第6話 友よ
6・友よ
「なあトマイ、例の怪物兵士見つけたって本当か? ありゃ第2の間違いだと思ってたぜ」
事務所らしき場所で机に噛りついているトマイに声をかけてくる男がいた。テイク=マッツェンという、同僚の偉丈夫である。
「ん、誰に聞いた?」
「監査に同行したレイチェルだよ」
「あの赤毛の伊達女か」
「あいつ第2だからまたフカシてんじゃないかと思ってさ」
マッツェンの言う第2とは、第2係というナイトドリーム内の部署のことで、トマイやマッツェンが属しているのは第3係である。
「本当だ。なんでも、アーロイドというらしい。嘘だと思うならアイカワ女史にも聞いてみるといい」
「ふうん。しかしよ、どうするんだ?」
「どうって? 追うさ」
「俺たち第3でか? やめとけよ、ゼノアームドが関わっているとは限らないだろう? 俺たちは企業の接待受けてればいいんだよ」
「そんなんだから第2係に嫌われるんだ」
「いいじゃねえか。だいたいほら、あの集団失踪事件も解決してないしさ」
「まさかサイホ義勇軍のか? 満足に手出しできない事案を盾にするなよ。それに、それも関係あるかもしれないさ。怪物兵士の噂があった場所とも近いからな」
トマイから監査での事件を受け、ナイトドリームは色めきだっていた。
怪物兵士とは、ある紛争地帯での戦場伝説である。ただの戦場伝説ではない。戦場犯罪捜査を現地で行うナイトドリーム第2係が、実際に戦闘にまで及んだという報告があがっていたのである。
それを裏づけるいくつかの情報もあったのだが、あまりに荒唐無稽な話であったため信じられていなかったのである。
ナイトドリームは主に3つの部署が存在しており、第2係はその中でも最も危険な部署である。普段からの積もる不満もあって、この話は組織内摩擦の原因にまでなっていた。
問題が大きくなったため、企業等の捜査を行う第3係が、噂の中でも具体的な名前があがっていたゼノアームド社に監査に入ったというのがことの経緯である。
とはいえ、ゼノアームド社は兵器メーカーとして一流であり、なによりコンプライアンスがしっかりしていることで有名であった。
結局のところ、監査はナイトドリーム内部の不満解消に過ぎなかったため、まだ経験の浅いトマイらが監査にあたったのであるが、彼らが持ち帰ってきたのは恐るべきものであった。
怪物兵士による企業襲撃。それがナイトドリームを揺るがしたのは言うまでもないが、特に問題とされたのは、トマイが、怪物兵士アーロイド関連事件の主犯がゼノアームド社であると報告していることであった。
トマイは根拠と呼べる根拠こそ示していなかったが、これを全く無視することはできないのだ。トマイは条件を満たした正式なナイトドリーム職員であり、報告内容をトマイ自身が修正しない限りは、少なくとも今回の監査について、事実確認を行わなければならなかった。
「しかし、なんでだ? それだと疑わしいって程度だろ? やるならゼノアームドへの内偵とか、警告とか、そういうものからじゃないのか? こりゃ下手すりゃ出世に響くぜ」
マッツェンが疑問に思うのも当たり前である。ただし、マッツェンはトマイが何も考えていないとは思っていない。何があるのかを聞きたいのだ。
「普通はそう考えるだろうな、僕だってそう思う」
「じゃあ何があるんだよ」
「間違いでもなんでもいいんだよ」
「何やってるんです?」
会話に入ってくる者がいた。相川真央。トマイと共にダークと接触したナイトドリームの人間である。
「おう、マオ。トマイがゼノアームドを主犯だって言い張っているのはなぜだって話だ」
「確か、勘って言ってましたよね」
「勘だぁ? 周りの心証悪くしてまで強行した根拠が勘だってのかぁ?」
トマイ、相川、マッツェンは、ナイトドリーム第3係でも年が近いということで特に仲が良かった。
マッツェンがこの三人の中心人物といったところだが、何かをしでかすのは決まってトマイであった。それに相川が引っ張られる形になるのが彼らの常であり、また、この三人が揃うということは、本人たちは気付いていないが、つまりそういうことだった。
「そう、勘さ。具体的には、専門の対策班が必要になるという勘」
「アーロイドの対策班ですか? ゼノアームド社の対策班ですか?」
「アーロイドの対策班だよ、ゼノ社はただの切っ掛けさ。でも、それだけじゃない。もっとこれからのこともあるのさ。僕はそういうこれからために喚きたてている。マッツェン、おまえにも協力してもらうつもりだ。相川女史にもな」
「俺たち二人とも?」
マッツェンは顔をしかめる。またトマイがなにかしでかす気だと理解したからだ。
「そう」
「なに企んでるんだか……あ、忘れてた! トマイさん、署長が呼んでました!」
「丁度いいな、君らも来い。僕が何をしようとしてるのか知りたいだろ?」
・・・
「おいイユキ! トマイ=イユキ! おまえの報告のおかげでえらい騒ぎだ! 勝手にゼノ社に提出しおって! ん……二人はなんだ?」
役員室で口ひげを蓄えた男が怒っている。第3係の責任者、タルタ=エルである。トマイは独断でゼノアームド社に責任があるとの報告をあげ、さらにゼノアームド社にもそれを送っていたのだから、エルが怒るのも当然であった。
「僕が呼んだんです。ゼノ社からの弁明が来たんでしょ?」
「バカモン、資料の提出と抗議だ。ハァ……それで、提案があると? テイクとマオはそれに関係あるんだな? とりあえず聞いてやる」
エルがちょいちょいと指で指示を出す。デスクの前にある椅子に座れということだ。
このエルも度々トマイの被害にあっていた。トマイはナイトドリームではまだ若い。とんだ問題児を抱えさせられたものだとエルは内心思っていた。
「ゼノ社に疑いまでかけた以上、取り消します、何もわかりませんでした、では済まないでしょう」
まるで他人事とでもいうような顔でトマイは言ってのける。
「おまえが勝手にやったんだがな。それで?」
「それは謝ります。で、なにか動いて見せないといけないと思うんです」
ナイトドリームもゼノアームド社とは少なからず取引をしていた。資金難の折、便宜をはかってもらうこともあった。しでかしたトマイ本人が言えたことではないが、もっともな意見である。
「何が言いたい? 正直なところ、もう余計なことはしないでほしいのだがな」
「アーロイドの捜査本部ですよ。ナイトドリームで立ち上げるんです。さしあたって、まずは僕たち三人がそのメンバーでいかかでしょうか」
「なに!」
「え!」
寝耳に水のマッツェンと相川は椅子から飛び上がりそうになった。
「ほう、責任をとるということだな。三人だけでやるのか?」
エルは座りなおし、話に聞き入る。しかし、それは決して感心してのことではない。すべてはトマイの、計算ずくでの行動だと気付いたのだ。何を言ってきてもいいように構えをとったのである。
「いえ、第2係にも声をかけてあります」
「ああ、志望者はでるだろうな。この件に関しては散々な扱いをされてきたからな。しかし、具体的にはどうするというんだ?」
「今まで戦場伝説とされていた怪物兵士の話をまとめるところからはじめます。遡及調査ですね」
「ハァ……上には出せるだろうが、認められるかどうかは知らないぞ」
エルは負けたといったところだ。トマイの態度から、却下しても無駄だと察したからだ。
「待ってください! 俺たちは初耳です!」
「私もですよ!」
「往生際が悪いぞ諸君」
「おまえ……」
トマイは度々この二人を問題に巻き込んでいたが、ここまで大事は初めてであった。同時に二人は、トマイがここまでする以上はなにかあるだのろうという風に考えていた。
しかし、トマイが言い出したことは決して軽くない。新たに部署を立ち上げるというのだ。この、どう対処すべきか検討もつかない問題にである。
・・・
「で、よ。本気か? むしろ正気か?」
巻き込まれた以上、詳細を聞いておかねばならない。二人は勝手にどこかへ行こうとするトマイを捕まえて話をさせていた。
「正気だし本気さ。ゼノ社も応援せざるをえないだろう。後押しすら望めるはずだ」
「計算高いですね。それで、私たちも協力しないといけないんですか?」
「必須だ。まず、うち主導で開発中のWAR構想があっただろ? あれをいただくために動いてもらいたいんだ」
WAR構想とは、兵士と装備と兵器の間での相互データフィードバックを可能とする、総合システムの開発構想である。
「……無理は承知しているんだろうな。なんであんなのがいるんだよ?」
「手っ取り早く武装強化するためだ。手元に一番近いのはあれだからな」
「もうアーロイドと戦うつもりなんですか? まだ何もわかってないのに」
「アイカワ女史、あの時襲撃してきた黒いアーロイド、覚えているな?」
「もちろんです。ライフル弾をものともしていませんでした。おそらく、重火器も通用しない」
「ああ、そう、あれと戦うには強力な火器が必要だ。それもだが、彼の目的だよ。彼の目的は僕たちだ。ナイトドリームを確認するために来た」
「どうしてそう思うんです?」
「ナイトドリームは非公開のようなもので、一般には知られていないということ。襲撃と離脱のタイミング。兵士のまたという言葉。おまけにゼノ社の過剰な設備。総合すれば、あいつはアーロイドの中でも裏切り者だ。脱走兵ってとこだろう。必ず接触してくる」
指を立てながらトマイは得意そうに話す。
「それが勘の真相か?」
「ああ。あの黒い奴が、こっちが必要な情報は全部持ってきてくれる。その時のための準備を対策班でしておきたい」
「なんの準備です?」
「大仕事。多分時間はあまりない。今から動かないと。それができるのは僕たちだけなんだ。協力してくれ」
「でもよ、WAR構想の“ブツ”はいくつか正規軍と契約して開発してるんだぜ? そう簡単にはいかねえだろ」
「そうですよ。ただでさえ私たちは戦場の嫌われ者なのに、独占なんて無理です」
「だからこそ今から動かないと。ほら、もう覚悟決めて。まずは第2係に行こう」
「ああ、駄目だ。こいつはこうなったら聞きやしねえ」
***
ダークはなんとか隠れ家に戻れていた。
水中でのアーロイドとの戦いはかなり苦戦させられたようでずいぶん焦燥していたが、結果的に土産も持ち帰ることができた。
「ナイトドリームの存在も確認できたし、あとは彼らの使っていた船の寄航先がわかれば正体がわかるかも。あの会社の情報も入手できた。十分な効果があがったわ」
ハインもまたうまく逃げていた。
結果として言えば、今回の行動はかなりの収穫があった。快挙である。
「ずいぶん苦戦しましたけどね。あのアーロイド、武装してました。もう兵装まで開発されているようです」
ダークが戦った水中用アーロイドは専用の装備をしており、携行式水中用ミサイルによる海中戦闘を仕掛けてきたのである。驚くべきことに潜水艦とのコンビネーションまでして見せていた。
「当然と言えば当然かしら。あの生命力を活かすためにはそうしてくるでしょうね。あれはあくまで兵士。私がいた時点でも、専用とまではいかなくても、現行兵器の改修なんかは行われていたわ」
「これもバージョンアップですか。どんどん厄介になっていきますよ。ずいぶんと戦えるようになったつもりだったんですけど、大して差が感じられないんです。これからを考えると、ナイトドリームと協力できた方がいいですよね」
「後手にまわっているのは事実ね。貴方の性能は発揮されてきているようだけど、アーロイドの拡張性は侮れないし、単に組織力の差もあるでしょう。ナイトドリームの正体がわかったわけでもないから、そこまで期待を持つわけはいかないわ」
「……そうですね」
「アキラ、そのナイトドリームの人間と会った印象はどうだったの?」
「一瞬だけでしたから……ただ」
ダークは、あの時前に出てきた男、トマイが気になっていた。何もかも見透かされたように思えてならなかったからだ。
もちろんそれは思い違いであろう。確かに、アーロイド同士には感じあう何かがあるらしかったが、人間に対してはそういったものはないはずである。
ダークもそれは理解していて、むしろ、自分にそう感じさせてしまうということが気になって仕方なかった。
物腰、度胸、態度。そういったもので、人の印象は割りと簡単に決まってしまうものだ。
印象を与える側がそう見せようとしている場合もあるだろうが、見る側が勝手にそうした要素を単純にも信じてしまうからでもある。要するに勘違いしてしまうのだ。
そういう先入観に近いものをダークは植え付けられていた。
あの場で一人で出てくるなどよっぽどのことである。あの行動をとる理由はあったのか。向こうから見た場合、こちらは危険極まる存在であったはずである。
単純なことなのか、または複雑なことなのか。ダークはそれを考えていた。
「ただ?」
「信用するに足る期待がある、と思いました」
「……なによその言い回し」
ハインは額を支えるポーズをとる。
「でも言いたいことはわかったわ。注目しているってことね。ナイトドリームの調査と情報の解析に入るわ。なにかしら進展があることを祈りましょう。しばらくは隠遁生活になるから、しっかり体を治しておきなさい」
「ええ……博士、一つ提案があるんですが」
「何? 珍しいわね」
「俺の強化も必要だと思うんです。ハンドルエクスの性能ってまだ上があるんですよね? なにか訓練プログラムのようなもの、組んでもらえませんか?」
「フフッ、そうね。それ、いい考えだわ」
ダークは笑われたのが少し気恥ずかしくて、顔を伏せながら席を立った。
ずるずると念物質を引きずりながらダークが部屋にもどると、ハインはどこか思いつめたような表情をして、情報の処理にとりかかった。
***
「あなたがノーマン委員で?」
「そうだ。君は誰だね? ギャラルダイン氏の名前を出したようだが」
「アリガと申します。よろしく」
「ふむ? それで、何用かね」
ずいぶんと立派な部屋で、二人の男が会っている。
有賀陽太郎と名乗ったのは巨大な体躯の男である。ノーマンと呼ばれた机に座った恰幅のよい男がそれを迎えている。
「ええと、ナイトドリームに動きがあるのはご存知ですね?」
「ああ、厄介な話だ」
「潰す気ですか?」
「無論だ」
有賀は念を押すような聞き方である。ノーマンもそのつもりで答えている。
ノーマンは自身の机から有賀の近くまで行くと、お互いが向かい合うように座った。
すぐにコーヒーが運ばれてきて、二人は一息つく。
「ええと、それでですね、あなたの力なら潰してしまうのは簡単でしょう。ですが、それを待って欲しいのです。あの動きは容認していただきたい」
「それはギャラルダイン氏の命令か?」
驚くでもなく、落ち着いた口調でノーマンは答える。慣れたものといった具合で、姿勢に強張りはない。力みすぎることも、緩みすぎることもないその姿勢は、大物と呼ばれる人間のそれだ。
「いいえ」
「では、君の意見か?」
「違いますが、そうでもあります」
対して有賀は、含みを持たせた口調で話す。いかにも自然に話してみせてはいるが、興味を持たせたいという思惑があることがノーマンには伝わっていた。
「失礼だが、君の立場は知らないのだがね、状況は知っているだろう? 検閲はかけねばならない」
有賀の含みは交渉材料があるという意味であろうが、それがただのハッタリかどうかは見極めねばならない。それをノーマンはわかっていた。
「検閲をかける基準や閾値を上げてくれるだけでいいのです。つまり大目に見て欲しい」
有賀の表情は、明らかにやり取りを楽しんでいる顔であった。優越感と自信に満ちた顔とも言える。
「意味があるのかね? いや、意味があったとしてもね、あの事件のせいで私の立場は今危ういのだよ。トラブルを起こすわけにはいかないのだがね」
招き入れた時点で、それは聞き流してよい相手ではないということだ。できるなら早いうちに手の内を見ておきたい。弱みと思われる部分を出した方が話が進むとノーマンは判断し、本音を話吐いた。
「いいえ、是非にも。ナイトドリームはハンドルエクスと関わる可能性がありますので」
「ならば余計に潰すべきだろう」
「いいえ、だから放置するのです。いい対抗馬なのですよ。ここいらでわざと餌を撒く必要があります。その程度は理解しておいていただきたいものです」
「君ね、アリガ君。いくら中央の使者といえど弁えたまえ。従う理由は私にはない。それは我々が決めることだ」
有賀のそれは幾分居丈高な物言いだった。だが、実際のところ、ノーマンは怒っているわけではない。有賀が何者で、何が言いたいのかを知りたいのだ。
「ええと、オレが『核付き』であるというだけでは理由になりませんか?」
「なに!? 君が……いや……嘘ではないのだな?」
「印象で私がどの程度の者かぐらいはわかるはずですが」
ノーマンは藪をつついたら蛇どころか鬼が出てきたといった表情である。ノーマンとは違い、有賀の表情は変わらない。
「ですので、厳密には中央の使いではないのです」
「……だが、そうだとして、やはり君には関係ないことのはずだ」
にわかには信じがたいことなのであろう、ノーマンの額には汗も滲んでいる。
「私は関係ありません。私はただの使いで、重要なのはこの指示書です」
「指示書だと? なんのだ……? まあいい、預かろう」
ノーマンは、手に取った紙を読み流しながら有賀の話に耳を傾ける。
「ちなみに逆らうという選択肢はありません。とはいえ、これはチャンスですよ。これで、次の時代のメインストリームに立てる可能性もあるわけですから」
「これは……潰しあいをさせたいのか」
内容はノーマンにとっては思わぬものであったらしいが、意図は把握しているようである。それでもれた感想だった。
「はじめからそれを出してもよかったんですが、それでは信じられないでしょう? 無論ですが他言は無用です」
「私はいいとしても、例えば委員会はどうするのだ?」
「知らせる必要はありません、これはあなたの裁量で進めていただいて結構。くれぐれもよろしくお願いしますよ。では」
違うのだ。有賀が優越感に満ちた顔をしているのは、この交渉で有利だからではない。真にそれだけの力があるという自信があるからなのだ。
「おっとそうそう、そこにありますようにメタルプレートの移植、ちゃんと受けてくださいね。では失礼」
有賀の自信が過剰なのかはノーマンにはわからない。ただ、力のあるはずのノーマンが、厳しい瞳で巨躯の背中を見送るしかなかったのはたしかだ。
***
「トマイ、人事異動だ。アーロイド対策班を組む。おまえが責任者に任命された」
「先日のやつですね、通りましたか」
あれからしばらくして、トマイは再びエルのもとに再び呼ばれていた。
そこで告げられたのは、アーロイドの早急な目的確認及び背後関係の調査。そして対策班の必要性が認められたことであった。
「よく通ったもんだ。メンバーも、ほぼおまえが提出した案通りになっている。性質上、どこ預かりでもない独立班になる。栄転だな、おめでとう」
エルの言葉は皮肉ではなかった。いわゆる役職会議に相当するもので難色は示されたものの、それに代わる具体的な対策案はでてこなかったのである。
ゼノアームド社の手前、いつまでも引き伸ばしにはできない。そこに、トマイ、相川、マッツェンで検討した具体的なプランが舞い込んできたのである。もちろん、他部署への根回しも十分にされていた。
これを採用することで、トマイの処分という体裁も整い、かつナイトドリーム内外の面目も保つことができる。
打算的な決定である。本来ナイトドリームのような組織は企業によって活動を左右されるべきものではない。信用を失うからだ。しかしこの譲歩は、深い介入を受けるのを避けるためである。理想のために涙を飲んだというところだろう。
また、消極的な理由だけで決定がなされたわけでもない。実際に起こっている問題を見過ごすわけにはいかないのだ。トマイの将来性も見込まれたし、やるからには功績をあげなければならないという組織の意欲もあった。
つまり、全体的には健全な思考であって、結果だけを見れば、トマイは抜擢を受けたと言えるのだ。
「ありがとうございます。班の名前は決まっているんですか?」
「希望班、だそうだ」
「キボウ……日本語ですね。意味はたしか、HOPEだったか」
少し考えるようなようなそぶりを見せてトマイは答えた。
「名目上は、ナイトドリーム対未確認ゲリラコマンド捜査班になる」
「アーロイドはゲリコマ扱いですか」
「そうだ。まだ存在が確認されただけで、目的がわからんからな。行動から類推して分類するしかないだろう」
「なるほど……イユキ=トマイ、たしかに拝命致しました」
「成果を期待する。なにかあったら遠慮せず言ってこい」
「そうさせてもらいます」
「ん……」
トマイの表情を見て、エルはしまったと思った。
トマイはまだなにかしでかす気である。とんだ失言になるかもしれないというエルの予感は、後に当たる。
はじまりのおわりに腰を休め、周囲を見渡して見れば、そこにはもう新たな不安が顔を覗かせている。
過去が、昨日が、まるで嘲笑するかのように今日を見ているのに、今日が怯える相手はいつだって明日だ。
次回、ハンドルエクス・ダーク第7話『彼方より来る』
暗闇への審判が、今、下される。