今日もまた
『マソチュウシュツ スタレノモリ セントウキロクテイシュツ ツギ』
『バショジョウホウツイキ マーク アカ ツギ』
『ジョウカタイショウ ヒトガタ ツギ』
『ケモノガタ ニゲロ イジョウ』
ギギギと軋む昇降機の中で、シヅキが受け取ったのは一連のメッセージだった。それらに目を通した後、彼は『4件を受け取った。承諾』と返す。
「シヅキ、どうしたの?」
トウカが首を傾げながら訊いた。やりとりは全てシヅキの体内で行われていたため、端からはただボーッと突っ立ってるように見えているのだ。
「……管理部からの連絡だ。浄化対象の位置とターゲットの情報。お前には届いてねーのか?」
「届かないというか、届けられないの。“コネクト”が済んでいないから」
「……あ? コネクト?」
「えっと、魔素媒介の意思やりとりのこと」
「通心か。 ……ああ、そうか」
魔素を介して任意の相手とやりとりを行う……通心。汎用性と利便性ともに優れているが、これは誰もが行えるわけではなかった。シヅキも詳しくは知らないが、確か魔素同士を馴染ませる必要があった筈だ。 ……つまり、辺境を訪れたばかりのトウカには通心を行えない。
「しばらく不便だな」
「……だから、シヅキには結構頼るかも」
自身の顔の前で両手を合わせたトウカ。眉を潜めたその表情を見て、シヅキは溜息を吐いた。
「都合よく扱いやがってよ」
「ご、ごめん……そんなつもりは……」
「いいって。そうするべきだろうしな。俺が面倒ってだけだ」
自身の後ろ首を摩りながら、シヅキは管理部から届いた情報をトウカに伝えた。コクコクと頷きながら聞いていたトウカが、口元に手を当てながら言う。
「やっぱり、獣形は大人数じゃないと難しいよね」
「中央部は獣ばっかだったんだろ。こんな少数での任務は初めてじゃないのか?」
「……うん」
小さく首肯したトウカは背負っている錫杖の柄をギュッと握った。
「別に、やることは変わんねーよ。基本的に戦闘は俺がやる。トウカは索敵と魔素の抽出……これを頼む」
「うん」
「トウカから何か言っておくことは?」
「え?」
「俺が全部決める権利はねーだろ」
「そ、そっか……うーん」
今度は顎元に手を添えるトウカ。しばらく考えて、考えて、やがて彼女が口に出した言葉は――
「……あまり無理はしないようにしてね」
ギギギギギギギギ
昇降機が大きく軋んだ。地上は近い。ポッカリと空いた穴を見上げながらシヅキは言った。
「……互いにやれることをやろう。今日はそれで及第点だろう」
※※※※※
黒を黒で塗りたくったような闇に覆われた空の下。そこには相も変わらず白濁に染まった森が広がっていた。
オドを出てすぐに飛び込んだそんな景色に、シヅキは辟易の溜息を漏らした。生きていないくせして、かつての自然と同じ形であろうとするこの森のことが、シヅキは嫌いだった。
一方で――
「やっぱりすごいな……」
バカみたいに森を見上げながら口をポカンと開けるホロウが一体。やはりこちらにもシヅキは溜息を漏らした。もはや、指摘を遠慮する理由はないだろう。
「こんなもの見て何が面白いんだよ」
それを聞いたトウカがやっと顔を下げた。その表情はムッとしている。
「こんなに自然の形が残っているんだよ? すごく感動するし、観てて全然飽きないって」
「形だけな。形だけ。所詮生きてなんかいねえ紛いもんだ。くだらねえ」
「くだらないって……」
「もういいだろ。今日の任務は観光か? ……ちげえだろ」
シヅキがそう言うとトウカは口を噤んだ。それを確認したシヅキが淡々と言う。
「マークは赤だ。今日の任務はその付近にいる人形の魔人を浄化して、その魔素を回収することだ。ここまではいいか?」
「うん」
「そうか。じゃあ行こう」
「……あのね、シヅキ」
「んだよ」
「ちょっと言いたいことがあって。その……」
「いいから。話してみろよ」
いつも以上に恐る恐るな様子のトウカ。自身の白銀の髪を触りながら彼女は言った。
「昨日は結構危なかったから……シヅキだけでも大丈夫なのかなって……」
「……」
昨日の記憶をシヅキは思い浮かべた。ハッキリと思い出されるソレは……肉薄の距離まで迫ってきた魔人だった。ドゥという独特の鳴き声は未だに脳裏へこびりついて離れない。
………………。
「いや……」
やがて首を大きく横に振ったシヅキが口を開いた。それはまるで、自分に言い聞かせるように。
「あいつは特殊な個人だった。毎回、あんな奴とやり合うわけじゃねーよ」
「そうかも、しれないけど……」
未だに心配そうにするトウカを尻目にシヅキは言う。
「……まぁ見てろって。俺はそんな柔じゃねーよ。 ……魔人を刈るくらいしか俺に出来ることはねぇんだ」
真っ黒のフードを被ったシヅキは、大きな歩幅で廃れの森を歩いていく。
「ま、待って……」
トウカがそんなシヅキの後を追う。魔人刈りが今日もまた始まる……。