の為に」扱われていることを嘆き、自身を大切にするべきだと訴えた。


 だから、彼は心のどこかで思っていた。彼女が(はか)る計画とは、現状のホロウの在り方……人間の為にとその存在を賭す考え方を(くつがえ)すようなものではないだろうか? と。


 無論、確証なんてなかった。彼の推測は、あまりにも規模が大きすぎることであり、現実離れしていたのだから。



 ――しかし、現実は違った。



『私は……この世界に、“生命(いのち)”を取り戻すんだ。生命(せいめい)が生きることができない、絶望に満ちた世界を変える……そんな革命を起こすんだよ』



彼女が求めたものはホロウではなく、生命(いのち)だった。結局のところ、彼女の“意志”は現状のホロウたちと同じ“人間”へと収束したということだ。


 別にそのことに対して幻滅することはない。彼が彼女のことを過大評価していただけのことだからだ。 ……それよりも問題だったことは。


 唾液が絡み、粘つく口を強引に開き、シヅキは自室の天井へ向けて言葉を発した。


「あいつは、同族(ホロウ)(ころ)していた」


 具体的な経緯は分からない。しかし、彼女……トウカは自身の私的な目的の為に、同族であるホロウをその手にかけていたのだ。 ……そして、トウカはこう言った。



『同族を、(ころ)してでも……私は』



 血が滲むほどに唇を噛んだ後、シヅキは吐き捨てた。


「何が“私たちは、私たちのことを思えないの?”だ。お前自身がそれを……ぶち壊しているじゃねえかよ」


 群衆でごった返し騒々しい港町にて出会ったあの日から、シヅキは琥珀色の綺麗な瞳に憧れていた。その瞳が見据えているモノは何なのだろう、なんてあまりにもバカバカしい思考回路すらも持った。 ……なのに。それは今日、いとも簡単に崩れ去った。


「……クソがよ」


 (しばら)く時間が経ち、流石に理性的になることが出来た。物に当たることはない。(ただ)れかけの怒りと悔しさだけが胸の中で(うごめ)き続けている。言い換えれば、それは“失望”だった。


 一通りの思考の後、ハァと大きく溜息を放ち、シヅキは寝返りをうった。


(これから俺は…………どうすべきだろうか)


 行動をしなければならない、という義務感がある。トウカは「私の計画に協力して欲しい」とシヅキに嘆願した。計画に協力……つまり、“生命を取り戻す”とやらに力を貸すかどうか、ということだ。


 シヅキの思いは既に決まっていた。


「……嫌に、決まってるだろ」


 今までのトウカの行いからして、同族を(ころ)すことに加担させられる可能性は高い。それに、彼女が躊躇いながらも吐いた言葉、『虚ノ黎明(からのれいめい)』という単語は懸念にも程があった。


 虚ノ黎明。実態の多くは謎に包まれているが、ソレはアークに所属するホロウを(ころ)し回ることで有名な犯罪組織だ。数十年前には中央区のアークがその被害に遭ったらしい。何十体もの精鋭ホロウが消されたのだという。 ……トウカは、彼らは犯罪集団なんかではないと主張していたが、シヅキは聞いたことがなかった。


「……なら、計画への協力は断ることになる……か」


 とするならば、シヅキには新たな選択肢が設けられることとなる。 ――無視か、密告か、あるいは……消すか。


 無視、つまりトウカの言葉を聞かなかったこととした場合は、あまりにも未知数だ。今まで通り魔人を刈る日々が続くかもしれないし、トウカは新たなアクションをとるかもしれない。 ……どのみちシヅキは“我関せず”の態度を貫くだけだ。


 一方で、密告が迎える結末は明白的だ。シヅキが雑務型の誰かに、こういうことがあったと話すだけで、トウカは恐らく処刑される。それは理不尽でも何でもない。大義名分の下で裁かれるに過ぎない。


 なお、シヅキが嘘を吐いていると判断されることもない。魔素は記憶情報を保持する性質がある。シヅキの体を流れる魔素を調べ上げれば、トウカが発した言葉の全容はいともたやすく公へと晒されることとなる。故に、明白的なのだ。


 そして最後の選択肢は……シヅキ自身がトウカを(ころ)すことである。景色を見渡せる丘の上にて、トウカはシヅキに『魔人を刈ることさえ苦痛に思うホロウに、私のことは(ころ)せないから』と言った。


 ……別に、その言葉に(そむ)く為の行動というわけではない。どちらかというと、この選択はある種のケジメのようなものだった。


 シヅキは小さな声で呟いた。


「もし俺が……“絶望”の伸ばした枝で刺されたトウカを見捨てたなら、あいつは助からなかっただろう」


 自分のせいで、明らかに害を及ぼすであろうホロウが未だに(いきてい)る……そのことに、シヅキはある種の責任感を感じていた。だとするならば、シヅキが結末を委ねることが道理ではなかろうか? なんて、思わざるを得ないのだ。


 魔素の灯りが無き暗い自室の中、シヅキは天井に向けてその右腕を伸ばした。


「俺は浄化型だ。 ……やろうと思えば、簡単にヤレる」


 浄化型のホロウは戦闘に特化している。抽出型のホロウなら束になろうがシヅキに勝ることは決してない。 ……故にこれは、ただの気持ちの問題なのだ。


「……こういうところを見透かされたんだろうな。あいつは俺の躊躇いを、“すごく優しい”と形容した」


 右手で握り拳を作る。グググと握り込むと腕全体がブルブルと振動した。


…………。


 ……何百の魔人を(ころ)しまくっても、一度たりとも無心になんかなれなかった。いくら見て見ぬフリを続けても、いくら自身を誤魔化そうとしても、魔人を(ころ)す瞬間はむせ返る罪悪感に襲われた。魔人刈りの中に、肯定的な感情の一切は存在しなかった。どこまでも、どこまでも、どこまでも……苦しさが付き纏っていた。


「誰かを(ころ)すことは……苦しいんだって」


 口に出して後悔した。言語化することで、心の奥底に秘めていた曖昧な感情の全てが、明白な事実と化した。  ……誤魔化そうとしたって、もう手遅れだ。


「そうだ。俺は……あまりにも弱いホロウだ」


 しわくちゃのシーツを握りつぶしながら、シヅキは歯軋りした。何も知らなければどんなに楽だったろう……そんな幻想を思い描いて。


 長い1日が終わる。



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