第8話 金色の花弁
8・金色の花弁
巨大なビルの窓から煙が噴出し、破片が飛び散る。
ビルの中では二体の怪物が戦っていた。
「くたばれ!」
建物の柱がひしゃげ、ダークの体が宙に浮く。念腕による、体を弾にした投石器である。
「はあっ!」
ダークの動きは良好で、ここまでに数体のアーロイドを一撃で沈めてきていた。
「ぬうっ!」
しかし、今対している敵は勝手が違っていた。肉体から伸びた触手が体を守り、攻撃がうまく直撃しないのだ。
「……バージョンアップされた個体か!」
さらにはその肉体も瞬時に復元してしまう。今までに戦った敵よりも数段手ごわい。
アーロイドの援軍も次々やってくる。かなりの数だ。
「情報通り来てみたら、まるでアーロイドの巣だな……なぜあんなことをしたんだ?」
ダークの声に力がこもる。無意識のうちに歯を食いしばっている。
「偉業には犠牲がいつも付きまとうのですよハンドルエクス。貴方もその一人です。貴方はここで死に、そして、ワタシこそがアーロイドの頂点に相応しいと皆が覚える」
「ほざくな! 貴様は悪魔だ!」
ダークの結晶石が輝き、力が集まる。それを掬い上げ、差し出しように持ち上げる。
「ほう……それが結晶石から汲み出された純エネルギーですか。なるほど、莫大な熱量です。サイコマターで以ってしか制御できないわけですね」
「消えてなくなれ!」
放たれた光の砲はファロエミナ種の木野に放った時より威力はずいぶん増している。
ダークの光の砲は壁を吹き飛ばし、援軍のアーロイドたちは、衝撃に巻き込まれただけで沈黙してしまった。
「嘘だろ……」
光の砲の軌跡に影が現れる。ありえないことだった。
「避けたってのか!」
「ダメージはありましたけどね。さすがはハンドルエクスです」
植物を思わせる肉体を持つそのアーロイドは、強さのみならず、すべてにおいてあまりに人間離れしており、今までのアーロイドとは完全に一線を画していると言えた。
「ならばもっと強いのを!」
今一度結晶石から力を引き出そうと身構えた瞬間、地面から吹き上がるように現れた触手に体を押さえつけられてしまった。
方向からして、根をはるように、あらゆる場所に触手を伸ばせるらしい。
「そうか! 触手で体を!」
アーロイドの足元に穴が開いている。触手によって体を床から沈めて避けたのだ。
「気付きましたか? 貴方が得意とする戦法と同じですね。貴方の場合はサイコマターの副腕によるものですけど」
「この……!」
「無駄ですよ。ワタシの武器はこの生命力。必要なだけの肉体を生み出せるのです。単純な力ではワタシには勝てない」
そのアーロイドの言葉は嘘ではない。張り巡らされた触手すべてが体であり、それらがすべて柔軟な動きと働きをするのだ。
ダークの方が力は上であろう。ならばそれに追いつくまで成長を続ければよい。つまり、量で上回ってしまえばよいのだ。戦い方こそ特殊だが、その理屈はシンプルである。
「そもそも性能比較試験など無駄の極みなのです。ワタシたちアーロイドが完成している以上、裏切り者のハンドルエクスを放置するなどナンセンス」
凄まじい量の触手がダークの手足を固定し、空中に持ち上げる。体を引き裂くつもりだ。
ダークの体力がみるみるなくなってゆく。何をどうやったのか、体力を吸い取っているらしい。
ダークに混乱にも似た怒りが巻き起こる。完全な念腕を作り出すことができない。原質力の体力への変換も追いつかない。
「ぐああ!」
「結晶石はまだ色々と使い道がありますからね、ワタシが保管しましょう」
「くっ!」
アーロイドがダークの腹部に触れようとした瞬間、ダークに巻きついた触手が切り落とされた。
「誰です!」
ダーク傍らに男が立っていた。ワイシャツの袖を捲くりあげた巨躯の男だ。
「イリア、それはいただけない。看過できないね。性能比較試験の意義をもっと理解しないと」
「あなたはいったい……?」
男を見てアーロイドは警戒している。その男が特殊な印象を与えるのだ。男がアーロイドなのは間違いない。しかしながら普通のアーロイドとは何かが違っているのだ。
「あんた……『核付き』!」
ゼノアームド社基地にてダークの脱出を手引きした男。ハンドルエクスであるダークすら警戒させる存在。
「ダーク君もダーク君なんだけどね、何度負けるつもりなのかな?」
「『核付き』!? あなたが!」
「なんでもいい。とにかくここはオレが預かるからね」
「お待ちください! 納得いきません!」
「誰が言うことに従うか……」
「無理しないことだね、体が動かないだろう? 君はイリアにエネルギーをたんまり奪われたのさ」
男はダークを軽々と抱きかかえると、吹き飛んだ壁に近づいてゆく。風と音が近づいてきてヘリがビルの壁に接近してきた。
「イリア、君は性能比較試験の規定を破った反乱者だ。明日にでも処分する。覚悟しておくことだ」
「そんな!」
「それだけじゃないんだよ。ええと、君は虚偽の報告でバージョンアップを受けたね。さらに、人員及び備品の横領が確認された。それも大量のね。何が目的だったのかな?」
「ワタシはエイダム様の命で!」
「申し開きは必要ないんだけどね。君は危険な不穏分子なのだから。それがべスティローザ種となればなおさらだ」
ヘリはダークと『核付き』を乗せてビルから離れ、広大な平野に作られた施設群を後にする。
「あんた、何が目的なんだ……!」
「いいから、君は寝ていなよ」
男に胸部を一撃され、ダークは気を失った。気絶したダークを一瞥すると、『核付き』はほくそ笑んだ。
ダークの持ち帰った情報はゼノアームド社の兵器搬出リストだった。問題はその中に、人間と思わしいものが含まれていたことだ。それは、アーロイドの実験に使われる者たちなのだろうと予想できた。
本来ならナイトドリームの調査を進めるまでハインたちは潜伏する予定だったが、これの救出作戦をダークが発案したのだ。
ゼノアームド社が取引していた人間たちは、ある集団失踪事件の名簿と一致しており、民間人の可能性が高かった。ダークは、自分と同じ境遇の者が生まれるかと思うと、いてもたってもいられなくなったのだ。
また、そこは民間の会社が管理する倉庫群であり、過去にナイトドリームの立ち入りが行われていた。ナイトドリームについてはまだ多くはわからなかったものの、全くの偶然とは思えなかった。
情報によれば、ごく最近にもゼノアームド社は人間を売買している。ダークが情報に従い、無理矢理に侵入した時にはもう遅かった。そこで待っていたのはアーロイドの集団と、複数の遺体だった。
人間としての姿を奪われ、不均衡に歪んだ、かつて生きていた者たち。
「これか? これは選別に落ちた者たちだよ。事前の処理に耐えられなかったために、やむなく処分したのだ。残念ながら規格落ちということだな」
問い詰めたダークに、アーロイドから返ってきたのはそんな言葉であった。
次の瞬間には、その言葉を発したアーロイドはもうこの世にいなかった。他のアーロイドも、抵抗する間もなく、次々に塵に等しくなっていった。
そこに残っていた書類から、近隣にあるビルにこの地獄を生み出した者がいると知り、怒りにまかせてダークは正面から突入した。
その後は、ダークが苦戦していたアーロイド、ベスティローザ種が現れるまで、とにかく派手に暴れまわった。
***
「おはよう、ダーク君」
「この……クズめ!」
薄暗い部屋で目を覚ましたダークは、『核付き』に気付くと即座にとびかかった。『解像』は解けてしまっているようだが、気にもとめない。
「落ち着いてくれ」
冷静に、しかし強い力で『核付き』に突き飛ばされる。大きく弧を描き、ダークは地面に叩きつけられる。
「ふうっ……ああっ! 『解像』!」
破裂音とともに地面にヒビが入り、ハンドルエクスの姿に変わる。
「ダーク君、待ってくれ」
「ふざけるな!」
「思い上がらないでほしいねダーク君、君はオレには勝てない」
『核付き』はわずかに雰囲気が変わったが、人間の姿のまま、突っ込んでくるダークを受け止める。
「オレは君にがっかりしているんだよ。前と何も変わっていないじゃないか。どうしてあんなのに苦戦しているんだい?」
「うるさい! おまえらに良心はないのか! 何人も犠牲にしやがって!」
「誤解だ。君が見たあれはオレが関与したものではない。あんな杜撰は処置は……」
「違う! おまえらは人間を材料としか見ていないだろう! いったい何が目的なんだ!」
「目的? 人類の役に立つことさ。委員会は人類のためにこそ存在している」
「身勝手なことを!」
結晶石が輝きはじめる。この近距離ならばあの光の砲もはずしようがない。
「駄目だよダーク君」
『核付き』は自ら距離をつめ、収束した光に手を当てると、その輝きが霧散してしまった。それどころか、『解像』まで解けてしまった。ダークは急な変化に耐えられず、膝から崩れ落ちる。
「言ったはずだよ、オレは君に近い存在だとね。純エネルギーの出力はオレの方が上だ。消耗している君の攻撃を無力化するなんてわけないんだよ。もう力が入らないだろう? 表現体の輝きが失せ、燃費の良い人間の姿に戻ったのが、回復しきっていないというなによりの証拠だよ」
「まだ、まだだ!」
立ち上がろうとするダークを手で制しながら『核付き』が話しかける。
「いい加減に聞いておくれよ。オレたちの今回の目的はイリアの粛正なんだ。君の目的と一致するんだよ。それを証拠に、誰も君に手出ししていないだろう?」
周囲には『核付き』部下らしき者がいた。アーロイドのようだが、確かに敵意はないらしかった。
「はっ! 仲間割れか、ざまあない!」
ダークは悪態をつきながらも、『核付き』に敵意がないらしいこともあって、熱が冷めてきていた。
「恥ずかしい限りだよ。でも君も無関係じゃないのさ。あの基地での一件の後、どさくさにまぎれて行動する一派がいてね、オレはそれを収めてまわっているんだよ」
「俺の知ったことか」
「待ってよダーク君」
ゆっくりと立ち上がり、去ろうとするダークの前に男の部下が立ちはだかる。とはいえ、『解像』する気配があるわけでもない。
「……前に会ったことがあるな」
自分の前に立った二人を、ダークは知っている気がした。顔はマスクのあるヘルメットで見えないが、印象から何者かわかるのだ。
「ええ。ソーラ研ではお世話になりました」
「木野の部下か……! アーロイドになっていたとは……」
ダークは少し思案すると振り返り、有賀に顔を向けた。
「俺に協力したいとでも?」
「その通り。我々は君の力になれる。この件に関しては手を取り合えるんだ」
「俺は俺でやる。あんたも好きにやればいいだろ」
「ええと、実はオレも独断で来ていてね、隠さずに言うと、できれば手を汚したくないのさ。ところが、君を放っておいてもイリアに勝てそうもないからね、そこで協力を申し出ているのさ」
「イリアって、あの植物みたいなアーロイドか。ずいぶんとなめてくれるな。だいたい、それで粛正になるのか?」
「なるとも」
『核付き』は軽く答える。
『核付き』が言うには、現在、ベタナークで混乱が起こっているらしい。それはハンドルエクスの処遇に起因しているという。
イリアのように性能比較試験に反対する派閥が出てきた。それは各々の権限内での結託にすぎなかったが、反対意思の発生そのものが問題らしく、ここでダークに協力してイリアを倒してみせることは、性能比較試験の意義を示すことに繋がるのだという。
「そこがわからない。意義とはなんだ?」
ダークは質問を投げかける。話にのってしまっているのだが、『核付き』の話は貴重である。当然、『核付き』もそれを承知で話しているようである。
「そのままの意味だよ。君との実戦テストでアーロイドの限界性能や弱点を浮き彫りにすること。これはバージョンアッププログラムに欠かせない要項なんだよ。だから、もっと君が強くないと困るぐらいなんだよね」
「俺が強ければ強いほど、アーロイドが強くなる切っ掛けになる、と?」
「そう。だから現在、性能比較試験に疑問を投げかけている者たちは、その意味を全く理解していないんだね」
「壊滅されるまでその態度を続けるのか? 思い上がるつもりはないが、無視できない被害が出ているんじゃないのか?」
腹の探りあいではあるものの、ダークは不思議な気持ちになっていた。この『核付き』の男に感じる畏怖は、性質こそ違うが、どこかハインに通じるものがある。
「それが早とちりなんだよ。君たちは重要な部分に近づけていないし、近づけない。そこが守られている限り、被害の大小など問題にならない」
「それじゃなにか? 俺に負け続けることが性能比較試験だとでも?」
「んー……情報を流すのはここまでかな。とにかく、イリアの粛正に協力してほしい」
ゼノアームド社の時のように、『核付き』は自信にあふれた表情で話を持ちかける。
ダークはふと、この『核付き』の態度にはなにかの覚悟があるように感じた。この偶然の出会いも、何もかもが必然とでも言いたそうに感じるのだ。
「あんたは……」
「なんだい?」
「いや、結晶石を表現体と言わなかったか? 輝きがどうって、結晶石のことだろ?」
「ん? ハインド博士から聞いてないか? 腹部に見えているのはサイコマターでできた表現体という弁で、結晶石の本体じゃない。原質力と呼ばれる純エネルギーに耐えられるマテリアルなんて存在しないからね。強化されていようと、ただの肉体では扱えるわけもないんだ。よって、純エネルギーの利用には念物質、つまりサイコマターでの変換が絶対に必要なのさ。そのサイコマターを肉体に持つのはわずかな者だけだ」
誤魔化すつもりで投げかけた質問だったが、思わぬ反応を見せられてダークは面食らってしまった。饒舌に話す『核付き』の姿は、やはりどこかハインに似ている。
「ふっ……」
「なんだい?」
「いや、この話、受けてもいい。あいつは絶対に許せない」
「いいね。そうこないと」
いつもどおりの有賀の笑み。含みのある、裏のない笑み。
「……で、なんていうんだ?」
「ん?」
「あんたの名前だ。約束しただろう」
「ああ、覚えていたんだ」
「いいだろ、言えよ」
「約束だしね、わかった。有賀陽太郎だ」
「アリガ、か。俺はシオナシだ」
「ええと、それ偽名って聞いたけど? ダーク君で十分でしょ」
「……あんた嫌な奴だ」
「当たり前じゃない、敵なんだから」
いつもどおりの有賀の笑み。含みがあるということを隠そうともしない、裏のない、自信に満ちた微笑み。
・・・
「で、どうするんだ?」
建物の外に出たダークと有賀が並んでいる。ここはあのビルから離れた港らしい。海の近くだ。潮の香りがダークに隠れ家を思い出させていた。
今回は完全に単独作戦である。ダークの提案で、ハインはナイトドリームの調査に専念してもらったのだ。
「前と同じだよ。性能比較試験として一対一で戦ってもらう」
「勝てるかは別だろう」
「そう。そこでね、今からオレが君に全力の出し方を教えるよ」
「全力? 特殊な技術があるという意味か」
「察しがいいね。その名もポイント-ブランクだ」
「ポイント-ブランク……」
「直射とか、確実にって意味もあるんだけど、この場合はもちろん別の意味だ。下手したら、いや、下手しなくても死ぬ」
「……どうやっても死ぬじゃないか」
「死ぬ前に決着をつければいいんだよ。時間と敵、二つの戦いを同時にするのさ」
「効果は?」
「肉体を限界を超えて酷使できる。生半可なものじゃないよ、その効果だけでも活動停止しかねないほどさ」
「文字通り死ぬほどの技というわけか」
***
崩れたビルの中で一人の女が佇んでいた。
手には紙が握られており、赤く塗られた爪が痛々しく食い込んでいる。
「委員長、あくまで性能比較試験のサンプルがワタシの役割とおっしゃるのですね……」
強い風が吹き込み、手から紙が千切れ飛ぶ。紙には特別指令書と書かれていた。
「イリア様、自分もお供します」
女の背後には一人の少年が立っていた。赤い巻き毛の少年で、女、イリアの鋭い顔立ちとは対照的に優しげな顔立ちである。
「セーア=オオエ、あなたは指示通り原隊復帰なさい」
赤毛の少年、セーアが拾った、千切れた紙を受け取りながらイリアは答えた。
「お断りします。イリア様は正しい。自分は正しい者に従います。アーロイドに志願したのもそのためです」
「セーア、あなたはエイダム様のもとに戻り、ワタシの後を継いでください」
「自分たちはエイダム委員の指示で動いているのです! 『核付き』とはいえ、あんな者など放っておけばいいではありませんか!」
セーアは激昂し、声を荒げる。目には涙まで浮かんでいた。
「委員長指示はすべてに優先です、従う必要があります」
「エイダム委員に訴えれば……!」
少年のそれは進言ではなく、説得と呼ばれるものであった。涙を流し、もはや哀願に近いものですらあった。
「セーア、短い間ですがこれまでよく耐えました。あなたはワタシの子も同然。だから、今は生きてください」
「イリア様……」
「心配いりません。ワタシは必ず勝ちます」
「それよりも約束してください。必ず生きて帰ると……」
「わかりました。約束します」
抱きしめられたセーアの涙が風で流れ、イリアの頬に伝わる。鋭かったイリアの表情が、少しだけほころんだ。
***
次の朝、ビルに近い倉庫群の片隅に立つ沢山の影があった。
倉庫群の一画を囲うように人員が配置されている。性能比較試験のために準備が完了しているのである。
ここでのダークの目的はなくなっていた。連れてこられた人を救えなかったのだ。『核付き』との協力は、ダークにとってはけじめのようなものである。
「あいつは来るのか? これじゃまるで公開処刑だが」
ダークと有賀は人の囲いの中央にいた。今、周囲にいるのは有賀の部下ではなく、今日になってやって来た者たちである
「来るよ、絶対にね。ベタナークに属する者なら絶対だ」
「洗脳でもしてるのか」
「まさか。ん? 来たようだよ、準備はできているかな?」
近づいてきた車からイリアが降りてくる。車を引き揚げさせると堂々と近づいてきた。
歩くイリアがその姿を変えてゆく。
イリアからも有賀からも言葉はない。もう戦いは始まっているのだ。
「貴様……」
ダークもまた、ベスティローザ種の姿を現したイリアに近づいてゆく。
仮面をつけた貴婦人のごときベスティローザ種の四肢が枝分かれし、伸びてゆく。艶かしくもある触手たちの先端がが地面に入り込み、中央に位置する体を浮かせてゆく。
この行動自体が、生命力を武器とするベスティローザ種の、構えであり先手である。
ダークも『解像』し、姿を変える。黄色い核を持つ異形の姿に。
『解像』の瞬間を狙って、イリアの触手がダークに纏わりつく。前回の戦いと同じく行動を封じようというのだ。
「さて、再びそのエネルギーを奪い取って差し上げましょう」
すべてのアーロイドが持つ、通常の生命では利用不可能な物質を利用可能なものに変換する規格外消化能。これを発展させた吸収能をベスティローザ種は持っていた。前の戦いで、ダークはこの能力によって力を食われたのだ。触手に捕まるということは、つまり、前回と同じ轍を踏むことに他ならない。
「油断ですか? 単に間抜けなだけですか? どんな策があるのか知りませんが、貴方を捕まえた時点でワタシの必勝なのです!」
「ぐ……あ……」
意識が朦朧となり、体が拘縮してゆく。しかし、ダークはただ捕まったわけではない。わざと先手をとらせたのだ。
「本当にあれでいくんだ」
遠くに移動していた有賀は、昨晩のダークとの会話を思い出していた。
―――
「……これなら勝てる」
有賀の横でダークが呟く。
「問題は時間だね。発動したばかりの低率期の間は返り討ちにされる可能性があるよ」
「わざとあいつに捕まって時間をかせぐ。体力を奪いつくすまでは、おそらく次の攻撃はしかけてこない」
「短絡的に思えるけど?」
「イリアだったか、奴はただ勝利するのではなく、完封したいと思っているはずだ」
「ほう、よくわかるね。言動からの予想かな? でも、そんなことしたら余計に」
「負担が増すだろうな」
「……ふーん。まあ、自由にするといい」
―――
有賀は気になっていた。いくら一夜漬けといえど、ポイント-ブランクの発動に時間がかかり過ぎていた。失敗を危惧したが、それが杞憂だったと気付く。
「ん? ようやく発動したか……」
すぐにそれは人間の目にもわかるようになる。表現体が輝き始め、ダークの肉体から蒸気が噴きはじめたのだ。
「く……ぬ……」
「ん?」
ダークの重なった牙が左右に分かれると、人間の口にも似た顎が開き、煙が吐き出された。
「ハアアアッ!!」
「この熱量は……純エネルギー! 念腕を精製するだけの体力はない……光の砲ではないはず! 何をする気です!」
イリアの頭によぎったのは自爆である。触手で縛り付けているダークの体が高熱を帯びはじめたのだ。
イリアの体から音が鳴りはじめる。触手が焼けているのだ。原質力を吸収したことで内部から崩壊しはじめたからだった。
「なんてこと!」
イリアは思わずダークを放り投げる。
ダークは地面に力強く降り立つと、そのままさらに力を込めはじめた。肉体が鼓動するかのように蠕動し、膨れ上がってゆく。そして、全身に絡み付いている念物質が発光した。
「こ、これはいったい何事です!?」
「本来はそのまま使用することのできない純エネルギーを無理やりアベイラブルにして使用するポイント-ブランク。これで負けるようなら、君はもうオレにとっても必要ないよダーク君」
有賀の表情がはじめて険しくなった。その真剣な眼差しは心配をするかのようでもある。
ダークから立ち上がる熱は炎のごとく揺らめいて全身を包んでゆく。その煌きはあまりにも激しくて、濁流の如く見る者すべてを不安に押しやるものであった。
すべてを照らすこの光の根源にあるのはダークの憎しみに他ならない。
ダークは影を生み出す太陽か。それとも、光で隠された黒い月か。
この戦いは、地上に熱圏を降ろしてくるものだ。手を出してはならないものだ。
なにもかもを焼き尽くして、残った者を路頭に迷わせるだろう。
いや、だが、もし、それが目的だったとしたら・・・・・・
次回、ハンドルエクス・ダーク第9話『厄日』
暗闇への審判が、今、下される。