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灰色世界と空っぽの僕ら  作者: 榛葉 涼
第一章 灰色世界
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らしくない


 コクヨとのやり取りを終え、ロビーへ戻ろうと昇降機に乗っていたシヅキ。そんな彼の体内に、彼のものとは異なる魔素が流れ込んできた。


 シヅキはそれに焦ることなく、まず()()()()を確認する。魔素そのものは目に見えなければ、触れることもできない。唯一“ノイズ”と呼ばれる方法で、身体が漠然的に感じ取ることしか出来ない。


 しかし、ホロウはそのノイズを目に見える形に変容させることができる。身体中を魔素で構成する者共だからこそ出来る芸当だ。 ……最も。魔素の濃度が薄かったり、意図的に工作されている場合はその限りではないが。


 シヅキは頭の中でイメージする。それは、モヤモヤとする煙状のものに鍵を挿し込む奇妙な感覚だ。でも、これで上手くいくのだから仕方がない。鍵をゆっくりと回し、解錠(視覚化)する。


(ソヨからの通心(つうしん)か)


 概ね予想通りの人物からのメッセージが魔素内には含まれていた。シヅキはそれを読み上げる。


「キョウ オワリ ネロ ……やっとかよ」


 ドッと身体が重くなる感覚に襲われた。身体を弛緩させると毎回これだ。「休ませろ、休ませろ」とアピールしてくるのだ。無論、シヅキの意志もこれには大賛成だ。


「シャワー浴びて飯は……いいや。起きてからで。寝よう」


 大きく欠伸をしたシヅキ。彼が降りたのは1Fのロビーではなく、ホロウ共の住居スペースとなっている地下階層だった。




※※※※※




 シャワーをたっぷりと浴びた後に、シヅキは薄暗い廊下を歩いていた。幅3m程度のソレの左右には、同じデザインの扉が等間隔に設置されていた。ホロウ達の住居スペースだ。


 カツカツと音を鳴らしながら廊下を歩くシヅキ。彼が自身の部屋のある廊下の角へと差し掛かった時だった。


「あ」


 何かを見つけたかのような、そんな声がくぐもった廊下内に反響した。声の主を目の端に捉えたシヅキは、思わず上擦り気味の声を上げてしまった。


「トウカ? え……や、なんでここに?」

「えっ……と。私も同じこと聞きたいんですけ、ど」


 廊下の途中には休憩用のスペースとして、ベンチが敷かれた小空間がある。そのベンチの真ん中にトウカはちょこんと座っていた。シヅキと同じように困惑の表情を浮かべるトウカ。彼女の服装や持ち物は応接室で別れた時と変わっていた。


 服装は出会った時に着ていたフード付きのローブではなく、もっと緩い格好……いわゆる寝巻きだった。しっとりと水分を含んだ髪と紅潮した頬や耳を見るに、シャワーを浴びた後らしい。持ち物についても、布に巻かれた錫杖と小さなポーチに加えて、手提げ付きの大きなカバンが追加されていた。


 彼女の身なりと持ち物たちを見て、シヅキは恐る恐るの口調で尋ねた。


「……部屋に行く途中だったのか?」

「そうなんですけど。ちょっと、待ってて……」

「待つ? 誰を」

「雑務型の方です。えっと……私が入るはずの部屋の鍵が見つからないみたいで」

「あー。そういう」


 シヅキは自身の後ろ髪を掻いた。まぁ、変なタイミングで帰ってきてしまったみたいで。


「シヅキさんはどうしてここに……?」

「治療、終わったからよ。今日はもう上がりだ」

「そうでしたか。 ……容態の方はどうですか?」

「問題ねえよ」

「お医者さんから、魔素の使い方で指摘とかありましたか?」

「……」

「……やはり、ありましたか」


 そう言って俯いたトウカ。悲しそうにしやがる横面を見て、なんでてめぇがそんな顔をするんだと思った。 ……そうやって文句を言ってやろうか? ……いや、いい。今日はもういい。疲れている。


 ハァ、と大きく溜息を吐いたシヅキ。彼の部屋はもう目の前にある。


「……じゃあ、俺はもう部屋帰るから」

「あ、分かりました。えっと……今日は本当に――」

「いーってもう。聞き飽きたくらいだ」


 ベンチから立ち上がろうとするトウカを右手で制止して、シヅキは歩を進める。


 そうやって、ちょうどトウカの前を通り過ぎた時だった。


「――くしゅっ!」


 小さな何かが破裂したような音。それが後方から聞こえてきたのだ。 ……いや、聞こえてしまったのだ。

反射的に振り返ったシヅキ。そこにはトウカがいた。左腕で鼻を押さえつけているトウカがいた。無論、眼が合う。琥珀色の綺麗な眼だ。


「…………」

「……え、っと」


 何かを言わんとするトウカ。しかし、それ以降に言葉が続くことはなかった。シヅキだって何も喋ろうとしない。結果訪れたのは、バカみたいな静寂だった。 ……そして、シヅキは静寂が好きなわけではなかった。


「……あー」


 後ろ髪を何度も掻くシヅキ。彼の脳内には一つの考えが生まれてしまったのだ。それはあまりにもシヅキらしくないもので、それを言おうとする自身への抵抗が凄まじかった。でも、このままというのも………………あぁ、だるい。


 上歯で唇を強く噛んだ後、シヅキは捲し立てるように言った。


「俺の部屋こいよ。コーヒーくらいなら入れる。そこで待ってろって言われたなら、雑務型が来やがった時に部屋から行きゃいいからよ。どうすんだ」


 言い終えてから妙に身体が火照った。シャワー上がりだからだ。それしかない。


「…………え?」


 少し間を置いてから素っ頓狂な声を上げたトウカ。見開かれた琥珀の瞳が、シヅキの眼を貫かんとしているようだった。


 どうもシヅキはトウカのこの瞳が苦手だった。出会った時もそうだし、魔人を浄化した後にシヅキを治療しようとする時もだった。吸い込もうとするような、貫かんとするような……綺麗にも程がある瞳。本人が意識してかどうかは知ったこっちゃないが、見られる方はたまったもんじゃない。


「……風邪引くだろ。上辺の遠慮とか、そういうのいらねえから。自分の本心に従えって」


 廊下の隅の、やけに黒く変色した壁を見ながらシヅキは吐き捨てるように言った。




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