第5話 終わり呼ぶもの
5・終わり呼ぶもの
「思ったような進展はないようですね、逃亡を許したせいでは?」
「問題なかろう。この件以外の部分では極めて順調じゃないか」
「手引きした者がいたというのは問題でしょう。まったく、どうなっているのだ」
「内通者がいるのでは?」
「ありえん」
なんのことはない部屋、ごく普通の部屋に見える場所で九名の人物による会議が行われていた。この者たちこそベタナーク委員会である。
最重要案件であるナンバーイレブン再現計画の責任者ハイン=ハインドの裏切り。それは、彼らにとっては前代未聞の異常事態であった。なにせ、計画最大の成果であるハンドルエクスの略取を許してしまっているのだ。
これに対する巻き返しとして行ったハンドルエクスの奪還作戦は失敗。それだけに止まらず、関係施設への潜入工作を許し、その上、せっかく捕えたダークを逃してしまっている。
ハインたちの行動は、思った以上の大きな動揺をベタナークに与えていた。
その中でも最近は、先日のソーラ研究所騒動が殊さらに問題として取り上げられていた。
揉み消しなどベタナークにとっては容易いことである。だが、起こったという事実そのものはどうしても消せないのだ。事実を辿り続けられれば、嫌でも知られたくない情報に触れる。
知られたところで敵などいないはずなのだ。なのに、ベタナーク委員会に触れるというたったそれだけのことが、彼らはひたすら気に食わないのだ。
可能性すら許さない。起こった事実そのものが許せない。偏執的なまでの完璧主義とも、秘密主義とも言える。
「とにかくです、我々の存在が公にされるようなことはあってはならんでしょう」
「ソーラ研についてはヤマチさんが入られるとのことで。なら、とりあえずは大丈夫でしょう」
「それで副委員長、委員長はどのようにおっしゃっておいでで?」
「今まで通りです。各研究の続行、ハンドルエクスのテストと評価」
「この事態でも姿をお見せにならないとは、悠長なことだ」
「口を慎むように。それと、この程度の事態、だよ。この程度でうろたえてはならん。何とかするのが我らの役目。存在意義を示さねばならん」
「……ハンドルエクスもですが、例の監査です。報告をはじめますが、エイダム委員とノーマン委員は疑問があがりましたら解説をお願いします」
***
「貴方から預かったこれ、解析終わったわよ。このデータキューブ、ルナエレクトロ製みたいだけど珍しい規格ね。手間取ったわ」
ハインはモニターを見ながらキューブを指差す。もう片手で紙の資料を揺らしている。取れという意味だ。
ダークが帰ってきてからしばらくの時間が経っていた。
「どうでした? あんまりいい予感しないんですけど」
ダークはハインから資料を受け取ると椅子に腰掛けた。
帰還後、ダークはそれまでの経緯と『核付き』の男についてハインに話し、受け取ったデータキューブを渡していた。
発信機などの仕掛けがないか徹底的に調べていたため、中を確認するだけでも今まで時間がかかったのだ。
「内容は連絡だったのだけれど、それがなかなか凄いのよ。多分だけど、委員会か、匹敵する上層部から出されたものよ、これ」
「なんの連絡です?」
「ナイトドリームの動向について」
「ナイト? アーロイドの種類ですか?」
「いいえ、特殊国際任務機構、らしいわ」
「ん……んん?」
「要約するとベタナークの敵、になるわね」
「仲間じゃないですか」
「簡単に言うわねー」
わざとらしく額に手をやる。ハインの呆れているというポーズだ。
「仲間とは限らないわ。こいつら、アーロイドと何度か接触して、しかも戦闘にまで及んでるらしいんだけど、そこまでなの」
「そこまで? ああ、もしかして、ベタナークまでは辿りついていない?」
「ええ。ゼンドの尻尾に振り回されてるってとこ」
「博士もこの組織は知らないんですか?」
「公には誰も知らないわよこんな機関。だいたい、頼れるところがあったらとっくに行っているわ」
「あ、そうか」
「特殊国際任務機構って名前だけれど、事務局があるかどうかもわからないのよ。正直眉唾ね」
ハインがモニターから離れ、ダークに向き直る。
「世の中に知られていないんじゃなくて、そもそも未承認なんじゃないのかしら。どうせそんなところでしょ」
「辛辣ですね……でも、奴らが危険視するぐらいなんだから、なにかあるんじゃ?」
「そこよね。皮肉だけど、奴らがわざわざ注目するのは大変なことよ。つまり、この情報の信憑性次第で出方が変わるわ」
「あの男、なんだったんだろう……心当たりないんですよね?」
「心当たりがないというより、『核付き』の存在はベタナーク内でもタブーに近いのよ。残念だけど、外部からじゃ事実かどうか知りようがないわ」
「謎が増えただけか」
「それでなんだけど、実はそのナイトドリームっていうのと接触する方法があるのよ」
ハインがぐっと身を乗り出す。その目はらんらんとしていた。
「ん?」
「そいつら、貴方が収監されていたベタナークの基地、あそこに監査しにいくようなの。これ、そもそもそれに関する連絡なのよ」
「へえ……え? あの基地ってそんな簡単に知られる代物なんですか?」
「あそこ、表向きはある兵器会社の施設ってことになってるのよ。公然拠点ってやつね。本当はあそこに潜入する予定だったの」
「まさかまた潜入ですか?」
ダークが身をひく。
「もうそれは無理だって言ったでしょう」
研究所への潜入は、ダークの情報の一部をハインが隠したために計画されたのである。加えて、内容を途中変更しての代理作戦であった。
比較的安全と思われる場所で失敗したのだ。ただでさえ拠点の一つと考えられているこの基地はへの潜入は現実的ではない。
「じゃあ」
「監査の日に攻撃を仕掛けるのよ」
「え!?」
「強襲するの。ベタナークが本性をあらわすように、真正面から攻撃を仕掛けるのよ」
「そんな乱暴な。アーロイドにしろゼンドにしろ、そういう尻尾を出さなかったらどうするんです?」
「どうもしないわ、なんならそのまま壊滅させてもいい。ナイトドリームが実在しているとして、その監査中にアーロイドに酷似した生物が暴れたりしたらどう? その兵器会社を根掘り葉掘り調べるはずよ」
「怪しませれば勝ち、ですか」
「ナイトドリームが実在していて、そこまでの力があるならって前提だけどね……ダーク、貴方はどう思う?」
ダークは少し考えて答える。
「ナイトドリームはどうだか知りませんが、あの男、『核付き』は気になります。だから……」
「乗り気ってことね。今回は私も同行するわよ。いい? 強行偵察だけど、こんなの作戦じゃないわ、ただの行き当たりばったり。だから、怪しく感じたら即脱出よ」
「博士も? 危ないのでは?」
「危ないわよ、凄く」
「ううん……」
ハインはいかにも軽く言っているが、要するに、とことん博打を打つしか手がないのである。ダークが復帰したとは言え、事態が好転したわけではないのだ。
「はー、わかりました」
「やけに不服そうな返事ね、ダーク」
「あ、いや、でも……やっぱり不服です」
ダーク意義を唱えたからか、ハインは不満そうな顔をする。
「足手まといとでも言いたいのかしら? 前回の失敗は――」
「ああ! いや、違いますよ! 名前です。シオナシ。ダークじゃなくシオナシって呼んでください」
「へ? いいけど……気に入ったの?」
ダークの答えが意外だったのか、ハインは呆気にとられていた。また、ダークの表情を見ながら一思案しているようでもあった。
「ええ、まあ……ですから」
「そう。なら、アキラの方がいいかしら」
「そうしてください」
ダークが安堵したのを見て、ハインが立ち上がる。
「じゃあアキラ、情報によると監査は明日だから、今日出るわよ」
「え……」
ハインにつられてダークも立ち上がったが、唐突にもほどがある。今度こそダークは不服だったが、監査の日を決めたのはこちらではないので仕方がなかった。
「ただ、気になるのは、犠牲者、やっぱり出ますよね」
「うまくやっても出るでしょうね。いまさらかもしれないけど」
「ええ、それが少し……」
「……いい? 私たちの目的は、人々の脅威であるベタナークという存在を世界に知らしめること。ただそれだけのことですら困難も危険も伴う。時には犠牲も覚悟しなければならないわ」
「そう思ってはいます」
「貴方の言いたいこともわかるけど、目的は見失わないこと。当たり前だけど、死んだら元も子もないわ。常に留意しておきなさい。倫理に時間を割くのは後」
「はい」
「……アキラ、少し変わったわね」
***
黒い海面の間際を飛ぶ物がある。小さな車のようなマシンだ。日が落ちきって、何も見えない暗闇の中である。
その飛翔体は、肉眼で島が見える距離まで近づくと、速度を落としながら接近してゆく。島には基地が見えているが、そちらからはその機体を捕捉できていなかった。
マシンの名前はエンドローダー。ハインがダークを助けた時のマシンである。やはり透過偽装は使用できないようだった。
日のあがらないうちに島に接近し、潜伏。データキューブにあった情報に従い、監査中とされる時間に強襲、脱出するという計画である。
その際、場合によってはナイトドリームと接触、人員の誘拐まで視野に入れて、その場の判断に任せるというものである。
日が昇り、予定の時間がせまった頃、島の岩陰に隠れたエンドローダーからダークが姿を現した。
「ありえるとすれば、さっき確認された船にナイトドリームの人間が乗っていたはずよ。今はもう基地内のはず」
ダークが座席のハインと話している。
「じゃあそろそろいい頃ですね。出ます」
「時間合わせて、3、2、1、よし」
ハインは通信機の調整をしている。傍受されるためここで通信機を気軽に使うわけにはいかないのだが念のためである。
「ガセでもなんでも、アーロイドが出てきた場合は直ちに離脱する。合流できなかったら海に逃げなさい。いいわね?」
ダークはと言えば『解像』した姿にいくつかの装備をつけていた。
「了解。行動開始します」
跳びながらダークは念腕を展開する。移動と防御のためだ。今では以前ほど力まず、しかもより繊細に操作できていた。
先に見える基地へ飛び跳ねながら進む。肉体そのものも、念物質と同じくうまく扱えるようになってきていた。
しばらく進み、ダークは基地を見据える。
「よし、蜂の巣をつついてみるか!」
結晶石から力がこぼれ出る。集中すると、その輝きが増してゆく。光の砲だ。念腕を重ねた腕でそれを掬い取り、放つ。
地面に降り立ち、地を駆ける。近づくにつれ、基地の動きが活発になっているのがわかった。さらに光の砲を数発放つ。命中や到達は確認しない。ただの揺さぶりだ。
ダークはなるべく人のいなさそうな場所を狙った。甘いのかもしれないが、やはり可能ならば人間に被害は出したくない。そう思えるようになったのは成長か、油断か。
銃撃が始まり、時間が経つにつれて飛び交う火線がダークに合ってくる。ただ、思ったよりダメージは少ない。かといって、このまま重火器に曝され続けるわけにもいかない。
速度をあげ、あっという間に基地へと接近すると、念腕で体を浮かせ、投げ飛ばす。
ダークは放物線を描き、基地内に到達した。
「今のところアーロイドはいない、か。それに奴らは……」
ナイトドリームがここに来ていれば、とっくに騒動には気付いているはずである。
ダークは踏み込みすぎかとも思ったが、あの『核付き』の気配を探したいというのもあったし、もっと言えば、アーロイドがいない今、以前失敗した情報の奪取をしたいという欲もあった。
弾丸と爆薬の雨を掻い潜り建物に突入する。
ナイトドリームはアーロイドを探しているはずである。監査に入るとしたらどこに行くか。ダークが思いついたのは自分が収監されていたエリアである。もっとも、基地側が証拠を隠すだろうが、それでも一番行く意義があると考えた。
「よし!」
ダークはより派手に暴れながら、記憶に従って進む。ここからだとそれなりに時間がかかるはずだ。
目立つレーダー塔を目標にし、それを通り過ぎた頃、重装備の兵が集まっているのと出くわした。待ちぶせだ。基地側とて馬鹿ではない。ダークの動きを読んでいるのだ。攻撃によって燃え盛る破片が崩れ落ちてくる。
ダークを囲む兵の中にもアーロイドは見当たらない。それには理由があるはずだった。
「礼にきたぞ『核付き』! アーロイドを出したらどうだベタナーク!」
必要以上に大声でダークは叫ぶ。
兵に動揺はないが、緊張はあるようだった。上空にヘリまで飛ばし始めている。ここで戦争でもはじめんばかりだ。
――当基地はゼノアームド社の保有物である。社に属する全般の資産を防護するため、貴官の攻撃行動に対し、極めて緊急たる措置として戦闘に及んだものである。速やかな武装解除を勧告する。応諾なき場合は、いかなる手段を用いても危険を除去するものである。これは警告である――
大音量の呼びかけがダークに行われた。それも、他の音が拾えなくなるほどひっきりなしに。
目的は警告ではなく、ダークの声を殺すことであろう。
「悲鳴をあげたな」
この不自然に音の大きい放送は、つまり、痛いところをつかれたという意味であった。
「あれは……!」
ダークの強化された視力と感覚は、庇われるように逃げる一団を捉えていた。ただの非戦闘員や要人かもしれないが、可能性はある。
「待て!」
近づくダークを見て、集団もなにかを悟ったらしく、護衛の兵になにかを言っている。
「あんたら! アーロイドを追っている特殊国際任務機構だな!」
ふと目標にした地点にいたのは三人、男一人に女二人。
より近づくと、隣で銃を構える女性隊員をおさえ、集団の一人、若輩の男が出てくる。
「撃つな、撃つんじゃない! 僕が行く!」
ダークの呼びかけに応じて出てくる男には妖艶な魅力があった。金の髪に浅黒い肌が目を引き、コバルトブルーの瞳の行く先をつい追ってしまうような、そういう雰囲気を持っている。
「いかにも我々はナイトドリームのものだ。アーロイド、というのは君のような……者のことか?」
ダークは対面したその瞬間に男の姿を記憶に刻んだ。無意識のことだった。
「そう、俺のような怪物のことだ。そして……」
「そして、なんだ?」
ダークは少し考える。ナイトドリームは実在していた。アーロイドを追う彼らがベタナークの存在を知れば、あるいは大きな変化を起こせるかもしれなかった。
しかし、今回の目的は、あくまでそのような者たちが実在していることの確認と、それらに注目させることである。つまりは、当面の目的はすでに達していた。
「……いや、ここまでだ」
「なに? 待て!」
話を遮ったダークは、その場から跳ねるように去る。
「今のは、いったい……」
周囲では混乱が大きくなっている。
「逃すな! また海から逃げる気だぞ!」
「探査網準備できます!」
「相手の大きさを考えろ! どう追跡する気だバカモノ! 海に入れるな!」
「ターゲットと思われる通信感知! 内容は傍受できません! 基地の反対側へです!」
「哨戒なにをしていた! ヘリまわせ!」
「ターゲット、倉庫エリアから何か持ち出した模様です!」
「何かではなく明瞭な報告をしろ! すぐに確認しないか!」
ダークと話した男は考えていた。いや、確信していた。ここには何かがある。そして、こいつらはその尻尾を出すまい、と。
「失礼、トマイ様。非常に申し上げにくいのですが……」
「ああ、ミスターイロッシュ。どうやら監査などと言っている場合ではないようですね。引き上げて、後日出直しますよ」
「いやあ、誠に申し訳ありません。まったく、何がどうなっているのやら」
「大変でしょうが、このことに関して報告が欲しいですね」
襟元を正しながら、トマイはそのコバルトブルーの瞳を一巡させた。
***
ダークは海の底にいた。土産がわりに目についたコンピュータを頂いてきており、水に濡れないよう念腕で包み込んでいる。応用を利かせられるようにもなってきたようだ。
ともかく収穫はあった。後はこれからである。
光など殆ど届かない海底であったが、その光量でダークには十分である。以前に逃げ出した時と同じで、『解像』していれば呼吸すら必要としないのだ。
海底というのは、まだまだ未知の領域である。潜水技術がいかに発達しようと、地上の生物である人間にとっては、ここはまさに異界なのだ。光はなく、地上からも空からも見ることのできない、誰にも知られることのない闇の世界である。
「ん……!」
その闇の中で動く巨大な人工物がダークの目の前に現れた。潜水艦である。
ダークは驚いていた。潜水艦がいたことに対してではない。その行動である。明らかにダークと戦おうとしていたのである。
潜水艦は対人戦闘など想定されていない。しかし、それがこちらを向くと、前面の魚雷発射管を開いたのだ。
そもそも、火力やパワーの問題ではない。行動の自由度が問題である。ダークは圧潰にいたる損傷を与えるなり推進力を奪ってしまえばよいのだ。なんとかならなくもない。
とりついてなんとか警告を、と考えたが、それが思い違いだとすぐに気付く。
発射管から気配を感じたのだ。射出された流線型の姿から受ける印象で確信する。発射されたものはアーロイドであった。
なんのことはないまともな潜水艦ではなかっただけのことである。ここは誰の目にも届かない深海。ならば、ナイトドリームなど気にする必要はないのだ。
アーロイドは進行方向を急に変えると、一直線にダークへと向かう。見た目も相まってまるでペンギンだ。
ダークは一転して不利だと感じた。行動の自由度が問題である。
しかし、ダークは構えた。三次元攻撃をしかけてくる相手との戦いは、初めてではない。
***
慌ただしさが残る中、ナイトドリームは引き揚げにかかっていた。
船に乗り込みながら、基地にてトマイと呼ばれた男と、その同僚の女が話している。
「お疲れ様です。各地の紛争地域に現れる怪物、戦場伝説だとばかり思っていました」
大きな目にかかった眼鏡をあげながら女が話す。銃撃戦があった後にも関わらず、彼女がここまで落ち着いているのは、場馴れしているからではなく、現実感がないためであった。
「やあ、アイカワ女史、仲間の報告は信じるものだよ。これではっきりしたな。怪物兵士の黒幕はここだよ。少なくとも関係はある」
トマイもまた落ち着いているが、相川のそれとは意味合いが違った。
「早計すぎませんか? 監査自体では何もなかったんですから、さっきのは無差別攻撃の可能性もあります」
「また海から逃げる気だぞ」
「え? なんです?」
「兵がそう言っていた。『また』ってな」
「『また』、ですか。しかしそれだけでは」
「勘だよ、証拠はないさ。この海の底が見えないように人間の底も見えないものだ。だからこそ潜る必要がある。その時に重要なのは勘だ。我々が潜るのは海より深い、人が夜に見る夢だ。夢は、自分さえも騙せない」
「だからナイトドリーム……って言えばいいんですか?」
「かっこよくなかったか?」
「溜まった復命書、明日までに消化してくれた方がカッコいいです」
「うわ……」
「で、どうするんです? 考えがあって出直すんですよね?」
「一筋縄ではいかないな。それに、ただ証拠を見つけるのも危険だ。準備が必要だな」
「なぜです?」
「消されるからだ」
***
「以上が監査時に起こった襲撃の経過です」
「それで、迎撃に出たトゥルバイエ種はどうなったのか」
「死亡しました。健闘したようですが」
「水中対応型のアドバンテージがあっても負けたというのか。本来の性能を発揮しつつあるようだね」
「しかし、なぜ監査員に姿を見せただけで逃げたのでしょうか?」
「意外に冷静だったということだ。我々のことを知らせれば、その場で監査員は皆殺しにされていただろうからな」
「いっそのこと消しておけば楽だったのではないかね?」
「それはあくまで奥の手です」
「とにかく、これでナイトドリームの声が大きくなりますよ。今までのように、見た人間の勘違いでは済ませられず、しかも我々の側から証拠を提出しなければならない」
「誤魔化せませんか」
「無理だろう、都合の悪い部分を調整するので精一杯だな。当然力押しなども無意味だ」
「少なくとも、アーロイドの存在は発覚してしまいますね」
「それがもう致命的だ。検閲をかけるにも限度はある。事実は消せないのだ。下手をすれば連鎖して被害が出るぞ」
「どうするね。ナイトドリームはただの戦場警察ではない。戦争犯罪捜査の域を超えて行動できるのだぞ。いっそ、今すぐゼノアームドを切ったらどうかね」
「難しいでしょう、さらに怪しまれます。切るにしても今を乗り切った後です……まったく、どうしてくれるのだノーマン」
「私とて立場は変わらんよ」
「委員長指示では、情報は渡しても良し、とのことです」
「ナイトドリームならばれてもかまわんという意味か? 身から錆が出続けるぞ。ハインド博士のように」
「塞き止めは行いましょう。悪化する可能性もありますが、安全装置は必要です。エイダムさん、ナイトドリームへの資料については不自然にならない程度の調整をお願いします。ハインド博士とハンドルエクスの捜索、性能比較試験は続行します。よろしいですね?」
「わかりました」
「了解しました」
「まとめます。アーロイドの発覚は防げませんが、そこで食い止めます。ハンドルエクスについても同様です。すべては、ナイトドリーム側を対象にして調整します。我々はエピスメーテーを持っているということを、皆さん常々お忘れにならないように。では、以上」
――すべては、人類の明日のために――
嵐のような会議はそう締め括られた。
たった二名の者たちが行った賭けは、嵐を起こし、やがては全員を乗せた船をも飲み込もうとしてゆく。
その船がいかに小さくて弱弱しいか、それを知る者は殆どいなかった。
妙なルールは壊さねばならない。悪習は継いではならない。
それができないほどねじくれた毎日を、いつか誰かが解いてくれる。
かなわない夢と知りながらも、期待せずにはいられない。
そして、期待するだけだ。
次回、ハンドルエクス・ダーク第6話『友よ』
暗闇への審判が、今、下される。