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ハンドルエクス・ダーク  作者: 千代田 定男
第二章 ナイトドリーム編
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第7話 彼方より来る

7・彼方より来る


 ハインとダークの隠れ家は、もともとは工場と研究所、物流を兼ねた総合的な施設であった。海沿いの平地から山間に建物があって、それぞれが道路でつながっている。これは入り組んだ地形にあるからであって、別に驚くほどの敷地面積があるわけではない。

 ハインたちが主に使用しているのは山間にある研究施設跡である。実験設備が隣接しており使い勝手がよかったからだ。

 ハインがどうやってここを占有したかは知らないが、ともかく、ここが彼女らの生命線だった。

「このデータ、こことかここ、なんだか変じゃないですか? 俺、なにか病気なんですかね?」

 ダークは最近測った自身の検査データを見ていた。それが併記されている基準値とかなり違っていたのだ。

「貴方はそれで正常よ。隣の数字は人間の基準値だから、あなたのキャラだとあてにならないのよ。そのサンプル採取時も『解像』の影響は出ていただろうし」

「へぇ。でも、前のやつのとだいぶ変わってきてるんですが」

「経時的な変化が見られているのは、適正化がなされて、ハンドルエクスとしての性能が発揮されてきているからね」

 ハインも隣からデータを覗き込む。

「じゃあ健康だと思っていいんですね」

「そもそもこれ健康診断のためにしてるんじゃないわよ、性能のモニタリングの一つ。貴方はそうそう病気にならないから、常に健康と思っていていいわよ」

 手元の紙と見比べながらハインが興味なさげに答える。

 今、ダークはいわゆるメンテナンスの最中であった。とは言っても、いくつかのテストを行うだけである。

「そんなもんですか」

「アーロイド全般に言えることよ……うん、いいわね。標準の規格を超えてるわ、かなりの飛躍よ、次は評価基準変えないと」

「すごい機械だなぁ。どうやって手に入れたんですか? そういや、そもそも資金ってどうなってるんです?」

「前に利用している人間がいるって話したわよね。情報は通信社から、資金は基金から拝借しているわ。全部じゃないけどね」

「拝借って、それ……」

 (だま)し取ってるんですかと言おうとしてダークは止めた。協力者はいない。わざわざ確認する必要などないのだ。

 そんなことを考えていると、ダークは聞いてみたいことがあったのを思い出した。

「博士、最近思い出したんですが、再現体って俺のことですよね?」

「ベタナークの奴らが言ってたの? ナンバーイレブン再現計画の再現体でしょうから、そうでしょうね」

「なんで再現なんですか?」

「……あるものを再現したからよ」

 作業の手をとめてハインが振り返る。表情は真剣そのものだ。

「……とある遺跡で発掘された異形の生命体。生物史に有ってはならない存在。今となっては、その遺跡の存在自体がこの星の悪夢の原因よ」

 思い出すようにハインは顔をしかめる。

「未知の生物ってことですか?」

「そうよ。ある時、ある調査で巨大な地下遺跡が発見されたの。それ自体が未知の文明のものだったわ。考古学上の大発見よ。遺跡の大半は、それでも一応の説明がつくもので、そこまでは良かった。でも、全く説明のつかないものが発見された。それが11番資料。謎の生物の遺骸。人型の怪物」

「それでナンバーイレブン? それの再現体か……ちょっと待ってください、俺は人間ですよ? なんで俺がそんなものに変わるんですか?」

「イレブンは人間を素体とされていたの。人間を何者かがいじくった。解析され、それが不死身とも言える能力を持つとわかった」

 ダークはゾッとした。

 自分という証拠がなければ信じられなかっただろう。なにせ、正体不明のわけのわからない生物にされたということなのだから。

「つまり、貴方からうまれたアーロイドも含めて、その技術の源流は不明ってことなの」

 ハインの目はいつになく冷たい。怒りとも悲しみともとれる。その根底にあるのは恐怖なのかもしれない。

「宇宙人の技術だとでも?」

「否定しきれない。というより、いっそそうした方が説明がつくぐらいだわ」

「……どうしてそれを教えてくれなかったんですか?」

 ダークもまた恐怖していた。それは、再び浮かんできた、怪物にされたという事実に対してである。しかも正体は不明だというのだから当然であろう。しかし、もっと言えば、ハインへの不信感がその正体であろう。

 信じられないということからうまれる恐怖。これは人間の、生物の底にある本能の一つである。

 ダークは失った記憶を、揺らぐ自分を、ハインとともに戦いながら補いつつあった。だからこそ余計に恐怖が増大したのだ。

「隠していたわけじゃないわ。イレブン、つまり貴方のオリジナルについては何を説明していいかわからないのよ。ただ、間違いなくベタナークはそれを利用しようとしている」

「正体不明の怪物にされた人間。それの再現体が俺なのか。そんなもののために……」

「アキラ、ベタナークにその技術を悪用させてはいけない。貴方が記憶を取り戻したいだけなのは知っているけど、奴らのしようとしていることは食い止めなければならない」

「……わかってます。俺も奴らが何をしようとしているのかを知りたい。そう、そもそも奴らは何者なんです? 博士が知っていること、もっと教えてください」

 恐怖はあったが、気丈に振舞うだけの心構えはできていた。もうダークは、襲いくる不信を覚悟で補えるのだ。 

「前にも言ったけど詳細はわからない。強大な経済力を持ちながら、それ自体は一般の社会活動を行っていないから実態が掴めないの。目的があまりにも不明すぎるわ」

 ハインは少し困ったように答える。

「ゼンドがあるわけでしょう? アーロイドによる軍事蜂起(ほうき)だとか、それこそ世界征服とかではないのですか?」

「世界征服って……いえ、そんなの、やろうと思えばとっくにしているわ。それだけの力があるの。ただ、彼らにメリットがないわ」

「ちょっと待ってください。そんなに? 一国レベルってことですか?」

「そんな段階じゃないわ。例えば資金で言えば地球を今すぐまるまる買い上げられる。視点を変えれば、もう世界征服されているも同然よ」

「……いくらなんでもおかしいでしょ」

「いいわ、ちょっと待ってなさい」 

 ハインは手元にあった画面上にリストを表示させる。 

「簡単にまとめた表よ。好きなだけ見なさい。資産で比較すれば、人類が生み出してきたのと同量の資本があることになるわ。概ねだけれどね。たとえば貨幣で言うなら、最終的な通用力まで考えて、あいつらはもう加工された材料としか見てないぐらいよ」

「こんなの理解できませんが、おかしいことはわかりますよ。だって、そんなの社会とか経済が成り立たなくなるんじゃないですか?」

「市場なんてとっくに支配されているわよ。知らないうちに取り上げられていたってだけ。ずっとね。それが、過去から現在まで見れば約半分にまで達する。そうね……本来なら人類には倍の資本があった、と言った方がわかりやすいかしら。奴らがその気になれば、当然社会が成り立たなくなるようにもできる」

 ハインはどこか面白そうに話す。ダークも思わず笑ってしまう。笑わずにはいられない。いくらなんでも無茶苦茶な話である。

「誰も気付かないわけがない」

「気付くこともあるでしょうね。ただ、気付いたとしても近づけないの。その気になれば世界の経済なんて簡単に破壊してのける相手よ。奴らに近づけるのは私たちだけだわ」

「どこまでできるかわからない相手……」

「私たちは尖兵。貴方ですら信じられないように、誰も信じてはくれない。誰も信じないのなら、誰もが信じるしかないところまで掘り進み、(あば)く。それが役割」

「……役割」

「私たちのやってきたことは無駄じゃない。ほんのわずかな成果だけど、それがいかに大きいのかをよく考えて。いつか話した通り、貴方には逃げるという選択もある。ただ、私は逃げない」

「どうしてそこまで?」

「……私はね、もともと想念技術研究をしていたの。そこをベタナークからスカウトされた。イレブンの研究のためにね。はじめはそんな組織があることさえ信じなかった。でも、奴らの持つ研究を見せ付けられた後は二つ返事で受けたわ。そもそも、人間という生体すべて、全人的に興味を持っていた私にとって、それは素晴らしいものに見えたの」

「研究のため?」

「ええ。身分も素性も捨てた。倫理さえも捨てた。研究にのめり込むうちに、そんなものいらないとさえ思ったわ」

「そこまで……」

「なにせ全力を出すに十分な設備と、力と、機会を与えられたんですもの。餌を与えられた痩せ犬のようなものだったわ。たとえ違法的に用いられる技術だとしても、この研究が人類の大きな一歩になるとすら思っていた。一度うまれたものは決して消えないから。でも、それは大きな間違いだった」

「間違い?」

「イレブンの出どころよ。私も知らなかった。既存の技術を凌駕(りようが)した、単なる最先端技術だと思っていたのよ。系統樹の先端、チップを生み出すものだと思っていたわ。正体を知ったのは、一通りの成果が出た後だった」

「それで、裏切った?」

「私の研究は大いに評価された。それとは裏腹に私は憎悪したわ。私の生み出したもの、そのすべてを。私がすべてを捨てて得たそれらは、ただ誰かの技術を蘇らせたにすぎなかった。そこでようやく気付いたの、この技術のおぞましさを」

「それって……」

「ええ、良心だとか、正義だとか言うものではないわ。根っこにあるのは悔恨と嫉妬。人類の大きな一歩だなんて、笑っちゃうわ」

 ハインは目を伏せている。鋭いまでに尖った気配をさせていたが、何を考えているかまでは読み取れない。

「笑いませんよ。俺だって、結局は復讐のためでしかありませんから」

 ダークは少し近づいて、念物質でハインを柔らかに包みこんだ。

「そう、ね……」

 ダークは少し戸惑っていた。ハインがとても小さくて、弱いものに見えたからだ。

 ダークはどこかでハインに正義を求めていたのかもしれない。自分にはない、この戦いの大義を求めていたのかもしれなかった。 


***


 ハインが持ち帰った情報の解析をする間、ダークの訓練が平行して行われていた。

「くっ……!」

 立ち並んだ木々の幹が次々と弾けて、風が吹き抜けてゆく。風は爆ぜた地面を這い、空へ舞い上がる。風が追いかけた先には『解像』したダークがいた。

 基礎能力向上のために、念腕による補助はない。結晶石から出る純粋なエネルギー、原質力と呼ばれるそれも、なるべく使わないようにしている。力の源を抑えた上で、力を発揮し続けるという訓練だ。

 自由落下にまかせながらも、ダークはフワリとした着地をみせる。

 ダークの身体能力は以前よりさらに上がっている。訓練を繰り返せば繰り返すだけその能力は上昇し続けた。成長というにはあまりに短期間すぎる。『核付き』やハインの言っていた通り、ハンドルエクスはもっと先にあって当たり前らしかった。

 ダークはベタナークとの戦いを本格的に見据えている。たとえそこに正義がなくてもいい。ただ勝利が欲しい。もし、自分にもっと先があるのなら、役割を超えた勝利がほしい。それが自分とハインにとっての救いだと思ったからだ。

「今ならあの『核付き』に勝てるだろうか……」

 単純な不安。手を合わせたこともない相手への言い知れない反感と共感がダークにこびりつく。

「アキラ、ここにいたのね」

「んいっ! 博士か……ビックリさせないでくださいよ」

「ずいぶんと集中していたようね、隙だらけだったわよ」

 振り返ってまた驚く。ハインは動きやすそうな服に大荷物だ。よく見れば息切れもしている。あまりイメージに合わない格好だ。

「何してたんです? キャンプですか?」

「あら、察しがいいわね。でもこれからよ。これからキャンプに行くの」

「何言ってんです」

 確かにここは山なのだが、手が入っていないだけのただの野山なのだ。本当の意味でのキャンプにしかならない。つまり、野営や露営だ。

「本気よ。貴方も行くの。これ、貴方の着替えと荷物よ」

 ダークは『解像』を解き、黒いぼろきれとなった念物質を改めて纏う。ハインは冗談を言っているわけでもなさそうだ。

「俺の分の荷物って。殆ど全部じゃないですか……どこまで行くんです?」

 荷物を背負ってみるが、かなり重い。ダークですら重く感じるのだから、細身のハインがよくここまで持ってこれたものだ。

「この上の方に川があるの、そこが目的地よ。本当なら硝子の渓谷あたりに行きたいところだけど」

「どこですって?」

「硝子の渓谷。世界遺産よ。凄く綺麗なの。そこに入れるのは、公的には世界に10人だけなのだけれど」

「無茶言って……」

「だから、少し劣るけどただの川で我慢するわ。ほら、はやく準備しなさい」

「行って何するんです?」

「何も。普通にキャンプ、息抜きよ。『解像』や念物質の使用は禁止、あくまで人間の力だけで行くこと。あえて言えば技術訓練かしらね」

 決して暇というわけでもないのだが、時間があるのは今ぐらいなものだろう。

「良いかもしれないですね、わかりました。どのくらいかかるんです?」

「そんなにかからないわよ。それよりとっとと着替えるの」

「……あの、後ろ向いててもらえません?」


***


 出発してから既に六時間が経っていた。

 険しい道を進み、数十キロの荷物はそれ以上あるようにも感じられる。まだ到着しそうにない。

 もうとっくに隠れ家の敷地は超えてしまっているはずだ。予想以上に広い山林のようで、いつの間にかジャングルに迷い込んだのかと勘違いするほどである。

 ハインはまだまだ元気そうだ。一方で、ダークはというと、荷物の殆どを持っているせいもあってもうヘトヘトになっていた。 

 確かに歩き方にはコツがあり、それができるかできないかで体力の使い方に差が出る。しかし、果たして、そこまで求められる行楽などあるだろうか?

 もっとも、ハインが行きたがっていた世界遺産とやらに本当に挑まされていたら、この比ではなかっただろう。

 甘かった。ダークは目を覚ましてから幾度か苦汁を舐めたが、こんな形でそれを思い知らされるとは思ってもいなかった。

「はがぜ……まだつかないんですか……」

「アキラ、息を整えなさい。だらしない」

 ダークは息どころか足元もおぼつかない様子である。

「むしろなんで平気なんですよ」

「まだ若いからよ」

「何歳でしたっけ?」

二十歳(はたち)よ」

「……すいませんでした」

「ちょっと!? 謝らないでよ! どういう意味よ!」

 その後、むくれるハインに小言を言われ続けて、ダークは順調に疲労を重ねていった。


「よし、着いたわよ。ここよ、ここ」

「うへえ……」

 ダークは荷物ごと転がるように座り込む。日が落ちる前に到着できたのはせめてもの救いだろう。

 澄んだ水が涼しげな美しい川だ。爽やかな川原に座っていると、土と緑の香りが木々からの間から流れてくる。

「さて、一休みしたら食事にしましょう」 

「何をつくるんです?」

「本当は狩りをしたかったんだけど、さすがにそこまではね。カレーでもつくりましょうか。ほら、あの、日本のシチューみたいなカレーね」

「こんな所で何獲ろうとしてたんですか」

「なんでもよ。銃持ってきてるし」

「まさか……」

 ダークが自分の荷物を開けてみると当たり前のように銃が入っていた。それもフルオート機構ありの、非民間仕様のアサルトライフルである。どうやら榴弾まであるようだ。

「……色々言いたいことありますけど、せめて狩猟向きのはなかったんですか」

「軽いジョークじゃない」

「重かったんです!」

 食って掛かるダークを無視してハインは準備に取り掛かってる。

 ダークも仕方なく道具を取り出す。食材も用意されているようだ。テントはなく、夜は寝袋らしい。

「アキラは火と米をお願いね」

「飯盒炊爨……手順あやふやなんですけど」

「カレーは?」

「同じくあやふやです」

「はっきりしない男ってことね、もてないわよ」

 ダークはなにか言い返そうかと思ったが、素直に教えを請うことにした。うまく返したとして、またむくれられたら台無しである。

「素直でよろしい。なかなかの引き際ね」

「転進と言ってください」

「やっぱりはっきりしないのね」

 クスクスと笑うハインを見て、どうやっても敵わないなとダークは思う。

 ダークは今も、初めて会った時に感じた畏敬のような感情でハインを見ている。それは依存とも、全幅の信頼とも言える。ただ、それを否定したとしてもなお残る何かがある。

 ダークには、人間であった頃の記憶はないが知識はある。しかし、この執着に近いものの的確な表現が思いつかなかった。もしかしたらこれは、ハンドルエクスにされたことで初めて知ることのできる感覚なのではないかとさえ思っていた。だとしたら、ハインはやはり特別なのかもしれない。

「うまくいかないわね」 

 そんなことを考えているとハインの声が聞こえた。

「どうしたんです?」

「うまくいかないのよ」

 ハインの手元を見ればやせ細った野菜が転がっていた。皮というにはあまりにも分厚いものが傍らに寝ている。

「……なんでこんな不器用なんですか」

「違うわよ! ピーラーがあったらこんなの楽勝なのよ! 今日は忘れたから!」

「俺の施術よく大丈夫だったなぁ」

「ピーラーよ! ピーラーだから!」

「これは俺がやりますから、水、火にかけといてください」

「ピーラーなの! 私ピーラーなの!」

 部分だけを聞くと意味不明なことを叫ぶハインをなだめながらダークは皮むきをはじめる。ハインが作り方を知っているため油断していたが、どうやら双方とも料理は怪しいようだ。

 普段の食事をかなり適当にすませていたせいもあり、お互いともが、ろくに料理ができないことを知らなかったのだ。

「博士ぇ! カレーの水は荷物にあるやつ使ってください! 川のは駄目です!」


 なんとか仕上げた料理が机に並べられている。出来上がりは期待できない。せっかくの食事だが、やけに不穏な空気が流れている。

「どうしてカレーも米も水っぽいのよ、まるでスープじゃない」

 ハインは愚痴をこぼす。どうも納得がいかないといったところだ。

「知らないです。色合いも変だし。とにかく食べましょう、いただきます」

「いただきます」

「…………」

「…………」

 口にした後、しばらくの間沈黙が続いた。

「野菜ゴリゴリですね、石みたいですよ……」

「カレーなのにえぐみが酷いわね、米も芯があるわ……」

 それぞれ感想を口にする。その発言を通してみても、良い部分の感想は全くなかった。

「これ……まずいっすね!」

 はっきり口にするダークをよそ目に、ハインは神妙な面持ちをしている。

「おかしいわ。分量も手順は完璧なはず。エラーの原因は何かしら」

 ハインは納得がいっていないようだ。慣れてはいないが、自信はあったのだろう。

「完璧じゃなかったんでしょうね、何から何まで」

 はっきり口にするダークをよそ目に、ハインは神妙な面持ちをしている。

「私、携帯口糧食べるから、アキラはこれ平らげなさい」

「うわ……」


 散々な食事を終え、片付けを済ませた後、しばらく火を囲むことにした。

 道は険しく、料理もまずかった。しかしそれを失敗と呼ぶかは別の話である。

 木々で勢いが崩され、淡くなった風が心地よく流れていく。夜の世界が運んできた暗闇が、万遍なく辺りに落ちていた。

「少しは息抜きになった?」

「ええ、少し過激でしたけど。でも、どうして急にこんなことしようと思ったんです?」

「たまにはね。それと、アキラと少しでも信頼関係を築けたらいいと思ったのよ。まだまだ付き合いは短いし」

「……あの助けられた時から、一気に色々ありましたから、密度は濃いですけどね」

「そうね。でもその殆どは戦いだけで、それも、お互いそれぞれの戦いだったと感じたの。そのままだと、これからきっとほころびが出でくるわ」

「そうですね、なるほど……それだったらもっと距離を縮めるいい方法がありますよ」

「なに?」

「博士のフルネーム、ハイン=ビー=ハインドでしたよね?」

「そうだけど」

「これから博士のことをハイハイさんって呼ぶというのは」

「嫌よ」

「ハイハ……」

「駄目」

「……ふっ……ハハッ」

「ふふっ」

 すっかり夜になり、暗くなった中、二つの笑顔が火に照らし出されていた。それは、お互いにあまり見せたことのないものであった。

 わずかな休息の後に待っているのは、一層過酷な日々であろう。だからこそ、ダークはこの穏やかな時間を強く噛み締めていた。

 

***


「アキラ、重要なことがわかったわよ」

 ダークはハインに呼び出されていた。

 作戦会議を行ういつもの部屋、いつもの構図である。

「ナイトドリームについてですか?」

「うん、それも関係あるかもしれない。貴方があの基地から持ち帰った情報から、あることが判明したの」

 ダークは話に備えた。このパターンで切り出される話は、いつも劇的な変化を起こしてきたからだ。往々にして、その変化は危機につながった。そして、その度にその危機を乗り越えてきた。

 そう、ハインと共に乗り越えてきたのだ。ダークはそれを強く意識する。

 何が起こったとしても、必ずまた乗り越えてみせる。この賭けを、きっと勝利にまで導いてみせる。

 ダークはハインの瞳を見つめ、その目の奥に超えるべき新たな壁を映し出していた。

再び揃う二振りの刃。しかし、しかし、いまはまだ双方とも抜身ではない。

それでも二つの衝突は鋏となって、間に立つものを絶つだろう。

さて、こぼれることなく切り開くことができるか。


次回、ハンドルエクス・ダーク第8話『金色の花弁』

暗闇への審判が、今、下される。

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