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ハンドルエクス・ダーク  作者: 千代田 定男
第四章 大全堂事件編
17/26

第17話 千の祈り

17・千の祈り


 あなたに手紙を(つづ)るのは、これが最初で最後になるでしょう。

 あなたが考えなければならないのは、他の誰のことでもなく、自分のことだけ。

 いつか話した通り、あなたは自由。

 そうでなかったとしても、もうすぐたった二人の戦いじゃなくなる。私があなたを縛ることもない。

 それでもきっとあなたは迷うのでしょう。悩むのでしょう。だから、とても自分勝手な意見を言わせてもらおうと思う。

 すべてに勝ちなさい。戦い続けなさい。それがあなたの宿命。


「ハイン博士から君に()てた手紙だ。希望隊を去る前に残していった」

「博士……」

「頼むシオナシ、協力してくれ」

 レイチェルはいたたまれなかった。ダークは目に見えて衰弱している。

 ナイトドリームでも対アーロイド機関としての活動が続いており、ダークは言わばその手助けをしてくれた恩人でもあるし、友人の戦友でもあるのだ。このような姿は直視するに忍びない。

「これがダークの、ハンドルエクスの最後の仕事になるだろう」

 トマイは帰る道すがら、レイチェルにそんなことを話した。

「最後?」

「ベタナークは人間の力だけで除かなければならない。そして、我々はもう我々の力だけでアーロイドと五分で戦える」

「それは同意見かな。悪いけど、あの様子じゃあ彼はもう身を退くべきだよ」

 レイチェルの意見は同情からである。ダークの存在は悪用されかねないこともあって、隠遁(いんとん)するのが良いと考えたのだ。 

「あいつが死ねばよかったんだ……」

 相川のその言葉には、他の一切の意味は含まれていなかった。

 相川もまた、一目見てわかるほど暗然(あんぜん)としており、このようなことをもらすのも、あるいは無理からぬことかもしれない。

 ただ、自分の意見は、相川のそれとは違うとレイチェルは信じたかった。


***


 大きな会場を出た場所にレイチェルはいた。入り口からは優雅な演奏が聞こえてくる。

 レイチェルはこの夜、あるパーティーに連れ出されていた。

 顔見せということであったが、どういう場所なのかはどうにもよくわからなかった。レイチェルは今までもこういう場に来たことはあったが、あまり楽しいと感じたことはない。

 レイチェルを連れてきたナイトドリームの総司令は、連れの男と共にどこかへと行っている。隙を見て、レイチェルは一人会場から抜け出していたのだ。

 夜風にあたりながら、レイチェルは大全堂のことを考える。今回の目的はただの摘発ではない。アピールを含めた告発なのである。

 ベタナークは市場に深く入り込んでおり、これは誰かをどうにかすれば済む話ではない。経済的混乱は、人類がいまだ完全な勝利を得ることのできない最大の敵の一つだ。

 この四企業のような巨大な敵を、世界で相手どることができれば、人類はその勝利を掴むことができるはずなのだ。ただし、おそらくは、とてつもなく大きな犠牲を払うことになる。

 だからこそ、それを恐れず、味方でも、支援者でも、誰でも相手にするという姿勢を示さねばならない。真の意味で、今回はその絶好の機会でもあるのだ。

 レイチェルは、マッツェンのことを思って、身に着けた絢爛(けんらん)なドレスの下の体が、使命の重さで引き締まるように感じた。

 軽口とは裏腹に情に厚く慎重だったあの友人が、死してまで成そうとしたこと。それは世界を巻き込むことに他ならない。その重荷に自分は耐えられるだろうか。

「希望隊……」

 トマイはそれに耐えてきた。いったいどれほどの意思の強さが必要だったのだろうか。いったいどれほどの犠牲を払ってきたのだろうか。自分の命を旗にして、多くの命を死へと導くことになった彼は、何を思ってきたのだろうか。

 考えられるのは()()しかない。

 その宿命を上回るだけの希望がなければできないことなのだ。彼らは絶望の淵に立つ時も、誰よりも素晴らしい未来をその目に見ていたのだろう。 

「ここにいたか、レイチェル」

 考え込むレイチェルに話しかけた男は、優しげな笑みでそれを見守っていた。

「総司令……」

「希望隊に相当面食らったようだね。それに比べればこのようなパーティーが退屈なのはわかるが、これはこれで重要なことだということもわかってほしい」

 恰幅(かつぷく)のよい男がレイチェルの横に立つ。

「あ、ごめんなさい……」

「いや……それで、イユキ=トマイはどうだったかい?」

「彼は、まるで、そう……世界の王にでもなろうとしているように思いました」

「王? 彼が? 彼は野心から最も遠い男のように思っていたがね」

「そうです。私もそう思います。ですが、もっとこう、なにか運命のようなものが彼を待っているような気がするんです。望む望まないに関わらず、それしかないかのような……」

「大きな何かに彼は選ばれた?」

「そう、ですね。そう思えます」

「君がそんな信心を持っていたとはね」

 そんなことを言いながらも嬉しそうに笑う男は、レイチェルの手を握った。

「君がトマイを支えるんだ」

「これ……」

 レイチェルの手にはペンダントが握らされていた。

「邪推しないでくれたまえよ、それに高価なものでもない。お守りのようなものだと思ってほしい」

 ペンダントには子を抱く女性の姿が彫られている。(はかな)げな女性の彫像だ。

「女神様でしょうか?」

「ふふっ、違う。違うが、私にとってはそうだね……妻と娘だ」

「これは……いただけません」

「娘が生きていたら、今は丁度君ぐらいの年頃だ。君にもらって欲しい」

 男はレイチェルの手からペンダントをとり、その首にかける。

「君が第2に行ってから毎日が気が気でなかったよ。だが、そのままではいけなかったのだと今ならば思える。だから、これを貰ってくれないか。これからは私の代わりに、きっと妻たちが君を守ってくれる。そう思いたいのだ」

「ゲイリーおじさん……」

「大国は希望隊をできれば認めたくないはずだ。承認こそすれ、ナイトドリームのように雑用をさせておきたいと考えている。この大全堂襲撃は希望隊の立場を固めるためにどうしても必要なのだ」

「はい」

「希望隊の得た情報は正しい。君もまた、人類の命運を左右する一人となるだろう。長い戦いになるだろうが、必ず未来をつくりあげてくれ」

「必ず!」

 二人は笑顔で敬礼を交わした。似つかわしくない格好と、似つかわしくない場所だが、これが二人には最も似つかわしいやりとりなのだ。

「さあ、皆が待っているよ。君の歌が聞きたいそうだ」

 二人は手を取り合って会場にもどる。それを、沢山の拍手が迎えた。


***


 四社会議は多くのメディアで取り上げられていた。この会議は、ベタナークに対する企業側からの見解の叩き台になるであろうからだ。

 日本にある大全堂が会議場として選ばれたのは、日本がソーラ化学研究所という、ベタナークの被害を受けた組織を持つ国家であるからだ。

 ナイトドリームが警備に選ばれたのも、世界で最初に対アーロイド戦を行ったからであり、意見を求められたゲイリーは、ゲストとして会議の場に出ることにもなっている。

「ゲイリー総司令は立派なお方だよ。自ら進んで最も危険な場所に……」

「ああ、私もそう思う」

 トマイとレイチェルはダークの所へ再び来ていた。様子をみるためと、打ち合わせのためだ。

 ダークは少しだが活気が出ていた。ハインの手紙を見たからというもあるのだろうが、実のところ無理をしているにすぎないだろう。

 薄紙(うすがみ)()ぐように体が回復するのと同時に、ダークは自分が消えてゆくのを感じていた。傷一つないのに全身が痛むのだ。表面上はどうあれ、ハンドルエクスとしては死に向かっているのだろうとダークは考えていた。

「……元気がないな。心配事か? そう顔に出ているぞ」

 ダークは表情を変えず、口の中だけで笑った。冗談を言われるほどには、調子が良さそうに見えるのだろう。

「トマイ、会議に参加する者の中にはアーロイドがいるはずだと言ったな」

「そう。おまえの任務はそれを見分けることだ。サイホの情報から、ゼノ社のイロッシュも委員であったことが確定した。副委員長ラルスのこともあって、ベタナーク委員にアーロイドがいる公算は高いだろう。会議に出ている委員がいるはずなんだ……いや、そうだと助かる」

「助かる?」

「わざわざ四社がベタナークであることを証明する必要がなくなるだろう? アーロイドが混じっていた時点でそいつらはクロだ」

 トマイはレイチェルに笑いかける。レイチェルは目を伏せるダークを見ていた。

「……そうか」

「それで、それがどうした?」

「『核付き』だ。あれがアリガ以外にまだ一人残っている」

「確かベタナークの特別な幹部、だったっけ? とんでもない強さだとか。対策はしてあるって聞いたけど?」

 レイチェルもそれを心配していた。レイチェルだけでなく、第2係の人間は、ややアーロイドを過剰に危険視する傾向があった。もっとも『核付き』についてはその心配で正しいのだが。

「ああ、その一匹についても大丈夫だ。あのメタルプレートを使った装置が完成している。せいぜいテスト段階だがね。マインド能力共鳴装置、ハイン博士の置き土産だ」

「そんなものが……人員の方は大丈夫か?」

「歯がゆい言い方だな、問題ないよ。こちらも信用できる人間を用意するし、ナイトドリームの方も信用できる。シオナシも覚えているだろう? ゼノ社の時のレイチェルの勇敢さを」

「あの時は必死だったからな、あれは単なる蛮勇だよ」

 レイチェルの指摘で小さな笑いがおこる。といっても、面白くも楽しくもない思い出だ。ただ、懐かしい。思い出話に少し花が咲く。

「まあ、とにかく安心してくれ。僕たちに任せておいてくれればいい。当日、君は誰にも悟られないように密かに入ってもらう。なにせ、相手も君が何者か知っているからね」

「ああ、わかった。あの……それで、アイカワさんはどうしてる?」

「……変わらんよ、彼女にはもっと時間が必要だ。彼女もここに来ているが、今は少し、な」

「そうか、そうだな……」

「あまり考え過ぎないことだ。少し失礼するよ、用事があるんだ。レイチェル、君は先に戻っていてくれ」

 そう言ってトマイは席を立つ。おそらく相川のもとに向かったのだろう。時間が必要なのはトマイも同じだ。ただ、それを許されていないのだ。

 トマイが去り、ダークは(うつむ)く。頭に手を置いたまま、眠ってしまったかのようだ。

 ダークの様子を見て、やはりこれは駄目かな、とレイチェルは思った。

「当日、同行はできないがよろしく頼む」

 形式としてレイチェルはそれだけ言い残した。彼女は当日、ナイトドリーム側の警備を総括する予定になっている。

「綺麗だな」

「え?」

 席を立とうとして、思わぬ言葉をかけられたのでレイチェルは驚いた。

「それ、親子か?」

 ダークはレイチェルのペンダントを指差している。

「ああ、そう、親子だ。よくわかったな?」

「綺麗だ」

「お守りみたいなもんだよ」

「あんたのお母さんか?」

「いや……でも、そんなところさ」

 ダークの見せた優しげな表情を見て、ダークにもそんな人がいたのかもしれないとレイチェルは思う。

 そして、ダークはトマイとは逆に、いつの間にか、わずかな希望すら見失ってしまったのではないかと予想した。そうであるならば、レイチェルにとっては情けなくも感じた。


***


夜、執務室にあたる部屋でエルとトマイが話していた。手には酒が握られており、服装も緩められている。

 酔態(すいたい)をさらす二人とは別にもう一人、客と思われる背丈の低い男がいた。彼は素面だ。

「じゃあハインド博士とはもう?」

「ええ。一応ラインはひいていますがね。ここからは本当に僕たち次第ですよ」

「レイチェル=サインに(こだわ)っているのは、彼女がナイトドリームの跡継ぎだからか?」

「そういうわけじゃないですよ。跡継ぎというのも少し違うでしょう?」

「実質そうでしょう。既にそうなるものとしているからこそ、先日管財品を提供したんです。あれは相当貴重なものです」

 二人の会話に割って入った小柄な男は、目を細くしてトマイを見た。

「ほらみろ、経理や会計に関わっているクドッコさんまで認めているじゃないか。そのおかげでメタルプレートの応用が可能になったんだ。そこまで計算したんだろ?」

「そんなわけありませんって。だいたい、ゲイリー総司令がこんな話をつけているとは考えもしていませんでしたし」

「まあ、さすがにそうか。クドッコさん、そちらではどうでしたか?」

「ノーマンさんがこちらに来られた時はそれはもう驚きました。ですが仲介役を連れておられましたので、話し合いは思いの他スムーズでしたよ」

「仲介役ですか」 

「詳細は話せませんが、知る人ぞ知るってやつですね。中央での様子を見るに、単なる裏切りとは違うということがわかりました。だからこそ余計にピリピリしていたのですが、彼らの真の役割がわかりましたので……とにかく、これで会議の際は円滑に進めることができますよ」

「それはお互いに結構なことです。ゲイリー総司令には感謝しなければなりませんな」

「今になってみると、全くそうです。つまり彼は一人で尻ぬぐいを引き受けていたわけですから……あの、それで、大きなお世話かもしれませんが、本当にカートリッジはあれで良かったのですか? 処置を拝見させていただきましたが、ずいぶん混濁が進んでいるように感じましたが」

「……同意の上です」

「次のフェーズに移すには、どうしてもあれを使用する必要があります」

「こちらにも関係することですから、協力は惜しみません。今からでも何かありましたらお知らせください」

「ありがとうございます。ですが十分ですよ、時間の関係もありますし。いやなに、押し付けられたなどとは思っていませんよ、これからのことも考えなければならないというだけです」

「そうですか……」

「それよりクドッコさんも一杯どうです?」

「いえ、結構です。アルコールに酔うより、今は未来に酔いたいところですので」


***


 その日、日が昇る前の薄闇の中、ダークはもう明日のことを考えていた。今日、まるきりいつも通りの朝が来るとはなぜか信じられなかった。

 体の方は弱々しく感じてまるで力が入らない。それなのに熱があってうだるようだ。

 大全堂の会議にベタナークの委員が集まっていたとして、おそらくそこに委員長はいない。それぐらいはわかる。終わりではないのだ。

 これが終わりとならないのはダークにとってだけではない。

 サイホが開放され、ゼンドが本拠地を失ったということは、アーロイドが世に解き放たれたようなものなのだ。それは、これからアーロイドという害悪が一般化することを意味する。

 いや、広い意味でならば、ダークのその危惧(きぐ)はすでに現実となっている。人々の中で、恐怖の恒常化という形で、だ。

 トマイもわかっていることだろう。終わりではなく、始まったのだと。

 加えて言えば、ダークの予想は希望隊のものと少し違っていた。

 たしかに委員長がゼンドを捨てる可能性はある。しかし、委員会ならば別だ。委員会としての性能比較試験が終了を迎えた今、委員会がゼンドの本格的な編成を考えてもおかしくはない。

 ダークは体を丸める。もうあのぼろきれのような念物質の感触も忘れてしまった。

 掃除機のヒステリックな音で我にかえる。音や声が神経をやたらに逆撫でる。いっそ、耳など無くなってしまえばいいとさえ思う。

 ダークのいる部屋には窓がないため確認できないが、日が昇りきったのだろうと思った。人の動きと空気が、朝のそれだった。

 首を振って、それから立ち上がる。少し体を動かしてみると軽いめまいがした。

 ダークは食事もそこそこに、希望隊から来た迎えに出頭する。隊も表面上は静かなものだ。それもそのはずで、大半が今日起こることを知らないのだ。

 様々なサイズのアーマードベースと兵員輸送機が待機状態にあり、SZU兵が幹部から激励を受けている。

 キベルネクトのヘルメットを小脇に抱え、トマイが一人でダークに近づいてくる。

「すぐ動けるか? 仕事をやる」

「ああ」

 ダークとトマイが並んで歩きだす。歩調は揃っていない。

「一人なのか?」

「皆もうスタンバイ済みだ。レイチェルはナイトドリームだしな……それで、これだ」

 アーマードベースの前に立つ。他のものと比べればずいぶんと小型である。ただとても(いびつ)であり、改造されたもののようだ。

「改修したのか?」

 機械であるが、グロテスクに思える。アーマードベースには手足があるためであろう。そのシルエットは、まるで人の背中を無理矢理切り開いたかのように見えるのだ。

「メタルプレートを応用した装置を搭載している。マインド能力共鳴装置だ。前に言った『核付き』対策さ」

「……中央島で接収したものか?」

「ん、よくわかるな」

「デザインに面影というか、どこか癖がある。向こうの、ベタナーク側の技術だろう」

「そう、これは中央島にあったものがベースだ。それにハイン博士の手が入っている。特に結晶石まわりの技術の応用らしいが、彼女にも詳細はわかっていないそうだ」

「これをどうしたらいいんだ?」

「キベルネクトで君の情報を組み込みたい。今のシオナシの、だ」

「なぜだ?」

風袋(ふうたい)だよ。『核付き』に対応するために必要なんだ」

 よくわからないままダークは中に入り込み、機器を作動させる。そこからは自動だった。

 ダークは腹部の奥に結晶石を感じた。機械に組み込まれたメタルプレートの能力だろう。

 忘れていた感覚にダークは少し不快感を覚える。その感覚を頭で拒否すると機器が止まってしまうので、されるがままだ。コントロールこそできないが、支配権はあるらしい。なるべく無心になっている状態だ。意図的なリラックスは難しい。嫌な思いをするならなおのことだ。

「いいようだ」

 しばらくしてハッチからトマイが覗き込む。ダークの表情を一目見ると、ハッチの枠に座り込んだ。

「やはり迷いは晴れないか」

「……迷い? そんなものはない。もう俺には研究に協力するぐらいしかすることがないだけだ」

「研究といってもそこまで進展は見込めないぞ。君とアーロイドには違いもあるしな」

「なら、今回で俺の仕事は終わりだな」

「……待て、待つんだ。いいか? 君が戦ってきたことは、間違ったことじゃない」

「正しさなんて関係ない。俺の敵などこの世のどこにもいない、この世の敵が俺なんだ」

「博士の手紙の内容を忘れたか?」

「戦うとしても相手は委員長だけだ。他はもう俺に用がないだろうからな。頼むトマイ、俺は俺でやりたいようにやる」

「……わかった。今作戦終了と同時に離脱を許可する」

 膝をついてうずくまるような機体から降りて、二人は別々の方向へ向かった。


***


 大全堂は広く開かれた山に建っており、一見すると、どこからが敷地で、どこからが道なのかもよくわからない。

 中に公園やら庭園やらがあって、それらと駐車場、駅とを結ぶ道が縦横に走っている。それが、平たいのに立体的に入り組んでいるような印象を与えている。

 ややこしい施設だが、植えられた木や芝生と、山の空気のおかげで、大らかで穏やかでもある。

 奥に見える一風変わった建物に本会議場あって、そこに人が集まっているのが、わずかにかかった(かすみ)の中でも見えていた。

 会議がはじまって数時間が経つ。

 取材の人間がそれなりに集まってはいるものの、奥までは入れないらしく、周囲にそれぞれ仕事用のスペースをつくって情報を待っていた。

 空はどうにも難しい表情をしており、もう少ししたら一雨きそうである。

「そろそろだな……晴れだって聞いてたが、はずれたか」 

 呟きながら見上げたその灰色がかった空に、警備員はポツポツと浮かぶ影を見つけた。

 そして、ほどなく、物々しい車が何台も大全堂に集まってきた。

ついに大義が牙をむいた。

血と魂の奔流が見世物のように視線を乞う。

死神や悪魔だって、この標本に比べればまだ慈悲深い。


次回、ハンドルエクス・ダーク第18話『機会』

暗闇への審判が、今、下される。

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