キミの側にいられなくとも
はじめましての方は、はじめまして。
お久しぶりの方は、お久しぶりでございます。
前作をお読み頂きありがとうございます。調子に乗って書いてしまいました。
「あなたの側にいられなくとも」の婚約者視点です。
此方も暗いお話なのでご注意下さい。
*アルファポリス様にも投稿をしております。
げほっげほっと室内に咳き込む音が響き渡る。
苦しい、咳が止まらない。
また、発作か。最近は良く咳が止まらなくなる。
やばい、目の前の世界が真っ暗だ。
苦しい、誰か──
「お気の毒ですが、今の医学では治療法がない病ですな。」
そう言われた瞬間、目の前が真っ暗になった。そして、思い浮かんだのは一人の女性の姿だ。
その女性と出会ったのは、もうだいぶ前になる。まだ私と彼女が幼かった頃だ。
ある日、両親の知り合いの家に連れられて行った。その日は、とても良い天気だったから、庭に通されたのを覚えている。
庭には両親の知り合いの夫婦がいた。互いに自己紹介をして、夫人は困った顔をしながら、下を向いて誰かに話しかけていた。
その時、初めて、夫人のスカートに皺が寄っていて、後ろに誰かいる事に気がついた。夫人のスカートからチラリと顔を出した少女は、胡桃色の髪に同色の瞳の落ち着いた色彩を持っていた。彼女は、恥ずかしいのか、顔を林檎の様に赤くして、固まってしまったのだ。
なんとか硬直が解けた彼女と自己紹介をし合い、庭の中を散策して遊んだ。大人しい彼女の手を引いて、興味の赴くままに庭を走り回った。彼女は、私に引っ張りまわされたのに、嫌な顔をせず、楽しそうに笑ってくれた。私はそれが嬉しくて仕方なかった。
親同士の交流も盛んだった為、よく互いの家を行き来した。その度に彼女を外に連れ出した。連れ出す度にその茶色の瞳をキラキラと輝かせて喜んでくれた。
読書が好きな彼女の話についていける様に、色々な本を読んだ。彼女と同じモノが見たくて、始めた読書にハマった。二人で討論したり、面白かった本を紹介し合ったりと充実した日々を過ごした。
彼女の真剣に本を読む姿が大好きで、彼女の元に遊びに行った時、本に夢中になってる彼女を、私が来た事に気がつくまで眺めていた。
そうこう過ごしていくうちに、彼女の幼馴染と呼ばれるようになり、年頃になると彼女と恋人という関係になった。
告白したのは私からだ。彼女も同じ気持ちでいてくれて嬉しかった。だが、彼女は自分を地味だと言って悩んで居た。
私は彼女の持つ色彩が好きだ。彼女の色彩はとても落ち着くし、森の妖精がいるならば、彼女なのではと常々思っている。彼女の落ち着いた雰囲気も好き。優しい表情も好き。本の話をする時のイキイキした表情、真剣な顔、どれも好きだ。将来を想い描いても、私の隣に彼女以外考えられなかった。
私の気持ちを彼女に正直に伝えた。
彼女は、「森の妖精なんて…でも、ありがとうごさまいざいます。」と、はにかんだ。
私達が恋人となったと知って、親達は喜んだ。後に聞いた話だと、親達は私達の仲が良好ならば、婚約しようと考えていたそうだ。
そして、私達は婚約者となった。
私達は、周りからみても、仲睦まじく過ごしていた。成人をしたら、結婚をする方向で動いた。私も彼女も、その日をとても楽しみにしていたのだ。
まさか、私が不治の病に侵されようとは思ってもいなかった。
現在、これと言った治療法や、特効薬がなく、痛みなどが出たら対処療法で緩和しつつ、最期まで待つしかない。
私は、医者が言っている事に絶望しつつ、もしかしたら、この医師が知らないだけなのではないかと、一縷の望みにかけて、調べていた。そんな時だ、彼女の友人が何処で知ったのか、私の病を治せるかもしれないと言って来たのは…
私達が住む大陸に魔の森があり、そこに魔女が住んでいると聞いた。魔女は物知りで、医学や薬学、魔術にも精通し、人間が成し得ない奇跡の薬を作ることができるそうだ。だが、その薬には対価が必要である。
私は、早速、森に向かい、魔女と対面した。
「何か、御用かしら?」
魔女は聞いて来た。私は、不治の病に侵されていることを話した。
「残念ね。貴方の体を治す薬はあげられないわ。」
魔女は、淡々と私の願いを拒否した。
「お願いします。その薬が必要なんです。」
どうしても欲しくて、頭を下げたが、やはり拒否された。理由を聞いてみると、眉間に皺を寄せて魔女は答えた。
「命をかけるから。大切な人の為に…だから、貴方には作れないわ。」
命をかける、大切な人の為に…
薬を使う本人では駄目なのだ。他の人が、生きていて欲しいと願わなければならない。そうでないと薬を作れない。
理由を聞いて、私は本当に助からないということがわかった。誰かの命の犠牲の上で生きるなんてできない。それに自分の為に誰かに死ねというのか。
魔女に迷惑をかけたことを謝罪した。その時、ぼそりと何かが聞こえた気がしたが、気のせいかと思いそのまま魔女の屋敷を後にした。
彼女とともに生きる道は閉ざされた。後どのくらい、自分は生きられるのだろうか。自分の体は動くのだろうか。未来がない自分と一緒になって彼女は幸せなのだろうか。病気のことを打ち明ければ、きっと、彼女は献身的に支えてくれるだろう。私のこの気持ちを共有しようと、自分自身が辛くても、悲しくても側にいて幸せだと言ってくれるだろう。私が死んだ後は、悲しんでくれる。そう、彼女の心に残れるのは予想がつく。だけど、そうなった時に、彼女の心からの幸せそうな笑顔は守れるのか。長く一緒に生きられない私では、彼女に苦労を掛け、不幸にしてしまうのではないか。いっそ、私から手を放した方が彼女は幸せなのではないのか。
自問自答を繰り返していたそんな時、両親に応接室に呼ばれた。杖をつき、応接室に行くと、そこには、両親の他に彼女の両親がソファに座っていた。なんの話なのかは察しがついた。
彼女との婚約についてだ。
死の淵に立った私では、彼女を幸せにできない。双方の両親から、婚約の解消についての話であった。
彼女の両親や自分の両親の立ち位置になって考えてみると、苦労するのが分かっていて、長くは生きないであろうが、いつ死ぬかわからない奴に自分の娘を嫁がせたいか、相手の娘さんに婿にやりたいか。答えは否だろう。
こうして彼女との婚約は解消することになったのだ。
両家の間で、心配させないように、彼女に病気のことを黙っていることになった。黙っておく代わりに、嫌われて、私のことを早く忘れさせるために彼女に冷たく接することになった。だが、これは間違いだったのだ。自分の我儘で、自分の首を絞めることになるとは思いもしなかった。
婚約を解消したことで、彼女との時間は減った。自分の心にぽっかりとした穴が開いた気がした。彼女の訪問は減ったが、代わりに魔女の噂を教えてくれた友人がお見舞いに来るようになった。彼女に幸せになって欲しいから、嫌われるために協力してくれるらしい。嫌われるのは辛いが、私を忘れるために必要なことだから仕方ない。
この会えなくなった時間、彼女は次の婚約者選びでもしているのだろうか。もう婚約者は決まったのだろうか。次の婚約者はどんな人なのだろうか。こんなことばかり考えてしまう。次の人は彼女のことを幸せにしてくれるだろうか。
車椅子に座りながら、窓の外を眺めた。気分が沈む空模様だ。
ある日、天気が良いから、使用人に白いガーデンチェアまで運んで貰い、椅子に座わらせてもらって、訪れていた彼女の友人に話し相手をしてもらっていた。そこに来客が告げられた。
来客は彼女だった。
「貴方の病を治す薬が手に入ったわ!」
彼女は、席に着くなり切り出した。
「これで治りますわね!良かったですわね!」
隣に座る友人も嬉しそうに目を輝かせた。
──待って、なんで、君がその薬を持っているの?──
「これがその薬です。」
彼女は、懐から取り出した。
「これは受け取れない。」
疑問を飲み込んで、やっと喉から絞り出した。これは、受け取れなかった。彼女は代償を知っていてこの薬を作って貰ったのか。対象の為に命をかける事を…
「どうして…」
彼女が呟いた。
「どうしたんですの?この薬があれば、治るのよ?」
友人も吃驚した様で、目を見開き、私を見つめた。
「悪いが帰ってくれ…」
沈黙が降りた。私の声とは思えないくらいに酷く冷たい声が出た。彼女は薬を持って、暗い表情で帰って行った。
友人には何故受け取らなかったのか問い詰められたが、理由を説明した。以前、教えてもらった薬だということを……
以前、君に教えて貰って、私には作れないと言われた薬だと……
あの日から、体調を崩し部屋にいる。一人で部屋にいると考えてしまう。
なんで、彼女は、あの薬を知って、手に入れたのか。
私が病である事を何故知っているのか。誰が話したのだろうか。
代償について知っていて作ったのか。
彼女の薬を受け取らなければ、飲まなければ、彼女が命を落とす事はないはず。
ぐるぐると、頭の中を巡る。
今日は、ここ数日の中でも、体調が良く、車椅子に座りながら、本を読んでいた。少し休憩しようと思い、ベルを鳴らそうと本を置いた。途端に呼吸が苦しくなる。心臓がバクバク鳴っている。余りにも苦しくて、私は車椅子から転げ落ちた。転げ落ちた時に打つけた膝が痛い。
げほっげほっと室内に咳き込む音が響き渡る。
苦しい、咳が止まらない。
また、発作か。最近は良く咳が止まらなくなる。
やばい、目の前の世界が真っ暗だ。
苦しい、誰か──
心の中で助けを求めて、そこで意識が暗闇に沈んだ。
ずっと怠かった身体が嘘のように軽い。息苦しかった呼吸も楽になった。真っ暗な暗闇の中でそう感じた。
目を覚ますとベッドに横になっていた。髪に汗が張り付いて気持ちが悪かった。いつベッドに入っただろうかと思い出そうとし、部屋を見渡した。車椅子が目に入り、思い出した。確か私は発作を起こして車椅子から滑り落ちたのだ。ということは、家の誰かが私が発作を起こした事に気づいて、ベッドに運んでくれたのだ。
そこまで思考を巡らせて、汗をかき気持ち悪くなった体を拭こうと思い、ベルで従者を呼んだ。
ベルを鳴らした時、私は不思議に思った。身体が軽いのだ。最近は腕の筋力も落ちてきたのか、腕をあげるのも億劫になっていたのに、降った腕が軽かった。
まさかと思い、恐る恐るベッドから降りてみた。少しふらつくが立ち上がることが出来た。
そういえば、呼吸も楽な気がした。
そんな時、ノックの音がした。入室を促すと、執事がメイドと医師を連れて入って来た。執事達は目を見開いて吃驚した様子であった。私はベッドへ座らされ、医師による診察を受けた。そして、後日、再度検査を受ける事になった。診察をした医師も驚いていたのだ。筋肉の強張りが無いことや顔色がとても良くなっていたことに。ここでは詳しく検査をすることが出来ない為、医師が働いている病院に行く事になった。
私が寝ている間に何があったのだろうか。体調が良いことに疑問を感じた。そして思い当たる節があった。そういえば、婚約者である幼馴染がこの病が治ると言われている薬を持って、屋敷を訪ねて来た事を思い出したのだ。頭から血が引いた。まさか、私はその薬を飲んでしまったのではないかと…
君の隣にずっといたかった。
側にいたかった。
君の側にいられなくとも、君には………
加筆修正 H30/9/28、H30/10/31
ブックマーク、評価ありがとうございます。H30/10/06