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ハンドルエクス・ダーク  作者: 千代田 定男
第六章 黄昏の慟哭編
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第25話 亡びの夢

25・亡びの夢


 ダークの体が急激に膨れ上があがり、肉体に強烈なまでの力が注ぎ込まれ、牙が開き、全身が発光する。表情は冷静なままだ。

「まずまずモノにできているようだね。ようやくまともな戦いができそうだ」

 有賀の言葉はブラフではない。全力に見えてまだなお余力を残している。

 いかにも重量感のある音がして有賀の足元が揺らいだ。有賀の表情が変わってゆく。

 ダークが有賀の顔面めがけて疾走する。目で追うことすら困難な速度だ。

 原質力によって淡く光る拳が有賀を打った。

 有賀の体が吹き飛ばされるが、尾を地面に突き立てて制動をかけると、追撃に迫るダークに体を投げ込む。

 肩の棘がダークの体に食い込み、速度から生み出された破壊力がまるまる受け止められ、ダメージとなってダークに還る。

 まだ活性の低い念腕では自分の体を抑えることもままならず、ダークは有賀の体を沿って後方へ吹き飛んでいった。

「グオオオ!」

 有賀の遠吠えとともに光の砲がダークに撃ち込まれた。

 爆風が地下の空間を伝って地表に噴出し、度重なる衝撃により、天井から照明のように日が注ぎ始める。

 白金の光が、燃え盛る炎の色を鮮やかに浮き上がらせて、炎が、瓦礫に沈んでゆくダークを照らし出した。

「ん……!」

 急に瓦礫が吹き飛びダークの姿が消えた。

 一瞬でその身を高く高く飛び上がらせたのだ。有賀はその初速に少し驚いたものの、目はダークを追えている。

 有賀が跳躍し、壁を蹴りながら上へと昇ってゆく。巨体でありながら驚異的な身軽さである。 

 ダークもまた、また念腕を伸ばして壁を利用しながら有賀を迎え撃つ。

「うおおお!」

「グオッ!」

 ダークと有賀の気合いの声が、かき混ぜられた風に乗って四方八方に飛散して、ちぐはぐになった声と衝突で辺りが充満していった。

 それも長くは続かず、ほぼ同時に二人は地面を揺らして着地する。

 上体を悠々ともちあげる有賀に対し、ダークは膝をつく。

「おかしいよね」

 有賀がダークを指差しながら疑問を口にする。

「なんでこんなに弱いの?」

 ポイント-ブランクを発動してならば、ダークは有賀の力を上回るはずである。だが、どうにも押し切れない。強さが(くつがえ)らない。

「……ポイント-ブランクは、肉体の崩壊と表現体の開放を呼び水に、ハンドルエクスをイレブンに初期化することだ。イレブンを上書きしたことで弊害が出ているんだろう」

「なんだって? ハッ! ハハッ!」

 なにが可笑しかったのか、有賀はダークの答えを聞いて笑いだしてしまった。

 笑う有賀にダークが顔を向ける。それに気付くと、有賀がダークを押しつぶすかのように踏みつけた。

「が、ああ……!」

 地面にめり込み、ダークが呻く。

「嘘吐き。全部ただの時間稼ぎだろ? 君にポイント-ブランクを教えたのはオレなんだ、それぐらいわかるに決まってる。何をする気かもわかってる。はやくしないと、本当に死ぬよ?」

 原質力によって負傷したダークの身体が悲鳴をあげる。

「もう少し……」

 ダークのやろうとしていること。それは有賀に勝つこと。勝てないとわかっている相手に勝つこと。

 ポイント-ブランクを超える力、飽和点への到達。

 飽和点に達すると、結晶石を開放してまで原質力を()み出すようになる。制御できるものではない。

 類似の状態は二度あった。

 一度目は運よく生き延びたが長期間の休眠を必要とした。二度目はイレブンの覚醒にまで至った。

 これらの場合は、これでも運が良かった方なのだ。未熟だったことと、イレブンという終わりがあったことが招いた幸運だ。

 だが、ダークにはもうイレブンとしての情報はないのだ。すなわち、飽和点に達すれば、その先はない。

 本来の飽和点とは、破滅的な結末になることが必定の、悪意のある罠のようなものだった。そして、ダークが有賀に勝つには、危険を度外視したその無垢の力でしか成せないのだ。

「見せてみろ! ハンドルエクス!」

 (げき)にも似た有賀の声に反応してか、ダークの全身が一瞬にして光に包まれ、姿が見えなくなった。表現体がさらに開放されたのだ。

「ウワーッ!」

 ダークの雄叫(おたけ)びがあがり、目がくらむ光が満ちあふれた。その光は地表まで届いて、間欠泉のように吹きあがってゆく。

 さしもの有賀も後退りして、墓の扉を背にし、顔を背けた。 

「そうだ……」

 光に焼かれて有賀の体が煙をあげてゆく。

 飽和点に達したでダークの全身からこぼれ出る光は、肉体の容量を超えた原質力の体外放射であり、つまりそれ自体が光の砲のようなものである。おそらく、念物質による鎧をもつ『核付き』でもなければ、近づいただけで灰塵と帰すことだろう。

「それでいい……行くぞ! ダーク君!」

 有賀は光に向かって飛び込み、(くら)む視界の先に待つダークにその爪を振るった。

「はあっ!」

 ダークもまた、拳を振りかざす。

 有賀の爪が届き、柔らかな感触をもってダークの体にめり込んでゆく。だが、ダークの勢いは止まらず、その拳を有賀へと届かせる。

「そこの扉、開けさせてもらう!」

「誰が!」

 原質力の噴射がダーク自身を飛翔体として、掴みあげた有賀ごと空へダークを飛ばす。

 二人は天井を突き破り地表へ躍り出て、そのまま空へ空へと向かってゆく。

 有賀が激しくもがくものの、ダークは揺らぎもしない。

「クソッ!」

 ダークの顔に笑みが浮かぶ。かつてない力と、圧倒することへの暗い喜び。

 有賀の目に丸みを帯びてゆく地平が見えた。

「俺を宇宙へ捨てるつもりか? そんなもので終わると思っているのか! いや、例えそれで勝ったとしてもあの扉は開かない! いかに君でもメタルプレートがなければな!」

「やっぱりそういうものか。だったら……一緒に来てもらうまでだ!」

 急な機動で今度は地面へと向かう。

「う……ぐううっ! 君は……!」

 急激な重力を全身に浴びながら、二人は大きく弧を描いてゆく。

 原質力が空気抵抗の熱を上回り光の点になって、地面に平行に墜ちながら影を刻んでゆく。

 目は利かず、何がどうなっているかもわからない。だが、ダークと有賀の感覚は、自分たちがどこへ向かっているかを予測させていた。

 氷結の大地を灼熱の弾丸が穿(うが)った。

 あまりにも大きな力は大地を隆起させ、硝子の渓谷を、墓を掘り返した。

 災害規模の余波が遥か遠くまで及び、それは世界の半分で観測された。

 二人が墜落したのは墓の真正面、ダークが開けようとし、有賀が守ろうとしている扉にであった。

 

・・・


天地をひっくり返した跡にダークが降り立つ。

 墓は半分が再び埋もれてしまっていたが、その全体像を露出させていた。

「冗談もほどほどにしてくれ……」

 城に見えていたそれは、城でも墓でもなかった。おそらくは建築物ですらない。

 巨人の(むくろ)。そう例えるのが最も似合っているだろう。顔があり、手も足もある。生々しいまでのその人型を、より巨大に飾り付けたもの。それが城に見えていたのだ。

「これは『霊物』の(かばね)だったのか? なんて頑丈さだ……」

 ダークは扉の強度に驚いていた。あれほどの威力をもってしても貫くことができなかったのだ。 

「惜しい。我々の言葉で言えばオーバーボディだよ。『霊物』のオーバーボディ」

 有賀のはっきりとした声が聞こえて、ダークはわざとらしく肩を落とした。

「……できれば終わっていてほしかった」

「無理な相談だね、わかっていた癖に」

 有賀が姿を見せる。体は赤く明滅していて、生えた棘が蝋燭の火のように揺らいでいた。背中には念物質の鰭ができている。

 ポイント-ブランクを発動した有賀の姿はまるで赤色の暴君である。火の化身。人が振るい続ける戦いの道具。知恵を持った破壊の権化。

「さあ、続きだよ」

 有賀の一振りは爆風を起こし、ダークごと一帯を破壊する。

 飽和点も限界に達し、体を蝕んでいるところへの一撃である。ダークの体が粉砕されていても不思議ではなかった。

 だが、皮肉にも、活性化した念物質が大きく作用する飽和点に入っていたことが、それこそ限界のところでダークの姿形を保たせていた。

「ああ、続きだ……」

 莫大な原質力の体外放射に比べ、ダークのその動きは緩慢(かんまん)だ。

 ダークが体を無理矢理浮かせ、飛ぶ。飛ぶというより投げ飛ばされているような、もうなりふり構わない状態だ。それでも、どうにかこうにか蹴りの形を取る。

 有賀の体が前に沈み、駆け出す。二人が交差した途端に、ダークはひどい有様で地を転がった。

「お言葉に甘えて使わせてもらったよ」

 有賀の口からダークの足が吐き出される。もはやそれは噛み付きと呼べるものではない。丸ごと食いちぎっている。

 有賀は口元をぬぐい、油断なくダークに近づいてゆく。

「どうやらここまでだね」

「まだだ……」

 かろうじて残っているダークの体も、もはや活性化した念物質にわずかに埋まっているのみで、四肢と呼べるものも、足が一本もがれていることもわからぬほどに、儚く、あやふやなものとなっていた。

「さて、ラルスの時のように自棄になられても困る。結晶石を回収させてもらおう」

 有賀の口が開かれる。光の砲でダークを消し去り、結晶石を取り出すつもりだ。

「できる……必ず……」

 飽和点に達しても勝利は難しいことに薄々感づいていたが、それでもダークの意思はすべて勝利へと向けられている。

 有賀は過剰なまでの原質力を放出する。

 それは、今まで見たことも聞いたこともないような強さを秘めた、完全な破壊を万物にもたらすものだった。

 念物質を吹き飛ばそうというのだからそれだけ必要というのもあるが、ダークに対する敬意でもあったのかもしれない。

 赤熱した溶岩のように有賀の念物質が発光して、原質力を収束してゆく。

 爆発を伴う過流が、倒壊する柱のようにダークの上に振り下ろされた。

 煙を巻き上げながら大地が切り裂かれ、煙がさらなる煙をあげて、黒い血しぶきのようにもうもうと吹き上がってゆく。

 ダークはどういう体勢かもわからない姿で耐えていたが、その淡くも苛烈な最後の火も、やがて影の中に飲み込まれていった。

 天を()く熱と煙の塔も、ダークの後を追うように去ってゆき、跡には、ただ、死そのものを思わせる残骸ばかりが残った。


・・・


 いつの間にか、何もかもを焼き尽くさんとしていた熱はひいて、今は、心地よくさえある冷えた空気が流れていた。

「……フルカフルト種行動完了。ナンバーイレブン再現計画全工程終了。性能比較試験、未到達項目あり」

 有賀はそう呟いて、ダークがいた跡に近づいてゆく。

 有賀は勝った。ポイント-ブランクが治まってゆくのが勝利を確信した証だ。

 だが、その浮かない表情が、有賀に思うところがあることを如実に表していた。

 それが情緒と言えるものなのかと言えば、そうだろう。だが、それだけではない、もっと明確な落胆があるように思われた。

 有賀の表情にふと厳しさが戻る。

 有賀の周囲を流星のように何かが周り始めたのだ。何周も何周も、目まぐるしくそれは舞った。

「まだサイコマターが? この動きは……マインド能力の統制が失われたことで不随意の運動をしているのか? 崩壊するはずだが……」

 念物質が世界を切り取っていき、ついに有賀は外界と隔絶されてしまった。

「ダーク君の肉体は、間違いなく一片残さず消えている……」

 確認するかのように、ダークの姿を探すが、どこにもそれらしき物は見られない。アーロイドの鋭敏な感覚でも、残り香すら感じられないほどに完全に消失してしまっているのだ。

その証拠もあって、有賀の先の方で、念物質の波間に漂う結晶石が浮いている。

「だが、これはただの念物質じゃない……」

 旋回する念物質をよく見れば、わずかに形を残していることがわかる。

「これは……まぎれもなく念腕だ!」

 歓喜を帯びた声を漏らす。しかし、納得のいっていないようで、思案にふけるように目を細めた。

 念物質の奔流(ほんりゆう)の中で浮かぶ結晶石に有賀は首を(ひね)りながら目を凝らし、やはりそれが自分の勘違いでなかったことに気付く。

「終わりは始まり……」

 唐突に聞こえた声よりも先に、それがしっかりとした形を成す前に、有賀は自分の目と頭でその姿を的確に把握していた。

 それが、驚愕の表情とともに、悲鳴にも似た叫び声を有賀にあげさせた。

「……擬似的なイレブン化だとォ!?」

 ラルスとの戦いで一度見せた、念物質でできた骨のみの姿。

 11番資料の面影を最も色濃く残す姿。『霊物』の尖兵にしてこの戦いの元凶。

「意識を保ったままのイレブン化! そんなことがありえるのか!!」

 有賀は、それが、ダークの、塩無明の意識のままであることを、印象から理解していた。

 イレブンは、人としての個を持とうと消えることはなかったのである。

「信じられない……信じられないが認めざるを得ない……だが、それによって再びイレブンが『リマージェン』してしまう可能性もあったはずだ。せっかく取り戻した自分を危険にさらすなんて……」

 やや早口に有賀が言葉を口にする。混乱があるからだ。イレブンの力の制御、それはアーロイドの理想像とも言える。

 アーロイドとは、言い換えれば『次代人類』と競合し、完成を見ず敗北した規格なのだ。覚悟を決めて自らを『核付き』に差し出した有賀だったが、完成品をこうも見せ付けられれば未練が出るというものだ。

「それは違う。やはり俺はイレブンでもあるんだ。イレブンから造られたハンドルエクスであり、シオナシアキラという個人。何を否定する必要もない、俺はそれでいい」

「それだけの理由で? 覚悟の差だなんて思いたくないけど、でも……!」

「あんたたちを信じているからだ」

「なに? それは……まさか、ベタナークを信じる、という意味か? なぜだ、いや、いったい何を信じるというんだ?」

「製作者は製作物に対して責任を負う必要がある。ラルス=ギャラルダインがそう言っていた。あんたたちが陰に陽にやってきたことはよく知っている。だからこそ信じられる」

「……自分を存在意義を、再び自らの手で覆すと言うのか!?」

「迎合したいわけでも、追従したいわけでも、まして捨て鉢になったわけでもない。ただ、そう思えるんだ。あんたと俺は……同じだから」

 殺戮と破壊のなか、人格までをもサンプルとされ浮かぶ瀬もなかった。だが、それはきっと彼らも同じで、ずっと孤独だったのだろうとダークには思えた。

 委員会が力を分かち合う仲間で、『核付き』が恐怖を分かち合う仲間なのだとするならば、ダークはその惨めさを分かち合う仲間となれたかもしれない。


 規則性を感じさせ整っていた硝子の渓谷は、掘り出された土砂と、壊れた氷や結晶がかき混ぜられた痛々しいものとなっていた。

 周囲は地表の冷気と地下からの熱気によって風が吹き荒び、地獄めいた異世界となっている。

 蓋を外された奈落の底で戦う二人の亡者は、見える形となって浮かぶ念物質によって、さらに深い闇の底へ落ちてゆく。

 いよいよもって、揺らいだまま実体となってゆくイレブンの体に、ダークの意思が通ってゆく。

 有賀が再びポイント-ブランクを発動する。

 空気は瞬時に燃焼し、逃げ場のない力が膨張して、圧力で満たされていった。

「これから先、人間の行く末は人間が決めればいい。俺はそのためにイレブンの力を振るう」

「それでは駄目だ。オレたちの力は人の行く末を示すためにこそある」

 二人は自分の意思を示すように力を込め、距離を縮めてゆく。

 ダークは二人を覆う念腕によって体を宙へ引き上げ、息がかかるほどの距離で有賀と視線を交わす。

「ケチくさいこと言わないで、今すぐ全部くれてやれよ」

「身勝手なことばかり言ってないで、大局的にものを見なよ」 

 二人は額をつけて睨み合い、大きなことを小さく言い争う。

「やるか!!」

「やるとも!!」

 たった二人の世界で起こる壮大な小競り合い。

 (つか)みあい、(ののし)りあい、愛憎すべてをぶちまけて、(またた)き、ぶつかる二つの運命。

 有賀の圧倒的な力も、限りなくイレブンに近づいた今のダークとは良くて同等だ。

 有賀にとって、自分以上の敵に挑むということ自体が初めてのことだろう。しかし、敵にも自分に対しても、過大評価もしなければ過小評価もしない。あるだけの力で挑む。

「この!」

 ダークの拳が有賀の大きく伸びた有賀の牙を砕く。

「効くかぁ!」

 有賀の爪がダークの顎を打ち抜く。

 やはりダークの力は有賀を上回っており、逃げ場のないその中を、有賀が追い詰められてゆく。

「ウオー!」

 ダークが光の砲を無造作に放つ。イレブンと化したその威力は、限られた空間を満たし、有賀の全身を砕いてゆく。

 有賀の尾が端から吹き飛び、全身の棘が燃え、爪が溶ける。

 しかし、有賀はそれでも前に出ようとする。

「この命は、愛する者のために!」

 その思いが、有賀に限りない力を与えたのだ。そして、それは、今までの仲間と同じもの。

 体からあふれる原質力によって、有賀の、全身の念物質がはじけ、自分自身をも飲み込んでゆく。

「飽和点だと!?」

 ダークが驚く。フルカフルト種としての限界を明らかに超えた力である。

 有賀の精神の高揚が原質力によってそのまま表現されてゆく。極限に達したマインド能力の成した奇跡。

 念物質でできた(ひれ)が周囲を覆っているダークの念腕に割り込んでゆく。ダークと同じように、有賀も自分をこの世界に貼り付けにし、挑む。

 念物質でできた場の周囲が沈んでゆく。あまりに膨大なエネルギーにより、質量が増しすぎているのだ。

 内部では重力に異常をきたし、爆縮までもが繰り返し引き起こされている。念物質による壁がなければ被害は甚大である。

 光が炸裂し、有賀の蹴りがダークを打つ。光を飲み込んでダークが蹴りを返す。

 今この時を惜しむような、噛み締めるような戦いであった。そして、そこには、慈しみが、親愛があった。

 念物質の壁が狭まってくる。あるいはそれも、お互いの終焉に対する恐怖の表れだったのかもしれない。

「オオオー!」

 迷いを振り切るように両者が叫び、力を振り絞る。ダークは手の中に、有賀は口に原質力を溜め込み、未曾有(みぞう)の熱量がそこに集う。

 有賀の体から肉が削げ落ち、ダークと同じ、揺らぐ骨格となっていく。有賀もまた、飽和点を突破したのだ。

「ダーク! 例え自分自身を『リマージェン』しようとも、やはり君には何もないのだということを、教えてやる!」

 有賀の光の砲がダークを襲う。ダークは光の砲を放たず、そのまま耐えている。

 逃げ場のない、戦慄の破壊力が暴れまわる。

 ダークのイレブン化した体にさえその暴虐(ぼうぎやく)の牙は及び、念物質の体が削がれてゆく。

 すぐさま復元を起こすが、復元したそばから削られ、ダークに繰り返し繰り返し苦痛を与える。

 だが、その苦痛ですらが名残惜しい。

「何もない俺でも、生きることに許しは要らないということを、ここで証明する!」

 お互いの動きは、お互いの念物質を通じて相手に伝わる。

 ダークの足が一歩一歩進んでゆく。

「人が俺に絶望を見ると言うのならば! 俺は人に希望を見る!」

 ダークの足が速まって、手にした原質力がダークの手を離れて浮き上がった。

「俺は幸せだ! 俺という暗闇の中でも、生きる光を見ることができるのだから!」

 有賀の真正面に置かれた光の結晶が槍のように伸びて、ダークの手が輝く刃を力強く握りこむ。

 無音。無心。無垢。

 ダークと有賀の最後の接触が、結晶石の持つ純粋な力に呼応する。

 閃光の刃は暗闇に隠された空間の色を全て飲み込んで静寂へと押し込めると、ダークの進む方向へとなにもかもを流していった。

 ダークの体の伸びは、有賀の奥へ、そのまた奥へ、遥か彼方にまでも届かせようとする、ダークの思いそのものだった。

 

 地獄ような風景に見られた、念物質による真っ黒な球体が霧散し、重い矢が飛び出してきた。

 炸裂したダークの力は念物質の壁を貫いて、『霊物』の玉座の前にまで達し、最後に、その緋色の扉までをも貫いた。

 入り口を失った墓はダークをあっさりと受け入れ、熾烈(しれつ)な戦いを慰めるように(きらめ)いた。

 ダークは立ち上がると、煙の向こうに、まだなお立つ有賀を見つけた。その姿は、もとの人間の姿に戻り、わずかに笑みを浮かべていた。

「アキラ、君の勝ちだ……」

 有賀の胸に大きく傷が開き、そこから、真紅の飛沫があがった。

生の始まり死の終わり。

終わりは始まり。

終焉と誕生。

真実は、事実は、ここにある。

果たして人類は、万物の霊長たり得るか。


次回、ハンドルエクス・ダーク第26話最終回『先導』

暗闇への審判が、今、下される。

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