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いよいよ、今日はエミリアとして初めて村に赴く日だ。
今回の目的は主に2つ。
まずは、私自身が村の今の現状を知ること。
そして、あわよくば、ルキウスの現状も知ることだ。
「いいか、エミリア。変な人には絶対付いて行かないように。あとは、危ない目に遭ったら大きな声を出すこと。そして…」
「大丈夫だよ。絶対お兄ちゃんの側を離れたりしないから」
私を村に連れてくと決めた日から、ガイウスは毎日のように同じ注意事項を私に言う。
余程、心配しているのだろう。
こう見えて、精神年齢はだいぶ年を取っているので、大丈夫だと思うのだが…
不承不承といった態度のガイウスに連れられ、私は初めて外に出た。
照りつけるような日差し。
マリアだった頃は、ルキウスと毎日のように外へ散歩しに出かけていたのに。
ずっと引きこもっていたからか、それとも吸血鬼になったからか、私はその強い日差しを苦痛に感じた。
「…行けるか?エミリア」
心配そうに尋ねるガイウスに、私は気丈に振る舞い、ガイウスの手をぎゅっと強く握った。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
納得していないような表情だったが、ガイウスはそれ以上は追及しなかった。
村に向かう途中、何人かの吸血鬼に出くわした。彼らは数少ない日光に耐性のある吸血鬼だ。
ガイウスに気がついた吸血鬼は笑顔でこちらに手を振って、挨拶をしてくれた。
どうやら、吸血鬼達にガイウスは慕われているみたいだ。私は少し驚いた。
ガイウスは、私と他の吸血鬼を会わせることを嫌う。変なことを吹き込まれないようにする為だと言っていたから、てっきり他の吸血鬼とも距離を置いていると思ったからだ。
「お出かけっすか?今日は妹さんと一緒なんすね」
1人の男が私達に向かって話しかけてくる。
「ああ、偵察にな。最近、変わったことはないか?」
すると、男は困ったような表情をする。
「実は麓に住んでいる老夫婦が人間に討伐されてしまったんすよ。中立派の家族が脅かされる一方で過激派はどんどん暴れ回って、村人を煽ってるし、理不尽な世の中っすよね」
男の言葉に、ガイウスはそうか、と短く告げた。
「お前も気をつけるんだぞ。何かあったら、屋敷に来い」
ガイウスがそう言うと、男はくしゃっと笑みを浮かべて、お辞儀をした。
暫く歩いて、私達はラミア村に辿り着いた。
久々のラミア村の市街地は、昔より閑散としていた。
思っていたより静かなところだね、と私が率直な感想を述べるとガイウスは苦い顔をした。
「彼らは吸血鬼の存在を恐れている。一部の吸血鬼が昼間も出歩けると知ってからは、より人気がなくなった」
勇者ことルキウスの勢力が強まり、自己防衛の為に、村人を襲撃する吸血鬼が増えたらしい。
憎しみは憎しみを生む。
負の連鎖は止まらない。
ゲームでも、勇者がステージをこなすごとに、強化されていく敵はそういうことなのだろう。
敵だって、殺されたくない。だから、殺される前に殺すのだ。
ふと、私は純粋な疑問をガイウスに投げかける。
「お兄ちゃんは、村人と吸血鬼の関係についてどう思うの?やっぱり、敵だと思う?」
どこで誰が聞いているかわからない。
私はそう思って、敢えて村人が憎いか、とは聞かなかった。
「…敵だとは思わないよ。種族は違えど、人間も吸血鬼も意志を持ち、会話が出来る。こうやって齟齬が生じたまま、憎しみ合う現状は…とても悲しいことだと思う」
そう言ったガイウスはどこか寂しげな表情を浮かべた。
ゲームのラスボスだったガイウスも本当はそう思っていたのかな。
コマンド通りに進めていた時は考えたことがなかった。『ラスボス出現!倒せ!』と言われるがままにボタンを操作して倒していた昔の自分をちょっとだけ後悔した。
…こう思うと勇者、ルキウスの方が悪者感強めだけれども、かつて勇者の妹だった私はルキウスのことを嫌いになることは出来なかった。
「ガイくん。今日は可愛い連れがいるのね」
花屋にいたおばあさんに話しかけられ、ガイウスは私を紹介する。
「ええ、妹のリアです。普段は危なっかしくて家にいることが多いのですが、たまにはこうやって一緒に散歩をするのもいいかと思いまして」
いつもダイニングテーブルに飾られている花は、ここで購入しているのだろう。
おばあさんは、慣れた手つきで花束を作っていく。
「ガイくんに似て、綺麗な顔立ちをしているのね。最近、吸血鬼の影響でお客様が減ってしまったから、来てくれて嬉しいわ」
困ったような表情をするおばあさんに、少し悲しそうな表情をしたガイウスは、おばあさんのところに被害がないか確認した。
幸い、おばあさんには被害がないようだ。
「はい、花束出来たよ。いつもありがとうね」
「こちらこそ、いつも素敵な花束を作っていただき、ありがとうございます」
去り際、おばあさんは私を引き留めた。
髪に何かを挿してくれたみたいだ。
「うん、リアちゃんの綺麗な金髪に似合ってるよ」
扉の近くにあった鏡を覗くと、そこには髪にピンク色の可愛らしい花を挿した私の姿が映っていた。
「わあ、ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして。やっぱり女の子は可愛いものが好きよね」
吸血鬼になった今でも、人間とこうやって話せるのが嬉しくなり、私は満面の笑顔を浮かべて、お礼を述べた。
ガイウスも良かったな、と笑った。
次の店に向かおうとした時、公園の方が騒がしさに気がついた。
ガイウスは顔を顰めて、立ち止まり、公園の方を見た。
「…吸血鬼の誰かがいる」
ガイウスは呟いた。
ガイウスは向かおうとして立ち止まる。
恐らく、私を巻き込みたくないのだろう。
「お兄ちゃん。私、さっきのお花屋さんで待ってるよ。お兄ちゃんとはぐれたことにして、居させてもらえるようにお願いする」
ここから、お花屋さんまでは歩いて5分もしないところにある。流石に攫われたりはしないだろう。困ったら、暗がりに逃げ込んで、蝙蝠になって追っ手を撒こう。
ガイウスは少し悩んだ後、私の案を呑んだ。
私に花束を預け、ガイウスは足早に公園へ向かった。
…やっぱり、私は足手まといになっちゃうな。
マリアの時もそうだったが、妹の私は無力だ。兄の重荷にしかなれない。
苦い思いを感じながら、私は踵を返し、花屋に向かった。
花屋に無事辿り着いた私はおばあさんに事情を説明し、ガイウスが戻ってくるのを待つことにした。
お茶菓子を出されたが、食べれない私はダイエットをしていると適当な言い訳をして、お茶だけを頂くことにした。液体なら辛うじて飲めるのだ。
「おばあさんは勇者様のこと知ってる?」
他愛もない話をした後、私はそう切り出した。今回の目的の1つである、ルキウスの状況を聞き出そうと思ったのだ。
「ルキウス様か。あたし達にとってはメシアのような存在だけれど、詳しくは知らないねえ」
申し訳なさそうに応えるおばあさんに私は首を振る。すると、1人の中年の男が血相を入ってきた。
「あっちの公園で、吸血鬼と勇者様がやり合ってるみたいだ。おっかなくて家に戻れないよ」
「アンタの家、公園抜けないといけないからね。仕方ないね、暫くここで騒ぎが収まるのを待ってなさい」
勇者様、という言葉にドキッとした。
吸血鬼と勇者がやりあっているって、もしかしてガイウスとルキウスのことだろうか?
ふと、男と目が合い、私はドキッとしてしまう。
「見かけない嬢ちゃんだね。アンタもあの騒ぎから逃げてきたのかい?」
急に話しかけられて戸惑っていると、おばあさんが代わりに答えてくれた。
「お兄さんとはぐれちまって、ここで迎えにくるのを待っているんだよ。この子、普段はあまり外出しないから、道も不慣れで、ここに戻ってきたんだよ」
おばあさんの説明に男は納得したようで、私の隣の椅子に座った。
おばあさんは思い出したように、男に勇者の話について尋ねる。
「そういえば、アンタは勇者様について知ってるかい?この子、勇者様に興味あるんだってさ」
男は少し考えた後、首を振る。
「勇者様は村の為に頑張ってくれてるけれど、村人達とあんまり関わろうとしないからな」
私は男の話を聞きながら、内心疑問に思ったことがあった。
昔、ルキウスはそんなに孤立していただろうか?誰とでも分け隔てなく接する明るいルキウスが村人との関わりを絶つとは思えないのだが。
「勇者様は1人が好きなのかな?」
疑問に思った私は無難な質問を男に投げかけた。
「うーん、昔は明るくて快活な男だと聞いたことがあるが、今は1人が好きなのかもな」
ルキウスは変わってしまったのだろうか。
私は本格的に吸血鬼を討伐し始めた後のルキウスのことを知らない。
もう吸血鬼を狩るだけの冷酷な存在になってしまったのだろうか。
そう思って、私は首を振る。
あの時、吸血鬼の私と会ったルキウスは私を見逃した。
根底はきっと変わっていない、私はそう願った。
しばらくして、扉が開く音がする。
おばあさんの小さな悲鳴に慌てて後ろにある扉の方を振り向くと、そこには血みどろになったガイウスの姿があった。
「あ、アンタどうしたのさ」
男もガイウスに気がつき、狼狽えながら尋ねる。
「妹を探しに公園に行ったら、吸血鬼との争いに巻き込まれてしまって、この有様です。私の血ではないので、安心してください。店に入ると汚れてしまうので…リア、おいで」
ガイウスは扉前で立ち止まり、私をこちらに呼び寄せた。私は椅子から降りて、ガイウスの方へ向かう。
「妹がお世話になりました。また来ます」
おばあさんと男は動揺したまま、ガイウスと私が店を出るのを、ただ見つめていた。
しばらく、ガイウスは何も喋ることなく、屋敷のある山の方に向かっていた。
沈黙が続いた後、ぽつりとガイウスは呟いた。
「…さっき、公園で暴れていたのは、この前村人に殺された老夫婦の一人息子だ。復讐をしに討伐した村人達を襲っていた…息子は私が助ける前に勇者に殺されてしまった」
私は背筋が凍るような感覚に陥った。
ガイウスは自嘲するように笑う。
「吸血鬼と村人は一生憎み続ける関係かもしれないな」
私は何かを諦めたようなガイウスの言葉に、かける言葉が見つからなかった。
片方が和解をしたいと思っても、この関係は修復出来ない。互いが理解しようと思って、初めて共生出来るのだろう。
人通りのない、山の麓に辿り着くと、ボロボロになった廃屋のような一軒家があった。
ガイウスは家の前で、花束から一輪の花を抜き、家の前に置いた。
黙祷をするガイウスに倣って、私も黙祷をする。
本当に、私達は分かり合えないのだろうか?
こんな状況、吸血鬼も村人も幸せになれない。
「…村人と分かり合えればいいのに」
ぽつりと呟いた私の本音にガイウスは苦笑いをした。本当にな、と返したガイウスの声は震えている気がした。
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