訝しい手がかり
「世界に、生命を取り戻す……」
先ほど目の前のトウカが吐いた言葉を、シヅキは反芻した。
「うん。私は、本気で考えているよ」
真っ直ぐ見つめるトウカを前に、シヅキは自身の眼を細めた。
「薄明の丘に初めて行ったときに同じようなことを言ってたな。 ……本気だったのか」
「本気、だよ……そうじゃなかったら、誰かを消してまで、進み続けることなんて出来ない」
息を吐き切るように言い切ったトウカは、自身の胸元をギュッと握り掴んだ。
「私と、私の仲間たちにとって、これは悲願だったの。私たちはありとあらゆる手を使って、たくさんの情報を集めて、世界に生命を取り戻す方法を模索した。回収した魔素の私的流用、アーク外部のホロウとの密談、秘匿にされていた過去の人間文明の資料の閲覧、上層部同士が行っていた通心内容の傍受。 ……必要な時には消しも」
淡々と過去の罪を語るトウカ。シヅキは先ほどまでとは違い、多少は落ち着いて彼女の言葉を聴くことが出来ていた。“トウカ”というホロウについて少なからず理解した後だからかもしれない。それ位のことを行っていたとしても不思議では無いと思えたのだ。
(それが狙いで先にホロウを消したことがあると切り出したのか? ……いや、今はどうでもいいか)
そんな思考の後、軽く首を振り、シヅキはこう尋ねた。
「必要な時に消した? じゃあお前は……お前たちか。好きで同族を消していた訳じゃあ無いんだな」
「それは、当然だよ! 無意味にホロウが消えていい道理なんて、ある筈がない」
「お前にだけは言われたくないだろーよ」
「そ、それは……」
苦々しい表情を浮かべつつ顔を俯かせたトウカ。対してシヅキはいつものように溜息を吐いた。
「まぁいい。今はどうでもいい。お前の計画とやらは大体分かった。ふざけた幻想を追いかけているってことをな」
「……幻想じゃ、ないよ」
「何だよ。取り返しのつかない罪を重ねて、それで手がかりでも掴んだってのか?」
シヅキが大袈裟に肩を上げて尋ねるとトウカは、
「うん。その手がかりが、ここにある」
そう答えてみせた。
(ここ? 辺境区ってことか?)
思えば、トウカが辺境区にやってきた時、やけに廃れの森だの、薄明の丘の景色を見回していた記憶がある。 ……単純な好奇心からの行動でもなかったのだろうか?
…………。
異様に長い瞬きの後にシヅキは尋ねた。
「で、何なんだよ。その手がかりっつーのは」
「それは……今は、答えられない」
「おい。それは話が違ぇな、トウカ。お前は計画の内容を話すっつったよな? 黙秘は許さねえよ」
「……ごめん」
「逃げんなよ……お前、昨日までと同じ立場にあると思うなよ。裏切り者に優しく出来るほど、俺はオワってない」
自分でも驚くほどに冷たい声が出た。それほどまでに自身の中に苛立ちが湧き出ていることを自覚する。
(必要ならトウカに、痛みを与えてでも……)
自身の右手へと眼を移す。 ……今の自分なら、出来る気がした。彼女の表情が苦痛に歪んだとしても構わない。そうだ、それくらい構わない。
しかし、シヅキの決意とは裏腹に、トウカはその口をポツポツと開いた。
「私、は……」
意を決したように彼女はその言葉を吐いた。
「私は……“虚ノ黎明”を探しに来た」
「虚ノ黎明? ……ハッ」
シヅキは口元を歪ませるように嗤った。
「クソほどに有名な犯罪集団じゃねぇかよ。アークに所属するホロウを執拗に消し回るイカれた連中だろ。 ……てめえが言った生命を取り戻すって計画、あれは嘘だったってことか」
挑発的なシヅキの言動に、トウカはその声を荒げた。
「嘘じゃない! それに……虚ノ黎明は犯罪集団でもない、よ! 彼らは私と同じで、生命を取り戻す方法を探している……だから!」
「んな話、聞いたこともねえな」
「当然、だよ。情報は全部、秘匿とされている。彼らは犯罪者として……罪をなすりつけられているだけ」
「秘匿? ……アークがその事実を隠しているってか」
シヅキが冗談混じりに尋ねると、トウカはぎこちなく首を縦に振った。
「その根拠は?」
「アークの上層部が、資料として隠し持っていたの」
「で、その資料はどこにあんだよ」
「……証拠隠滅のために、捨てた」
「つまり、俺はお前の吐く言葉を信じるしかねえってか」
「私は……嘘は言わない。シヅキには、協力して欲しいから」
「お前、俺を舐めすぎだ」
吐き捨てるように言ったシヅキは、トウカを置いて廃れの森の方へと歩き出した。
「ま、待って!」
「待たない。俺を何に加担させようとしてんだよ」
「私はただ……生命を取り戻したくって……!」
「その為に犯罪組織と関われ、と?」
「だから、虚ノ黎明はそうじゃなくって!」
「……それを信じる根拠が、同族を消した奴の言葉だけなんだろ」
「それは……」
言葉に詰まったトウカの表情は見るまでもなかった。ハァ、と大きく溜息を吐いたシヅキは、淡々と言葉を発した。
「お互いに一度頭を冷やそうぜ。今の状態の俺と、お前が……話をするべきじゃねえ」
それだけ言い残してシヅキは再び歩き出した。シャリ、シャリと砂を踏み締める音だけが耳を走る。今度はトウカから静止を促す声がかけられることもなかった。
ただ黙々と廃れの森を歩く。その中で彼が思い浮かべたのは、琥珀の瞳を細めて、暖かな笑みを浮かべたトウカの表情だった。それが、脳裏にこびり付いてならない。
「クソ!!!!!!」
ダンッ
大きく声を荒げたシヅキ。白濁しきった大木を蹴ると、痩せた葉が数枚、ヒラヒラと落ちてきた。




