表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハンドルエクス・ダーク  作者: 千代田 定男
第四章 大全堂事件編
18/26

第18話 機会

18・機会


 会議場が速やかに制圧されてゆく。

 エントリーは滑らかであればあるほど抵抗が大きくなることを防ぐことができる。それこそ予定された出来事のように周囲にまで浸透するからだ。

 ダークは空からの侵入経路だった。屋上から建物に突入する途中、ダークの情報を組み込んだ例のアーマードベースが建物の入り口に運ばれているのが見えた。

「まさか、あれを入れるつもりか?」

 ダークは自分の前を行く隊員に問う。答えはない。

 あれが前にかがむような体型をしているのはこのためか。ダークはそう考えた。

会場までそれほど距離はない。ほどなく部屋が見えて、ダークは緊張する。

 中にトマイがいるのが見える。小柄な男からなにか重々しいファイルを受け取っている。ここで決まった何かだろう。皆が立ち上がっている。

 席にいる者を見渡す。

 老齢の男。糸目の女。痩せた男。そして、トマイにファイルを渡していた小柄な男。人種も雰囲気も違う四名の人間。

「これがベタナーク委員会?」

 確かに大物が集まっているようには見える。しかし、本音を言えばダークは拍子抜けしていた。

「これは……トマイ……」

 この会場にアーロイドなどいない。 

 ベタナーク委員と思われる人間たちはひそひそと話し合っており、その視線はダークに集まっている。

「落ち着け、シオナシ」

「だがトマイ、ここにアーロイドは……」

「いるさ、とびっきりのがな」

 トマイの目は真剣そのものだ。

 機械の駆動音が聞こえてくる。アーマードベースだろう。扉からそれが入ってくる。ドア枠を砕きながら、無理矢理にその体をねじ込ませてきた。駄々をこねる子どものようだ。

 キベルネクトシステムが既に動いているらしく、振動が体の中をくすぐる。

 しかしそれだけではない。その影に一人、スーツ姿の男がいるのだ。一目見て、ダークはその男がアーロイドだと確信する。

「トマイ! 出たぞ!!」

「そのようだ」

 トマイはダークが指摘したその男を見たまま答え、そのまま男に近づいてゆく。あまりにも迂闊だ。

「駄目だ!」

 駆け寄ろうとするダークをSZU兵たちが止めた。

「なにしてる! 奴はアーロイドだ! 離れろトマイ!」

 SZU兵ともみ合いながら、トマイの様子が妙なことにダークは気付いた。

「どうも、ゲイリー総司令」

 トマイはその者に挨拶をしていた。

「首尾よく進んでいるようだね」

「おかげさまですよ。よーし!」

 トマイが手で合図をすると、周囲にいたSZU兵たちがダークから離れながら銃を構えた。アーマードベースが正面に出てくる。

「なにが……」

 ダークは戸惑う。兵たちの構える銃は自分に向けられていたからだ。

「会議場にアーロイド出現。数は1。目的は四企業代表の抹殺と思われます。希望隊、ナイトドリームへ協力を申し出ます」

「支援を要請する。彼らの避難を頼む」

 ダークは信じられなかった。希望隊は自分をベタナークのアーロイドとして扱っている。

――()められた? 誰に? なぜだ?――

「こちらはナイトドリーム総司令ゲイリー=ノーマン。会場にアーロイドが出現、希望隊に支援を要請した。ナイトドリーム警備隊は周囲を警戒せよ。アーロイドを外に出すな」

 二人は手にした通信機で指示を出している。その内容にダークは愕然とする。

 ダークは動けなかった。逃げられるわけがないと悟ったからだ。

 状況が最悪だと理解したのもある。だが、それ以上に、ゲイリー=ノーマンという男がたった一人いることでダークは動けなくなっていた。

 ただのアーロイドではない。一目見てダークはわかった。その強烈な印象は間違えようがない。ノーマンは『核付き』だ。

「なぜだトマイ、これは、なぜ」

 何を言えばいいのかさえわからない。

「君の作戦は終了ということだ、シオナシ。約束通り離脱を許可する。希望隊はこれからアーロイドの討伐を行う。ハンドルエクスという名の、非常に危険な、アーロイドのボスの討伐だ」

 SZU兵の壁の後ろを通って、一人を残して役員たちが出て行く。残ったのは痩せ身の男だ。

「よう、出来損ないの再現体」

 恰幅(かつぷく)のよい落ち着いた外見とは裏腹に、ノーマンの口調はすこぶる悪い。威嚇とも違う。これが本性だろう。

「『核付き』……!」

 ダークは体に力を込める。両腕を握りこみ、『解像』をしようと試みるが、何も起こらない。

「それが畜生の浅ましさだ」

 ダークをあざ笑いながらノーマンが吐き捨てる。

「手助けをしてやろう」

 ノーマンが手をあげると、ダークの体が震え出した。アーマードベースからの影響だ。意思から肉体が離れるかのようだった。

「うう……! そうか、あのマシンは俺に使うために……!」

「…………」

 ダークが睨むが、トマイは何も答えずに、ただ見ているだけだ。

 アーマードベースの迫り出した背中にある、照明のような機械から体に負荷がかかってくる。服を破って念物質が現れたが、不安定に漂うようだけだ。

 よく見れば、辺り一体に透明な糸状のものが漂っていて、ダークにも張り付いている。

「あああぁ!!」

「マインド能力共鳴中、間もなくハンドルエクス制御下に入ります。カートリッジ消耗度7。データ(おおむ)ね良し。注意継続します」

 会議の席についていた痩せた男がアーマードベースの情報を読みとる。

「ああ、ちなみこの男はメディケイトマネージのクライブ=アーロンだ。キベルネクト関連技術の世界ではその人ありと言われている。今回のためにわざわざ残ってくれるそうだ」

「どうも」

「本当は監視のためだろうがな?」

 ノーマンの問いに、クライブが苦笑いで答える。

 無理に体が『解像』させられはじめている。激しい苦痛が起こって、ダークは暴れだしたい衝動に駆られる。

 内臓を吐き出しそうな異物感と、腹の中で剃刀が暴れまわるかのような痛みが走り、目の奥がごろごろして、視界が歪む。

 体が強化組織の形質を取り戻し始めているにも関わらず、まるで力が入らない。念物質も反応しないままだ。表現体は塞がったまま、結晶石から原質力は引き出せていない。

 油汗が(にじ)む。喉が焼けるように熱く渇いているのに、鼻汁と唾液がとめどなくあふれてくる。のたうつこともできないのに、力が入らないのに、体はこれ以上ないほど強張っている。

 死に向かっている体では、『解像』でまともな姿をとることさえできない。半分人間で半分怪物という、ダークの異様な様相は隊員を怯えさせた。変化する様子が恐怖を喚起するのだ。視覚的なグロテスクさに思わず目を背ける者までいる。

 ダークの膝が折れ、頭から地に伏した。

「やめてくれ……」

 ダークから蚊の鳴くような声が漏れる。

 そのうち、苦しみの横から、冷酷で獰猛(どうもう)な意識が伝播(でんぱ)してきた。その発信源はアーマードベースの中、マインド能力共鳴装置からだった。

 マインド能力共鳴装置には操縦者がいる。飽和したその意識が、その操縦者も苦しんでいることを示している。おそらくこれを使い続ければ、操縦者も取り返しのつかないことになるだろう。我慢比べというよりは拷問の掛け合いである。

 少しして、アーマードベースが一瞬、歯車がずれたかのような動きを見せた。

 苦痛から開放され、ダークが這いずる。その口からは、小さく悲鳴があげられていた。

「どうした?」

「カートリッジ限界です。急激に消耗が加速し、機関部から一時排出されました」

「もう、か……トマイ」

「いいえ、まだです。まだやらせます」

 トマイは冷たく答えた。

 ダークの敏感になった聴覚が、トマイの通信機から聞こえる声を拾っていた。

 声の主は、トマイらがカートリッジと呼ぶ装置の操縦者だろう。トマイと話すその声に、ダークは聞き覚えがあった。

「うむ。だが悪くはない。適応外の者であっても『リマージェン』の応用でここまでできるか」

「意識の出入力についてはもうすぐ実用化に耐えられますね。ですがメタルプレートの応用の方は、どうしてもカートリッジが使い捨てになりそうです」

「こればかりは仕方あるまい。効果が出る条件も厳しいしな」

――これで終わらせるわ。待っていて。死ぬことなんて怖くない。だって気付いたもの、あなたがいる場所がどこなのか。本当は(かたき)をとりたいわけじゃない。わたしはきっと、あの人の役にたちたいだけなんだと思う――

 アーマードベースを見上げ、ダークはうめき声をあげた。

「ああ! そんな!」

 苦痛がひいて、装置を通して聞こえてくる声の主に気付いたのだ。

「あれに乗ってるのはアイカワさんなのか!? どうして! なぜだトマイ! なぜこんなことをするんだ!?」

 先ほどとは違う感覚が体に走る。念物質が極端に反応している。

「……ここである条約が締結(ていけつ)されたんだ」

 トマイが口を開いた。いつものトマイだ。戦いの時に見せる、冷静で狡猾なトマイだ。

「条約だと……?」

「僕、ひいては希望隊とベタナークのだ」

「裏切ったのかあ!!」

 ダークの足に力がこもり、ベリベリと何かを引きちぎる音をさせながら少しずつ立ち上がる。それを見たノーマンが感嘆の息をもらす。

「違う。そうじゃない。()()()()()()()()()()したんだ。ベタナークの目的と我々は絶対に相容れない。この会議は、その話し合いのために開催されたんだ」

「『核付き』がいるのはなぜだ!」

「『核付き』が間に入ったからこの会合が開けたんだ」

「そうじゃない! ナイトドリームの総司令が『核付き』なのはなぜだと聞いている!」

 ダークの体に力がこもるが、それは正常なものではなかった。装置の影響を受けたせいだろう、奇怪な『解像』が進んでゆく。

「ナイトドリームがベタナークの組織だからに決まってるだろう。私も委員の一人で、そこから『核付き』として見出されたんだ」

 ノーマンが話し出す。

「と言っても、隊員は誰も知らない。ナイトドリームは秘密裏にゼンドやアーロイドを観察する機関だったのさ。戦場捜査はその一環であると同時にカモフラージュだった。ところが、だ。君たちのおかげで否応なしに希望隊が独立してしまった。これだけは参ったよ。身から出た錆だと、さっきいた連中にずいぶんなじられた」

 軽々しく話しているが秘中の秘の内容であろう。それをこうも簡単に話す理由は、ダークの抹殺を含め、ここから情報が漏れることはないと確信しているからだろう。そして、万が一があっても、それをカバーするストーリーが既に出来上がっているのだ。

「……それと手を組んでいるなら同じことじゃないか、トマイ!」

「いいや。これが終わればナイトドリームはすべて希望隊に譲渡(じようと)されることになっているんだよ。誰も、何も知らないまま、全部だ。希望隊が結成された経緯から言っても自然に行うことができる」

 トマイは一言も発さず、ノーマンが答える。

「イロッシュの言った裏切り者とは副委員長のことじゃない。おまえ、いや、ナイトドリームのことだったんだな……!」

「そうだ。私が『核付き』になったのは、貴様らがナイトドリームに来る前だった。『核付き』の役割として貴様らを(かくま)っていたんだ。ああ、そう、稲富重工のヒル=ネシュを知っているな? 奴も委員だ」

「ヒルさんも……」

「副委員長はベタナークの企業を勝手に希望隊へ協力させていたんだ。『核付き』としての役割だったわけだが、それを知らん委員は、私と副委員長が結託して裏切ったと考えたんだな。それで、事態の収束のためにヒル=ネシュを派遣してきた。そこを私が説き伏せたんだ」

「全部委員長の意思だったのか……そんな潰しあいになんの意味がある? こんな密約に委員会が納得するのか? 委員長と委員会の思惑は別だろう?」

「馬鹿か。別なんじゃない、知らされていなかっただけだ。委員長の意思だと知れば、委員会は黙って従う。今は委員会も『核付き』の役割を知っているんだよ」

「希望隊も、委員長も委員会も、それぞれの思惑を超えて納得し、合意したと言うのか! こんな密約に!」

「そうだ。希望隊は、この装置を使用した上で成果があがれば、今回の情報だけは委員会に譲り渡す約束だ。委員会としては今や邪魔なだけの貴様を始末できるし、希望隊からすればアーロイドに対して警鐘(けいしよう)を鳴らすためのいいスケープゴートになる。一石で何鳥にもなるんだよ」

 ダークは、人間でもアーロイドでもない姿のまま自然に会話していた。体にはなんの違和感もなかった。

「そうか……なら質問だ。そもそもアーロイドは何のためにつくられた? イレブンは危険極まるバケモノだ。そんなものを利用して何をしようというんだ。おまえたちはいったい何と戦っている?」

「……貴様と戦うためだ。試験の目的は『リマージェン』した貴様の攻略法を見つけ出すことってのはもう聞いてるんだろ? だっだらこんなことは答えなくても簡単に予想がつくことだ」

 少しばかりノーマンの様子が変わっていた。本当に些細な変化だが、ダークは見逃さなかった。

 トマイも先ほどと少し様子が違っている。神経質になっているような、警戒しているような様子だ。

 ノーマンはトマイに指示を出すと、隊員を外に出させる。核心に迫りつつあり、それを話すつもりなのだ。

「『リマージェン』とは?」

「……訳すると遺伝情報再羽化ってところだな。貴様が造られる時、出来上がりがイレブンとは程遠いことは初めからわかってたんでな、ある成長プログラムを敷いたのさ」

「それが……性能比較試験か」

「そう。それによってイレブンの認識を思い出させるって寸法だ。ハンドルエクスというレプリカは、性能比較試験を経てイレブンへと成長を遂げる。それが『リマージェン』」

「なぜそんなことができる? 俺はなぜイレブンの意識を思い出した? 俺は死体に肉付けされただけのレプリカのはずだろ?」

「イレブンには精神遺伝と言う特性があってな、記憶だの精神だのを継代することができるんだ。残留している精神情報を発現させれば、サイコマターで勝手に適正な肉体を構築する。そうすれば完全でなくともイレブンを蘇らせたことになる。ナンバーイレブンの再現ってのはそういう意味だ」

 ダークは少し考え込む。ノーマンは何が出ても受け止めるべく身構え、アーマードベースの冷たさがそれを見守っている。

「短時間での成長はそれと関係があったのか……」

「だろうな。ああ、これも教えてやる。もともとポイント-ブランクってのはそういう意味だ。貴様にとってのブランクはイレブン。洒落が効いてるだろう? ポイント-ブランクが飽和点に達すると、イレブンが『リマージェン』して、同時に崩壊した肉体が再構成されるって寸法だ。だが、結局それも失敗したようだな、貴様は飽和点まで至りながらそれを制御できず、暴走し、イレブンの完全な『リマージェン』には至らなかった」

「……それで、勝ってどうする? そんな力を何に使うんだ?」

「貴様との戦いは予行演習なんだよ。次に備えるのさ」

「次……? まさか俺以外にもイレブンがいるということなのか!? だが、結晶石は確か一つしかないと……」

「そうだ、一つしかない。()()()()()、な。だが、オリジナルのイレブンを作った連中についてはわからん」

「イレブンの製作者……?」

「そう。そして、我々の言う『仮想敵』とは、そいつらが従えているイレブンのような戦力のことだ」

「その製作者はまだ存在しているのか!」

「そう予想されている。ただな、奴らに関する情報はかなり少ないんだ。サイホにあったような遺跡や文明を遺した者たちが一体何者で、今、何をしているかまではわかっちゃいない」

「そんな奴らに対してなぜここまで?」

「そんなのは、奴らが敵性集団であることが明確だからに決まっているだろう。調査の結果な、奴らは未だにこの星を監視していることが判明したんだ」

「なぜ滅んだ? どこで監視している?」

「滅んだのか去ったのか、消えた理由も原因も不明だ。もしかしたらこの地に来たこと自体が事故かもしれん。いや、下手したら奴らはこの地で生まれたのかもな……ともかく、奴らが今どこにいるかはわからん。ただな、貴様だよ。貴様が問題だ。イレブンは明らかに人類文明に対する脅威だ。そう造られているからな。我々は貴様を『仮想敵』の尖兵と判断したんだ」

「それで代理仮想敵、か……」

「『仮想敵』の裏にいる製作者は、発覚した経緯から『霊物』なんていう風に呼ばれてるな」

「なぜおまえたちだけでそんなことを。これだけの力があって、どうして正式な手段で国際社会に立たなかった?」

 トマイがふと前に出ると、アーマードベースの様子を見て、クライブが一つ頷いた。

「……再装填、できそうです」

 またあの装置が動くようだ。ダークは焦る。あの装置もさることながら、あれが動くと相川にも危険が及ぶのだ。

「よし、トマイ、出てもらえるか。装置は置いていけ。ケリをつける」

 ノーマンの指示でアーマードベースが再び起動し、その装置を作動しはじめる。

「失礼します」

 トマイとクライブが出て行こうとしたが、トマイの横を何かが目にもとまらない速度で通り過ぎて、クライブを壁に叩きつけた。

「おいぃ、クライブぅ……おまえには出ていっていいとは言っていないぞぉ」

 うめき声をあげることもなくクライブは崩れ落ちた。

 ノーマンの仕業だった。腕が触手と化しており、それでクライブを叩き潰したのだ。

 トマイは驚くでもなく、ただクライブを一瞥して出て行った。トマイは『核付き』としてのノーマンの目的を聞かされているのかもしれない。

 『核付き』の行動はすべて委員長の意思。ならば、ベタナーク内で行われている潰しあいの意味とは。その疑問を、ダークは気にすることができなかった。苦痛そのものは先ほどより緩やかだ。相川の限界が近いのかもしれない。しかし、ダークは精神的なショックにより、冷静な判断を欠いていた。

――これでもうわたしは一人。あの人は行ってしまう。あの女性を見た時すぐに気付いたの、あの人の隣にいるべき女性だって――

「駄目だ! やめろ!」

 その声は、弱々しいにも関わらず、より大きく聞こえてくる。

 ダークは完全な『解像』をすべく構えるが、やはりできない。それどころか、念物質の制御が利かず、まるで空回りするばかりだ。

「くそ! アイカワさん! もうやめてくれ!」

「……国際枢密委員会ベッティングアーク」

「なに?」

 ダークは、自分の体に起こっている変化の正体を少しずつ理解しはじめていた。

「それが委員会の正式名称だ。ナイトドリームだけじゃない。ベタナークそれ自体が、世界各国から承認された非公開の公的組織なんだよ」

「……妄言も大概にするんだな、おまえらのような非合法組織が何を言う」

「事実だ。ベタナークは国際的な対『仮想敵』用の準備機関なんだよ」

「ふざけろ!! そうなることが目的、の言い間違いだろう!!」

「血の巡りの悪い奴だな。目的でも目標でもない。不思議に思わなかったのか? いくらベタナークが強い力を持っているとはいえ、なぜどの国も黙殺しているのか」

「それは見逃さざるを得ない状況に……」

「見逃していたんじゃない。彼らもまた、委員会が行う計画の遂行者だっただけだ。これは首脳やら指導者って類の大概が知ってることだ」

「……トマイはそれを知っているのか」

「知っているよ。彼も他言はしないだろうがね。今この地球に、いや、人類に必要なのは知ることじゃない。最も重要なのは効率良く準備すること。その点ではトマイと意見が一致しているからな。そして、世界もそれに乗ることを選んだ。今や『仮想敵』事案のすべては、最大最後の秘匿分野なんだよ」

「……隠す必要がどこにある」

「ここで一からベタナークの歴史を語るつもりはない。ただな、世界は自らを恐れたんだ。自らの業をな。委員会ならば、誰の野心に(さら)される心配もなく、無意味な混乱を避け、必要時に速やかにその力を用意することができる。信念があるからな。あえて言うならば、その信念こそがベタナークの野心。そして、それがベタナークの意義だ」

「これがその結果か! どれほどの人間を犠牲にするつもりだ!」

 ダークは自分で自分の言っていることがとても可笑かった。そして、可笑しいと思うほどに苦痛が増した。自分が感じ、言葉にして出すたびに思いが軽くなる。

 ダークに再び認識の侵食が起こっている。

「人類が滅びない程度に、だ。ベタナークの技術がなければ、人類は確実に『霊物』に滅ぼされる」

「そんなのわかるか」

「わかるとも。通常戦力はもちろん、特殊な兵器を用いようと戦力差は覆らん。純然な、圧倒的戦力差があるんだ。そうだな、種そのものの力の差、と言い換えてもいい。それとも、なにかいい案でもあるのか?」

「少なくとも『霊物』や『仮想敵』については公開されなければならないことだ!」

「だから、今の人類に受け入れるなんてとても不可能だって言ってんだろ。どれだけ視野をひろげても、現行人類は国家、民族以上の目は持てないんだよ。必要なのは個人の目を持つ集団だ。人類の意思を代弁する集団だ。ベタナークならば、アーロイドのもとにすべての垣根を超えることができる。そして、この不死の兵こそが、その差を埋める唯一の手段になる」

「その肝心のアーロイド、人間風情に負けるのを何度も見たぞ」

「今は、な。だが、いかなる戦いも行うのは人だ。それを底上げして、はじめて人は、次のステージの戦いをすることができるのだ」

「おまえらの理屈だ」

「その意見はトマイと同じだな。しかし、ベタナークこそが人にあるべきの生の姿と言える。誰かを支配することなく、統治されることもなく、しかしそれに見合う力を持ち、そのために相応しい歴史も持つ。我々の存在は、人々が個体として生きていく、その中にある出来事として現れただけなんだ。わかるか? あぁ……副委員長がいればもっと相応しい表現をしてくれただろうにな」

「その御託(ごたく)、誰が認める! 怪物をうみだす悪魔に変わりは無い!」

「気付いていないのかハンドルエクス、貴様はその最たるものなのだ。一個人でありながらベタナークを相手取って戦えただろう? その悪魔が与えた怪物の能力でな。委員会がやろうとしていることも同じことなんだよ」

「……俺が戦ってきたのは、アーロイドが俺と同じ化物だと思っていたからだ。だが、そんなものはどこにもいなかった! 俺の敵はいなかった! 俺の戦いに意味などなかった! おまえたちも、俺という化物を勝手に生み出し、そしてその影に怯えているだけ。全部無意味だ!」

「人ならざる者に役目はないと言いたいのか? それは横暴なんだよ。いいか? 人々が本当の意味ですべてを知れば、誰も委員会を拒絶しないだろう。貴様が勘違いしていたその戦いは、断じて正義などではない。独善だ。トマイと同じ意見であるはずの貴様が切り捨てられたことからもそれを察しろ」

「だからこの装置か。この機械は俺を抑制するだけの機械じゃない。イレブンを刺激している」

 指摘するダークの顔はにやけていた。愉快な気分だった。

「気付いたか? だがそれはトマイの案だ。『核付き』対策のためというのは本当なんだよ。今回は私の目的のために貸与してもらった。貴様が失敗した『リマージェン』を誘発して、イレブンを再現し、その上で力を抑制し、始末する」

「は……ははっ! ははははは!」

 ダークの(たが)が外れてゆく。バランスが変わり、イレブンとしての性格を帯びてゆく。装置のせいだけではない。

「……この際はっきり言っておこう。貴様は人類に対して反旗を翻しているも同然だ。貴様の元になったイレブンとなんら変わりはない。まあ、再現計画としては好都合だ。名実共に『仮想敵』を再現するよう想定されている計画だからな」

「こんなものでイレブンを(ぎよ)せると、本気で思っているのかァ!!」

「貴様は人間どころかこの星の生物ですらない。意義を持って造られたただの人工物だ。ベタナークが存在することで、初めて『仮想敵』の代理として存在することを保障されるんだ。いや、もうその存在意義すらない。今や貴様に注目しているのは委員長だけだからな!」

「犬死にするだけだ! そのマシンの中にいる人間も! おまえも! おまえらがいかに愚かしいことをしているか……教えてやる!!」

 結晶石が反応しないまま、念物質だけが(まと)わりつく。

「それでいい、自棄しろ。この戦いを、人類対『霊物』の前哨戦とする」

 自らの中を通る管を受け入れたダークは、イレブンである自らに嫌悪したが、もうその自我にも気付けなかった。

ああ、悲しきかな。

終わらない。まだ終わりではない。

終わらせるために、まだ終わるわけにはいかないのだ。


次回、ハンドルエクス・ダーク第19話『琥珀の静寂』

暗闇への審判が、今、下される。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ