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ハンドルエクス・ダーク  作者: 千代田 定男
第六章 黄昏の慟哭編
24/26

第24話 永遠に眠る

24・永遠に眠る


「突然の会見をお詫びします。重大な発表があります」

 あらゆるメディアがその会見を流していた。

「世界各国における、ベタナークによる社会の実質的支配という悪夢を終結させると共に、人類独立を成すための必要不可欠な措置として、希望隊のタルタ=エル長官は、残存するベタナークの即時解体命令を認可しました」

 人々が放送に食いついている。

「希望隊の暫定当局による解体の対象は以下の通りです。ゼンドに代表される私設軍及び準私設軍、防衛部門、宣伝部門及び軍需関連部門、諜報部門、保安及び治安部門」

 その時だけは、どこに行っても静かな熱気が見られた。まるで、世界の人が一つの会場に集まったかのようであった。

「組織に籍のある委員及び役員、兵員、並びにすべての属する者はその任を解かれるものとする。階級及び身分にあたる物は、これをすべて剥奪(はくだつ)する。加えて、現統治体であるベタナーク委員会は直ちに解散とする」

 街角で、家で、仕事場で、あらゆる人が手をとめ足をとめ、息をのんでいた。

「各国中央政府及び地方政府に身を置くベタナーク関連人員は即刻解雇。病院、大学、学校等の公共機関も同様とする。これは、この星の新しい夜明けです」

 話がしめられると同時に、それを見ていた人々は歓声をあげた。


***


 ダークが、トマイとレイチェルの前から姿を消してからほどなく、希望隊から対ベタナーク戦の終結が宣言された。

 ダークの隠れ家が捜索され、ベタナーク委員であるタジャンと、幹部候補とされる者たちの死体が見つかったからだ。

 もちろん、タジャンについての詳細は伏せられたし、終結宣言は当面のものである。

 そして、その次の段階のために、長官となったタルタ=エルによって解体命令が出されたのだ。

 結果、これから起こる戦いは、大小関係なく名目上は地道な戦いが多くなる。また、いわゆる汚い戦争も起こることだろう。さらにはヒーエスという新たなアーロイド所持勢力も台頭し、事態は新たな局面に向かってゆくのだろう。

 だが、ともかく、ベタナークは終わる。 

 希望隊が(にら)みを()かせる今、人員の流れは監視されている。それができたのは、皮肉にも密約によるものだった。どれだけ隠そうと、一度世に出た事実はもう消せないのだ。

 希望隊の活動と、実質的にベタナーク委員の大半が消えたことによって、ゼンドは統制力を失った。一部にはまだ力を残しているものの、少なくとも、もうそれを一挙に行使できる者はいないと判断されていた。

 しかし、それが何になるというのだろう。

 『霊物』という事実は知っている人間からも忘れ去られてゆく。戦いが、知る者たちから事実を希薄化させてゆく。わずかな者たちの中だけで、不純物ごと濃縮されて、そこから起こる行動が人々に降り注いでゆく。

 事実が、見る者によって別個の真実となり、それが、歴史となってゆく。

 それを証拠に、硝子の渓谷への希望隊の派遣が決まっていた。

 先日の市街地戦の後、信じがたいことだが、戦闘機隊はダークを取り逃していた。指揮系統に乱れがあったという噂もある。

 ただ、追跡によるその経路から、ダークが硝子の渓谷へ向かっていることが発覚し、トマイもそれを保証した。 

 ハンドルエクスはベタナークのアーロイドのうち、一般にも公開されている極めて重要な対象である。

 トマイがこれを黙殺するわけはない。硝子の渓谷を攻め落としたいトマイには渡りに船である。それでも、彼にしてはその最終決定までは時間がかかった。

 また、ダークの隠れ家にはもう一人誰かがいた形跡があった。瓦礫で組んだ墓らしいものもあって、下には誰もいなかったが、おそらくはその者の墓であると思われた。

 それが香月文彦であるという事実と、民間人協力者であったことをヒーエスが発表、謝罪した。現実には香月は協力者とは言いがたいのだが、そうされたのだ。 

 しかしながらヒーエスは、反希望隊活動の続行、協力者の募集は続けるとし、加えて解体命令にも反対の意思を示した。ベタナーク崩壊によるサイホ情勢の悪化を鑑み、全世界でそれが起こることを防ぐため、特にアーロイドを個人としてならば支援を行うことを大々的に発表したのだ。

 平たく言えば、ヒーエスはベタナークのアーロイドを取り込むということである。

 誰もこの状況の最先端に追いつけないでいた。世界のどの国も、その中にいながら世界の流れを知らなかった。

 淀んでいた世界に流れが蘇ったと言えるのかもしれない。ただ、それが清流なのか濁流なのかは、誰にも見えないままだった。


***


 見渡す限り白一色の景色。雪と言うより、もはや氷の世界。日の光が銀色に照りつけ、反射された光が七色に分かれて見る者に届く。

 そこは山なのだが、実際にそこに立ってみれば、とてもそうは思えないだろう。一帯すべてが隆起した大地となっており、わけ隔てなく凍結していて、生も死も、時間さえも感じさせない。

 巨大な氷塊の間を抜け、波打つ氷瀑(ひようばく)の上を進むと、色のない世界を象徴するかのような、いくつもの高く突き出した氷の塔が見える。そして、その丁度中央に、ポッカリと開いた洞窟の入り口があった。

 世界遺産、硝子の渓谷。

 氷を硝子に見立てたことと、実際に中が巨大な結晶に包まれていることからそう名づけられた。

 その洞窟は、古くは神話にも語られており、その奥こそが、ベタナークの本拠地である。

 洞窟の付近に降りてくる影があった。エンドローダーが姿を現す。

 エンドローダーは側面装甲すらなくなっており、機能が低下しているのは明白だった。透過偽装を解いた途端に機体が大きく振動したので、さらに不具合を起こしたのだろうと思われた。

 ダークが降り立つ。ボロボロになった骨格矯正服は、申し訳程度に取り繕われているが、もはや機能はしていないだろう。

 ダークは、警戒するというよりは、まるで景色を楽しむかのように辺りを見回すと、どこかのんびりとした歩調で洞窟の中に入っていった。その入り口はあまりに大きいため、どこか、大地についた傷を思わせた。

 中には誰もいない。

 冷たい風が外から吹き込み、中から暖かい風が吹いてくる。呼吸をしているのだ。

 外の気温は氷点下であるのだが、洞窟の中は、先に進むうちに、懐かしさを感じる暖かな温度となっていった。

 巨大な結晶が姿を見せはじめる。

 歩くダークを覗き込むように巨大な杭が迫り出し、歩くダークに傅くように巨大な柱が橋となっている。 

 はじめのうち、凍てついた世界の光が結晶に反射して飛び交っていたが、奥に進むにつれて、今度は懐かしさを感じる暗さとなっていった。

 洞窟は奥に行くほど入り組んでいた。また、結晶も奥に行くほど巨大なものとなり、人格さえ感じるような生々しい形を見せるようになっていった。

 結晶はどこかからくる光をその身に通しており、暗い中でうっすらと浮かびあがっている。ダークの影が結晶を渡って、まるでその中を進んでいるかのようである。

 グロテスクさすら感じさせるようになった結晶たちが、やがてダークの左右に整列して立ち並ぶようになった。

 そこは深い深い地の彼方、月も太陽もその姿を見せることのない星の体内。

 ダークはなぜか道がわかった。まるで迷うことなくここまで来た。疑問をもつこともなかった。

 ダークの足が止まった場所で、その直感が正しいものであると証明された。

 おそらく洞窟の最深部にあたるその場所に、恐ろしいまでに巨大な城があった。いや、城としか形容しようのない建造物だ。サイホで見たものに似ているようで、どこか違う印象も受ける人工物。

 どうやらすべて金属でできているらしく、結晶から漏れ出る淡い輝きが、光沢のある緋色(ひいろ)の壁面を悠々と泳いでいる。

 人間が造ったものではない。

 見上げてみれば遥か上方に明るい点が見える。もしかしたら地上に通じているのかもしれない。ただ、その光はこの下までは照らしておらず、まるで夜空に浮かぶ青い星のようである。果てがないような広さと深さだ。

 門をくぐって入ってみれば、庭のような広場に出て、その中に円形の台がある。

「あなたは」 

 台の上に人影が見えた。誰かが座っている。

 よく見れば、小太りな中年男性が正座をしているようだ。

 ダークはその男を知っていた。

 ソーラ化学研究所でファロエミナ種の木野葵に敗れた時、現れた応援部隊を取り仕切っていた男だ。

「彼はベタナーク委員ヤマチカドナリ。委員会が委員長にとっての捨て駒だと知りながら、組織に殉じた可愛そうな男だよ」

 台を挟んで反対側、八町の向こう側から有賀が姿を現す。

「ヤマチは君を引き取る予定だった。だから当初、彼の影響の強い日本にハンドルエクスは配備されることになっていたんだ。性能比較試験なんて誰も引き受けたがらなかったんだ。イレブンの覚醒が予定されているのだから当然だけどね。このヤマチは組織のために自ら進んで泥を被ったのさ。そして、その結果がこれだ」

 八町は既に事切れていた。自ら命を絶ったのだ。

「ベタナーク委員会は委員長を除いて九人。これで打ち止めだ。残りの一人、クドッコ=トリフィストは行方不明だしね」

「行方不明?」

「彼は密約によって人間を支援する役割だった。委員会を守る約束でね。それを通さず希望隊から一方的に解体命令が出て、その上で行方不明ときてるんだ。彼がどうなったかは予想つくだろう?」

「ベタナークの終焉だな。だが、委員長にとっては予定されていたことだったんだろう? ところが肝心のトマイは協力せず。残念だったな」

「ああ、残念だね」

 有賀が八町の体に触れると、その体が燃え上がり、一瞬のうちに消え去ってしまった。熱風が吹き抜けてゆく。

「この城はなんだ? 『霊物』の遺跡か?」

「そうだよ。でも、城砦でも宮殿でもない、むしろ墓場だね。メタルプレートはここで見つかった。ええと、君から返してもらった二つのメタルプレートは、この奥に戻した」

 有賀が手を上に上げてくるりと周った。

「墓、か……ここで『霊物』が見つかったのか?」

「いや、単なる予想だ。それどころか、この墓の性能についてすら詳しくはわかっていない。実はね、ここから得られたものはそんなに多くないんだ。まるで抜け殻さ。メタルプレートだって何かに接続されていたようだったけど、すべて枯れていた」

「そうか……あんたに相応しい場所かもな」

「いや……君にこそ相応しい」

 有賀が静かに構えると、その姿が変わってゆく。有賀の『解像』だ。

 ダークの顔に(かす)かに笑顔が浮かぶ。

 最強最後のアーロイド、有賀陽太郎。ダークは、その前に立つに相応しいと認められたのだ。


 有賀の周囲に煙が立ち込めてゆく。『解像』するだけで、それこそポイント-ブランクに匹敵する威圧感が感じられる。

 しかし、ダークは一歩たりとも下がらない。膨れあがってゆく有賀をしっかりと見据(みす)える。

 体の表面は赤褐色の金属片に埋もれているかのように荒々しく、長い尾がはえ、肩には巨大な棘が三本ずつある。一対の牙が上顎から生えていて、背中側の正中に太い棘が立ち並んでいる。

 首は太く足も太い。巨大な爪と巨大な牙。長い尾を振るその姿はまるで恐竜のようだ。

 腰部にあらわれたメタルプレートを怪しく輝かせ、『核付き』フルカフルト種が、ついにダークの前に姿を現した。


「『核付き』フルカフルト種! 人類の明日のため、ここに委員長の意思を代行する!」

 開けた眼を閉じさせない、上げた足を下ろさせない、踏んだ爪を抜かさせない強烈な咆哮が、ダークを撫でてどこまでも突き抜けていった。

 ただの威嚇ではない。鼓舞でもない。ダークになにかを(うなが)しているかのようだ。そして、それに応えるかのようにダークが骨格矯正服を脱ぎ捨てる。

 骨格矯正服の下にあったのは、念物質にくるまれたダークの姿だった。その瞳は、まるきり以前のものだった。

 ダークが腕を交差する。全身の筋肉を緊張させ、刺激してゆく。

 『解像』の構え。

 擬態機能に異常をきたし『解像』能力も失った、意識があるだけの死にかけた素体。それが今のダークのすべてであるはずだった。

「君はイレブンの精神情報をすべて失った。つまり抜け殻。『解像』できるはずはない。理屈はそうだ……しかし、それでいい。君は正しい。今、君の中に感じるこの確信は、君がそうすることに何の疑問も抱かせない」

 有賀がダークに感じた印象は、そう評価せざるを得ないものだった。

 有賀は、隠れ家で倒れたダークに触れた時から、以前とは全く違う印象を受けていた。以前までの、イレブンとしてのハンドルエクスとは異質なもの。むしろ、自分にもっと近しくなったもの。

 それはダークも実感していた。

 有賀に敗れた後、ダークの肉体は完全に崩壊へ向かっていた。しかし、それがある一点を超えた時に復元に転じたのだ。

 再生する肉体から念物質が発生して、原質力を燃料に体を再構成していった。

 トマイとレイチェルと別れた後、失った左腕も再生が進み、今では不完全ながら腕と呼べるものが存在していた。


 ダークは自分の前で交差した腕をかえし、頭上に掲げる。

 体幹を通して体のすべての感覚を捉え、そこに眠る力を引っ張り出すかのように、力強く吼えた。

「『解像』!」

 腹部から黄色い光が発せられる。念物質が体からあふれて全身を這う。わずかに体が浮き、閃光が体中を駆け巡る。

 足が地に着くと、ダークの体が反り、胸の瘤から煙が噴出される。体が起き、口を牙が覆った。 

 『解像』によって左腕も完全に再生し、もうその体に不完全な部分は一つとしてなかった。


「やはり『解像』できたね……なぜできるか自分でわかっているかい?」

「いや、イレブンの精神情報は失われたままだ。不思議には思うが、どうでもいい」

「いや、これはとても大事なこと。よく聞くんだ。どうやら君は、改めてハンドルエクスという個体に生まれ変わったようだね。もう君はイレブンの器ではない、イレブンを器にした生物だ」

「悪いがイマイチよくわからん。ただの再生とどう違う?」

「要するにだ、君は改めてシオナシアキラに生まれ変わったんだ」

「……なにが言いたい?」

「いいかい? シオナシアキラはただの仮想人格に過ぎなかった。これは予想だが、どういうわけかその仮想人格が『リマージェン』を起こしたんだろう……おかしな話だよ、人間が無から生まれ出でたようなものだからね。しかし、そうとしか考えられない」

 戦いによってしか存在を確立し得ないと知りつつそれを否定し、戦うことのできない滅びゆく肉体にダークは再び命を宿した。

 限りある体に無限の力という矛盾。自身を否定し、その果てに生まれた例外者。戦いへの肯定と否定とを繰り返し、その果てに生まれた絶対者。それは、新たな矛盾。


 あまりにも無用心に二人は近づいてゆく。

 ダークが見上げ、有賀が見下ろす。ダークの視線の先、天井に空の明かりが青く見える。

「ダークぅ!!」

「アリガぁ!!」

 ダークが跳び上がりながら殴りかかる。有賀が殴り返し、ダークが耐え、また殴り返す。

 守ることを捨て、策を捨て、何も考えず、ただ力の限りに殴りあう。

 ただそれだけのことだが、打ち合うたびに空気が歪み、破裂する。

 体格で勝る有賀がダークをもてあそんでいるかのように映るが、ダークは大きく動かざるを得ないことを利用し、引けをとらない力で反撃している。

 ただ、それを五分と見るかは別だ。

 決定打の有無。

 この殴り合いでは、もうダークには上乗せできるもの、これ以上加えることのできる重さがない。

 筋力、速度、硬度。この単純な運動エネルギーの比べあいで、まだ伸びしろがあるのは有賀の方だ。

 見た目には拮抗しているように見えていたそれも、やがては守り、策を講じはじめる。

 誇りを賭けた戦いに終始することは許されない。

 ダークの念腕が金属でできた台を引っ掻く。耳障りな音を響かせて膝が有賀に飛ぶ。正面から受けた有賀はわずかに仰け反るが、そのまま両手でダークを掴む。

「ぐ、うう……!」

「はあああ!」

 念腕が有賀を掴み、お互いを固定しながら円形の台を回る。

 有賀の腕を振り払ったダークの手が有賀の目に伸びる。目突きだ。有賀は目突きを首と頭で掃う。掃われた逆の腕、肘を有賀の側頭部に打ち下ろす。念腕によって体を支えるダークは、ちょうど宙に浮いているのと同じ状態だ。

 有賀の頭部に対しての集中攻撃。懐に入り込めば、体の小さなダークの方が自由度は上だ。ダークには動きを外部から補助する念腕がある。

「ガオオッ!」

 たまらず有賀が跳び上がる。鈍重そうな外見に似合わない跳躍力だ。

 ダークは冷静に体を地に下ろし、拳をひく。狙いは腰部のメタルプレート。有賀の体重を利用してメタルプレートに攻撃を加えようというのだ。

 タイミングを合わせて拳を繰り出すダークだったが、有賀の猛烈な蹴りによって遥か遠くまで飛ばされていた。

 タイミングを一瞬だが外されていた。

 有賀は尾を地面につきたて、自分の動きを止めていたのだ。それによって生じたのはほんのわずかな隙だったが、有賀は十分な余裕をもってダークの攻撃を切り返した。

 ダークに向かって歩こうとしたところで、有賀は脚部に鋭い痛みを感じた。足に無残な傷がある。引きちぎられたような汚い傷口だ。

「ペッ……」

 ダークが牙を開いて体液を吐き出す。吐き出した飛沫には肉片がまじっていた。

「ねえ……普通、オレたちのレベルの戦いで噛み付きまで使うかな?」

 呆れたように有賀が愚痴をこぼす。足は復元をはじめているが、わざとらしく足をふってダークにアピールしている。

「遠慮せずにあんたも使ったらいい。ルールなんてない」

 ダークは冗談めかして言っているが、確かに、どちらかといえばフルカフルト種の口の方がそれに適している。

「なるほど。しかし、そうなるといよいよわからなくなってくるね。どちらがアーロイドらしいのか、どちらが人間らしいのか。オレたちらしさとは、一体何だろうね?」

「それ、重要か?」

 意外にもダークの気分は晴れやかなものだった。

 その理由は明白だ。武器もなければ仲間もなく、代わりに何に囚われることもない。圧倒的不利を条件に、何をしても許される。実力差など承知の上で、何もかもから解放されているのだ。

 有賀が円形の台から降りる。ダークが体勢を整え、構える。

 二人の目つきが変わる。どうやらここからが本番らしい。

 有賀が尾を、ダークが念腕を使い、激突する。お互いの体が浮き、それをお互いで押さえ、再び激突し、今度は地面に沈む。

「オオオッ!」

 やはり力で劣るダークが、今度は念腕を腕に重ねて殴りつける。有賀はそれを体重で受け止める。攻撃に体当たりを加える状態だ。 

 威力が相殺され、そこに有賀が付け入り、尾でなぎ払う。有賀の尾が地面を掠め突風を起こす。

 砂埃の中、有賀は自分の後ろで金属が引っかかれるけたたましい音を聞いた。

 ギリギリで有賀の攻撃をかわしたダークの反撃は、自身の瞬発力に念腕の補助を加えた必殺の蹴りだった。

 砂埃を切り裂いて、ダークの蹴りが有賀に突き刺さる。

 有賀は意外そうな顔をしていたが、すぐにそれが苦悶の表情へと変わった。

 明らかに威力が増している。

 力の差はある。確実にある。しかしそれはラルスと戦った時ほどではない。ダークはそう実感する。

 身体能力か、技術か。それとも、イレブンをも上書きした『リマージェン』によるものか。

「今のは、たとえばラルスには通じなかったんだけどな」

 ダークが再び念腕を広く伸ばし。全身で有賀に向かい、今度は拳を突き出す。威力は蹴りに劣るが、足が自由となる分小回りの利く技だ。

 数度の追撃の後、ダークはその攻撃の軌道を変える。有賀のほぼ真下に位置し、念腕と脚力をすべて地面に向ける。

「だあぁっ!!」

 ダーク渾身(こんしん)の拳が有賀の顎を完全に(すく)い上げた。

 金属音が響いて有賀の牙から火花が散る。

 打ち込んだダークの腕が一瞬だが(たわ)むほどの威力で、二人は空高く浮き上がった。

 しかし、そのまま攻防は続く。

 有賀は尾を使い、ダークは念腕で、空中で体を捻り、向き合う。

 有賀の口が開かれ、ダークの打ち込んだ腕と逆の手が開かれる。それぞれから刃にも似た鋭い閃光がほとばしった。

 原質力の体外放出。光の砲。

 二つの光の砲がぶつかり、炎そのものと言える熱風が墓の全景を照らし出した。

 光の砲の余波と衝撃で二人が遠く離される。

 有賀は旨そうに煙を吐くだけだったが、ダークは念腕による保護がないまま光の砲を放ったため、腕を燃え上がらせていた。

 それでもなお、向かい合うモノども。

 新しい門出を祝うかのようにその腕を高々と掲げ、ダークは目を(つぶ)る。念腕が両腕を覆ってゆく。そして、表現体から掬い上げた原質力に、まだ炎の残る手を、隠すように被せた。

 有賀が大きく息を吸い上げる。煙が吸い込まれ、喉の奥から光があふれてくる。すると、胸に何かがつっかえているかのように首を(きし)ませた。

 先ほどのような、ただの原質力の体外放射ではない。念物質で集中し、高い指向性を持たせた本物の光の砲だ。

 閃光が閃光を切り裂いて、引き裂いて、なにもかもズタズタに刻んでゆく。

 合わさった二つの光の砲が一つの巨大な火球となり、渦巻き、火柱となって激烈に立ち昇った。


 熱の奔流(ほんりゆう)が凄まじい音を響かせたが、二人はまるで静寂(せいじやく)の中にあるように、()ぜた光が(たた)える中にいた。何もかもが停止して見える。

「ここに立っていると『霊物』を感じないか? オレは恐ろしいよ、あの者たちが我々を見ていると想像するだけで震え上がる」

「わかるとも、おそらくはあんた以上に。だが、ならばなぜメタルプレートを使う? それが『霊物』の監視装置であることは知っているんだろう? 委員長は反対しなかったのか?」

「最初はしたとも。だが、聞く耳もたなかった。この恐怖を真に理解できる者は少ない。委員長はずっと一人でその恐怖に耐えてきた。『核付き』とは委員長とその恐怖を分かち合う者のこと。だからこそ意思を代行できる。だからこそ野心がない」

 原質力の熱の中、お互いに確かめ合うように言葉を交わす。

 やがて閃光が炎に変わり辺りを包んで、二人に煤が降り注いだ。

 辺りには、墓から剥離したらしい欠片がキラキラと舞っている。

「分かち合える仲間、か……」

 『霊物』への恐怖こそがすべての始まりであり、この戦いの理由。それは、メタルプレートを追ってきたダークとて例外ではない。

 だが、有賀に勝てたとして、メタルプレートを処分したとして、すべての問題が解決するだろうか。

 そんなはずはない。

 ダークがここに来たのは、もっと別の、『霊物』よりも大事なものがあるからだ。

 ダークは、自分は(すが)っているだけなのかもしれないと考えていた。

 敵対。それも共感を伴った敵対。ダークにとっては、それだけが唯一の他者との関係なのかもしれなかった。

 決して近寄ることはできず、相容(あいい)れることもできず、それでも視線を逸らすことができない者の、これは惨めで哀れな自己顕示。

 ダークの表現体が輝き、念物質が光を発し始める。

 ポイント-ブランクの発動。

 最後に夢を見よう。生命に役割を定めてしまったが故の、決して覚めることのない悪夢。

 それは、永劫の時、誰もが知らず知らずに追い求める、絶対という名の矛盾。

そこにあるのは恨みでも憎しみでもない。

響き渡る魂の咆哮が鳴動を起こし、伝播する。

原型を浮き上がらせながら衝突する連星。

ここにあるは、いついかなる時代でも行われる贖罪と請願だ。


次回、ハンドルエクス・ダーク第25話『亡びの夢』

暗闇への審判が、今、下される。

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