革命
どこか肌寒い感覚を覚えたのは、丘の上に立っているせいだろうか? それとも、度々に吹いてくる潮風に当てられるせいだろうか? ……あるいは。
その眼を大きく見開いたシヅキ。彼は何も話せずにいた。それは言葉に詰まったからではない。先ほど目の前の少女が発した言葉……その意味が全く分からなかったからだ。
そんなシヅキのことを知ってか知らずか、少女は……トウカは言葉を重ねる。
「1体は、私の大切な友達を消した……だから、小さなナイフで喉を刺した。1体は、魔素中毒で苦しんでいた。だから、魔素凝固剤を飲ませて、ラクにした。1体は私たちにとって重要な情報を握っていたから、拷問して、用済みになって……だから、魔素中毒を引き起こさせた」
淡々とした口調で語るトウカ。彼女から溢れ落ち続ける言葉は、あまりにも似つかわしくなくて、唐突すぎて、現実感が無い。
シヅキは自身の首を2度横に振った。
「魔素凝固剤? 拷問? ……何言ってんだよ、お前」
せいぜいそんな困惑の声を上げることが、シヅキの限界だった。 ……ドクドクと鳴り続ける鼓動が耳の奥で響き渡る。どうにも呼吸が苦しかった。
「何、って」
ゆっくりと、顔を上げたトウカ。闇空に浮かぶ彼女の口元には、先ほどまでと同じ、笑みが浮かべられていた。
「“計画”に関わる話、だよ」
「……けいかく」
「この前、シヅキは私に計画のことを訊いたよね。それから私……何を話そうか、何から話そうかずっと迷ってた。それでね、決めたの。 ……まずは、私が犯した罪から話そうって」
「それが……ホロウを消したことだっていうのか?」
震える声でシヅキが聞き返すと、トウカはこくりと頷きやがった。 ……琥珀色の瞳が揺れ動く。
…………。
ハァ、と。シヅキは溜息を吐いた。
「……タチの悪い冗談だ」
「冗談、じゃないよ」
「嘘だ」
「ほんとだよ」
「そんな筈が無い。トウカには……お前にそんなこと、出来る訳が……」
「シヅキは、私のことを知らないだけだよ」
「……っ!」
その身体に強く力を込めたシヅキ。鋭く尖った眼光でトウカを見た。
彼の眼に映ったのは琥珀色の瞳だった。真っ直ぐに、シヅキを捉える透き通った眼。相変わらず綺麗すぎるソレに、シヅキは苛立ちを覚えざるを得なかった。
自身の胸元にソッと手を添えたトウカ。秘めていたものを全て吐き出すかのように話を続ける。
「私にはね? ずっと前から叶えたい願いがあるの。それを叶えるために、私はたくさんのホロウを巻き込んで、たくさんのホロウを傷つけて、それでも歩き続けてきた。辺境区に来たのだって、必要なことだったから」
「……同族を消す必要があったのかよ」
「同族を、消してでも……私は」
「てめぇ!!!」
激昂したシヅキ。その地面を抉るほどに強く踏みしめ、跳ぶように1歩進むと、トウカの華奢な肩を強く掴んだ。
「……ったい」
トウカの口からそんな声が漏れ出た。苦痛に歪んだ表情に肩を押さえつける右手が緩みそうになったが、寸で我慢した。
「お前の言ってること、何も分かんねーよ! それはただのエゴだろ? お前のエゴは同族を消していい理由に何のかよ!!!」
「……痛いよ、シヅキ」
「否定しろ。今までの自分の発言を全て否定しろ! 嘘だと言えよ、トウカ!」
肩で息を切らすシヅキ。焦点の合わない視線が捉える地面は、ずっと遠くにも、ずっと近くにも見えた。
灰色の世界が見渡せる丘の上。虚無めいた静寂の中にはシヅキの荒い息遣いだけが走る。
「嘘だと、言ってくれよ……」
反芻されたシヅキの言葉はどこまでも弱々しかった。
「シヅキは、やっぱり、優しいね」
「……は?」
「だって……名前も知らない誰かのことをそんなに思えるなんて、私は出来ないよ」
「今はそんなこと、どうでもいいだろ」
「いいわけ、無いことないよ。シヅキはすごく優しいから……私のことを、話そうと思えたの」
「意味が……分かんねえ」
トウカの肩を押さえつけていたシヅキの右手は、ストンとずれ落ちてしまった。その勢いのまま、シヅキの身体は地面へと崩れ落ちた。
「意味は、簡単だよ。シヅキは、私なんかを“絶望”から助けてくれた。風邪を引くかもしれないからって、部屋に入れてくれた。他にもたくさんの思いやりを感じて……それはぶっきらぼうなんだけど、暖かかった」
シヅキの頬を柔らかな感触が包み込んだ。すぐにそれがトウカの手だと気付いた。恐る恐る顔を上げたシヅキ。目の前には、トウカの顔があった。
「だから、私は思ったんだよ? 優しいシヅキはきっと……味方になってくれるって思った。じゃないと、私は私を語れない。この世界で悪者の私を……語れない」
「……俺だったら、お前が同族を消したことを容認すると思って、言ったってのか?」
「正確には、ちょっとだけ違う。シヅキが計画に協力してくれることに賭けたということ」
「……この話の流れで、よく言えたな。テメエ」
「魔人を刈ることさえ苦痛に思うホロウに、私のことは消せないから」
「……っ!!!」
「ほら。シヅキは凄むだけで、私のことを傷つけないもん」
「……クソッ」
やり場のない拳を地面へと叩きつけたシヅキ。それを他所に、トウカは立ち上がった。
「ほら、シヅキも立って」
こちらに腕を差し出すトウカを見上げる。 ……シヅキにはもう、今までの“トウカ”と同じようには見ることができなかった。腹の底が知れない、一種の怪物のようにしか映りやしなかった。
その琥珀の瞳を見上げながら、シヅキは口元を歪ませる。
「騙された気分だ。何もかも」
己が為に同族を消したことに対してなのか、それとも、性格に付け込まれたことに対してなのかは分からない。ただ確かなことは、自身が憧れたモノというのは、近くで見てみると、ずっと、ずっと汚かったということだ。
「はは……」
それに気付いたシヅキの口から乾いた笑いが溢れ落ちた。喉の奥でクツクツと笑う。それはシヅキの悪癖だった。
歪んだ口元のまま、シヅキはトウカの眼を見据えた。そして、呪詛を吐くかのようにこう言い放つ。
「なあ、トウカ。お前の計画って何だよ。言え。 ……俺の返答は、それからだ」
「うん。 ……ごめん、シヅキ」
「何の謝罪だよ要らねえよ今すぐ吐け」
「……そうだね。言わないと、だね」
微かに震えたトウカの声。その震えは何から来たものだろうか? そんな疑問が脳裏を過ぎったが、澱んだ苛立ちの沼の中にあえなく沈んで消えていった。
今、自分は“トウカ”というホロウのことをどう思っているのか? ……分からない。彼女が放ったホロウを消したという言葉は、事実だとは思う。でも、事実だと認めることが出来ない。感情が理解に追いつかないのだ。それは、トウカに憧れを抱いているからだろうか?
募る。疑問が募る。何もかも分からなくて、分かりたくない。でも、遅いのだろう。溢してしまった水を元には戻せないように、もう知らないとならない段階にまで、来てしまったのだ。
…………。
風が再び吹いた。まともに手入れをしていない前髪が目元にかかる。シヅキは首を振ることも、手で掻き分けることもしなかった。ただ、ただトウカの返事を待つ。
間も無く、彼女はその口を重苦しく開いた。ポツポツと言葉を連ねた。
「私は……この世界に、生命を取り戻すんだ。生命が生きることができない、絶望に満ちた世界を変える……そんな革命を起こすんだよ」




