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ルキウスと別れた後、ガイウスは無言で私の手を強く握りしめ、帰路に着いた。
屋敷に戻ると、椅子に座らされ、ガイウスは処置を行う。
弾は貫通していたようで、ガイウスは私の傷口を消毒して、縫って、包帯を巻いた。
何度も痛みで叫んでしまいそうになったが、ガイウスの苦い表情を見て、必死に堪えた。
「…村に行っていたんだな」
処置が終わると、ガイウスは私にそう告げた。隠すことは出来ない。私は小さく頷いた。
「勇者にやられたのか?」
包帯が巻かれた箇所を見て、ガイウスは私に尋ねた。私は首を振る。
「…心配したんだぞ」
「…ごめんなさい」
ガイウスの言葉に私は謝罪の言葉しか返せなかった。
「エミリアが帰ってきてくれて良かった…」
ガイウスはそれ以上私を責めなかった。
ぎゅっと私を抱きしめるガイウスに私は恐る恐る、怒らないの?と尋ねた。
「…エミリアはまだ10歳なのに大人だからな。何か考えがあったのだろう?」
ぽんと頭を撫でられ、私は思わず泣きそうになった。こんなに年端もいかない小さな妹のことをガイウスは信頼してくれているのだ。
それを裏切ってしまった気がして、私は情けなくなった。
「…村人と吸血鬼がこうやって喧嘩しているのが見ていられなかったの。だから、勇者の人とお話しして、なんとかならないかなって」
私の言葉にガイウスはそうか、と短く答えた。
「勇者はどうだった?」
ガイウスは何かを探るように私に尋ねた。
「…家族思いの優しい人だったよ」
マリアの部屋はそのままにして、敵だと思っていた吸血鬼を介抱して…誤解していた吸血鬼の存在を理解して、自分の犯した罪に苦しんでいた。
優しくて、純粋で…愚直なかつての兄。
私の言葉に、ガイウスは良かったな、と優しい表情をした。
「エミリアは私の希望だな。私よりも遥かに前向きで明るい未来を信じてる」
ガイウスはひょいと私を抱き上げて、寝室に向かう。
「私もいい加減、現実に向き合わないと…」
ガイウスはそう呟き、私を部屋に連れていった。ガイウスの言葉が気になったけれど、ガイウスはそれ以上、何も言わずに私の部屋から去った。
〜ガイウス視点〜
ずっと現実から逃げていた。
両親を殺した村人を憎むこともせず、村を襲う吸血鬼を咎めるだけで、体罰を与えることもなく、平和主義を貫いた情けない私。
逃げ続けた結果、事態はどんどん悪化した。
吸血鬼の過激派は、どんどん増えていき、暴徒と化す村人もそれに連れ増えていき、村は荒廃していった。
私のただ一つの宝物の妹であるエミリアに、その現状を見せることはしたくなかったが、ある日エミリアは私の偵察についていきたいと言ってきた。
普段、滅多にわがままを言わない妹だが、一回主張したら、絶対曲げない性格だ。
私は渋々了承した。
いつもは広い範囲を行動するが、今日は花屋と雑貨屋だけ回ろう。
そう思いながら、エミリアと山を下ると、1人の男に声をかけられる。
男から麓に住んでいる老夫婦の訃報を聞き、私は騒めく感情を抑えた。
あの老夫婦は村人のことを決して悪く言わなかった。それなのに、何故村人に殺されなければならないのだろうか。
理由は単純だ。村人にとっては、吸血鬼というだけで罰すべき存在なのだ。たとえ、村人を襲っていなくても、存在だけで罪深いのだ。
村人が吸血鬼にいつ襲われるか怯えて暮らしているというならば、吸血鬼は村人にいつ恨みを買ってしまうかと怯えて暮らしているのだ。
多くの吸血鬼は山を降りることはない。
村人よりも制限された暮らしを送っているのを村人達は知らない。訴える術もない。
正体を明かした暁には死が待っている。
帰りに老夫婦の家に尋ねて、花を置いていこう。そんなことを考えながら、私達は花屋に辿り着いた。
花屋の店主は、いつものように笑顔で迎えてくれる。
…この店主も私達が吸血鬼だと分かったら、忌み嫌い、私達を狩ろうとするのだろうか。
そんなことを思いながら、私は店主が作ってくれた花束を受け取り、店を後にしようとする。
去り際に、店主はエミリアの髪に一輪の花を挿した。エミリアは普段大人びているので、こういった無邪気な笑顔を見せることはない。
私も嬉しくなってしまう。エミリアを危険に晒したくないあまり、エミリアを閉鎖的な空間に閉じ込めている私は少しの罪悪感に苛まれながら、雑貨屋に向かおうとする。
すると、公園が騒がしいことに気がつく。
私が目を凝らして、公園に意識を向けると、蝙蝠のようなものが飛んでいるのに気がついた。
…吸血鬼だ。
私は思わず声に出してしまった。
理知的なエミリアはすぐに状況を把握して、自分は花屋に戻ると提案した。
いつ、エミリアが吸血鬼だとバレて、討伐されるか分からない。あの優しげな店主でさえも、吸血鬼だと分かったら、匿う存在から討つ存在だと判断して、殺してしまうかもしれない。
それでも、これ以上吸血鬼が暴れるのを、傷つけられるのを傍観することはできない。
私はエミリアの提案を受けて、花束を預けて、公園に向かった。
公園に向かった時には、時すでに遅く、蝙蝠はよろよろと舞い、木の茂みに隠れた。
蝙蝠を追いかけて、村人は木の茂みを探す。
私は茂みに隠れて、蝙蝠に変身し、代わりに村人の意識をこちらに向けた。
村人は変化した私目がけて石を投げてくる。
躱しながら、私はなんとか村人を撒き、公園に戻る。
変身を解き、茂みを探すと、ボロボロになった1人の若い男が倒れていた。
恐らく、先ほどの蝙蝠だ。
吸血鬼は一定の体力を奪われたり、大きな打撃を受けると、蝙蝠化を維持することが出来ない。
私は男の側に向かうと、私の存在に気がついた男は震える手で私の胸ぐらを掴んだ。
「どう…して…」
男は掠れた声で何かを告げる。
その表情は憎しみに満ちた顔だった。
「俺の、父さんや、母さんは…村人を…襲ったり、しなかったのに…殺された…お前らは、屋敷で、幸せな生活をしているが…俺たちは苦しい生活を、強いられている…」
もしかして、山の麓の一人息子か。
昔、夫婦が歳をとってから、諦めていた子供が出来て、喜んで私の両親に報告していたことを両親から聞いたことがある。
「…お前らは、何のために、生きているんだ?俺たちを、守ってくれるんじゃ、ないのか?」
男の瞳から大粒の涙がひとつ溢れ落ち、男は力なく私の胸ぐらを掴んだ手を地面に落とした。
揺すっても、声をかけても返答はない。
…男は死んでしまったのだ。
「本当に、私達は何の為に生きているんだろうな」
私は無力だ。
村人から恐れられ、吸血鬼からは崇められているが、実際は何も出来ない。
今もまた1人の吸血鬼がこの世から居なくなってしまった。
平和主義と言っているが、私はきっとこの現状に関わりたくないのだろう。自分の手を汚したくないのだろう。
私は男の亡骸に突っ伏して、声を殺して泣いた。
男の血が派手に付いたまま、花屋に向かうと、店主も客もエミリアも驚いた。
私は適当な理由をつけて、エミリアを連れて、山に戻ることにした。
とてもこの格好では、雑貨屋には行けないし、行く気分にもなれない。
私は老夫婦の家を訪れると、黙祷をした。
こんな無責任な長で申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「…村人と分かり合えればいいのに」
ぽつりと呟いたエミリアの言葉に私は思わず苦笑いをしてしまった。本当にな、と返した私の言葉は震えていた。
そんな願いはきっと叶わないと知っているからかもしれない。
翌日。
私はエミリアの部屋から聞こえたアラームの音で目が覚めた。
エミリアの部屋を訪ねると、数言会話を交わして、部屋から追い出されてしまった。
昨日の村への訪問で思うことがあったのだろうか。1人になりたい、というエミリアの気持ちを尊重しようと私はそれ以上の追求をしなかった。
…それがいけなかったのかもしれない。
朝の6時から起きているはずなのに、夕方になっても部屋から出る様子はない。
不安になった私は再びエミリアの部屋を訪れた。呼んでも返事がなく、不思議に思った私は扉を開けた。
そこには、エミリアの存在はなく、開け放たれた窓から冷たい風が吹いていた。
…まさか、村に行ったのか?
私の背筋に冷たいものが走る。
私は慌てて蝙蝠に変身して、村を飛び回った。
花屋は明かりがついていない、昨日行ったルートを辿ったがいない。
どこに行ったんだ。
村人に攫われたのか?殺されてしまったのか?
私はまた何かを失うのか?
暫く探した後、私は一旦屋敷に戻った。
エミリアが戻っていないかという一縷の望みにかけたが、その望みは砕け散った。
私は再び村に降りようと上空を飛ぶと、屋敷に向かう影が見えた。
私はその姿を捉えて、身を強張らせた。
…勇者だ。
勇者がエミリアを抱えている。
私は妹の名前を呼んで、2人の元に降り立った。
勇者は無表情でこちらを見つめている。
この男は私の両親を殺した人間だ。
今度は妹に手を掛けようとしたのだろうか。
エミリアの足から血が流れていることに気がつき、私は顔を顰めた。
何故、エミリアを抱えている?今度はいたぶってから私達を狩ろうとしているのか?
質問をしても何も返さない勇者の態度に痺れを切らした私はじりじりと距離を詰めた。
とにかく、エミリアを助けなければ。
そう思って、私がエミリアに手を差し伸べた時、勇者は私に質問を投げかけた。
「お前の妹を返す前に1つ質問がある」
自分は何も答えないくせに。
私は眉を顰めたが、勇者を刺激して、エミリアを傷つけたくないと思った私は話を聞く姿勢を示した。
「…お前は人間の血を吸ったことはあるか?」
そう告げた勇者の表情は真剣そのものだった。
勇者の質問の意図がわからず、暫く考えてしまった。
何を言っても信じないくせに。
そう思うと、何故か無性に可笑しさを感じた。
「私は吸ったことがない…と言っても、貴方は信じないだろうな」
私がそう言い放つと、勇者は何かを会得したような神妙な表情をして、背を向けた。
「そうか…悪かったな」
勇者はそう言って山を降りていった。
私は勇者の背中が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしてしまった。
…私達はどこで間違えたのだろうか。
今まで話し合うことは出来ないと思っていた恐怖の根源は、寂しげで、まるで迷い子のような存在に感じた。
屋敷に戻って、エミリアに話を聞くと、エミリアなりに考えて行動していたことが分かった私は自分が情けなくなった。
私が行動を躊躇している間に、エミリアは私の代わりに吸血鬼の代表として、勇者の元へ赴いたのだ。
「私もいい加減、現実に向き合わないと…」
今度こそ、大切なものを守る為に。
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