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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第一章 灰色世界
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人間の末路

 

 廃れの森は相変わらず歩きづらかった。


 空の闇とは異なり、気味が悪いほど真っ白の大樹が覆うここは視界の効きが良くない。幸いにも地面はある程度の舗装が行われているため歩行自体に支障は出ないのだが。


 シヅキは少し後ろを歩くトウカへと声をかけた。


「ここで(はぐ)れると見つけ出すのが少し面倒だから、あまり離れねえよう……またかよ」


 つい先ほどの丘上と同じく、トウカは話そっちのけに今度は頭上を見ていた。


「何をそんな見るものがあんだよ……」


 溜息混じりに文句を吐き、トウカに話しかけようとしたが、それは阻まれることになった。


「すごい……」


 口を半開きにし、その琥珀の眼を輝かせ(シヅキにはそう見えた)廃れの森を見渡すトウカ。とてもじゃないが声をかける雰囲気ではない。


(変な女だな)


 (しばら)くはあのままだろうと思い、シヅキは放っておくことにした。任務が遅延した原因は自分にはないのだから別にいいだろうなんて。そんな考えだ。大樹の1つにその背中を預ける。特に疲労感もない身体だ。休憩なんて意味を成さない。


(中央のホロウからしたら、物珍しいのか? こんなとこが)


 真っ白の大樹共は別に、だからって他に特徴がある訳ではなくて、結局は生きていた樹の末路に過ぎない。生命が生きられなくなったこの世界では、眼に見える全ては“生命を持つ者の紛い物”でしかない。それを彼女は理解できていないのか、それとも理解した上であんな真似をしているのか……どちらにせよ、関係のないことだが。


「ふぁあ……」


 押し寄せた欠伸を遠慮なく出し切り、シヅキはゆっくりとその眼を閉じた。一眠りでもしようか? いや流石に――


「シヅキさん!!!」


 急に大声で呼ばれた為、身体がびくっと跳ねた。目の前には張り詰めた表情をしたトウカが。


「悪かったよ……本当に眠るつもりは……」

「そうじゃなくて! おそらく“魔人”が……」


 魔人。その言葉を聞いたシヅキの身体がボゥと熱くなった。反射的にその場に立ち上がる。


「……方向と、数と、武装は?」

「分かりません。ただ、反応の小ささからして規模は大きくないです」

「だろうな。 トウカ……さんは武装の準備と、あとは情報の提供を頼む」

「分かりました。えっと敬称は要らないので」

「そうか」


 大きく深呼吸をした。全神経を索敵に集中させる。視線をギョロギョロと動かす。僅かな音すら拾うために耳を(そばだ)てる。魔素のノイズを検知するために皮膚の感覚を研ぎ澄ます。いつもやっていることだ。


……………………

……………………。


「シヅキさ……」

「黙れ」

「け、検知情報……」

「あ、あぁ。すまない。言ってくれ」


 コクと小さく頷いたトウカが恐る恐るの口調で言う。


「シヅキさんから正面。数は1人。武装はダガーです」

「ダガー?」

「短剣です」

「あぁ、了解」


 武装が短剣なら、敏捷(びんしょう)が高いか? 防御は薄いだろう。一撃叩き込めれば……。


 そこまで思考をしたところで、シヅキにも反応が検知できた。自然魔素に明らかなノイズが走っている。ここまで乱れきったノイズをホロウは出せない。ホロウが魔素に与えるノイズは僅かなものだ。であるならば、この反応は1つしかない。


 ゆっくりと、しかし確実に近づいてくるソレ。口内に溜まりきった唾液をゆっくりと飲み込んだシヅキは、(おもむろ)に武装の展開を始める。


 右手を自身の目の前に掲げる。そして、意識をする。体内の魔素の流れ……これを、意識。


「すー…………ふぅ…………」


 長く時間をかけ、息を吸い、そして吐く。身体を徹底的に弛緩させる。少なくともシヅキにはこれが必要だ。


 やがて襲われたのは、身体中が熱を帯びる感覚。体内の魔素が活性化しているのだ。その魔素を無碍にはしない。体内をゆっくりと移動させて、右腕付近の体内魔素の濃度を上昇させる。


 濃く、そして太くなった体内魔素から造形を行う。イメージするのはいつだって同じだ。何人(なんぴと)を刈り取るための……


 バチバチと音が鳴るほどに魔素が荒ぶる。痛いほどだ。それを歯を食い縛り耐える。耐える。耐える。


 間も無くして、シヅキの右手に握られたのが――


「……武装、完了」


 その刀身が、柄が、真っ黒に染まった刃渡り1mにも及ぶ大鎌だった。これまでも、これからも魔人を狩るための愛刀だ。


「トウカ、戦闘になったら、あんたが思う以上に距離をとってくれ」

「分かりました!」


 顔だけ振り返り、姿を捉えたトウカの手には棒状のナニカが握られていた。


(あれが錫杖(しゃくじょう)ってやつか?)


 典型的な抽出型がよく使う杖とは異なり、錫杖とやらは曲線を描いておらず、先端付近には小さな球状のものがいくつも吊り下がっている。 ……あれは、鈴? なんにせよ中央から来た抽出型だ。実力はちゃんとあるだろう。シヅキは正面を向き直した。白濁の大樹共の間へと意識を集中させる。


 柄の部分を長く持つ。鎌の射程範囲を上げるためだ。牽制用の構え。そろそろ来る……来る。


 魔素のノイズが皮膚を振るわせるほどに大きくなったその時――


「――っ!」


 視界の上端……そこからソレは降ってきた。


ガギィン!


 瞬間、持ち手の鎌に大きな振動を得る。同時にけたたましい高音が鳴り響いた。シヅキの眼前に現れたのは……


「魔人……」


 バックステップをし、距離をとる。巻き起こった白色の砂塵の先に居たのは一人の魔人だった。


 全身を覆うのは、黒色の灰のような粒。無数の粒の集合体がその身体を造っているようだ。衣服を纏っているのだろうか、所々粒が露出していない部分がある。しかし、その身体と融合してしまっているのか明確には分からない。 ……今はそんなこと、どうでもいいけれど。


 そして、その右手? に握られていたのは小ぶりのダガーだった。魔人はダガーを自身の胸前に構えている。 ……臨戦態勢だ。すぐにでも来る。


「ドゥドゥドゥ……」

「あ? んだよ」

「ドゥ……ドゥ…………」

「何言ってんのか分かんねーよ。人間様」


 シヅキの挑発に乗せられた訳ではないだろう。しかし、シヅキが吐き捨てた瞬間に魔人は突っ込んできた。


 そのダガーを振るう。シヅキを殺すためだけに振るう。シヅキもそれに応戦し、大鎌で受け止める。細かい息遣いと鳴り響く刃の衝撃音だけがその場を支配する…………。


 ――人間の末路の姿である魔人。人間を模して造られた存在であるホロウ。その闘いの火蓋が廃れた森の中で落とされた。



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