騎士になりたい貴公子のはなし
初投稿です。よろしくお願いします。
「姫様。私を姫様の騎士にしてください!」
パトリシアは、目の前で跪き自分を見上げているこの男が、何を言っているのかさっぱり理解できなかった。
目の前にいるのは、侯爵家の次男レオナルドで、パトリシアとは幼い頃からの付き合いだった。
騎士って…そもそも我が国には騎士団はないんだけど。
ここ、ティラタキア王国には騎士団はなく、国防は王国陸軍と王国海軍が担っていた。陸軍総司令には第一王子である王太子が、海軍総司令には第二王子が着任していた。
それと、王宮および王族の護衛のために、王国護衛隊と呼ばれる組織が陸海軍とは別に編成されていた。
そして、レオナルドは、王国護衛隊第三部隊、すなわち王太子付きの士官だった。
「あ、もしかして!」
パトリシアは、ひらめいた!とばかりにパンッと手を叩いた。
「レオナルド、疲れてる?お兄様の護衛は大変ですものね。でも、私は護衛隊の人事に口出し出来る立場じゃなくて…」
お兄様は視察だなんだって、国中飛び回っていらっしゃるから、護衛も大変だものね。レオナルドが疲れるのもわかるわ。その点、末姫の私は慰問ぐらいしか公務はないし、お兄様の護衛に比べたら全然楽だものね…。
パトリシアは、自分の出した答に納得しかけたが、レオナルドがすかさず否定した。
「姫様。私は配属替えを願い出ているのではございません」
「あら、違うの?」
となると、やはりパトリシアには、レオナルドの言っている意味がよくわからない。
「私は姫様の騎士になりたいのです」
「だって、我が国には騎士団はないもの」
「姫様。騎士は騎士団に所属するから騎士ではないのです」
パトリシアは、なんだかレオナルドと騎士について哲学問答でもしている気分になってしまった。
「では、レオナルドの考える騎士とは何なの?」
「姫様は、騎士道物語をお読みになったことはございますか?」
質問に質問で返されてしまったわ。
でも、質問から察するに、レオナルドは騎士団物語に何かしら思うところがあるのね。
パトリシアは、騎士道物語とやらを読んだことがあるか思い返してみたが、読んだ記憶はなかった。
「覚えている限りでは、読んだ記憶はないわ」
「左様ですか。騎士道物語とは、すなわち騎士道とは何ぞやということを追求する物語なのです。騎士が騎士たる所以。それは騎士道にあるのです」
パトリシアは、目をキラキラさせて騎士道物語について語るレオナルドを見て、内心ため息をついた。
パトリシアが思うに、レオナルドは騎士道物語とやらに感銘をうけ、騎士道とやらを追求すべく、騎士になりたいのだろう。
「では、レオナルドは、その騎士道を探求するために騎士になりたいのね?」
となると、武者修行でもしたいのかしら。
武者修行したいって私に言われても困るわ。
「そうなのです!」
レオナルドの顔が、我が意を得たりと言わんばかりに、ぱぁっと明るくなった。
「そう、でも騎士道を追求する武者修行に、私は何の役にもたてないわ」
「姫様。武者修行ではございません」
あら、また違った。
「あぁ、もう何なの騎士って。私、レオナルドの言いたいことがちっともわからないわ」
「騎士とは、騎士道を信念とし騎士道に生きるものでございます」
「騎士道に生きるって具体的にどういうことかしら?」
それがわかれば、レオナルドの言う『騎士になりたい』の意味がわかるかもしれないわ。
パトリシアが、そう思ってレオナルドに尋ねると、レオナルドは言いにくそうに口ごもり、少し顔を赤らめた。
あれだけ騎士道騎士道言っておいて、顔を赤くするなんて、騎士道とやらは何か恥ずかしいことなのかしら。
パトリシアは、レオナルドの様子に首を傾げた。
「騎士道とは、つまり、主君に忠誠を誓い、名誉と礼節を重んじ、その、あの、貴婦人への心からの愛を捧げるものなのです」
レオナルドは、最後のほうはしどろもどろになりながらも、パトリシアに騎士道とやらを教えてくれた。
だが、残念なことに、しどろもどろであったが故に、最後のほうはパトリシアの頭には入っていなかった。
パトリシアは、頭の中で、レオナルドの言葉を反芻する。
主君に忠誠を誓い、礼節を重んじ…。
そうか、私の騎士ということは、私を主君として忠誠を誓うということね。
「でも、王国護衛隊に入隊するときに、王家に忠誠を誓うのが習わしよね?これでも一応私も王族の一員だもの。わざわざ、今さら忠誠を誓う必要もないのではないかしら。そりゃあ、もちろんレオナルドはお兄様付きの士官なのだから、私が主君かと言われたら違うのかもしれないけど…」
「もちろん、護衛隊の一員として、臣下として、王家には忠誠を誓っております。主家は王家であり、王太子殿下を主君として尊敬申し上げております」
「じゃあ、やっぱり配属替え…」
「配属替えではないと申し上げました!」
うん、やっぱりわからないわ。
パトリシアは、もうお手上げ状態だった。
「主君に忠誠を誓い、礼節と名誉を重んじるのが騎士なのでしょ?王太子であるお兄様に忠誠を誓い、礼節と名誉を重んじ行動する。あら、じゃあもうレオナルドは騎士道を信念として騎士道に生きているのではなくて?」
「もうひとつ、大切な要素が欠けております」
だんだん、レオナルドの覇気がなくなってきた。
レオナルドは、パトリシアがわざとはぐらかした物言いをしているのでは、と思い始めた。それは、やんわりとした拒絶なんだろうか。
「大切な要素?」
「はい。騎士が心からの愛を捧げるべき貴婦人です」
今度は、レオナルドは照れずにきっぱりと言いきった。
「貴婦人」
「はい」
「騎士が、愛を捧げる」
「はい。心からの愛を」
パトリシアは、ようやくレオナルドの意図がわかった気がした。
今度は、パトリシアが顔を赤くする番だった。
「つ、つまり、その、貴婦人とは…」
「姫様です」
「き、騎士は、貴婦人に、あ、愛を捧げる、のよね…」
「はい。生涯変わらぬ心からの愛を」
「その、レオナルドは、わ、私に、あの、愛を、捧げる、って言いたかったの…」
パトリシアは、震える声で、ようやく辿り着いた結論を口にした。
「姫様、私を貴女だけの騎士にしてくださいますか」
レオナルドは、もう一度跪き、パトリシアの手をとって言った。
「何故、私なのか、聞かせて、くれるかしら」
「えっ?」
「だから、どうして、その、貴婦人が私なのか、レオナルドの口から、聞かせて欲しいの」
パトリシアは、息を詰めてレオナルドの返答を待った。
レオナルドの答えが、パトリシアの望む答えであることを。
「姫様。もうずっと、姫様を、姫様だけをお慕い申し上げておりました。だから、私が愛を捧げるべき貴婦人は、姫様をおいて他にはいないと」
「レオナルド!」
パトリシアは、レオナルドの手を両手でぎゅっと握った。
「私も、レオナルドが好きよ。ずっと、レオナルドだけが好きだったの。」
「姫様!」
レオナルドは、パトリシアを抱きしめようとしたが、思い直して、パトリシアが握った両手でパトリシアの手を握り返した。
「姫様。私は、姫様に騎士として心からの忠誠と、生涯変わらぬ愛を捧げることを誓います。私を、姫様の騎士にしてくださいますか」
レオナルドは、今度こそパトリシアが『はい』と言ってくれると期待して、三度目になるパトリシアへの願いを伝えた。
「いやよ」
「えっ!」
レオナルドは、一瞬にして青ざめた。
どうして…自分のことを好きだと言ってくれたはずなのに。
「だ、だって、私、レオナルドには、私の騎士じゃなくて、その、こ、恋人になってもらいたいもの」
「姫様!」
レオナルドは、今度は我慢できずに、パトリシアを抱きしめた。
「だからね、レオナルド、騎士は諦めて私の恋人になってくれる?」
「はい。姫様がそれをお望みでしたら」
「あとね、姫様じゃなくて、パトリシアって呼んで欲しいの」
レオナルドは、パトリシアを抱きしめていた腕を緩め、パトリシアの顔をじっと見た。そして、もう一度、しっかりとパトリシアを抱きしめた。
「愛してます、パトリシア。騎士でなくとも、貴女に心からの愛を捧げるのは変わりません」