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ハンドルエクス・ダーク  作者: 千代田 定男
第五章 白き亡者編
23/26

第23話 舞い降りて

23・舞い降りて


「なんだ? 奴らか?」

「全く不明、アンノウンです」

「警戒態勢をとらせろ。いきなり攻撃はないと思うが」

「了解。あの、情報部からは何か?」

「ないよ」

 空を飛ぶ希望隊の輸送機は何者かの機影を捉えていた。

 不思議にもそれは単機で、また、所属も機種も不明であった。

 希望隊の目的はハンドルエクスである。正確には、ダークの持つメタルプレート、だが。

 メタルプレートはマインド能力共鳴装置に必要なものだ。これを使用すれば、人間そのものを燃料として、対象のマインド能力発現に干渉することができる。互いの精神状態が大きく関わる使用条件の厳しいものであったが、『核付き』に対抗するのに有効な手段であった。

 ただ、ダークの手にあるうちは、メタルプレートは希望隊にとって優先度はそこまで高くなかった。無論、最終的には希望隊にとっても必要となるものなのだが、肝心の『核付き』は残り一体であったし、その動きは知れないのだから、闇雲に手を回すだけ無駄なのだ。

 希望隊は忙しい。彼らの行動のすべてに、先まで考えた誠実な仕事が求められているからだ。ベタナークが動かなければ、ダークもメタルプレートも、もうしばらくは放置されていただろう。

 『核付き』とダークの戦闘はすぐに発見された。

 すでに希望隊はベタナーク関連についてすべてに優先する権限を持っている。ここで邪魔はないはずであった。ベタナークにその気があれば、希望隊の出動前に何らかの行動を起こしていたはずだが、それもなかった。

「アンノウンだと?」

 操縦席にあがってきたSZU兵が聞く。

「はい。ベタナークでしょうか」

 SZU兵は、キベルネクトにつながる端末を触って、自分に情報を映して状況を確認する。

「ありえん。第三勢力……考えづらいがそれしかない。なら、交戦になるな」

「冗談でしょう? 町の上ですよ?」

「いいか? 撤退は認可できない。最悪の場合は積荷だけでも降下させろ」

 SZU兵がそう言ってから間もなく、それは接近してきた。

 それはあっという間に交戦空域に入り込み、そのまま通り過ぎるかと思われたが、輸送機の近くまで来ると急制動をかけた。さらにそこから後ろに下がると、輸送機の下を自在に動き回った。

 常軌を逸した空中戦闘機動だった。機械の出力をもった鳥のように自由自在に飛び回る。とてもではないが、人間にできる動きではない。

 それは、今までに見たことも聞いたこともない機体。しかも、飛行物にしてはかなり小さい。 

「こちらはヒーエス所属のオーバーボディだ。希望隊、応答せよ」

「ヒーエス? それに、オーバーボディだと!?」

 輸送機の機長が通信に答える。映像通信だ。しかし、その操縦者の顔はヘルメットで見えず、かろうじて声から女性だとわかるだけだ。

「……所属不明機、なんの用か?」

 SZU兵が通信に割り込む。

「ヒーエス所属のオーバーボディだと言っている。住民のいる地域での戦闘は看過できない。即刻退去されたし」

「ここでやるつもりはない。君が邪魔をしているだけのことだ。今すぐ航路をあけろ」

「ハンドルエクスだけではなく『核付き』も相手にするつもりならば、この辺りまで影響が出ることは必至だ。白々しいぞ、トマイ」

 SZU兵がヘルメットをとる。この作戦の指揮をとっていたのはトマイだった。

 メタルプレートのこともあったが、ダークと決着をつけ、後顧(こうこ)(うれ)いを断つのが真の目的だった。それも、マインド能力共鳴装置なしで。

「ヒーエスとは?」

「反希望隊組織」

「母体はサイホ軍か? ベタナークの技術を継承するつもりだな。そうなるとあの人も無関係ではないだろうな……まあいい、君も顔を見せたまえレイチェル。隠していても声でわかる」

 トマイもまたオーバーボディの主の正体を見抜いていた。そして、彼女の行動が本気で、しかも友好的ではない理由も承知していた。

「……先ほどお見せした通り、オーバーボディ・レンジアルの空間戦闘力は、そちらを凌駕している」

 レイチェルの言葉がトマイの話を(さえぎ)る。トマイと会話する気はないらしい。

「積荷を投下しろ」

 トマイが指示を出す。子どもじみた報復にも見える行動だ。ともかく、レイチェルを意識しているのは間違いない。

「ここで!? 危険です!」

「投下しろと言ったんだ、復唱しろ」

「……了解。積荷を投下します」

「トマイ、見損なったぞ」

「どうも。僕が君を見損なうかどうかはこれから決まる……町を火の海にしてでもやるつもりか?」

 トマイの厳しい目つきは、まるきり敵を見るものだった。

 投下される積荷とはアーマードベースのことである。輸送機の高度が落とされ、民家の真っ只中に投下されることになる。それだけでも被害が出かねないだろう。

「貴方は正気じゃない。そこまでしてベタナークと殺し合いをしたいのか? もっと別の方法もあるはず」

「それは君もだ。それに……知れば誰でもこうなる。僕は僕の仲間を集め、やらなければならないことがある」

「なら、やはりここで貴方を討っておかなければならない」

 通信はそこで切られた。どちらも退く気はないようだ。ピッタリと同じ距離を保っている。

「あの動き、本物のオーバーボディだ……どうやって対応している?」

「降下に入ります」

「良し」


―――


 町に炎が上がる。平穏があまりにも簡単に崩される。

 理由はあるのかもしれない。往々にして理由を持つ者だけがそれを行うからだ。しかし、どれほどの理由があろうと、相応しい理由など存在しない。

 人の手によって起こされたものならば、いかなる理由であろうとその戦いは短絡的と断じることができる。

 なぜならば、それを誰が許し、誰が認めるというのだろうか。誰かが許し、誰かが否定する。ならば、そこに正解はない。立場の違う者によって評価が変わるということは、そこには常に最低の評価も寄り添っているということなのだ。

 事実の前では、奪った者は奪われた者に対して、命を捧げても決して対等にはなれない。しかし、歴史ですらが、真実を、事実だけを残せない。それを評価するのも人だからだ。

 だが、この卑劣で残酷な理屈は、逆の場合にも当て嵌まる。

 その日、町に上がったその炎は、感情を伴ったものと、感情を押し殺した冷徹な判断によるものの両方だった。これが誰にどう評価されるのだろうか。誰が許し、誰が認め、喪われた者たちにどう報いるのだろうか。


―――


「わかっているぞレイチェル。その体、ハイン博士によるものだな。彼女をどう騙したのかは知らんが、人生を捨ててまで力が欲しかったか? 復讐のための力が」

 トマイの乗るアーマードベースが道を疾走する。

 まだ多くの逃げ遅れた人が町中に見られる中、容赦のない戦闘が行われる。

 レイチェルのオーバーボディによって瞬く間に輸送機隊は叩き落された。残されたのは降下した積荷、つまりアーマードベースである。

「なぜサイホを実験場まがいにした!」

 HEカノンがトマイに降り注ぐ。小型化した誘導式のものだ。しかし、トマイはすべて回避して見せる。

「あるマインド能力の素養に関わる因子が色濃くある場所だからだ」

「必要なかったはずだ! ベタナークともアーロイドとも、もう五分で戦えるのに! 貴方は必要のない絶望を振りまいた!」

「君たちがそれを言えるのか? あのアーロイドは君たちによるものだろう。初めからこの町を焼くつもりだったくせに」

 トマイを除いたアーマードベースやSZU兵は二人の戦いに入ることができなかった。少数ではあるが、アーロイドの集団に急襲されていたからだ。

 そのアーロイドたちはゼンドではなかった。ヒーエスと名乗るレイチェルらの組織によって、違法的に作られたのだ。

「あんなものは必要ない。ベタナークも君たちも必要ない。全部僕に任せておけばいい。レイチェル、僕が皆を導く」

「誰かが駄目で、誰かだけが良いなんて、そんなことがあってたまるか! そんなこと、いったい誰が決めた!」

「誰がどうという話ではない、これは必然だ……ただ、そうだな、誰でもないが、しかし、この流れをつくったのは確実にハイン博士だろう。君にその力を与えたハイン博士その人だ。人類は皆同じ悪夢の中にいるんだよ」

「ハインド博士が命を賭けてまであの組織を裏切ったのは、貴方の言うようなことのためじゃない! 人々を悪夢から覚ますためだ! 開放するためだ!」

「ならば君も縛るな! 自分たちを感情で縛り付けているのは君たちだろう!」

「むごい奴……! こうしなければサイホは消えていたんだ!」

「僕だってサイホのことは悪いと思っている。それこそアッキス司令には合わせる顔もない。だが、世界すべてがサイホと同じなんだ。ベタナークという大きな支えを失えば必ずそうなる。だから今は耐えて、もっと強い力を蓄える必要があるんだ。それができた時に、世界だって、サイホだって救える」

「よくもぬけぬけと! それが詭弁じゃないとサイホの人々の前で言えるか!?」

 建物を盾に使い、牽制のために弾をばら撒く二人の戦い方が、少なくない死傷者を出してゆく。

「僕は既に『仮想敵』との戦いを視野にいれているんだ。君のように知らないフリをして当り散らしている暇はない。『カートリッジ』がもっと必要なんだ」

「サイホの人間を玩具にして、そこから生み出される使い捨ての人間がか! 貴方を慕っていたアイカワのように、貴方は何もかも使い捨てにする気なのか!」

「イレブンのような『霊物』どもの兵器には唯一有効な手段だ。他に何がある? 僕たち人間に、他に何がある?」


 避難所になっている小さな建物にまで戦いは及んでいた。中にいた人々は、建物を挟んで対峙する二つの機影に絶望した。

 誰も、逃げることも足掻くこともできなかった。人々には、わが子を抱きしめることしかできなかった。寄り添うことしかできなかった。祈ることしかできなかった。

「ねえ、何か来るよ。凄い何かがこっちに向かって来るよ」

 大人たちに促され、目を瞑る子供の耳に、遠くに(とどろ)く声が届いていた。

 二体の兵器から放たれた武器が建物を巻き込んで爆発し、すべての声を掻き消して静寂に包んだ。

「……ねえ、ほら、あれだよ」

 建物に舞う砂埃の中、沈黙を子供の声が破った。

 建物の上に(たたず)む者がいた。宙を浮くマシンの上に立ち、白い服の隙間からは黒いぼろきれに包まれた顔がのぞいている。

「ひ……!」

 人々はその者に怯えた。恐れた。左腕は無く、体中がボロボロだが、しかし、その姿は力強い。

「ハンドルエクス!」

「シオナシ!」 

 外で戦っていた二人、トマイとレイチェルが同時に叫ぶ。

「生きていたのか……しかし……」

 トマイがいぶかしげにダークを見る。トマイはわざわざ操縦席を開放し、身を乗り出している。回り込んできたレイチェルがそれを見てキャノピーを開けた。

「なぜこんな所で戦っている!!」

 ダークの叫びに呼応するように、隙間から見える念物質がざわついている。

「……これは彼女が仕掛けてきたものだ。僕に非のあるものではない」

「シオナシ、トマイをやれるチャンスはそう多くない! 邪魔するな!」

「おまえらそんな下らないことで何人も巻き込んで殺したのか! 同じ人間だぞ!」

 ダークの中では、自分の感情と、二人への感情を解決できずに渦巻いていた。それでも、眼下で怯える人たちの代わりに怒ることはできた。

「勝つためだ。これまでの戦いも、この戦いも、これからの戦いも、すべて僕が勝つ。そして『霊物』との戦いにも勝つ……丁度いい、今ここで君にも勝利して、僕にその資格があることを示してやる」

「あのハイン博士の手紙は、おまえ宛てのものだったんだな」

「……そうだ。僕はすべてに勝利しなければならない。だが、もうあの人は関係ない。人類はその命を束ねて、まるごと力に換えなければならない」

「人間は貴方の踏み台じゃない!」

 たまらずにレイチェルがトマイに反論する。

「君の口からそんな言葉が出るとはな。今までの戦いを思ってみるがいい。知っていながら、すべてをわかっていながら、ベタナークの思うがままにさせていたのは誰だ? 争いをうみ、アーロイドをうみ、人類という種を危険に(さら)したのは誰だ? 他でもない人類自身だ! 誰かがその悪徳を修正してやらねばならない!」

「その人間のために戦ってきた! 守るべき者のために戦ってきた! 私たちはみんな人間だったからだ! アーロイドだってそうだ……貴方もそうだと信じていた! 能力のある者がすべて決めようというのなら、ベタナークとなんら違いはない! 貴方はただの独裁者だ!」

「ああレイチェル、君だってそうじゃないか。君は行動を起こすためにさらなる能力を求めてそうなった」

「こんなものが人間の希望となるものか!」 

 ダークは打ち震えた。

「貴様ら……言いたいことはそれだけか!」

 耐えられなかった。誰もが相手を見ていない。

 二人には拒絶しかなかった。大局的な視点ではあるだろう。しかしその結果、どちらもが個人の領分に入り込み、踏み荒らしている。ダークはそう強く感じ、許せなかった。

 叫んだ次の瞬間には、ダークはもうレイチェルに肉薄していた。ダークが羽にあたる部分を蹴る。十分な威力をもった蹴りだ。

「クッ……!」

 レイチェルの反応はそのまま機体に反映される。それは反射でも適応されていて、ダメージを最小限に抑えた動きを選択する。

 ダークは思わぬ感触に驚いていた。レイチェルのオーバーボディは、金属でできているとは思えない柔軟さで衝撃を吸収したのだ。

「生き物……?」

「そう、これは私の『体』!」 

 攻撃を仕掛けた羽でダークは反撃を受けた。

 ダークが地面に落ちる前にエンドローダーが足場になる。エンドローダーはダークの動きを追うように設定されていた。

 体勢を立て直そうとした時、エンドローダーの下、足元から銃撃が来た。念物質が弾を防ぐ。

「おお! サイコマター! やはり君は!」

「トマイ、貴様、委員長とグルだったんだな。貴様は委員長の目的である『次代人類』だった。全部、全部、おまえのためだけに……!」

 ダークが首だけを横に向け、やや後方に位置するトマイに問いかける。

「……それは違う。僕は自分で気付いたんだ。それでも、すべてを知ったのは中央島あたりでだった。しかしな、あの人こそ踏み台に過ぎない。愚物さ。僕を軽く見すぎた。『次代人類』だって? ハッ! 妄言だ!」

「皆を騙していたな!」

 念物質の間から覗くダークの目が鋭くなる。

「騙す? 騙すだと? 『霊物』は今の人間では乗り越えることのできない絶対の悪夢だ! その対策のために造られた組織の長までもが、自分たちでは無理だと判断したんだぞ! 奴らこそ役立たずの詐欺師だ! そんな奴らがほざく『次代人類』を本気で信じるのか!? そんなの絶対にお断りだ! 『次代人類』だけが『仮想敵』に勝てる希望だと!? 僕がそうだというのなら、あの役立たずどもに代わって、僕が委員長になってやる! 誰かがやらねばならないなら僕がやってやる!」

 レイチェルもダークも、ここまで怒りを露にしたトマイを見るのは初めてだった。

「委員長の目的とはなんだったんだ?」

「……奴らがハンドルエクスに人格を与えた理由がわかるか?」

「知るか」

「精神の変化を見るためだ。『リマージェン』を起こす条件を探っていた。つまり精神遺伝特性が発揮される条件だ。君の精神を調べることでそれがわかった」

「俺はことごとくサンプルなんだな。それで、どうやってモニターしたんだ? イレブンへの覚醒を見てどうなる?」

「キベルネクトシステムだ。あれが君に適合する理由は、そもそもそのシステム自体が、君のイマジネクト制御器という器官を参考にして造られたものだからだ」

「……待て、ならばキベルネクトシステムに適応する『次代人類』とはなんだ?」

「マインド能力の高い素養を先天的に持つ者がいる。それらのうち、君と同じく精神遺伝特性を持つ人間のことだよ。言わば兄弟さ。世代を超えて記憶や人格、経験などの精神を継承していくことができる。ただ、それが実証された例は今までなかった。遺伝した精神情報を呼び覚ます方法がわからなかったんだ。しかし、それさえわかれば人の手によるコントロールが可能だ。例えば、マインド能力共鳴装置のようなものによってね」

「まさか、そのために……」

「そう、イレブンが重要なんじゃない。イレブンの『リマージェン』こそが重要だった。君の『リマージェン』の過程を参考に、『次代人類』の精神遺伝特性をコントロールする。つまり、君のせいで僕は『次代人類』として羽化させられそうだったのさ。もちろん拒否したがな」

「委員長の目的は、教育することが困難な錬度の継承、か……いつからそんなことを?」

「かなり早いうちからと聞いた。イレブンが見つかり、君やアーロイドが造られた。しかし、それでは駄目だと気付き、精神遺伝特性に目をつけた。そして、君と、組織と、我々までをも利用して、『次代人類』である僕にたどりついた。しかし……」

「しかし、おまえは手駒になることを拒んだ。逆に、自らが指導者になろうとしている」

 ダークが続けてレイチェルに顔を向ける。

「君もだレイチェル。その体、もう人間じゃない。アーロイドでもない」

「わかるんだな。そうだ、私はもうレイチェル=サインじゃない。私はブルーダスト」

 レイチェルは人の体を捨てていた。機械の服に見えるものは、それがそのままレイチェルの体なのだ。名前も捨てた。今はブルーダストというただのコードネームで呼ばれている。

「道中でサイホの艦を見かけた。アーロイドはそこから出ていた。ヒーエスだか知らんが、仲間をアーロイドに変えてまで何をする気なんだ」 

「今あるすべてを肯定する。肯定できる世界をつくる。そのために、否定する者すべてを除外する」

「その言葉に矛盾が含まれているのを気付いていながらか? それではただの開き直りだよ」

 トマイがレイチェルにくってかかる。

「少なくとも僕は、理由なく犠牲者を出すほどには独善的でない。この状況をよく見ろ。罪のない人が無意味に死んでいる。この地獄は『それ』がうみだしたんだ。人間であることを捨てた『それ』が」

「勝手なことばかり! 貴方がそうさせた! 貴方はいつも周囲にそうさせる! そうなるように動いている癖に!」

 レイチェルがトマイに攻撃を仕掛ける。ダークはそれを消し飛ばして地面に降り立った。

「シオナシ! 邪魔をするな!」

「そう、君はここにいる資格すらない。『次代への舵』はベタナークの夢想に過ぎなかった。そして夢はもう終った。現実という覚めない悪夢がはじまったんだ」

「違う! 貴方が悪夢を見せている! 亡びの夢を!」

「そうとも。見てもらわなければ困る。万が一にも『次代人類』などという世迷い言に惑わされないように。自分たちの力で乗り越えるために」

 トマイが反撃しようとしているのを見て、ダークがアーマードベースにとりつく。

「はあっ! てやあっ!」

 アーマードベースの、機関砲のついた腕をもぎとる。

「あの建物には人がいるんだぞ!」

 ダークが操縦席にいるトマイに掴みかかる。トマイの顔はSZUのせいで見えないが。鼻で笑うような声が聞こえた。それがどうしたとでも言わんばかりだ。

「貴様らがそのつもりなら!」

 ダークはアーマードベースからトマイを引きずり出し、レイチェルに顔を向ける。

「俺は貴様らとも戦うぞ!」

 トマイがダークを掴み返す。

「やればいい! おまえは人類の敵として造られたんだ! おまえを造ったベタナークですらがおまえの味方ではない! おまえの味方はこの世のどこにもいないんだ! おまえを受け入れる者がいるとしたら、それは『霊物』だけだ、ハンドルエクス!」

「……万人に受け入れられる貴様が何をしたか! 貴様にすべてを捧げたアイカワさんを、貴様はどうした!」

「受け止めたとも! 彼女が捧げたすべてを、僕は受け止めた! この重み……おまえたちには絶対にわかるまい!」

 こうして、戦いの理由というものは希薄化してゆく。

 誤解といえば誤解なのかもしれない。だが、複雑化した関係に誤解がうまれないわけはないのだ。

 『仮想敵』と戦うべくうまれたベタナーク委員会だったが、その委員長自身がベタナークに、アーロイドに見切りをつけた。

 しかし、委員長の望みを託されたトマイは従わなかった。『次代人類』などに関係なく、ただ自分が人間を率いようとした。

 レイチェルはそれに反対した。今あるすべてを必要と考えた。自分は人の体を捨て、仲間はアーロイドとなり、その上ですべてと戦おうとした。そうすることで示そうとした。

「……確かに、おまえたちの言う通りかもしれない。俺はこの世界のために、何をすることもできないだろう。だが、巻き込むな。必要な犠牲なんてものを、誰かが決めてはいけない」

 ダークはトマイから手を離す。トマイとレイチェルは、より多くの者のために生贄(いけにえ)を集め続け、その一番先頭にことごとく自分を選んでいる。そして、そんな二人を、ダークが心底憎めるわけもなかった。

 遠くから空気を切り裂く音が聞こえる。実際には聞こえない音を、この場にいる者達は聞くことができるのだ。

「戦闘機か……!」

 レイチェルがレンジアルを傾ける。母艦からの情報からも、希望隊ものであることを示している。

 ダークから光が発して、遠く空に伸びてゆく。残った腕で光の砲を放ったのだ。 

 それは、遠く離れた戦闘機から目視できる場所を通過していった。

「レイチェル、トマイ、頼むからこれ以上ここで戦うな。『核付き』はここにはいないし、もうメタルプレートもない」

 ダークがエンドローダーに乗り込む。

「……戦闘機の標的は初めから君だ。僕が呼んだんだ。忘れてないね、君はベタナークのアーロイドとして扱われている。今ので君は問答無用に攻撃される。僕は、必ず君をこの星から消すぞ」

「かまわん」

 エンドローダーが地面から離れてゆく。この場所から離れるつもりらしい。

 レイチェルがエンドローダーに近づく。

「さっきの、わざと外したな? あの戦闘機を連れて、ヒーエスの母艦まで行くつもりだね?」

「退かなければそのコースをとる。見つかれば厄介なことになるだろう? 君も退かざるを得ない」

「その後は?」

 レイチェルが聞く。他意のない質問のようだ。

「硝子の渓谷、だな」

 トマイがアーマードベースに向かいながら指摘する。

「ああ」

 トマイもレイチェルも、もう多くは語らなかった。

「全部終わらせる。それからのことはおまえたちで決めたらいい。俺にはないが、おまえたちにはその資格があるのだろう。だが、そのおまえたちというのは、人間すべてのことだ」

 エンドローダーで高度をとりながら、ダークが二人に話しかける。

 レイチェルが何かをダークに投げる。受け取って、それがペンダントだと気付く。母子像の彫られた、温かみのあるペンダント。

 ダークはそれを操縦席に仕舞った。

「ありがとう」

 誰にも聞こえない声で呟き、ダークはエンドローダーを発進させた。

 しばらくして、空いっぱいに爆音が鳴り響き、それは、爆光が日の出にまぎれるまで続いた。

終の局面来る!

漆黒の覇王と紅蓮の暴君

どちらが勝てば次代につながる?

どちらの勝利が時代をうみだす?


次回、ハンドルエクス・ダーク第24話『永遠に眠る』

暗闇への審判が、今、下される。

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