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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第一章 灰色世界
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死ぬほど不器用な……

 

 ドアノブ付近には、厚さ数ミリ程度の四角の形をした窪みがある。シヅキがそこに手を押し当てると数秒の後にガチャと扉が鳴った。


「あんま広くねえけど、我慢してくれ」

「は、はい。 ……お邪魔します」


 真っ暗の部屋の中。シヅキは廊下から漏れる僅かな明かりと、記憶を頼りに手探りでランタンを見つけ出した。指で弾くようにしてごく少量の魔素を流し込んでやると、ランタンに橙の明かりがジワリと灯った。


「一応大丈夫だと思うけどよ、あんまモノとかいじらないでくれ。荷物は適当にその辺のテーブルとかベッドの上に置いてもらっていいからよ」

「それは、もちろん……」


 そう言って小さく頷いたトウカ。シヅキも頷き返した。


「コーヒー淹れる。寒かったらよ、適当に毛布とか使ってくれて構わねえ。 ……あぁ、このベッドの上だ」

「お、お気遣いなく……」

「……あんたを部屋に入れた時点で、気遣いだのどうの話は終わってる」


 トウカを見ないようにして答えたシヅキ。コートだの何だのを丸めてベッドの隅に投げ、彼は部屋奥の水回りまで入っていった。


 購買で適当に買ってきたコーヒー。既に豆は砕かれており、すっかり粉状だ。そのせいか知らないけど、美味しくなんかない、苦いだけの汁だ。ただ安いから買っている。それを2つのマグにぶち込んだシヅキは、備えつきの鍋に汲み置きの水を入れた。魔素を流し込んでコンロを点火させてしまえば……あとは待つだけだ。


「……」


 そうやって手持ち無沙汰になってしまうと、余計なことを考えてしまう。本当に余計なことだ。 ……主には先ほどの自分の行動について。


(一体全体何でこんなことしたんだよてめえは)


 壁に寄りかかりながら腕を組むシヅキ。彼の足はトントンと床に何度も打ち付けられていた。苛立ちとも困惑とも取れない変な感情が彼の中でふつふつ沸き立つ。


 ともかく、だ。これ以上にトウカを気遣う必要はないのだろう。そもそものところでシヅキは浄化型であり、トウカは抽出型だ。今日以降で何か接点を持つわけじゃあるまい。だったら……もう、放っておいていい。


 いつトウカの部屋の鍵が見つかるかは知ったこっちゃないが、まさか今日一日彼女がこの部屋にいるわけじゃないだろう。なら、多くても数時間だ。それが終わればシヅキとトウカは赤の他人だ。そうなるに決まっている。


「……よし」


 やっと気持ちの着地先を見つけたところで、鍋の中の水がふつふつと泡を立てていることに気がついた。マグに熱湯を入れて、コーヒーを揺らしかき混ぜたところで、シヅキは居間へと戻ってきた。


 そこにはベッドに腰掛け、足をぷらぷらと揺らしていたトウカの姿があった。その琥珀の瞳はひたすらに床を凝視している。 ……何を考えているのだろうか? シヅキには見当もつかなかった。


「んん゛っ」


 シヅキがわざと咳払いをすると、トウカの顔が勢いよくこちらを向いた。


「水、沸騰させちまってよ。熱いから気ぃ付けろよ」

「……ありがとうございます。ほんとにありがたいです」

「そうかい」


 両手でマグを受け取ったトウカは湯気が立つマグにふぅふぅと息を吹き、ゆっくりと傾けた。


「――っち!」

「言わんこっちゃねえ」


 舌を出し顔を歪ませたトウカを尻目に、シヅキは口をつけることなく、机の上にマグを置いた。10分もすればまともに飲めるようになるだろう。


 一方で、トウカはまだ諦めないらしい。今度はもっと息を吹きかけた後、よりゆっくりコーヒーを飲もうとした。 ……今度は飲むことができた。


「美味しい、ですね」

「くそ安い豆だぞそれ。苦くて熱いだけだろ?」

「……ちょっと苦すぎるかも」

「そういや、コーヒーで良かったのか?」

「い、いえ! ブラックでも平気ですから」

「……そうかい」


 そんなやりとりを終えた後、シヅキは木組みの椅子に背中を預けた。凝り固まった背骨を背もたれに押し付けると、バキバキと音を立てた。


「あぁ…………疲れた」


 ほとんど無意識的にシヅキが吐いた言葉。口に出してから、トウカの前では言うべきではなかったと後悔した。


「あの……しつこいかもしれないんですが、今日はありがとうございました」


 ――こうなるから。何回目だよそれ。案の定しつこいし。


「ああ……」


 ただ、そうやって指摘することすら怠くて、シヅキは空返事を返した。


「別によ、疲れてるのはお互い様だろうが。むしろ、あんたは長い船旅の後だろ? 俺よりよっぽどじゃねーか」

「……そうですね。結構、身体が重かったりします」

「ねみぃなら、勝手に寝てくれていいぞ。俺は起きてるから」


 そうしてくれた方が不必要に会話しなくて助かる。とはもちろん口に出さないシヅキ。


「……眠いんですけど、ちょっと考えることが多すぎて」

「まあ、初めての土地だからな」

「いえ、それもあるんですけど…………その、ソヨさんと」

「……ソヨ?」


 シヅキが反芻(はんすう)すると、トウカは口を大きく開いた。 ……きっと、その名前を出すつもりはなかったのだろう。彼女の表情からその動揺っぷりが窺えた。


「えっと……その……!」

「ハァ……別にいいってもう。詮索しねえし。ソヨになんか問題があったのなら、話くらいは聞いてやるけど」

「いえ、ソヨさんは別に悪くなくて……私、私? 私が悪いの、かな? いやでも……」

「落ち着けって」

「落ち着いてられないの! これはすごく大事な問題なの……あ、違った。えっと……問題……です」


 その琥珀の眼を行ったり来たりさせながら、ゴニョゴニョと言葉を紡ぐトウカ。 ……魔人を探知していた時のあの冷静さなんて、見る影がなかった。


「ハァァァァァァ………………………………………」


 この日一番の大きな溜息を吐いたシヅキ。正直、もう見てられなかった。


「もう一回言うけど。詮索する気はねぇし興味もねぇ。だから忘れろ。 ……あと、これは余計なお世話だと思うんだけどよ」


 コーヒーを注いでいた時にした決意はどこへ行ってしまったのだろう。シヅキは苛立ちを隠すことなくトウカにぶちまけた。


「あんた……敬語とか慣れてねえだろ。呼称だってそうだ。愛想をよく見せるためか? だったら止めた方がいいぞ。ボロ出しすぎだし」

「べ、別に……そんなこと……」


 苦虫を噛んだかのような表情。そして、決して合わない眼。それらがもう口ほどに物を言ってやがる。


「……じゃあさ。少なくとも俺の前ならそういう態度は止めてくれよ。敬称だって、いらねぇ。無理されながら話される方だって、しんどいんだよ」

「…………」


 ふん、と鼻息を吐いたシヅキ。彼はわざと自身の身体を仰け反らした。今の言葉で嫌われた自信がある。でも、もうそれでいいだろう。どうせ明日からトウカとは赤の他人。今更、仲良くする義理なんて――


「シヅキ!」

「……は?」


 そうやって考えている時に、大声で自身の名前を呼ばれたもので、シヅキは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「え、何だよ急に……」

「シヅキ! シヅキ! シヅキ!」

「こわ……」


 壊れたように名前を連呼するトウカ。必死だ。必死すぎて引く。

……追い込まれたホロウはこうなってしまうのだろうか? 呆気に取られながらシヅキはそんなことを考えた。


「シ、シヅキ……」

「ほんとにお前……何言ってんだよ」

「練習、してるの」

「練習?」

「名前を呼ぶ練習……」

「……あぁ?」


 冗談だと思った。けど、至極真剣な表情をしてやがる。琥珀の大きな瞳は若干涙ぐんでいた。


(こいつ……こんなやつだったのか)


 もはやドン引きするしかないシヅキ。一方でトウカは俯いた顔でポロポロと言葉を漏らす。


「……そう。私は無理してたの。今日一日ずっと。頑張って、作り込んだキャラクターになろうとしたの。でも……全部バレてた……。初めて来たのに……ソヨさんにもたくさんのボロ出しちゃった。これじゃあ……計画が……」


 俯いたトウカの表情も、サラッと(こぼ)した“計画”とかいうクソほど重要そうなワードの意味も、或いはソヨに出したとかいうボロの内容も……何もかもが分からない。分からねーことだらけで、シヅキはもはや詮索する気が起きない。


 ――ただ一つ確信して言えること。それは、トウカという目の前の女が自分を取り繕うことが絶望的に下手くそで、死ぬほど不器用なホロウだということだ。


「……もう、ついてけねぇーよ」 


 白銀の頭を見ながら、シヅキは嘆くように呟いた。




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