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閲覧いただき、ありがとうございます。

〜ルキウス視点〜


この村は理不尽の塊だ。

俺は物心がついた頃からそう感じていた。


村人はこの村から出てはいけない。

外部の人間は村に入ってはいけない。


この村は理不尽に閉ざされている。


その理不尽の元凶は、吸血鬼の存在。


村の人間は、吸血鬼の襲撃を受け入れなければならない。


いつ襲われるのだろう。

俺を始め、多くの村人は吸血鬼の存在に怯えながら暮らしていた。


理不尽な存在を排除しようと思ったのはいつ頃だろうか。


確か、俺には妹がいるということを自覚してからだ。


俺よりも小さくか弱い存在を守りたい。

マリアを大切にしたいという俺の想いは次第に強くなり、その一環として全ての吸血鬼の討伐を夢見ていた。


…それがどんなに愚かなことかも知らずに。


俺は多くの村人を仲間に引き入れ、15歳の頃に吸血鬼狩りを行った。


俺の想いとは裏腹に、吸血鬼の反撃は大きく、多くの命が犠牲になった。


そして、ついに吸血鬼の逆襲は俺にまで降りかかった。


「お兄ちゃん!」


「マリア!来ちゃダメだ!」


俺が吸血鬼達に襲われそうになる時、マリアは咄嗟に俺を庇った。

複数の吸血鬼に羽交い締めにされて、大量の血を一気に吸われるマリアを救おうとした時にはもう遅かった。


討伐をしようとした結果、俺の元に残ったのは、青白い顔をした妹の亡骸だけ。


それから、村人と吸血鬼の仲は一層悪くなった。俺はあの日をきっかけに勇者と呼ばれるようになったが、全然誇りに思えなかった。


暫くして、両親の訃報が届いた。

不審死だと言われたが、失血死と知って、すぐに吸血鬼の仕業だと気がついた。


それから、俺は村人との接触を最低限のものにした。俺の仲間だと判断して、村人達を余計な返り討ちに遭わせたくなかったからだ。


…もう吸血鬼を討伐する道しか俺には残されていなかった。


多くの亡骸の上に立っている俺は、その犠牲を無駄にする訳にもいかず、ひたすら吸血鬼を殺し続けた。


まるで、どこかのゲームのように、出てくる敵をひたすら倒す日々。


俺の心はとっくに壊れていた。

どんなに人が死んでも涙は出ない。

吸血鬼よりも血にまみれた日常。


そんなある日。

俺は吸血鬼を統率している奴らが住んでいる屋敷を襲撃した。


屋敷に住んでいた夫婦は、子供を逃し、子供の代わりに俺に殺された。


そこで感じた違和感。

吸血鬼はゾンビでもモンスターでもなく、俺たちと同じく意志をはっきり持っている存在だという事実に気づき、胸騒ぎを覚えた。


その不安は物置で震えていた小さな吸血鬼の少女の姿を見て、肥大化した。


「モンスターとは違って、吸血鬼は俺たち人間と同じく、五感もあるし、こうやって家庭も築いているんだよな。そりゃ、こんな小さい子もいるに決まってる」


ぶつぶつと呟きながら、俺は少女の小さな身体を抑えて、杭を打ち込むべく、振り上げた。


ぎゅっと目を瞑った少女の恐怖に怯える姿に、俺はマリアの死に際を投影してしまった。


もう後に引けないのに、俺は少女を殺すことが出来なかった。


こんなところで踏み止まっていたら、俺は夢も叶えられず、ただ犠牲だけを量産したことになる。


俺が項垂れていると、俺の手にそっと冷たい体温のない少女の手が置かれた。


少女は何も言わずに俺のことを見つめていた。


…俺はお前を殺そうとしたのに、赦してくれるのか。


疲れているのか、俺はそんな風に捉えてしまった。


俺はもう片方の手で、少女の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「…お前は兄貴みたいになるなよ」


姿の見えない諸悪の根源。

アイツこそ悪者なんだ。そうに決まっている。そうじゃなければ、俺はー。


俺はその場から逃げるように立ち去った。


あれから、俺は屋敷に向かうことが出来ずにいた。


村で見かけた吸血鬼を殺す日々が続いたある日。


俺が村の巡回を終え、家に戻ると、家の近くで誰かが俺のことを監視するようにして、木陰に潜んでいた。


…吸血鬼だろうか。

俺は銀製のナイフを後ろ手に持って、近づいた。


「俺の家に何か用ですか?」


びくっと肩を震わせ、振り向いたのは、数年前に俺が殺し損ねた屋敷の娘だった。


「あんた…アイツの妹じゃ」


俺は銀製のナイフを持つ力を強めた。

数年経って、吸血鬼として俺を殺しに来たのか。


「…両親を殺した俺を殺しにきたのか?」


俺の言葉に少女は首を振る。

貴方に話があって来たの、と告げられ、俺の心は戦慄した。


「兄貴は悪くないとでも言うのか?吸血鬼殺しを止めに来たのか?人間の俺たちは一生吸血鬼の家畜で居続けろとでも言いに来たのか!?」


俺は何故こんなにも動揺しているのだろう。

オロオロしている少女を見て、カッとなっている自分が恥ずかしくなり、背を向けた。


俺は少女に帰ってくれ、と頼んだが、少女は動く気配がない。


「俺は吸血鬼を許さない。村に平穏が訪れないのは吸血鬼のせいだ。俺の妹だって、父さんや母さんもアイツらに…」


だからこれ以上苦しめないでくれ。

俺のやっていることを責めないでくれ。


すると、少女は俺の背中を摩った。

この少女は何がしたいんだろう。


「全部、お前ら吸血鬼のせいだ。俺がやってることは正しいんだ」


だから、優しさなんて見せないでくれ。

お前らは人間を狩る鬼だろう。


ふと、俺の背中を摩っていた手が離れ、何かが地面に落ちた音がした。


振り向くと、少女は倒れ、ピクリとも動かなくなっていた。


揺すっても声をかけても返事がない。

人間じゃないから、脈を測っても、心臓の音を聞こうとしても、何も聞こえない。


俺はとりあえず少女を家に運んだ。


家に着くと、俺は少女をもう使っていないマリアの部屋に寝かしつけた。


何故か、少女にはこの部屋に連れて行くべきだと思ったのだ。


日が沈んだ頃、マリアの部屋から物音がした。様子を見に行くと、床に倒れている少女の姿が目に入り、俺は慌ててベッドに戻す。


少女は戻らなきゃ、と焦っていたが、その調子ではとても山頂まで辿り着けないだろう。


「…栄養失調じゃないのか?吸血鬼もダイエットするのか?」


俺がそう尋ねると、少女は思い当たる節があるのか、しゅんと項垂れた。


そんな少女に庇護欲をそそられたのか、俺は自ら血を差し出すという自分でも理解出来ない行動に出てしまった。


しかし、少女はそれを拒んだ。


「…人間の血を吸うのは禁じられているから」


俺は思わず変な声を上げてしまった。

俺が反論すると、少女は傷ついたような顔をする。その表情が俺の心を抉った。


「私もお兄ちゃんも人間の血を啜ったことは一度もないわ。お兄ちゃんは仲間が傷つけられた時にしか力を使わない。それも殺めることは決してしないのよ」


そんな、はずない。

俺は思わず顔を背けた。


じゃあ、俺がしていたことは一体。

昨日の公園で、憎しみに満ちた表情で俺を殺そうとしていた吸血鬼。


俺みたいな遺児を俺自身が創っていたのか?


俺こそが理不尽な存在だったのか?


「…お兄ちゃん言ってた。ラミア村は吸血鬼の為に人間が作った村だけど、人間の血は中毒性があるから絶対に襲っちゃダメって昔から言われてたの。だから襲わない…貴方の血も吸わない」


思えば、全員の吸血鬼が村人を襲っていたら、村はとっくに壊滅していたはずだ。


この閉鎖的な村に人間が生息出来ていたのは、村人を殺していない吸血鬼が居たから。


それも少人数ではなく、半数以上。

そうでなければ、これほど村に人は居ないだろう。


俺が絶望していると、少女が俺に弱々しく抱きついた。


「仕方ないよ。勿論、貴方のしたことは許されることではない。だけど、何度もやり直すチャンスはある…それに、貴方は自分で思うほど酷い人間じゃないよ。吸血鬼の私に血を差し出そうとしたり、二回助けたり…本当に冷酷な人間だったら、そんなことしない」


俺はどうすればいい、と迷子のような声で俺は少女に尋ねた。こんな年端もいかない少女に聞いてもまともな返事は返ってこないだろうと思っていたが、少女は冷静に答えた。


「私は人間と吸血鬼は共存出来ると信じてる。棲み分けは必要でも一緒に協働はしていけると思うの。だから貴方に先陣を切って、村人の代表として吸血鬼との橋渡しをしてほしい」


「俺はお前の両親を殺した人間なんだぞ?そんな俺に頼むのか?」


俺が尋ねると、少女は無邪気に笑って頷いた。


それは、妹のマリアのようで。


「私は貴方が本当は優しい人だって信じているから」


その後、俺は少女の為に、飼っていた羊から血を採り、コップに移した。


少女は警戒していたが、家畜の血だと説明すると、血を飲み始めた。


「…やっぱり、吸血鬼なんだな」


俺の言葉に少女は思わず首を傾げる。


「お前、妹にそっくりなんだ。お前を見ると、妹が還ってきた気がして…でもやっぱりお前はアイツと違うんだなって思ったんだ」


そう言うと、少女はどこか寂しげな表情を見せた。


「…また会ってくれる?」


別れ際、少女は俺に尋ねてきた。

断る理由も見つからず、俺は頷いた。


嬉しそうに微笑んで、山に向かったのを見送り、帰路に戻ろうとして、銃声が聞こえた。


それは少女が向かった山の方から聞こえた。


まさかと思い、俺は危険も顧みずに、山へ向かう。


山道を駆けていくと、そこにはフラフラとした足取りで血を流しながら歩く少女の姿があった。


俺が誤った正義を抱えたせいで、無実の少女が傷ついている。


「…私は大丈夫だから、貴方は戻って。ここは吸血鬼の縄張りよ。勇者の貴方を恨んでいる吸血鬼が沢山いるから」


少女は気丈にも俺の身を案じてくれている。

それなのに、俺は無差別に吸血鬼を狩った。


暫く、山道を歩くと、頭上から男の声がして、1匹の蝙蝠が俺達の前に向かってきた。


その蝙蝠は俺達の目の前で、人の姿になった。その男は俺が討伐しようと思っていたリーダーの男だった。


妹を助けようとするその男は兄そのもので、俺はその男の問いに何も返せずにいた。


「お前の妹を返す前に1つ質問がある」


俺は此の期に及んで、まだ一縷の望みを抱いていた。

俺のやったことが無駄ではなかったと、エゴが叫んでいた。


「…お前は人間の血を吸ったことはあるか?」


その質問にその男は嘲笑うように答えた。


「私は吸ったことがない…と言っても、貴方は信じないだろうな」


俺の愚かな心を見透かしたように放たれた言葉は俺の今までやってきたこと全てが間違っていたことを証明させた。


「そうか…悪かったな」


俺は少女を男に渡して、山道を下った。

俺のしたことは間違いだった。

アイツは味方でも敵でもなかった。


本当の悪者は俺の方だったんだ。


それから、俺は暫く自室にこもった。

こんな俺に何が出来る?


実は吸血鬼は良いやつが殆どでした、なんて村人に言っても信じてもらえるのか?


散々煽ったのは俺なのに。


自責の念とこれから先の見えない不安に苛まれ、俺は1人で震えていた。


その時に思い出したのは、あの吸血鬼の少女だった。


少女はこんな俺に希望を託したのだ。

これからのラミア村の本当の意味での平穏を築く為に。


たくさんの命を犠牲にしたからこそ、俺が責任を持って、弔わなければ。


俺は気を引き締めて、久しぶりに玄関の扉を開けた。


すると、そこにはインターホンを鳴らす寸前の少女の兄でありラスボスだと信じていた男の姿があった。


「…貴方に用があってこちらに馳せ参じました」


少し驚いた表情をしながらも、男はそう答えた。この前、山で会った時よりも随分と物腰が柔らかい雰囲気だ。


「奇遇だな、俺もだよ…改めて、俺はルキウス・カルスだ」


「ガイウス・サビヌスと申します。よろしくお願いします」


握手を交わしたガイウスの手は、やはり想像通り冷たかった。


纏まった時間が取れたので、連続更新しました。

また亀更新になると思いますが、お付き合いください。

良ければ、評価、ブックマーク、コメント等よろしくお願いします。

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