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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第二章 “絶望”
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嘘だよね?


 コクヨの話が終わり、解散となった。


 続々とホール出口へと向かうホロウたち。シヅキもその中に幽霊のように紛れ込んでいたが……


「シヅキさん」


 その声がハッキリと聞こえてしまった。ほとんど反射的に首を向けると、琥珀色の瞳と眼があってしまう。


「……トウカ」

「少しだけ、お話宜しいですか?」


 ぎこちない言葉遣いとともにトウカはそう言った。 ……周りからは多くの眼を感じる。見知らぬホロウが一匹狼(シヅキ)なんかに話しかけているからだろう。遠慮のない周囲の視線がシヅキを刺していた。


(狙って話しかけたか?)


 このタイミングであれば、シヅキは対応せざるを得ないとでも考えたのかもしれない。 ……いや、そこまで頭が回るだろうか? 何にせよ、ぞんざいに扱えないことは確かだった。


「……ああ」




※※※※※




 トウカというホロウは変に目立ってしまう。白銀色なんて髪色は珍しいし、身長が低いくせして長物の武装をしているのだから。シヅキも周りからジロジロと見られ続けることは、当然本望では無かった。


「よいしょっと……」


 変な掛け声とともに、トウカがベッドへと腰掛ける。誰のベッドか? ……シヅキのものだ。


「ハァ」


 小さく溜息を吐いたシヅキ。結局のところ、話し合いの場としてシヅキの部屋がちょうどいい落とし所となってしまった。


「ごめん、シヅキ。今日もお部屋借りちゃって……」

「別に。 ……で、話って何だよ」


 早速シヅキがそう切り出すと、トウカは「うん」と頷きつつ俯いてしまった。暫くそうした後にゆっくりと顔を上げる。


「その……しつこいかもしれないんだけど、やっぱり気になっちゃって。今日の任務が終わった辺りから……シヅキ、あんまり機嫌が良くないかなっ……て」

「……」

「そのっ! やっぱりチームだから……こういう問題はちゃんとした方がいいかなって……」


 尻すぼみに小さくなっていくトウカの声。何となく、そこに恐怖感を抱いていることを感じとった。……だからこそシヅキはズキズキと心が痛む感覚に襲われるのだが。言い換えればそれは罪悪感だ。


「……」


 トウカからしてみれば、たまったものではないか。気がつくと隣のホロウは勝手にツンケンとしていたのだから。自分に落ち度なんて考えられない訳で。 ……そうだ。俺は丘の上でトウカが放った発言……それに感じた漠然とした気に食わなさをずっと引き摺っているのだ。


(なんて幼稚なんだ、ほんと)


 自身に対して大きく溜息を吐いたシヅキ。出来るだけ口調柔らかに言葉を紡ごうとする……


「いや、俺は――」


 その時だった。シヅキの中にジワリとノイズが走る感覚が襲った。その感覚は、何度も経験をしたことのあるものだった。


小さく舌打ちをしたシヅキが呟く。


「今かよ」

「……どうしたの? シヅキ」

通心(つうしん)だ。しかも、ホロウ全体へ一斉に行われてやがる」

「いいよ。先にそっちで」

「……ああ」


 ホールの時といいタイミングが悪い、と思いつつシヅキは魔素情報を読めるように形を変える。


「雑務型からだ。読み上げる」

「うん」

「ツイキ ヒトガタホロウ トクシュコタイ ホウコク アリ ジョウカ チュウシュツ トモニケイカイ イジョウ」

「これって……」

「ああ。俺が報告上げた個人(こたい)だな」


 昨日戦った人形(ひとがた)のホロウ。異様に知能の高い個人(こたい)だったことをソヨに報告していたが……どうやら、既に上へと話は通っていたらしい。


「コクヨさんのお話でもあったけど、魔人の動きが……おっきいね」

「昨日、今日の話だ。何なんだろうなほんと」

「植物形状の魔人ね、中央に居た頃に何人か見たことあるの。 ……たくさんの、ホロウが消滅した」


 下唇をギュッと噛みながら語るトウカ。もしかしたら知り合いのホロウがその中にいたのかもしれない。


「……面倒なのが出たな」


 頬杖をつくシヅキ。彼の頭の中はトウカに述べる言葉ではなく、コクヨが発した“絶望”についてでいっぱいになっていた。それはトウカも同様のようで、その小さな手を握り拳へと変える。


「きっとまた、たくさんのホロウが消えちゃう」

「仕方ねえよ。コクヨだって言ってたろ? 俺たちは……ホロウは、人間の為にその存在を懸けねえとならねえんだ」


 シヅキは自身の掌に眼を移した。ソレは今まで多くの魔人を浄化(ころ)した掌だ。何十、何百という単位の魔人を。 ……そう、全ては――


「ほんとに」


 やけに大きなトウカの声にシヅキの方がビクッと跳ねた。見ると、トウカがまっすぐシヅキのことを見ていた。琥珀の瞳がシヅキを捕らえて離さない。



「ほんとに……そうなのかな。人間の為なんて」



 要領を得ないトウカの呟きに、シヅキは首を傾げた。


「何が言いたいんだよ」

「……中央の時も、同じだった。全体の指揮をとっていたホロウも、同僚のホロウも、街に暮らすホロウたちだって、皆が『人間の為に』なんて言った。その為に、たくさんの魔素を流して、たくさん消滅して、昨日まで居たホロウはもう居なくて……そんなのが当たり前だったの」

「……トウカ?」

「でも、私は思うの。人間の為になんて……そんなのおかしいよ。ホロウは……ホロウにだってちゃんと意志がある! 怖いものは怖いし、痛いものは痛い。それなのに、何で私たちは私たちのことを第一に思えないの?」

「やめろって」

「だって……」

「トウカ!」


 ドン、とシヅキは机を叩いた。激情するトウカはその口を塞ぎ、静寂が場を包み込む。


 シヅキは長く溜息を吐いた後、静かに言葉を放つ。


「……それは、全てのホロウへの冒涜だ。ホロウの在り方を全部否定したんだよお前は」

「……シヅキだって、魔人を刈るのは嫌でしょ? 苦痛に思ってるよ」


 トウカの言葉に対して、シヅキは大きく表情を歪ませた。


「勝手に決めんなよ。俺はただ……与えられた役割をこなすだけだ。魔人の刈りだって……苦痛なんかじゃねえよ」

「嘘だよね?」

「あ?」


 眉間に皺を寄せてトウカを睨み付ける。しかし、気弱なトウカは眼を背けなかった。


「嘘だよ……だってシヅキ、魔人を浄化した後すごい苦しそうな顔をしてた」

「黙れ」

「自分に言い聞かせてるんだよね? 魔人を刈らないとって」

「黙れ!」


 再びドンと机を叩いたシヅキ。今度はそれに収まらず、その場に立ち上がった。


 肩で呼吸をしながらシヅキは言う。自重や遠慮なんて言葉はシヅキの中からすっかりと飛んでいた。


「何が気に食わなかったのか今分かった。 ……トウカてめぇ、お前は自分のことしか考えてねえんだよ。世界が命を取り戻すなんて理想論語ってよ。そんな叶わねえ夢を想像していい気になってんだ。おまけに何だ? 人間の為にあろうとするホロウを否定するのか? 傷心が辛いからってよ。 ……甘えてんじゃねえよ。現実を見ろよ。ホロウが取れる選択なんて他に何がある? もしそんな思想を他のホロウの前で語ってみろ。 お前の居場所なんてもうねえぞ」


 頭の片隅ではもうマズいなと思っていたことは確かだ。でも、止めることなんて出来なかった。


「それに、俺が魔人の浄化を苦痛に思ってるってか? 勝手に、決めつけんなよ。勝手に、推し量ってんじゃねえよ。てめえが俺の気持ちを決める権利なんて、そんなものある訳がねえだろ!」


 怒気が篭ったシヅキの声。それは静かに、しかし確かに大気を震わせた。再び訪れたバカみたいな静寂を前にシヅキは自身の頭を強く掻く。


 そして最後に言葉を吐いた。


「……もう帰れよ、お前。帰ってくれ」


 ――その後、トウカが何か言葉を呟いたか、それとも無言のままだったか……それは分からない。ただ気づいた時にはポツンと1体、シヅキだけだった。



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