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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第二章 “絶望”
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むせ返る


『……シヅキだって、魔人を刈るのは嫌でしょ? 苦痛に思ってるよ』

『勝手に決めんなよ。俺はただ……与えられた役割をこなすだけだ。魔人の刈りだって……苦痛なんかじゃねえよ』

『嘘だよね?』

『あ?』

『嘘だよ……だってシヅキ、魔人を浄化した後すごい苦しそうな顔をしてた』

『黙れ』

『自分に言い聞かせてるんだよね? 魔人を刈らないとって』

『黙れ!』


 ……数日前の会話(ゴミみたいな夢)を見た。寝覚めは酷く悪い。


「チッ……」


 大きく舌打ちをしたシヅキ。彼はすぐに部屋の奥にある水回りへと移動した。


 質素なシンクの上に置かれたコーヒーの粉。シヅキはそれをカップの中にぶち込むと、粉で濁ることお構いなしに、水桶の中へ潜らせた。


 並々に注がれたコーヒーの粉入りの水。シヅキは何の躊躇いもなく、ソレを喉へと流し込む。


「ゲホッ……ゲホッ……ゲホッ………………ああ゛っ……!」


 満足に粉が溶けていないコーヒー未満の代物(しろもの)。そんなものを一気に飲み干そうとすれば、むせ返ることなんて当然だった。


「ああ……クソ…………不味い」


 ビシャビシャに濡れた口周りを強引に拭いながら、シヅキは言葉を吐いた。今日という日を、そうやって迎えたのだ。




※※※※※




 いつまで経ったって、世界が変わることはない。目の前に広がるのは黒を黒で塗りつぶした闇の世界だけだ。太陽とやらも、月とやらも、星とやらも……そんな眩しい光は微塵もない。あるのは辟易の景色だけだ。


 そんな闇とは対照的に、真っ白に染まりきった森。ソレは“純白”や“雪白(せっぱく)”なんて綺麗な表現では言い表せられない。濁りきった澱みの白色だ。そんな中を今日もまた、歩く。闇の空と白の木々に囲まれながら、シヅキは歩く。 ……そう。全ては人間の為に。


「シ、シヅキ! ちょっと足速いよ……」


 篝火に従って、廃れの森を奥へと進んでいたシヅキ。そんな彼の背後からは、制止を呼びかける声が聞こえてきた。


「……」


 しかし、シヅキがその声に応えることはない。むしろ、彼の歩幅はより大きくなった。


 目深に被ったフードの中で、彼は舌打ちをする。


(何なんだ? 今日は)


 シヅキが激昂してからの数日間、彼がトウカと口を利くことは殆どなかった。あの日以来、いつまでもどんよりとした空気を引き摺ったまま、ひたすら任務に当たっていたのだ。トウカの方も、魔人との戦闘中を除けば、一切口を開くことはなかった。そこにはゴミみたいな静寂だけが渦巻いていた。


「ま、待ってってば……」


 しかしながら、今日ときたらこのザマだ。トウカはあの日のことを気にしている素振りを見せず、慌ただしく話しかけてきやがる。 ……すっかり忘れてしまったのだろうか? そう思えてしまうほどに。


 まるでそれは……


「いつも通り」


 僅かな声で呟いた後、シヅキは溜息を吐いた。彼の中には行き場のない感情が渦巻き始めていたのだ。


 数日前。トウカの言葉に対して、シヅキは大きく感情を動かした。無論それは怒りでしかなかった。自身の在り方を推し測ってきたトウカに対する怒り……シヅキはソレを引き摺り、引き摺り、引き摺り……そして今に至る。


 しかしどうだろう? 今、トウカに抱いているこの感情は、激昂した時と同じままだろうか? ……未だに、“怒り”として機能しているだろうか? シヅキというホロウはあの時と変わらずにいるだろうか?


 闇に染まった空の下、どうもシヅキは首を動かせずにいた。ただモヤモヤとした気持ちだけが、胸の内を揺蕩(たゆた)うばかりだ。


(気色悪い……)


 この怒りだけは決して失くしてはならない……そんなふうにすら感じていたくせして、時が流れてみればどうだろうか? 酷く曖昧なものになりつつある。シヅキには、ソレは受け入れ難いことだった。


『自分に言い聞かせてるんだよね? 魔人を刈らないとって』


 脳裏に呼び起こされたのは、やはりトウカのあの言葉だった。何度も、何度も脳内でソレを反芻し、自分の胸に問いかける。「お前はちゃんと怒れているのか」と。


 今度は、首を縦に振ることができた。そうだ……しっかりと否定することが出来た。


 ゆっくりと息を吐いたシヅキ。後ろからは、相変わらず歩幅の小さな足音が絶え間なく聞こえてくる。「それでいい」と思いつつ、更に歩速を上げようとした時だった。


「……あ?」


 急に後方から音が止んでしまったのだ。パタパタと地面を踏む音が止み、シーンと空気が主張をする。


 これにはシヅキも反射的に首を向けてしまった。向けてそうして……眼を見開く。


「……トウカ?」


 眼前には地面に(うずくま)るホロウが1体。肩で呼吸を繰り返している。心底苦しそうに。何の突拍子もなく。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…………」


 思考を放り棄て、シヅキは駆け寄った。

 

「トウカ? おい、トウカ!」

「シ、シヅキ…………! ま、まず…………い」

「まずい? ……何がだよ?」


 その首を震わせながらシヅキを見上げたトウカ。それを見たシヅキは大きく表情を歪ませた。真っ青に染まったトウカの顔……それはあまりにも尋常ではない様子だったのだから。


「な、何だよ……何があったんだよ!?」

「ぜ……ぜ……!」

「“ぜ”? んだよ?」

「ぜ……ぜ…………ウォェ!」


 トウカの喉が一瞬膨らんだかと思うと、彼女は大きく顔を下に向けた。ビシャビシャと液状のモノが溢れ落ちる音がする。


 シヅキは首を大きく横に2度振った。


「ほんとに……何が――」




 ズズズズズズズズズ……………




「――っ!?」


 瞬間、訪れた違和感。強烈すぎる違和感。それは波紋のように、シヅキの体内を急速に駆け巡り、広がり、内側から蝕んでいく。 ――魔素の、ノイズだ。


「こ、これは…………っ」


 むせ返ってしまう程の体内異常を感じる。否応もなく感じさせられる。それは悪寒となって、或いは発作という形で発露されてゆく…………。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 荒い呼吸の最中、シヅキは確信を持った。トウカが何を伝えようとしたのか……そのことについての確信だ。



 シヅキは呟いた、震える声で呟いた。


「“絶望”だ……」




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