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ハンドルエクス・ダーク  作者: 千代田 定男
第五章 白き亡者編
21/26

第21話 孤独

21・孤独


 香月は案内された部屋でうなだれていた。簡素な部屋で、やけに寒い。

 ずいぶん長くダークの話を聞いたが、そのほとんどが信じがたい内容だった。

 かつて存在し、いまだこの星の監視を続けている謎の存在『霊物』。

 『霊物』の軍事力を『仮想敵』として、対策のために用意された国際枢密委員会ベッティングアーク。

 『霊物』の技術を用いて生み出された、対『仮想敵』用次世代兵士プログラム・アーロイド。

 ベッティングアークの組織からうまれながら、反乱を起こした希望隊員イユキ=トマイ。

 これらの戦いの狭間に、『仮想敵』イレブンのレプリカがあった。すなわちハンドルエクス。

 もはや、これらすべての裏をとることは不可能だ。

既に対ベタナークに世界が動いている。この複雑に絡まった紐を解くことは何者にもできないだろう。

 しかし、香月にとって最も重要だったのは『核付き』である。

 『核付き』の有賀というのが自分の知る友人と同一人物だと確信していた。ダークの話す有賀の特徴は友人に似ている。しかし、それを抜きにしてもありえることだと香月は思った。

 香月の知る有賀は不思議な男だった。尊大だが、それでいながらどこか未熟にも見える男。

 香月と有賀は兄弟のように育った。何をするにも一緒で、同じ学校に進み、同じ趣味を持ち、同じ時間を過ごした。

 大きくなった彼らは『霊物との邂逅(かいこう)』活動の研究を行った。趣味的なものであったが、その中で、わずかではあったが新しい発見もした。

 香月にはそれで十分だった。二人で見つけたものだけで十分だった。しかし、有賀は違った。

 ある時から、有賀は神秘主義的な思想を口にするようになった。実在するのかもわからない物語を口にし、荒唐無稽な話もするようになった。それどころか、『霊物との邂逅』活動それそのものを行いはじめたのだ。

「人類の明日のために」

 いつの間にか、それが有賀の口癖となっていた。

 香月は有賀が心配だった。有賀は思想に飲み込まれたわけでなはく、恐怖に(おのの)いているだけに見えたからだ。

 そして、ある時に有賀は姿を消した。姿だけではなく、有賀に関するあらゆる情報がこの世から消えていた。

「ヨウタロウ……」

 なぜ自分は『霊物』に気付けなかったのだろうか。なぜ有賀を信じてやれなかったのだろうか。香月はそれが悔しかった。

 ダークの言っていたことが事実ならば、有賀は、自分を置いて一人で『仮想敵』に立ち向かったとも言える。それが悲しかった。

 そして、メタルプレート。

 『核付き』の持つ、現在存在する唯一の原質力抽出装置であり、様々な機能を持つ『霊物』の残した監視装置でもある。ダークはそれを狙っている。

 眠れなかった。

 部屋を出て、歩きまわっていると明かりが見えた。ダークが装備のメンテナンスをしているようだ。

 その殆どは見たこともないものだった。専用のSZUという、あの白い服と同じ出どころだろう。

「眠れないか」

 こちらに少しだけ顔を向けてダークが聞く。ばれないように窺っていたつもりだったので香月は驚いた。

「ん、ああ」

「約束通り明日にでも情報はもらうぞ」

「もし、ヨウタロウ……『核付き』の居場所がわかったとして、どうするつもりだ?」

「メタルプレートを奪い、委員長の居場所を聞き出す」

「殺すのか?」

「フッ、ハハッ……! 殺すだって? こっちが殺されて終わりだろうな」

「え?」

「今までに『核付き』とは二回戦った。どちらも並みのアーロイドとは一線を画す、超のつく怪物だったよ。勝てたのはただの偶然と、忌まわしいイレブンの力があったからだ。そして今だからこそわかる。アリガはその二体をも凌駕する最強のアーロイドだ」

「でも、でも確か『核付き』はイレブンと同等の性能って……アリガはそれより強いのか?」 

「俺は『解像』機能に異常をきたしていて、肉体が崩壊しはじめている。最近わかったことだが、どうもイレブンとしての情報を失いつつあるらしい。ハンドルエクスはイレブンの器だ。その情報の消失は、つまりはハンドルエクスの死を意味する」

「…………」

「安心したか? もう寝ろ」

「安心だって?」

「アリガは、死なない」

「俺はただ、アリガにもう一度……それに、あんたもハインド博士って人ならきっと」

「もういない」

「いない?」

「ここに戻った時、ハイン博士はもういなかった。この戦闘服や改修されたエンドローダー、それと少しばかりの物資が残されていただけだ」

「どうして?」

「さあな。おそらく役目が終わったのと……言っただろう? よくあることだ。とにかく、もう寝ろ」

 香月は、少し怒気の含まれたダークの声を聞いて一度は部屋に戻ろうとしたが、気が変わり途中で戻ることにした。

「どうした?」

「アリガの情報の出どころは、レイチェル=サインとかいう人物からだ。何者かは知らないし、本名かもわからない。ソーラ研で情報収集をした後、その情報提供者を通じて、レイチェル=サインという人物から資料が送られてきたんだ。もちろん送り元を探ったが、無駄だった」

「……レイチェル=サインというのは本名だ。大全堂事件でナイトドリーム側の責任者だった」

「なんだって!」

「わかった。そうだったか……カツキ、あんたはもう好きにしてくれていい」

 ダークは一人納得したように部屋の奥へと歩いてゆく。

「待ってくれ! どういうことだ!」

「……明日、もう少し詳しく教えてやる。それを聞いても気が変わらないようだったら、今のことも説明してやる」

 一人残された香月は、棚に、他の物と比べれば見慣れたものがあったので、悪いと思いながらもそれを拝借して部屋に戻った。

 

 朝起きて、用意されていた味気ない食事を済ます。ダークの姿が見えなかったが、なにかしら音が聞こえている。

 音の方に向かう。昨日乗ってきたマシン、エンドローダーを整備しているらしかった。

「おはよう」

「ああ、おはよう。飯、まずかっただろう。悪いな、料理は不得手だ」

「ん、いや……」

「あんたを襲ったあのアーロイド、レオノクルツ種はサイホ軍が長年追っていた相手だ。なんでも、委員会直属だとか幹部候補だとかいうのだったらしい。これで、委員会はもとより、獲物を横取りされた希望隊も無視はできないだろう。必ず行動を起こす」

「そうか……それで、どこか行くのか?」

「いいや、準備しているだけだ」

「なんのだ?」

「これからのための、だ……さて、状況を教えてやる。まず、世界は間違いなく対ベタナーク時代へ入る。その実情は極めて不安定だ。大全堂事件は、公には俺が四社のトップを襲撃した事件となっているが、実際は違う。あの四社の人間こそ委員会だからな。いや、稲富重工と現在のソーラ研もグルだから、実質は六社か。ともかく、大全堂で、希望隊の実権を握る男と委員会との間で密約が結ばれた。事件はこれを隠すためだった」

「ベタナーク委員会は非公開の国際組織だったな。それに挑む国際軍希望隊。全世界を巻き込んだ大戦争になる?」

「いや、そうはならない。正面から戦えば希望隊はベタナークには絶対に勝てないからな。もはや戦力云々の話ではないんだ。委員会がその気になれば、世界の経済などあっという間に破壊することができるからな。それは近代文明を終焉を意味する」

「じゃあ密約ってのはなんだ? 勘弁してくれって土下座でもしたのか?」

「それなら可愛いんだがな。密約っていうのは、さっき言ったような事態にならないためのものだ。希望隊は、六社を含めて、特に委員会メンバーを容認し、情報を隠蔽する。代わりに、希望隊はベタナークから潤沢(じゆんたく)な資金と技術を供与してもらう。簡単に言うと、希望隊は敵の金で敵と戦う」

「なんだそりゃ、敵も味方もあったもんじゃないな」

「委員会に加減してもらわなければ希望隊は戦いにならない。希望隊にすべてを(さら)されては、委員会は計画に大きな支障を出すことになる。そして、あらゆる国が、この両方のどちらを切ることもできない。結果、密約のような落とし所になった。極論すれば、泥沼化することそれ自体が目的と言えるな」

「……最悪だな。その希望隊の『偉い奴』は、確かタルタ=エルっていう奴だったかな」

「違う。エルももちろん承知していることだが、彼はあくまで希望隊としての目的を果たすだけだ。この密約を交わしたのは、イユキ=ノイオス=トマイという実動部隊の責任者だ。こいつは隊内で、まるでフリーランスのように振舞っている」

 香月は迷っていた。すべてを聞きたいという思いはある。しかしそれは触れてはいけない物に触れることに他ならない。そうなれば、自分が有賀と会うことで、良くないことが起こる。

「委員会と委員長の間には意見の相違があるんだったよな」

「そうだ。性能比較試験においてだけ、だがな。委員たちは性能比較試験を不要と判断しているからもう俺には用がない。委員長は続行しているが、委員たちはそれに文句は言わない。そうだな、相違と言うより、平行して行っていると言った方が正しいか」

「希望隊は?」

「……よし、整備はこれでいい。休憩するから付き合え」


 ダークは椅子に深くもたれかかって深く深く息をついた。疲労によるものだけではないのだろう。

 ダークは静かに前かがみになる。なにか思案しているようだった。

 香月はそれを黙って待っていると、ダークが口火をきった。

「全部聞く気になったのか? 状況が良くなることはないぞ。今なら、ただ逃げるだけで解決するかもしれない」

「俺は、すべてを知りたい」

 香月の目に迷いはなかった。

「……レイチェル=サインと俺の関係だがな、彼女の親代わりを俺が殺した。それで、恨まれている」

「何があったんだ?」

「彼女の親代わりだったのは当時のナイトドリーム総司令ゲイリー=ノーマン。正体は『核付き』のテイントリム種」

「じゃあ、レイチェルっていうのはベタナーク?」

「レイチェルはナイトドリームの後を継いだが、それは組織ごと希望隊に(ゆず)るためだったんだ。ゲイリー=ノーマンの後継者だが、彼女は何も知らなかった。大全堂の時もな」

「けど、それは、騙されて……」

「だからだよ。その事実をレイチェルが受け入れやすいように、ノーマンは初めから、自分が敗れた場合は俺に殺されるつもりだった。事実、彼女はノーマンの正体を知った上で事態を受け入れた」

「その彼女がどうしてソーラ研経由で委員会の情報を流した? その密約に反するじゃないか」

「彼女は中央島で友人も失っていたんだ。ベタナークを許すこともまた、彼女にはできないだろう。性格だ。それでリークしている……ただ、その相手を選んでいるようだな。影響力より、関わりの深い人間が対象なんだと思う。感情に訴える。それが彼女の戦い方」

「つまり、アリガは……」

「あんたが探している友人と同一人物で間違いないだろう」

「それで、居場所は?」

「向こうから来る」

「向こうから? どうやって」

「この場所はとっくに知られている。レオノクルツ種を始末したことで、もう俺を放置はできないだろう。しかし、希望隊には密約があり、委員は積極的に俺に関わる意味がない。残っているのは委員長の派閥だけだ。しかし、その中でもベテランであったレオノクルツ種が、そもそも敗北したわけだから」

「残るは『核付き』だけ、か」

「他があったとしても、そいつもハイエクスペリエンスエネミーだろう。ともかく、聞きだす価値のある情報を持っているはずだ」

「アリガが、ここへ来る……」

「すべての派閥が見守る中、堂々とな」

 ダークは香月と有賀の関係は知らなかった。ただ、香月がここで有賀を待つだろうことは予想できていた。それが、話を聞くのに覚悟を求めた理由だ。

 実際のところ、レイチェルは香月を利用しただけだ。注目を集めさせた上で逃げなければいけないように仕向けた。人間を情報媒体として使うべく感情を利用した。レイチェルの罪はそこにある。

「ついでに言うとな、先日の黄流通信のルアン殺害もレイチェルの仕業だろう。この戦いは始まったばかりなんかじゃない。俺にとっては、もう佳境なんだ」

 ダークは何もかもを話す。

 すべてを知った今、香月は逃げない。ならば、このレイチェルの思惑の終わりは、不幸な結末を予感させるだけだ。


***

 

「皆、揃っているようだな」

 機械で加工された音が部屋に響く。

「おお……!」

 声を聞いてざわめきが起こる。

「お久しゅうございます」

「ここに」

「お待ちしておりました」

 挨拶を口にしたのは三人の男女。ベタナーク委員である。年齢も性別も人種もバラバラだ。委員会は、委員長を除いて、たったそれだけしか残っていなかった。

 三人が見つめる画面には影だけが映っており、そこから聞こえるのは加工された音声だけだ。

「クララベルンのことは残念だった……」

 しかし、委員にはそれで十分だった。影が見せる挙動だけで誰なのかわかったからだ。

「委員長殿に報告いたします。ベッティングアーク、全員召集いたしました」

 影が黙って(うなず)き、立ち上がる。それにあわせて委員も立ち上がった。

「諸君! 人類の偉大な歴史のために、ここに集まるよう私はお願いした! そう! 間もなく戦いの時が来る! その戦いとは、我ら人類という種を、自らの手で守るための戦いである! 『霊物』! この恐るべき敵は、人類史、いや、地球史上まぎれもなく最強の敵である! 数千年! そう、『霊物との邂逅』をはじまりとするならば、我々は数千年以上の時をかけて、この最強の敵と戦うべく備えてきた! 狼煙はあがった! そう遠くない未来に、この星は戦いに突入する! そして、時が来たならば、我々は勝つ! 人類の名において!」

――すべては人類の明日のために!――

 委員は、委員長の言葉に、一段と大きな声で応えた。

 部屋には中央島で見られたものと同じ装飾が見られた。優雅だが古めかしくもある。

 着席し、委員の興奮が収まるのを待って、委員長が再び話し出す。

「さて、『核付き』から話があった通りだ。性能比較試験を続行してはいるが、これは諸君の意見を否定するものではない。また、希望隊との条約についても認める。カドナリ、本日この場にて君を副委員長に任命する。『核付き』であったラルスとは違う目線で委員会をまとめよ」

「はっ!」

 周りからは拍手があがり、中年の男性は背筋を伸ばした。

「ソーラ、稲富、メディケイト、世界財団、ルナエレクトロ、黄流の主要六社は現状のままで良し。希望隊に限らずあらゆる機関への技術供与を許す。ただし、社会混乱を防ぐため、常に供与先の倫理を確認せよ。内々で争わせるな。これについてはクドッコにまとめて一任する。これは、我々の資産を世に出すためであり、責任は重大であることを認識してほしい」

「お任せください」

 またしても拍手が起こる。今までの彼らには見られない穏かな会議である。

 このように組織が大きく動くとき、これほどに潤滑剤としての能力を発揮している長は有能だ。ただ、それがその人物に求められている能力であるかは、別である。

「さて、タジャン、この指示が最も重要だ。メタルプレート回収の任務につけ」

「それは、ハンドルエクスと対峙(たいじ)せよ、という意味で?」

 中年男性が、指示を受けた老齢の女性に変わって訊ねる。

「そうだ。しかし、性能比較試験に(のつと)る必要はなく、手に入れたメタルプレートの処置についても任せる。それだけではなく、『霊物』の遺産に存在する権限を、君ら三人にすべて譲渡(じようと)する」

「なんですと!?」

「じきに時が来ると言っただろう。出し惜しみせず、君らの成すべきことを成せ。加えて、当指示に付随するものとして、君らに『核付き』フルカフルト種を貸与する」

「待ってください委員長! もしや!?」

「待ったなし。ご想像通りだ。私は、私から委員としての権限をすべて取り上げる」

 極めて速やかに世界が変わり続ける。

 それは一見、ほんの一握りの人間の意志によるものに見えた。

 だが、断じて違う。

 時代を見ることにできる者たちが、それにあわせて踊っているに過ぎないのだ。

 時代が見えることの優位性などは幻想だ。人を生命とした時には、その一生に幸福をもたらすことなど決してありはしない。

 それどころか、そこに関わることのできる力でもあろうものならば、まともな人間であるならば、人生の終わりまで苦悩の中にあることだろう。


***


 ダークたちの住む拠点が月明かりに照らされている。明かりから逃れるように蠢く者たちがいた。

 機械と服を混ぜ合わせたような装備の、妙に大きな体躯をした二人だ。人の形こそしてはいるが、それだけでも尋常の者たちではないことがわかる。

 SZUともアーマードベースとも違う。その間と言える見た目で、かつダークの着る戦闘服に近い。

 ただ、プロテクターのような機械の下は、詰襟のようになっているし、肩章のようなものもついていて、やたらに装飾的だ。見た目は似ているが、ヘルメットについた角の本数が違っていて、二本角と三本角である。

 二人は慎重に建物を取り囲み、しかし大胆に歩みを進めてゆく。

 その歩みが止まったかと思うと、幾度かの光が起こって、辺りには焼けた臭いが立ち込めた。建物からの攻撃である。

「察知された。索敵」

「10時方向建物上に狙撃主。肉眼で武装は確認できないが、HEカノンと思われる」

「応戦しろ」

 二人は腰から銃をぬいて発砲する。並ではない威力の弾を、予想した場所に見事に集めてはいるが、手ごたえはない。それも計算づくのようで、二人のうち二本角が跳躍した。

 人間が跳べる距離ではない。彼らがアーロイドなのは間違いないだろう。

 銃撃を抜けて、二本角が建物上に設置されていた銃の上に飛び降りた。

「ずいぶんとケチ臭い戦い方をする。哀れだなハンドルエクス」

「…………」

二本角からは、黒いぼろきれをまとったような人影がうっすらと見えた。

「『解像』能に異常をきたしているというのは本当らしいな。なんの印象も受けない。これではまるでゴミだ」

 自分で喋った言葉にふと違和感を感じた時、二本角の耳元で小さく声が聞こえた。 

「残念」

 声と同時に首に腕が絡まった。

「俺はこっちだ」

 白い戦闘服を着たダークが二本角に組み付いていた。

 影に二本角が印象を受けないのは当然だった。影の正体は香月、人間である。

 確かにダークは『解像』機能に異常をきたしている。それはぼろきれ、つまり念物質の精製さえあやしいということなのだ。二本角は浅はかであった。

「ダーク!」

 香月の叫び声がした時、ダークは建物から二本角ごと飛び降りていた。

 三本角が事態を察知して跳び上がってきたのだ。

 その三本角の行動も浅はかだった。単純に考えて高所に位置する者が有利なのだ。焦ってそこに向かえば迎撃されるのは当然である。

 ダークは体を捻り、二本角と三本角をまとめて地面に叩きつけ、踏みつけた。

 体の上から降りたダークの足に二本角の手が伸びる。三本角がクッションとなったために、ダメージが浅かったのだろう。

 しかし、ダークに掴まれ、いなされ、腕をとられたまま再び押さえつけられた。

「折るぞ、鳴け」

 わざらしとほど冷酷な言葉の後、乾いた音が響いた。

「アンリ!」

 気がついた三本角が二本角の名を呼んだ。

「アンリは名前か? アンリ、レオノクルツ種よりは根性があるじゃないか。あれは(わめ)いて仕方なかったからな」

「デュークを愚弄するか!」

「ん? おまえら、あの倉庫にもいた木野の部下だな……思い出したぞ、デュークというレオノクルツ種もあの倉庫にいた奴だ。なら、カツキもこいつらの標的にされているな」

 一人言を呟いて、ダークは二本角を三本角の方へ投げ飛ばした。

「アンリ、無事か」

「う……ん……大丈夫だ、イクレイ」

「出世したようで祝ってやりたいところだが……さて、委員長はどこにいる?」

 お互いを気遣う二人を無視してダークが迫る。

「スケルタルフィクサーは盗み出せても、そこまではわからないか」

 三本角のイクレイが馬鹿にしたように答える。

「骨格……修正……?」

「とぼけるな。骨格矯正服。おまえも着ているこの戦闘服のことだ。どうやって盗んだ? そもそもがどうやって知った? こいつは機密中の機密。存在を知っている者の方が少ないはずだ」

「盗んじゃいないが、やはりベタナーク製だったか。言わばこれは、アーロイド用のSZUだな」

「そうだ。幹部候補用の最新装備で、将来的には対『仮想敵』用標準兵装となる。だが、今は貴様の着ている物を含めて三着しかない貴重なものだ。よくもそんな改造を施してくれたよ」

「こいつはメタルプレートの搭載を前提にしているな。この服で念物質の生成を補助して、抽出した原質力を加工する仕組みのようだ。もう『核付き』の量産体制が整ったか」

「人工的なメタルプレートはまだ完成していないが、先んじて我々に試作が与えられた。貴様からメタルプレートを回収し、更なる解析の後に本格運用となる予定だ」

「メタルプレートが監視装置だと知っていながら、か?」

「そうだ。それもいずれ対応する」

「愚かだな。それにその服は『解像』した姿を隠すためでもあるんだろう? 人間相手にも力を行使する気だな」

「どう言われようとかまわない。俺たちにも意地がある」

 ダークの頭を、赤毛の少年の姿がよぎった。

 左腕にある装置に手をやる。ダークの服から駆動音がして、体が脈動する。

「おまえも同類じゃないかハンドルエクス。『霊物』の遺産に頼らなきゃ戦えもしない」

 その言葉を最後に、暗い中で争う影が動かなくなるまで、香月はアンリとイクレイの声を聞くことはなかった。

敵に建ててやるのは立派な墓標

自らに用意するのはすでに暴かれた穴蔵

子守唄がわりのうめき声が空気にまでこびりつき、夢まで羽交い絞めにする。


次回、ハンドルエクス・ダーク第22話『喚ぶ声は始まり』

暗闇への審判が、今、下される。

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