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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第一章 灰色世界
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長い1日の終わり

……その後。そう、衝撃的な事実をトウカが突きつけたその後。


「じゃ、じゃあね。シヅキ! また……」


 手を振りながらそう言ったトウカは、逃げるように(シヅキにはそう見えた)して部屋を後にした。部屋の鍵が見つかったのだ。


「……」


 一人部屋の中に取り残されたホロウ、シヅキ。やり場のない感情が渦巻くだけで、どうするべきなのかが分からない。


 神妙な面持ちをしていたシヅキは、不意に言葉を紡いだ。


「明日から……トウカとチーム」


 事実なのだという。ソヨがそうやって、トウカに伝えたらしい。無論シヅキはそんなことを聞いていない。


 トウカが嘘を吐く理由なんてないし、正真正銘の事実なのだろう。しかし、それ以上にシヅキの中には“腑に落ちる”ものがあった。思い浮かんだのは……ソヨのことだ。


「あいつ、仕組んだか?」


 思えば、廊下でばったりトウカと出会したこと。そして彼女の部屋の鍵が一時的に行方不明だったこと……偶然が2回も重なるものだろうか? ……雑務型であり、シヅキと通心(つうしん)可能なソヨであれば簡単に状況を作り出せるのではないか。


 疑えば疑うほど、シヅキの中の疑念は確信へと変わっていった。


「あぁ……やられた」


 モノに当たる代わりにシヅキは拳を掌へと叩きつけた。 ……大方、ソヨ自身を噛ませずにトウカと話をさせるためだろう。


「あいつ……次会った時は……」


 大きく舌打ちをしたシヅキはベッドに大の字となる。


 ――色々とありすぎた。体力的にも、精神的にも色々と。トウカ……あの女のせいだ。気が弱いくせして何かを企んでやがる女。それと明日から行動する? 監視役だと? 冗談じゃない。そんな面倒な役回りがよりによって何故自分なのだ。


(思えば……港町まで迎えに行かされたのだって)


 疑心暗鬼だろうか? でも、ソヨは事前に何か気掛かりがあって、シヅキ(都合のいい駒)に案件を投げたのではないか? ……あぁ、辻褄が合ってしまう。


「どうせ、聞いても教えねーんだろうな」


 そう思いながらも、シヅキはソヨに対して通心を行う。あわよくばというやつだ。


 送る側が行うことは、受け取る側の逆をすればいい。メッセージを“魔素”という形で、ホロウにぶん投げる……それだけだ。


(トウカのことで話がある。ソヨの都合のいい時間に合わせる)


 端的に頭の中でメッセージを作る。魔素を介したこのやり取りでは、自分の言葉がそのまま伝わるわけではない。メッセージが一度魔素に変わることで、“言語”としての性質を失うのだという。魔素の中に残存するのは、送信者の“意思”だけだ。従って、細かな言葉のニュアンスや長すぎる文はまともに相手へと伝わらない。


 それでも、意思を残せるこの芸当は利便性がいい。魔素へと変換しソヨに送りつけたシヅキは、トウカがまともに取り合うことを願いながら眼を閉じた。


 精神的にも肉体的にも疲弊している身体。瞼はひどく重いくせに、頭の中では色々と考えてしまう。ちょうど、トウカがそうだったように。 ……そう、トウカ。


(明日から、トウカとチーム……)


 今度は心の中で反芻したシヅキ。否応もなく、彼女のことが思い出された。


 背が小さくて、気も小さくて……何考えているのか、よく分かんねえ。

 それに、下手くそなくせして、自分のことを取り繕おうとしやがる。

 後は……やけにシヅキの傷のことを心配していた。そうだ。ホロウの身体のことを……

 所詮は人間の代替に過ぎないのに。


 ――でも、そんな変なやつだけど。


「あの琥珀色の眼は……綺麗だったな」


 口に出してシヅキは酷く後悔した。妙に小っ恥ずかしくて、シヅキは自身の舌を強く噛む。


「寝る! 寝ろよもう、バカが」


 毛布を頭の先までかけたシヅキ。寝ろ、寝ろ、寝ろ……何度も言い聞かせた意識を手放すのに至ったのは1時間も後だった。




※※※※※




 ソヨから手渡された鞄は、今日以前に辺境区宛てに送ったものだった。


 中には生活に必要なものが一式入っていた。主に衣服類で、後は最低限のコスメ類とかお気に入りの小物類。そして……


「よっと――」


 胸いっぱいに抱えた本を机にドサっと置いたトウカはふぅと一息をついた。


「ちょっと持ってきすぎた……かな? いやでも、削れなかったし……」


 それらは中央区に居た際に齧り付いていた本の中の一部に過ぎなかった。以前の彼女の部屋には一般的なホロウの体格よりも一回り、二回り大きな本棚があった。無論、そんなに持ってくることなんか出来なかった為、こうして厳選した次第だ。


 その琥珀の眼をゆっくりと閉じてトウカはコクコクと頷いた。自分にしては量を削れた方だろうなんて、そう思ったのだ。


 最低限の荷物整理を終えたトウカ。床や机の上は未だに荷物が散乱したままだったが、流石にこれ以上どうにかすることは気が滅入った。ランタンの灯りを消して、少し硬いベッドに横になる。


 真っ暗な天井を見上げて、トウカは呟いた。


「……ほんとに来ちゃったんだ。こんな遠くまで」


 中央を脱してからというものそこそこ長い旅をした。辺境へは船1つで辿り着くことが出来なかった。陸路という陸路の移動を繰り返し、どこか炭臭い船に何日も揺られてようやく着いたのだ。


「……こんなに頑張って着いて、でも……」


 ギュッと眼を瞑ったトウカ。枕に顔を埋めて「うーーーーー」と長く唸った。


「出鼻がぁ……最悪だ」


 トウカが頭の中に思い浮かべたのは、入念に練った筈の……信頼できるほんの一握りのホロウたちと作った筈の計画だった。


「レイン……」


 ソヨという雑務型から発せられた言葉を思い出す。一言一句思い出せるその言葉……


「……みんなに顔向けできないや」


 込み上げてくるものがあった。どうしても抑えることが出来ず、唇を噛んだくせに嗚咽が漏れてくる。それでもトウカは声を上げはしなかった。


 トウカは自身に強く言い聞かせる。 ……励ませるのは、もう自分しかいないのだから。


「……悪いことだけじゃなかったんだ。前向きにならないと――」


 トウカは思い浮かべた。それは今日1日の間、ずっと行動を共にしたホロウのことだった。


 初めは怖いな、って思ってしまった。 ……いや、今もちょっと怖い。言葉遣いのせいだろうか? それとも三白眼のせいだろうか? チクチクとしたトゲが胸に刺さる感覚が何回もあって、ちょっと痛かった。


(でも……)


 なんだかんだ言いつつ、自分のことを気にかけてくれたように思う。だから、不思議な気分になった。あのホロウは冷たくもあって、温かくもあったのだ。そんなちぐはぐな……まだよく分からないその存在のことを……少なくとも今のトウカは嫌いになれなかった。


「不器用……なんだろな。シヅキは」


 まだ彼のことを何も知らなかった。性格だって、今日はそう思っただけで明日見るときには何もかも別に見えてしまうかもしれない。 ……そうだと、ちょっと嫌だなと思う。


 だから、チームを組むってなってもよく分からなくて。ソヨは「監視役」だなんてはっきり言ってたけれど。 ……果たして彼はその役回りのことをどう思っているのだろうか?


 疑問に思えることは両手の指なんかには収まらなくて。たくさんありすぎて、前が見えなくなってしまいそうだけれど。


 ――それでも。


「私のやることは……変わらないよ」


 思い浮かべたのは当然あの記録(きおく)だった。小さくて、儚くて、弱い。でも何よりも真っ直ぐで、綺麗な……記録だった。


 それをゆっくり、ゆっくりと咀嚼しながらトウカも眠りの世界へと落ちていった。


 長い1日が終わる。



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