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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第一章 灰色世界
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肉薄する魔人


「ドゥ……ドゥ……ドゥ」


 謎の破裂音を発しながら、魔人は猛攻を仕掛けてきた。推定刃渡り15cmほどの短剣が(くう)を切り裂く。シヅキは短剣の間合いに入らないように、大鎌で牽制を繰り返していた。


ギィィィン


 何度目かの(つば)迫り合いの後にシヅキは(さと)った。


(こいつ、強いな)


 力とスピードはシヅキの方が上だ。その確信があった。しかしながら未だ魔人の身体へ一撃も御見舞い出来ていないのは、技量の差に原因がありそうだった。


 魔人(やつ)は徹底的に一定の距離を保っていた。保つように、確かな意図があり動いているのだ。振るう大鎌の先端……そこにちょうど短剣の腹が当たるように位置の微調整をしていやがる。是非とも足の動きを確認したいものだが、視線を動かす余裕はない。


 おかげで、鍔迫り合いで魔人を押し込んだとしても、ほんの少しのバックステップで間合いから離脱されてしまうのだ。そしたらまた、間合い取りからやり直しだ。


(厄介だ)


 眉間に皺を寄せながらシヅキは舌打ちをした。経験上、単純な能力よりも技量の勝る相手の方が面倒なのだ。


 大鎌の持ち手を少し短く調整する。牽制よりは攻めに行った方が良さそうだ。


「ふぅ……」


 呼吸を整える。弛緩させた身体の中で、体内魔素を脈立たせる。速攻と破壊……それに戦術をシフトチェンジする。


(浄化型舐めんな……)


 人間には出来ないやり方で、技量を凌駕してやる。


 魔素の運動を激しくさせることで得られる効能。それは一時的な……


(身体強化)


 右脹脛(ふくらはぎ)に力を込めた。すると、自身の身体はいとも簡単に左に飛んだ。


「ドゥ……!」


 魔人の声から動揺を感じ取ったのは気のせいではないのだろう。急に目の前の相手が消えた……そう見えるほどの速度で動いたのだから。魔人は1テンポ遅れて左を見た。


 しかし、その遅れを見逃せるほどシヅキは愚かでない。


「ラァ――――!」


 腰回りよりも低い姿勢から放ったのは渾身の斬り上げだった。肉薄(にくはく)の距離は、魔人に回避の隙を微塵も与えない。


ズシャ


 確かな手応えと共に、魔人の左腕を捉えた。ただ一片の遠慮なく大鎌を振り上げると共に、左腕は宙を舞った。


 手応えを確認した刹那、シヅキは魔人から大きく距離をとった。追い討ちはかけない。魔人に痛覚は存在しないと言われている。大傷を与えたとしても、奴らはノータイムで反撃を繰り出してくるのだ。


 現に、魔人は失った左腕を気にする様子なく短剣を構えている。無論、身体を削いだ分こちらが有利なことに変わりはないが。


「ハァ……ハァ……」


 肩で息を整える。体内魔素を強引に循環させた身体強化の反動は大きい。不快な倦怠(けんたい)が全身を纏った。


 魔人は先ほどまでと異なり、攻めてこなくなった。明らかにこちらの出方を(うかが)っている。奴らの内部構造に思考回路が残存しているのか……それは知ったこっちゃないが、戦闘中の奴らからは多少の知能が垣間見られる。


(次は……正面)


 視界から消えたように見せるやり方はもう通じない……そんな確信があった。なら、この強化した身体で正々と押し切る他ない。


 今度は姿勢を低くすることなく、正面に飛んだ。遠心力を利用し、後方から大鎌を振るう。


 しかし――


ギィィィィィィン


 けたたましい高音。シヅキの大鎌は魔人に捉えられたのだ。さらに……


ズッ


 鈍く、小さな音。しかしそれは確かに鳴った。


「くっ……!」


 食いしばった歯の間から鋭く息を吐くシヅキ。彼の左足に斬撃が走ったのだ。


 右脚に力を入れ後退を試みた。しかし、魔人は逃すまいと距離を保つ。間合いは奴が有利だ。


 肉薄の距離感から振るわれた短剣。反射的に曲げたシヅキの首は、なんとそれを寸のところで避けてみせた。結果、魔人の顔面がシヅキの肩に乗る。


 やれる――――!


 そう思った時にはシヅキの鎌が魔人の背中を捉えていた。


 重力により地面に叩きつけられるシヅキと魔人。魔人の背中には……確かに大鎌が突き刺さっていた。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 荒い呼吸を繰り返すシヅキ。ブレる視界と早鐘(はやがね)の心音が鬱陶しい。


 重い身体を転がし、下敷きにされた魔人から抜け出す。鎌を支えにし、起き上がると目下(もっか)には大量の血を流す魔人が一人。ピクリとも動かなかった。


「やれた……危ねえマジで……」


 久々に繰り広げたギリギリの闘いは本当にギリのギリだった。ゼロ距離で魔人が振るった短剣を避けられたのはただのマグレだった。もし寸でも首を曲げるのが遅れていたならば……そう思うと身震いした。


 なんとか息を整え、シヅキは背後を見た。大木の傍には……トウカの姿が。半身の彼女は目の前に錫杖を構えている。


「終わったぞ……もうだい――」


 瞬間。


「は?」


 背後から感じたのは……魔素のノイズ。反射的に振り返ると、そこに居たのは先ほどやった筈の魔人。


「ドゥ………!」


 放たれる……いや、放たれている一撃は、奇しくもシヅキが放ったのと同じ、低姿勢からの斬り上げだった。既に回避は出来ない間合いにある。


「――――っ!!!」


 せめて致命傷だけは……そう思い、左腕でガードしようとした時だった。


「シヅキ! 叩いて!」


 そんな大声と共に……なんと魔人の動きが一瞬間止まったのだ。


「ヌッ――!」


 大鎌の持ち方や振り方なんて考える暇なかった。ただただ刃先を魔人の頭蓋に振り下ろした。


ズシャ


 鈍く、そして確かな音。本当の決定打だった。


 大鎌を振り下ろしたシヅキは尻餅をつきそうになったが、なんとか堪え、半ば這いつつ魔人から距離をとった。ブレる焦点で、どうにかこうにか魔人を捉える。


 今度こそ魔人は…………動かなくなっていた。


「なんだってんだよ……クソが」


 幾度の予想外の連続を前に身体的な、そして精神的な疲弊を感じざるを得ない。身も心も……擦り切れる感覚。本当に、クソみたいな感覚だ。



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