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ハンドルエクス・ダーク  作者: 千代田 定男
第一章 黒い戦士編
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第2話 滅びの蝶

2・滅びの蝶


 近づいてきたものの正体は機械であった。驚くべきことに姿を見えなくすることができるものらしい。

 虚空から浮かびあがったその姿は、白い本体に黄色い線の模様が入っており、まるで車輪のない車のようである。停止する際に巻き上がった埃がその出力を予想させた。

 今度は機械の化け物かとダークが身構えていると、上部の操縦席らしき部分が開いた。

 人影が降りてきたが、常軌を逸した速度の機械に乗ってきたのだ、人間ではない可能性もある。

 長い金髪が見える。線の細い体、地味だが動きやすそうな服装。女だ。

 いや、見た目こそ女だったが、だとするなら、やはり人間ではないのかもしれない。

 仕方がないのかもしれないが、ともかく、普通の人間ではないという強い先入観をダークはもっていたのである。

「ダーク、心配しなくてもいいわ。私は味方よ」

 女は、優しげにも冷徹にも聞こえる声と口調で話しかける。なにをしたのか、空にいた奇妙な飛行物体は墜落し、女の後ろで爆発していた。

 女は味方と言ったが、それこそありえないだろう。この状況で味方などどこにいるのか。見た目から喋ることから、すべてが嘘と感じるのが自然である。

「私の名前はハイン。そう警戒しないで。私がわかるはずよ、私は貴方の製作者なのだから」

 『偉い奴』が言っていたハイン=ハインド博士というのが彼女だとすれば、やはりその言葉には矛盾がある。

 ダークはそう言いたいところだったが、体から力が抜けてしまっていた。体力が尽きたわけではない。安堵だった。妙な安心感が体を襲って、脱力してしまっているのだ。

――罠か? こうなるように、俺はいじくられたのか?――

 そんな風に考えたものの、警戒心はすっかりなくなり、体は人間の姿に戻っていった。

 先ほどまで満ちていた力は解かれ、体を黒いぼろきれが包み込む。

「それでいいわ。時間がない、乗りなさい」

 戸惑いながらもダークがその機械に乗ると、機械が宙に浮き、静かに発進した。

「今、貴方は何も覚えていない状態でしょうね。現状さえ把握できていない。違う?」

 ハインの声はひどくダークの頭に響いた。何もかも知っているのではないかという印象を受ける。

「そう……ハンドルエクスのダークという怪物にされたらしいのは、さっきまでいたアラネカイトとかいうのに聞いた……」

 ダークはたどたどしく答えた。信用してもいいと思ったのだ。警戒心がまるで役に立っていない。洗脳でもされたかのようだった。

「他には?」

「わからない。記憶が全くないんだ。知らない場所で目が覚めて、その後、あの怪物に襲われた。そいつと戦って、そしたら、自分も怪物になっていた……多分どこかの軍の、実験か何かなんだ。あんたは何か知っているんだろ? 教えてくれ」

「そうね……まず、さっきのは正規軍じゃないわ。ゼンド呼ばれるアーロイドによる私設軍よ。アーロイドというのは、ベタナーク委員会の直轄で計画された、オリジナル次世代私兵コンセプトのこと」

「ベタナーク委員会? なに?」

「簡潔に言うと闇組織よ。でも、その力はその辺の犯罪組織とは一線を画すわ」

「秘密結社だっていうのか? 馬鹿げてる……」

「馬鹿げた組織なのよ。合法、非合法問わない巨大な組織集団で、その中心がベタナーク委員会。私はそこにいた」

「そこで俺はこんな風にされたのか。どうして俺が……」

「詳しい話は後ね、追ってきているわ。監視からも逃れないと。速度あげるわよ」

「さっきみたいに見えなくすればいいんじゃないのか?」

「ミラージュシステムが故障したようなの。しばらく透過偽装は使えないわね。使用限界超えていたし、仕方ないわ」

「俺は多分大丈夫なんだろうが、あんた耐えられるのか? あの速度はまずいんじゃ」

「フフン、この(マシン)は優秀なのよ。プラズマ動力炉によって生み出される速度は時速800キロにも達する上、慣性制御で小回りも利く。新素材に由来する剛性柔性を兼ね備えた外殻はステルス性も抜群に高いの。専用制御システムが自立走行も可能にしていて、そのアブソーブシェル機構による衝撃緩和は……」

「ああ、いい。大丈夫なんだな。任せます……」

 それだけ言うとダークは目を(つぶ)る。とりあえず今はハインを信じてもいいと思ったし、安堵からくる脱力には抗えず、もう(なか)ばどうでもいいと感じていた。 

 

***


「起きなさい、ダーク。ほら、行くわよ」

「ん……」

 ダークが眠ってしまっているうちに、マシンはどこかに到着していた。

 ハインを追ってダークがマシンを降りると、どうもそこは倉庫のような建物らしかった。もう夜なのか、窓から外は(うかが)えない。

「秘密基地って言えば納得いくかしら」

 長い髪をまとめながらハインが聞く。

「……あなたを信じるとして、ちゃんとまけたんですか? あいつら、すごい奴らなんでしょ?」 

 ダークが敬語になる。何はともあれ助けてくれた相手だからだ。それに手がかりをくれるようだし、妙な安心感を今も感じていたせいもある。

「大丈夫。貴方を助けたのはちゃんと工作した上でよ。あれの透過偽装が使えなくなったのはちょっと痛いけどね」

「そうですか……」

 歩きながら話す。剥き出しの階段を上がり、廊下を進む。冷たい空気の中、乾いた音が響く。今の自分には相応しい景色だとダークは思う。

 ハインに聞きたいことが山ほどある。しかし、静かすぎて、その静かさが心地よくて、何も聞く気になれなかった。本当は何も聞きたくないのかもしれない。なにもなかったことになればいいとダークは思った。

「話してあげるわ」

 ダークは、自分の体が強張るのがわかった。

怖いのだ。

 気付けば一応は部屋らしい場所にいた。ハインは何かの画面を覗き込みながら話す。

「さ、楽にしなさい。飲み物でも出すわ」

「……はい。それで、ベタナーク?」

 (うなが)すように単語を出した。そうして恐怖を抑え、話に備えたのだ。

「ベタナーク委員会。私はそこである研究をしていた……」

 ハインはダークに向き直り、少しずつ話し出した。

 

 ベタナーク委員会とは、大まかには巨大コングロマリットの、その中枢である。

 創設時期不明。構成員、人数ともに不明。独自の軍産学複合体を持ち、それを用いたゼンドと呼ばれる私設軍を持つ。

 設立目的は不明だが、積極的な軍事力強化を行っており、その技術力は最新鋭のそれを上回る。

 あらゆる方面へ多大な影響力を持ちながら、徹底した情報統制により、実態は不明。


「そこで俺はあなたに……」

「そう、私が貴方を生み出したわ。ナンバーイレブン再現計画でね」

「それは、アーロイドをつくる計画?」

「……にも繋がった。貴方がアーロイドの叩き台になったの」

「実験台ってやつですか……それで俺は、俺は誰なんです? なぜ俺なんです?」

「残念だけど貴方の素性はわからない。私は適した素体として扱っただけだから。ただ、貴方には記憶も、身分も何も残ってないのは知っているわ。それがベタナークのやり口だもの」

「くそっ! なんなんだ! 実験動物ってこと以外何もわからないんじゃないか! なら俺に何の用があるっていうんです!」

 激昂し、声を荒げる。胸がつまり、声がこもる。ハインを見れば相変わらず冷静な目をしていた。それを見て、ダークは力なく座り込む。

「落ち着きなさいダーク。ここからが重要なの」

「くっ……」

「聞いて、ダーク。私はたしかにそこでハンドルエクスの研究を行い、貴方を完成させ、アーロイドにも(たずさ)わった。でも、私はベタナークを抜けた。裏切ったの。今の私はベタナークと敵対する身。貴方を持ち出したのは奴らと戦うためよ」

「そんな……」

「ベタナークは貴方に執着しているわ。ハンドルエクスは彼らにとって虎の子なの。鳴り物入りで計画された、新世代の象徴であり目標。だからこそ付け入る隙になる。奴らに揺さぶりをかけるのにも、対抗する戦力としても、貴方が必要なの。あの組織と戦うのに必須のファクターだわ」

「俺にはそんなの関係ない。俺はただ、自分が誰なのか知りたい……」

「うまくいけばそういう情報だって得られるわ。どの道奴らは貴方を追い続ける」

「俺に、選択肢は、ない……」

 諦めたように呟いたが、他の選択肢がダークにはあった。しかし、それを考えたくないのだ。

「ベタナークに戻ることもできる。もっとも、戻ったところで待っているのはアーロイドとの性能比較試験だけれど」

「……性能比較試験って、もしかしてアーロイドと戦うんですか?」

「そうよ。けど、場合によっては組織に噛み付くよりよっぽど安全よ……それに、一人で逃げるという手もある」

 考えたくなかった内容を言い当てられ、ダークは萎縮する。

 どれも安易には選べない。

 ハインは協力以外の道をわざとダークに提示したのだ。ダークが選択から逃げようとしているのを見透かしたからだった。ハインには、そうまでして今この瞬間に向かい合わなければならないものがあった。

「でも、それをしたらあなたは」

「当然困るわ。この場所や、今の私の情報を漏らすことになりかねない。だから……」

 ハインは銃をつきつけた。しかし、予想通りの行動と言ってもいい。ダークにとって銃など今更どうということもないが、だからと言って問題がないわけではない。

 ハインの行動は、つまり、是が非でもダークを同じ舞台に立たせたいという気持ちの表れなのである。

「貴方をこんなもので殺せないのはわかってる。でも、こうするしかないの。貴方が協力しないということは、イコール私を殺すことよ」

 銃口こそダークに向いているが、使用する相手は別にいる。その相手というのは明白で、銃を持つハイン自身にである。

「どうして……」

「寸分のズレも許されない賭けなの。貴方を味方に引き込むためなら、命だってその賭けに出すわ。それだけの覚悟はもう有る。選択肢がないのは私の方なの」

 あくまで冷静なハインを見てダークは落胆した。それはきっと、自分の行く末をハインが示してくれると期待していたからだろう。

「……そんな真似しなくても協力しますよ。どうしたってそんな相手からは逃げ切れない。だったら、俺は自分の情報が欲しい」

 ダークはかぶりをふって答えた。本当は、何かにすがりたい気持ちがあったのだ。

 この短時間の間に、ダークが信頼を置けるのはハインしかいないと思い知らされていた。

「そう、良かったわ」

 銃を下げたハインの顔が、わずかに微笑んだ気がした。それが、ダークは妙に嬉しかった。

「……どうして裏切ったんです?」

 ダークはおそるおそる口にしていた。ハインのことをもっと知りたいと思った。

「気にいらなかったの、やり口がね。詳しくはおいおい話すわ。ともかく、私には、終わりが始まりになったの」 

 ハインは大きく伸びをする。落ち着いているように見えて、それなりに緊張していたのだろう。  

 ハインの話からすると、ダークを仲間に引き込むまでのすべてが作戦だったのだから、無理もない。

「とりあえず今日は休みましょう。明日、これからのことを話すわ。部屋、用意してあるから案内するわ」

 そういえば、とダークは思った。意外に広い建物なのである。

 部屋を出てから気付いたが、工場なのかもしれない。どこかで機械が稼働していることが音でわかる。しかし、なんの工場かはいまいち知れず、あやふやな設備に思えるのだ。

「着る物も必要ね」

 ハインの言葉で、ダークの違和感は疑問で上塗りされた。ぼろきれのようなものを纏っていたが、やはり布ではないらしい。

「これ、なんなんです? 目覚めた時から着ていて、ハンドルエクスになる時にこれが体に(まと)わりついてきたんです。それに、これに似たような感覚の、見えない腕のようなものがあるんです」

「その黒い物はサイコマターよ。貴方の体の一部とも言える念物質。マインド能力支配だから、慣れれば繊細な操作もできるようになるはずよ」

「マインド能力?」

「随意に発揮できる非随意機能、と表現するんだけど、そうね……精神の活動を神経節によらない仮想の器官、精神髄に由来すると仮定して――」

「あ、サイコマターについてお願いします」

 ダークは詳細の理解を諦めた。

「……それで、マインド能力を具現化したものであるサイコマターは、それだけでは大した能力はないの。腹部に結晶があるのは気付いたかしら?」

「黄色いガラス球みたいなやつですね」

 ダークが腹部を触る。普段は何もないのだが、確かにあるのだ。

「その奥にあるのが結晶石。結晶石は莫大な純エネルギーを生み出すの。サイコマターはそれを受けて様々な働きをする。純エネルギーを体力に変換したり、肉体を補助したり。見えない腕というのもそれね、念腕よ」

「わかるような、わからないような……」

「でしょうね。実際、そのあたりはまだ研究中だったのよ。だから重要なの」

 念腕と同じならば、黒いぼろきれもある程度自在に動かせるのだろう。

「おわっ!」

「なにやってるのよ……」

 試したダークが焦る。危うく裸になるところだった。焦るほど具合は酷くなる。感覚が掴めず、アタフタと取り繕っているうちに部屋に着いた。

 意外に綺麗な部屋だったが、なにがあるわけでもない。目を覚ました部屋を思い出す。

「用があったら呼びなさい」

 生活空間の配置を手短に話すと、それだけ言ってハインは去ってしまった。

 ダークはベッドにのぼり、念物質と毛布に身を包む。ここに来るまで眠っていたせいもあるが、今日はもう眠れそうにない。

 記憶を失ったまま、急に正体不明の組織との戦いに巻き込まれたのだ、実感を持つことすらできないのも仕方がないことだろう。

 霞のような電灯の薄明かりだけが、チカチカと一晩中揺らいでいた。


***


「……ほら、ダーク!」

 眠るでも起きるでもない、ぼんやりとしたダークの意識が、急な声で覚醒する。ハインが呼びにきたことに気付かなかったようだ。

 眠れないにも関わらず、夢を見ていた気がする。どんな夢だったのかはわからないが、とにかくおぞましくて、妙な、恐怖を感じるような感覚を引きずっている。

「どうやら眠れなかったようね。これ、着替えと食事よ」

 後で昨日の部屋まで来るように言うと、ハインは出て行く。

 体を確認してみると、念物質が昨日よりはコントロールが利くようだった。少しずつ慣れてきているのだろう。

 手早く着替え、味気ない食事を適当に頬張ると、言われた場所へと向かう。

 窓から光が入ってきているのだろう、辺りは明るい。機械音こそ聞こえるが人の気配はない。その低い音が心地が良かった。


 部屋で待っていたハインの話を聞いてダークは驚いていた。ダークが説明されたのはベタナークに関することなどではなく、ある作戦の実行が決まっており、その内容だったからだ。

 いきなりだが、とにかく時間がないということで押し通されてしまった。

「味方は俺たちだけなんですか? 他に全く誰もいない? この隠れ家、結構広いですけど」

「そう。利用している人間は少しいるけれど、真相を知っているのは私たちだけ」

「その上で敵の基地を叩く……」

「基地というほどのものじゃないわ、ラボの一つよ。それに潜入」

「無茶な」

「そのための訓練も行う。午後からはじめるから資料に目を通しておきなさい」

「…………」

 ダークはあやふやすぎるのではないかとも思ったが、ともかくやるだけやってみようと決めた。そう考えれば、少しだけ気分が軽くなったからだ。

 まずは、とにかく念物質の操作とハンドルエクスの身体に慣れなければいけない。作戦についても、より詳細な説明を受けた。

 実のところこの計画は、ダークが感じた通りかなりでたらめなものであった。ハインも自覚があったようである。

 ハインが杜撰(ずさん)なのではない。本来はかなり綿密に計画されていたのだが、事情があって予定通り進められなくなったのだ。

 当初、ハインの工作により、ダークの姿形はベタナークには知られていなかった。そのことを利用してベタナークの基地に潜入する予定だったのだ。

 だが、先日の、ゼンドと思われるアーロイド集団との接触で状況が変わった。ハインの予想よりも多くの情報をベタナークは掴んでいると見て間違いなかった。さらには、ダークの眠っていたハインの施設跡からも情報は漏れていると考えるべきだった。

 つまり、基地への潜入が不可能となってしまったために、外郭(がいかく)組織からの情報の奪取に目的が変更されたのだ。

 ただ、この代替作戦は、メインになっているコンピュータを文字通り持ち出してくるという、(はなは)だ強引なものだった。なのになぜ潜入作戦であるのかと言えば、奪取するまでに目的となる情報に対して対策されないためにすぎない。

 万全を期すなら中止となって(しか)るべきである。なぜそんな中で強行するのかと言えば、もう後がないというのがすべてであった。もうハインは手詰まりだったのである。

 ダークを持ち出したはよかったが、どんなにうまく逃げてもベタナークの追跡は執拗(しつよう)で、ついには本拠地を突き止められるにまで至った。逆にハインはというと、未だベタナークに対して有力な情報を得られないでいた。

 しかも、もう時間もなかった。

 ハインがそのラボを選んだ一番の理由はセキュリティーである。

 懸念(けねん)材料であるベタナーク人員、特にゼンドが配備されていないベタナーク傘下の組織はもう少ない。ダークの覚醒が確認されてしまった以上、対策は早急に行われるだろう。

 その点、このラボはまだ比較的余裕があると踏んだのである。このラボにベタナークが関わっている理由は、技術を吸収するためだけと、ハインは掴んでいたのだ。

 およそベタナークらしくないことではあった。必要な技術があるのならば、丸ごと抱き込むぐらいはやってのける組織なのである。

 できない理由があるのだ。

 そこは有力者が引退した後の斡旋(あつせん)先、すなわち天下り先だったのである。おそらくは、そうした人物にベタナークの存在を知られたくないのだ。

 メリットはここにもあって、ベタナークが忌避(きひ)するその有力者たちの弱みを握れるかもしれなかった。

「有効な情報は大量になくても良いの。疑わしい部分があれば、こちらは好きなように打って出ればいいだけだから」

 ハインの発言は、要するに、こちら側はハインとダークだけ気にしていればよいという意味である。唯一、有利にもなる点であった。

 この機会に賭けるしかない。いや、これを成功させて機会に変えるしかないのだ。


***

 

「よし、十分使える。いいわよ、状況終了ってとこね」

 ハインがネクタイをいじりながら指示を出す。想定される状況を再現した最終訓練が終わったところだ。

「で、ここからは半ば力ずく、ですか。やっぱり強引じゃないですか?」

 『解像』したダークが質問する。最悪の場合は壁を突破するなりして脱出する手筈(てはず)となっている。

「離脱時の心配なんてしなくていいわ。問題は到達まで」

 ハインが青い目を(しばた)かせながら答える。複数のモニターで様子を確認していたため、目が疲れたのだ。

 目標の到達までは、可能な限り職員との接触を避け、不審な行動をとらないようにしなければならない。 

「下見はさせてあげられないから不安でしょうけど、成功に必要な条件は揃っているわ」

「ええ。写真と図面は見ましたし、それに、これぐらいこなせないと話にならないって、そう思った方がいいんですよね、きっと」

「……隠さずに言えばそうね。敵が敵だけに、最終的にはどこまでできるかの話になるわ」

「あまり希望はない?」

「違うわ。造るの。希望を。力ずくでも」

 遠回りな言葉しか選べないダークに、強い口調でハインが答える。

「これ社員証よ。貴方は明。塩無明」

「シオナシアキラ?」

「偽名よ。身分証もあるわ。後で渡すわね」

「この施設、場所はどこでしたか?」

 内容ばかり気にしていて、場所を覚えていないのをダークは思い出した。そうなったのは、状況に順応しようと、自ら視野を狭めたからだ。

「日本にあるわよ」

「日本……」

 ダークは自分に日本に関する知識があることに気付いた。喋っているのも日本語である。

「あ!」

「ど、どうしたのよ」

「待ってください! ここ日本ですか!?」

「そうよ、なにをいまさら」

「俺、日本の知識があるんです! もしかしたら俺は!」

「……残念だけどわからないわ。ハンドルエクス運用は当面は日本で行われる予定だったの。被検体の素性には繋がらないわ」

「でも、俺の普段の姿だって! そうだ、博士は俺の元の姿を見なかったですか!?」

「……貴方が私の手に渡ってきた時にはね、既に前処理が終わった後だったの。国籍や素性なんてわからなかった」

「でも、他になにか!」

「貴方は遺伝子情報にまで手が加えられているの。校正をかけられているわ。つまり、ハンドルエクス作成に必要な標準化プログラムを経ているということ。そうなったら、もう素体としての情報しか読み出せないわ」

「それって……」

 簡潔に言えば、人間としての情報はダークの肉体に欠片も残っていないということだ。

 ダークはそこまでのこととは思ってもいなかった。甘かったのだ。どこかで、自分はまだ人間に戻れるとすら思っていた。だが違う。もう違う。

 嘘偽りなく、ダークは、ダークという名のハンドルエクスなのだ。

――重要かね?――

 どこかから、そんな声が聞こえた気がした。

戦いとはひどいもの、みっともないもの、思い通りにいかないもの。

賭けなど乗るものではない、うまくいくものではない、結末など目に見えている。

しかし、慈悲か、故意か、あるいは意図か。後が続くことがある。

そのとき、向こう側へ渡るのは、勇気か無謀か。


次回、ハンドルエクス・ダーク第3話『瞳を開いて』

暗闇への審判が、今、下される。

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