第19話 琥珀の静寂
19・琥珀の静寂
「あはっ! ひひひ……!」
苦痛が満ちる。苦痛に抗うために力を高めようとすれば、それを制御できずに神経が緊張する。
辛くて、苦しくて、くすぐったくて、楽しくて、気持ちよくて、ダークは快哉を叫んだ。
醜く歪んだ体に無秩序な念物質が張り付き、その箇所から原質力が奪われてゆく。そして、それにより、また捻れが増す。
消耗しながら力が高まってゆく奇妙な感覚でダークは酩酊したようだった。
「見ろ! 俺は誰だ! 滅び行く者は皆俺を見ることになる!」
「ん? 語るじゃないか。せっかくだ、名言の一つでも吐いたらどうだ?」
「お寒い台詞を名言扱いするのやめたらどうだ? 言葉は愚劣だ! 俺たちの持つこの力だけが雄弁に語る! 塵芥を称える詩を!」
「ハッ……いやいや、やはり名言だよ。意味こそわからないがな」
ノーマンの体が変わる。
三人目の『核付き』の姿は、触手の腕と下半身を持ち、微生物のような姿をしていた。とてつもなく巨大な微生物。
アーマードベースからくるマインド能力の照射がダークの意識を照らし出す。糸状になって絡まるそれを払うかのように首を振り、ノーマンの方を向く。
「性能比較試験開始。付加条件あり。サンプルはテイントリム種のゲイリー=ノーマン」
ゲイリーはこの状態のダークが勝てる相手ではないだろう。ただ、どうにもダークは気に食わなかった。このままいいようにやられるのは我慢ならない。人間が勝手にやっていることに、なぜ自分が巻き込まれなければならないのかという意識だけがあった。
「紛い物がぁ……!」
アーロイドなど、作り物である自分のさらに出来損ないではないか。ダークの意識がそう染まってゆく。イレブンとしての思考であった。
ノーマンの触手が振られ、ダークを殴りつける。ただそれだけで受けたダークの腕が折れ曲がった。
「ふんっ!」
触手を高速でしなる鞭にして何度もダークを叩きのめす。その度に衝撃が体を折れ曲がらせる。傷口から原質力がもれ、念物質がその力を無駄に消化してゆく。
「弱い、まるでカスだな。これならば外まで影響を出さずに始末できる。トマイめ、なかなか使える玩具に仕上げた」
「…………」
触手についた針がダークに突き立てられて、その部分から組織が溶解する。それだけではない、その傷口から肉体が硬化してゆく。
「覚えているか? その攻撃。ラナイバック種の毒だ。さて、こっちはどうだ?」
触手が掠り、体に振動が伝わる。感覚を奪われてダークの態勢が崩れる。
「ファロエミナ種の音波だ、心地良いだろう? これが私の力。私はあらゆるアーロイドの特性を発現させることができる。そうだ……こんなこともできるぞ!」
触手の先にノーマンの頭部、テイントリム種の頭部があらわれた。べスティローザ種の分化能力である。
中途半端な『解像』状態のダークではとても戦える相手ではない。これまで会った中でもとびきりの怪物と言える。ダークはただいいようになぶられているだけだった。
「最高の気分だハンドルエクス。委員も、人間も、もう貴様など眼中にはない。ただ委員長だけがおまえの価値を見出していた。しかしそれももう終わりだ。条件付きとはいえおまえは敗れる。敗れた時点で貴様の存在に意味はなくなる」
「気の毒にな。捨てられだんだろう?」
「なんだと……」
「おまえも委員長に捨てられたんだ。委員会は委員長に捨てられた。さっき講釈を垂れてくれた委員会の意義よりも性能比較試験を委員長は選んだんだからな。委員としてのおまえは否定され『核付き』にされた。それだけ委員であることをを誇りに思っていたのなら、本当は恨み骨髄なんじゃないのか? 今のおまえはおまえじゃない、『核付き』の役割を演じる委員長の手駒だ」
「……貴様ぁ!!」
激昂したノーマンが体を震わせ、蛇の如き俊敏さでダークに襲い掛かる。腕にあたる触手が勢いをつけて雨のようにダークに降り注いだ。
ダークは避けようともせず、その体にすべての触手を受けた。そのまま宙に吊り上げられる。
「所詮は俺の出来損ない!」
ダークが叫ぶと、その体が急激に変化する。体の端々に黄色い閃光が走り、肉体が強化組織の性質を取り戻してゆく。歪だが、まぎれもない『解像』だ。
「なんだこれは!」
驚愕するノーマンの体から力が抜けてゆく。ノーマンはまさかと思った。
ダークはマインド能力共鳴装置により、イレブンを刺激しつつ念物質の精製と操作を妨害し、無力化されている。言わば封印されている状態なのだ。
そのダークが発現していない原質力の強制的な変換を行うなど予想外のことである。
「おまえの体を借りるぞ」
ノーマンから凄まじい光が発せられる。まるで爆光である。
「おお! ポイント-ブランクが勝手に!? まさか貴様、私の体を食っているのか!」
イレブンの意識は、イレブンを模した『核付き』をも自らの体にしようとしたのだった。マインド能力の共鳴である。
ポイント-ブランクを誘発され、テイントリム種の腋にあたると思われる部分に念物質で螯が形成されてゆく。
ノーマンとて並みではない。この程度で参りはしなかった。ノーマンの体から抽出した原質力はノーマン自身も使えるのである。
「私の原質力を利用するとは……しかし! それはすなわち、ハンドルエクスの体はまだこちらの手中にあるということ!」
ノーマンの胸部にある口腔のような器官が開かれ、そこに光の弾が出来上がる。
ダークは頭の中が引っ張られるような感覚を受けた。ちょうど三半規管に作用する感覚だ。
ダークの砲、ラルスの息と同じ、原質力による攻撃である。
「そのチンケなエネルギーはくれてやる!」
浮いたままのダークの膝がノーマンの胸部を砕いた。瞬間、凄まじい衝撃が伝わって、部屋にあったあらゆる物が四散した。
砕けた光の破片はアーマードベースをも襲った。
転げ、壁に激突したアーマードベースから不穏な音がして機能が停止する。一度大きく体を痙攣させるようにして、それは動かなくなった。しかし、装置から聞こえる声は止まない。
「機能を停止してなお邪魔をするか。まあいい、二度と使えないようにしてやる。人間には過ぎた玩具だ」
ふわりと降り立ったダークは、ひたひたと壊れたアーマードベースに近づゆく。
異常な過程での『解像』による醜い|造作《ぞうさ
》は、かつてダークが自分自身に想起した悪魔のイメージそのものである。体内にまで衝撃が及びのたうつノーマンの目にも、全く同じ印象に映った。
「もう……人間もアーロイドも関係ない! この星のものは、すべて俺の前にひれ伏さねばならない!!」
ダークの結晶石が輝き、その手に光が溜まる。原質力による光の砲。
――もうあなたの所に行くしかない。これでも気付いてるの、わたしの我儘だって。でも、大切だったの。本当に大切だったの。あなたも、あの人も――
ダークの動きが止まる。
「……俺は」
相川の声はノーマンにも聞こえていた。そして気付く。まだダークはイレブンになりきっていない。
「ありえるのか。いや……」
そもそもがおかしいのだ。ダークがポイント-ブランクを発動できた時点でもう『リマージェン』ははじまっており、ラルスとの戦いでさらにそれが促されたのだから、確実にそれは達成されたはずなのだ。事実、先ほどまで認識の侵食があったことはアーロイドであるノーマンにはわかっていた。
『リマージェン』は不可逆であり、覚醒した時点で意思が混合され、取り出すことはできないはずなのだ。
つまり、ダークは『リマージェン』に失敗したのではない。もっと別の状態にあるのだ。
「俺は……俺は!」
激怒するかのような表情で、行き場を失った原質力をダークはその手に握りこむ。
――受け入れてくれるわよね、テイク――
「うああああ!」
ダークがその拳をアーマードベースに突き立てる。声が止まった。
「う……!」
ノーマンが我にかえる。これはチャンスだ。残り少ない体力を振り絞り、その力を熱と圧力に変えてゆく。ダークがもう一方の腕を振り上げたとき、それを放った。
光の弾を背中に受けたダークとアーマードベースが爆発に包まれた。
***
「さっきからどうなっている! アーロイドはどうなった!」
「下がれ! ここは希望隊の管轄だ!」
「ふざけるな! こっちの総司令が中にいるんだぞ!」
「その総司令からの指示だろう! 従え!」
現場からそう離れていない場所でナイトドリームと希望隊の小競り合いが起こっていた。
度重なる衝撃をナイトドリームの一部が不信に思い、現場に向かおうとしていたのだ。
「何をしているか! ここは希望隊の現場だ!」
「サイン隊長! しかし!」
そう嗜めたものの、レイチェル自身にも焦る心はあった。当初の予定より時間がかかっているのだ。
遠くトマイの姿が見えたが、ヘルメットを被っていて表情はうかがい知れない。しかし、冷静ではないように思えた。
「いいから行くぞ、はやく持ち場に戻れ」
外に出て、封鎖の外から聞こえる記者の声を黙殺しながら、レイチェルは会議場のあったあたりを振り返る。
状況を知りたいのはレイチェルも同じであった。ただ、ノーマン自らトマイの指示に従うようきつく言われているのだ。
「何をしているんだ、トマイは……」
指揮所に戻ったレイチェルは壁に向かって考え込んだ。だが、何もできることはない。
「それに、シオナシが……戦っている?」
レイチェルの口から、知らず知らずにそんな言葉が出ていた。うまく言えないが、なぜかそんな気がしてならなかったからだ。
「当たりよ。詳しく知りたい?」
声に驚き振り返る。そこには一人の女性が立っていた。
「誰です? うちの者ではないようですが」
「誰でもいいわ」
そう言いながらその女性が差し出したのは一枚の紙であった。この者の身分を保証するという内容で、ノーマン直筆のサインが入っている。書式はナイトドリームのものだ。
「……表に誰かいませんでしたか?」
「いたわ」
その警備がどうしたかは答えない。それ以上は聞くなという意味だ。
たとえ何者であろうと、特に話を聞かなければならない理由はない。しかし、それを聞かねばならないとレイチェルは思った。
「詳しく知るというのは?」
「これよ。希望隊で正式に登録されているキベルネクト。WARネットワークを介して中の様子がわかるわ」
女性が手に持っていたのは小さな端末と、頭部に装着する映像装置であった。
「……これが本物だとして、どうして中の様子がわかる? セキュリティ区分があるはず」
レイチェルは静かに机に置かれたそれを手に取る。チープな玩具にも見えた。少なくとも非正規の部品が使われているようである。
「それの中身はトマイと同じレベルのもので、中にいるアーマードベースと繋がっているからよ。使えばわかるわ」
「目的は?」
「それを渡すことそのもの」
それだけ言い残し、女性は踵を返した。
レイチェルは追うことはしなかった。ノーマンの意思かもしれないと考えたからだ。それに、信じる信じないに関わらず、興味を惹かれた。
着装し、スイッチを入れるがよく見えない。情報を送る側の調子が悪いらしく、情報は断片的だ。ただ、目に映る荒い映像から、レイチェルは目が離せなくなっていた。
***
瓦礫の中でダークは立っていた。背中は体を守る念物質が裂け、強化組織も爆ぜている。
ダークの手にはアーマードベースの部品が抱きかかえられていた。手にしていたのは装置の機関部。その小さなフレームの中に、眠る相川と、そこに取り付けられたメタルプレートが見えた。
「カートリッジを助けたな。どうやったかは知らんが、やはりおまえはイレブンじゃない。少なくとも仮想人格がまるまる残存したままだ」
「……もう沢山だ」
ゆっくりと、労るように機関部を地面に降ろす。そして、庇うようにその前に立つ。
ダークの体表に不規則に絡み付いていた念物質が発光し、形を失って、輝く濃い靄と化してゆく。
あくまで静かにダークが両手を前に差し出した。
「だろうな。私もだよ」
ノーマンが体をゆっくりと起こす。体全体が大きく脈動し、胸部が再び開く。体表がうっすらと光を帯び、同時に透明度が増してゆく。その中でいくつもの火花がうまれ、その火花がさらに多くの火花を生み出してゆく。
もう、被害の規模は関係ない。
この意地の張り合いに意味などない。誰もこの戦いの先に光芒を見ない。これで終わりだ。
・・・
音が消え、純白の世界が広がった。
・・・
すべてが光に包まれたかに思えた。しかし、ダークの後ろにだけ、暗い闇があった。そこにだけ、不動の暗闇が落ちていていた。
そして、ダークはなお立っていた。
倒れたのはノーマンだった。
ダークは、裂けに裂けた自身の力でノーマンを砕いたのである。
大きく形を変えたノーマンの先、建物の裏側にあたる壁は失われており、そこから曇り空がのぞいている。
ダークが機関部を振り返り、眠る相川を確認する。無事のようだ。
ボロボロの、腕と呼べるかもわからない手で部品ごと持ち上げる。重い足を引きずり、曇った空へと歩き出す。
ノーマンだったものの前に来ると、それは、自分の崩れた肉体からメタルプレートを引き抜いた。
「持っていけ」
「どうして」
「あるいは、おまえもまた、委員長の……」
「……すまない。もう、沢山なんだ」
ノーマンの言葉を最後まで聞かず、メタルプレートの投げ込まれた機関部を抱え、ダークは外へ向かう。
しかし、ここにも、向かおうとする先にも、誰も待ちはしない。
「すべては、人類の明日のために」
ダークの背中で聞こえたその言葉は、幻のように消えていった。
***
キベルネクトの前に伏せていたレイチェルが顔をあげた。もうすぐここにやってくる者を待ち、備えるためだ。
レイチェルは映像を見ている間もこれといった指示は出さなかった。緊急時の対応ができないほど無能ではないが、出す必要がなかった。それはもちろん、レイチェルの見たキベルネクトの入手経路などの不正確さもあった。
遠くで喧騒と銃声が広がってゆくのが聞こえた。
先ほど、希望隊からの情報がナイトドリームに伝えられた。内容は予想した通りのものだった。トマイの意図は不明とはいえ、何をしたかは理解していた。
何者かの足音が聞こえる。その音はたどたどしく、ぎこちない。
倒れこむようにそれが入ってくる。人ともどうとも言えない姿に、黒いぼろきれをまきつけたような姿。巨大なミイラにも見える。
「待ってくれ、俺は敵じゃない」
銃を構えるレイチェルにそれは手を上げて見せた。
「……シオナシか?」
「ああ……」
「なにがあった?」
「嵌められたんだ……ナイトドリームの上にいたのはベタナークだったんだ!」
「落ち着け、何を言ってる? さっき希望隊から報告が来た。会場にはアーロイドもベタナーク委員はいなかった、そこをアーロイドに襲撃されたと」
「くそっ! そのアーロイドっていうのは俺のことだ……」
「おまえ、まさか」
「違う! 俺は嵌められたんだ! トマイは奴らと密約を交わしていたんだ!」
「とにかく落ち着け。それは?」
「そう、そうだ、頼みがある。この人を……」
「アイカワか? どうしたんだ?」
「キベルネクトに無理矢理適合させられたらしい。しかもメタルプレートを使うために……どう処置すればいいかわからない。かといって希望隊に戻せば、またアーマードベースのパーツにされる」
「……医療班を呼ぼう。だが、トマイだけにでも連絡を」
「トマイが駄目なんだ。俺を始末する気だ」
「しかし」
「駄目だ、頼む。少しの間でいい、休ませてくれ。お願いだ」
「……ここの裏に車がある。中にいろ」
レイチェルから場所を教えられ、ダークは少し離れた場所にあった車両に入り込んだ。外から見えないように身をかがめ、休む。広い車内だが、丁度良い閉塞間が心地よかった。
喧騒はおさまってきていた。ダークが遠くまで逃げたと考えたのか、計画的な捜索に切り替わったかのどちらかだろう。
少しして、レイチェルのいた指揮所に人間が出入りし、相川を運び出すのが遠目に見えた。それで、一気に全身の力が抜けた。
全身を鋭い痛みが覆っている。気分も優れない。体はズタズタのままで、再生がまるで進んでいない。
それどころか、今、『解像』しているのか、人間の姿にあるのか、ダークは自分でもよくわからなかった。
あの装置が毒のように入り込み、表現体や意識を侵したのだとダークは考えた。
手に持つ二つのメタルプレートを見る。残る『核付き』は有賀陽太郎ただ一人。
有賀は自分を狙うだろうか。委員長はまだ自分を狙うだろうか。そんなことがダークの頭の中を巡った。
ここにも長居することはできないだろう。だが、ほんの少し休息がほしかった。この時だけでも人の近くにいたかった。
まどろんだダークの意識は窓を叩く音で引き戻された。
「意識はないが、とりあえず彼女は無事だ」
隣のドアから入ってきたレイチェルが相川の状態を伝える。
「そうか……すまない……厄介ごとを持ち込んだと思っている」
「まったくだ。体は大丈夫か?」
「良くはない。だが、それ以上に、もうどうしたらいいのかわからない。俺は……」
ふと窓の外を見て、ダークは再び全身の力が抜けていった。
「君も、なのか……」
遠くからSZU兵が向かってくるのが見えた。
レイチェルの方を見ると、眼前に銃口が向けられていた。
「会議場で二体のアーロイドが戦っている映像を見た。おまえが嵌められたというなら、それを信じなくもない」
ダークの目の前に端末が投げ捨てられる。キベルネクトシステムだった。
「なら……」
ダークの声は震えていた。
「映像を見ている時、片方があんただとはわからなかったが、もう片方が誰なのかはわかった。あれは、総司令だな」
「それがわかっていて、どうして?」
「……ゲイリー=ノーマンは私の父親代わりだった。行く当てのない私を育ててくれた。私に人間らしい生活を与えてくれたんだ」
「うっ……くっ……」
ダークの体は震えていた。
「すまないとは思う。でも、やっぱりあんたを許すことはできない。私は私のやり方で戦う」
車から降ろされ、銃に囲まれる。ダークは、銃の先にいる人間を見ることすらできなかった。視線が怖かった。
「希望隊は、ベタナークと呼ばれる集団を全人類共通の敵として対策すべく、特に召集された組織である。今回の作戦は、サイホ軍のロイ=アッキス司令の報告に基づいて行われ、結果は各国首脳に報告される。非公式には大変重大なことだ。事実だけを言えば、希望隊に所属していた協力者が反乱を起こしたわけだからな。だが、公式には、ハンドルエクスは、ベタナークの放ったスパイであり刺客であったと記録される」
抜け目のない、この上なく頼もしかった仲間の声。皆の希望。そして、誰かのために、すべてを犠牲にできる男。
「トマイ……」
ダークは恐る恐る目を上げた。トマイに表情はない。
罠だったのか。裏切られたのか。
違う。真意はわからない。ただ、トマイという男にとってはこれが必然なのだ。それだけをダークは確信していた。
「ナイトドリーム全班に伝達。逃亡中のアーロイド発見。希望隊に協力し、包囲を固めろ」
レイチェルがトマイのそばにいた。寄り添うように、支えるように。
そして、二人は後続してきたアーマードベースの後ろへと下がっていった。
「対象の危険性から確保を断念し、この場で射殺する」
トマイが言い残した言葉に従って兵が素早く展開する。
「撃ち方はじめ!」
人間に使うには過剰な威力を持つ銃弾が、ダークを襲う。
『解像』した状態であればライフル弾すら意に介さないが、それを踏まえて希望隊は対アーロイド用の装備が選択されている。現在のダークにとっては、十分な脅威であった。
――ここまでか――
肉に入ってくる無数の熱を感じながら、ダークはそれだけ思った。そして、手にしたメタルプレートに起こっている反応に身を任せていた。
ダークの目に星が見えた。赤いその星が青くなり、白い糸を混ぜはじめる。暗くなったかと思うと日に照らされ、次は暗くなっていき、それを見守る月があった。それは星の歴史。
ダークは怯えた。
メタルプレートの見せた映像であったが、そこに圧倒的な悪意を見たからだ。イレブンではない。多数の何か。無数の意思。
「『霊物』……」
メタルプレートは単なる結晶石の代わりなどではなかった。
ノーマンの語った、『仮想敵』と定められた者たちの監視装置。『霊物』たちの計算機。それがメタルプレート。
まだ終わることはできないのだとダークは知る。
「ぬああ!」
ダークは跳躍した。
血と体液とを兵士に降らせながら、包囲を跳び超える。
「追跡! 追跡だ! 急げ!」
空はいつの間にか晴れ渡っていて、雲ひとつない快晴となっていた。
***
「予報、あたってるじゃないか」
記者の前に立っている警備の人間がふと呟いた。遠く聞こえていた喧騒は少しずつだが収まってきていた。
いつの間にか空は晴れ渡り、雲ひとつない快晴となっている。
「そうね、いい天気だわ」
横から現れた女性がその独り言に応え、金の髪をなびかせながら、人ごみの中へ溶け込んでいった。
目を覚ませ、耳を傾けろ。
汚泥の中、もがく気配がある。
侮るな、砕けたガラスの鋭さは刃物に勝る。
次回、ハンドルエクス・ダーク第20話『今よりあれへ』
暗闇への審判が、今、下される。