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ハンドルエクス・ダーク  作者: 千代田 定男
第三章 中央島戦争編
15/26

第15話 人ならざるもの

15・人ならざるもの


 電灯がチカチカと点滅し、希望隊の隊員が数人倒れているのが照らしだされている。

 部屋に施された内装は崩れ落ち、廃墟と化した遺跡のようである。

「無事か!?」

 数人のSZU兵が仲間の応急処置をしているところだった。部隊は壊滅状態である。

 大規模な戦闘が行われたわけではないだろう。これをやった敵はおそらく一人。ダークはそう確信していた。

「トマイ!」

 倒れた者の中にトマイを見つけ、駆け寄る。

「はぁっ……シオナシ……」

「大丈夫か? すぐスプレニクから救援が来る」

「奴を……」

 起き上がろうとするトマイをダークは制する。

「俺がケリをつける。いいな?」

「う……ん……」

 少し(うなず)くそぶりをみせると、苦悶の表情を見せトマイは気絶した。

「どうやらこの要塞にはもう誰もいないようです。脱出してください」

 生き残った隊員に告げ、ダークは破られた壁の奥へ進む。後ろで隊員がなにか言ったようだが、ダークは止まらずに走り続けた。


・・・


 隠し通路というやつなのだろう、先ほどまでの廊下とはまるで違う、地下に潜ってゆくようにできた坑道だ。

 ずいぶん長い。おそらくは地下数百メートルまで来ている。その内に道は土や岩の地面を(さら)すようになり、ところどころ石でできた壁が見えるようになった。

 道はどんどん大きくなってゆく。ダークは先に大きな空洞があると感じた。聞こえてくる音の響きが違っているのだ。

 広い空間を予感させる反響音が近くなるにつれ、ダークはどこか懐かしい気持ちになっていた。それがどうにも意識の底を穿(うが)つようで不安を煽った。

 急に天井が高くなり、ダークは巨大な石造りの扉の前に出ていた。

 電灯もなく、光をとりいれる構造もない暗い世界で、ダークの目は、壁のようにそびえる扉に刻み込まれた紋様を捉えていた。先ほどの部屋の内装とどこか似ている。

「これは……」

 どこかで見覚えがある気がした。

 初めて見るものなので、知っているはずもないのだが、なぜかわかるような気がしたのだ。ちょうど、ど忘れしてしまっているような感覚だ。

「ほう、覚えがあるのですか?」

 ゾクリとする気配がして、思わずダークは声から遠ざかるように距離をとる。門にあたる場所であろう物陰から、人が出てきた。

「おまえ……!」 

 ダークはその姿を見て、自分が勘違いをしていたのだと気付いた。

 ラルス=ギャラルダイン。希望隊が入手した情報から、彼がそうであるとわかった。わかったのはそれだけではない。今まで感じていた強烈な印象は彼のものだと気付いた。

「アリガじゃなかったのか……」 

 有賀の名前を聞いて、ラルスが首をひねった。少ししてダークの顔を見る。

「委員長はやはり、相当に貴方に執着しているようですね」

「チッ……思わせぶりに言っといて、どうせ何も言う気はないんだろ?」

 ラルスは少し目をそらすと、なにか考えるように沈黙している。ダークもまた、そんなラルスの動きに集中している。

「ここがどういう場所かわかりますか?」

 ラルスは急に手で周囲を仰ぎ、扉を撫でる。その扉は途中まで開いており、奥には木らしきものが見えている。このような地下であるにも関わらず、巨大な根と幹と枝が股となっているようだった。

「何かの跡のようだが」

「我々の故郷ですよ」

「故郷? そうか、ここに……」

「はい。気の遠くなるほど遥か昔に、ここには未知の文明があったのです。発見された遺物は、人類の技術を超えたものでした。この最奥にあったあの神秘的な霊廟の姿をワタクシは今でも覚えています! エッケ・ホモ、この人を見よ!」

「11番資料、だな?」

「そうです! この! ここで! イレブンが発見されたのです! あの例外者が!」

 興奮してラルスは大げさに手振りを加える。

「俺のオリジナルとなったもの……」

「おや? そういう認識なのですか? 本来の貴方の意識はまだ……」

「何が言いたい?」

「ですがそろそろのはずですね。せっかくですから、ここでワタクシが仕上げてしまいましょう」

 腹の奥に響くような衝撃を感じて、ダークは大きく吹き飛んでいた。

 ダークは空中で器用に体勢を整え、向き直る。

 ラルスの『解像』がはじまる。

 服を破り飛ばし、肩が盛り上がり、それはやがて顔のような形を成してゆく。足は太り、指は変質し、杭のような爪を伸ばしてゆく。口が迫り出し巨大な顎と化し、額には眼が開く。髪はたてがみのように伸び、その内から複数の角が生えだす。重くなった上半身を支えるように倒れこみ、腕は足と同じ形状を示してゆく。

 眩しい光がラルスの全身に行き渡り、輝きがそのまま定着したかのような銀色の鱗がその体を覆った。

 ダークは『解像』するラルスの腹部に、四角い金属状の物体が現れたのを見逃さなかった。

「『核付き』……」

「そう。ワタクシはメタルプレートの一つを所有する、『核付き』トリケパイト種です」

 トリケパイト種となったラルスの体は象ほどもありそうである。

 しかし、ただ体が大きいだけのアーロイドではないのは百も承知で、ダークは念物質がひりひりとするのを感じていた。

「さて、稽古をつけてあげましょう」

 ラルスがわずかに動いただけで後退りしたくなるほどの圧力を感じる。まるきり無防備だが、何をしても通用する気がダークにはしなかった。

「おおおおお!」

 小手先の探りなど無意味であろう、全力を尽くすしかないとダークは察した。

 ダークは念腕をラルスの後ろに突き刺し、体勢を低くする。

「さて、見せてみなさい」

 ダメージのある体がさらに(ゆが)むほどの力で地面を蹴り抜く。念腕が地面を削り、必殺の蹴りを撃ち込む。衝撃波が空洞に乱れ飛び、地響きを起こす。

 一撃では終わらない。

 蹴り込んだラルスを足場に飛びあがり、中空から念腕でラルスの体を掴むと、壁を足場にしてさらに蹴りを叩き込む。数度繰り返し、着地。

「……ハッ!」

 ダークはまるきり無傷らしいラルスを見て、思わず笑いがこみ上げていた。

 並みのアーロイドなら一山いくらで仕留める威力の蹴りを束にしても、ラルスの体を揺らしただけに終わったのだ。

「今までのアーロイドとは、まるっきり桁が違う……」

「そうですね。理屈上、『核付き』は貴方と同等の力を有するのですから、当然と言うべきでしょうか」

「同等、か」

 ラルスはおもむろに息を大きく吸い上げると、その口腔から稲妻を吐き出した。ダークを巻き込み、地面を切り裂きながら放射状に散ってゆく。

「ウワッ!」

 ダークは自分が紙細工になったかのように感じた。

「……これは、純エネルギーか! なんという重さだ!」

 なんとか耐えしのいだものの、直撃していればどうなっていたかわからないほどの威力であった。

 口と背から煙を吐き出しながら、ラルスがダークに突進する。壁が大きく凹み、爆発にも似た破壊が引き起こされる。

「ふむ、おかしいですね」

「ん……ぐ……」

「いくらダメージがあるとはいえ、ここまで(もろ)いものでしょうか」

 ラルスが、長く伸びた尾でダークを突く。ダークが高速で迫るそれを転がって避ける。尾は、隙間に入り込んだのかと勘違いするほどの滑らかさで、やすやすと岩に刺さった。

 引き抜かれた尾の先は、柔らかになびいているが刃物のように鋭い。

 振り回し、なぎ払い、振り下ろす。その質量だけでも十分な武器だろう。

 再び突き入れられる尾を掻い潜り、ダークは尾をひねり折るつもりで抱え込んだ。

 硬い。

 とんでもない密度をほこっているのだろう、まるで抑え込めない。ダークは振り回され、叩きつけられ、落とされる。

「ぶはっ!」 

 口蓋から体液を噴き出し、ダークは倒れこむ。そこを大木のごとき太さの前足で蹴り飛ばされた。地面を転がり、悶絶する。体は今にもバラバラになってしまいそうである。

 事実、ダークには休息が必要だった。ポイント-ブランクの連発、セーアのガス、アーロイドたちとの連戦により、今までにない疲労が体組織の奥の奥にまで襲い掛かっている。

「まるで歯が立たん……」

 ラルスを御するだけでも、どれほどのストッピングパワーを必要とするのかわからない。戦うとなればなおさらで、唯一わかるとすれは、このままではダークは絶対に勝てないということだけだ。

 方法は一つしかない。

 ダークはゆっくりと立ち上がり、首を鳴らすと、体重を軽く落とす。それを見て、ラルスが嬉々(きき)とした表情を見せた。 

「さて、そろそろポイント-ブランクを見せてもらえる頃でしょうか?」

「……ああ」

「ダメージが気になるところですが、期待しますよ。これは当為(とうい)です」

 ポイント-ブランクは有賀から教わったものだ、『核付き』であるラルスならば知っていてもおかしくはない。

 だが、ただのポイント-ブランクではない。有賀をも驚かせた、飽和点に限りなく近づくポイント-ブランクだ。ダークはそのために回復を犠牲にし、原質力を溜め込んでいた。

 表現体を開放し、結晶石の力を通してゆく。

 力が体に流れ込むにつれ、空気が膨張してゆく。再生の追いついていない肉体が、はやくも悲鳴をあげた。

「……素晴らしい! これは激情の末に編み出したものですね? 実に雄弁です!」

 喜ぶラルスの視界からダークが消える。

 爆発とともに、ラルスの大きな体が浮き上がっていた。

 煙を切り裂いて、光の噴射が出現する。

「いくぞおお!」

 ダークが動くたびに、一撃ごとに、爆発が起こり、ラルスが宙を舞う。

 地下空間が強大な力でかき回され、拡張されてゆく。その影響は小規模な地震となって現れている。

 ダークはこれでもラルスに決定的なダメージを与えることができていないと感じていた。

 極度の興奮がダークの視界を狭め、焦燥感を煽り、思考を乱させてゆく。にも関わらず、そんな自分とは別の、客観的な認識があることをダークは自覚する。

 奇妙な高揚感がダークを襲う。その自分を自覚すればするほど、結晶石から力があふれるのがわかった。

 自棄にも近いポイント-ブランクであるのに、それすら一つの手でしかないと考える、冷徹な自分がダークの中にいた。

 ダークの攻撃は、攻撃を阻む鉄の鱗ごとラルスの体を歪ませてゆく。それを見てダークの口元が緩んだ。

 自らの体を砕いてあふれ出る原質力に快感すら感じながら、ダークは光の砲を構える。

 その放射熱が地面を焼いてゆく。

「くらえ!」

 この光の砲でダメージが通らない道理はない。念物質の鱗で覆われていようと、だ。

 発射された光の砲は、地表にあった要塞までも貫通し、溶けた地面が噴火のように昇っていった。希望隊の脱出が完了していたのは幸いだったと言える。


***


 ダークが噴煙の中から地表へ飛び出てくる。自らの力に耐え切れず、片腕は炭と化してしまっている。

 ダークの後を追って、赤々とした溶岩が、吐奢物のごとく、できた穴から流れ出した。

「結構な威力です。ですが、創造的進化を呼びこむには、まだまだ」

 ダークを追ってきたのは溶岩だけではなかった。飛沫をあげながら大きな影が伸び、磨き上げた鏡のような鱗に炎を反射させながらラルスが這い出てきた。

 その姿には異変が起きていた。

 輝く粉を体から撒き散らし、背からはえた首の口から青色と緑色の混じった半透明の膜が広がっていたのだ。

「倒せるとまでは思っていなかったが……ハハッ! ポイント-ブランクとはな!」

「ええ、当然使えますよ。さて、アウフベーヘンした貴方の現状を、ワタクシをフュール・ジッヒとし、アン・ジッヒからアン・ウント・ヒュール・ジッヒへと進めようではありませんか!」

「……いちいちなんなんだ、その暗号は?」

「貴方が開放されるための手助けをしてあげようと言っているのですよ」

「開放? 開放だと? 嘘をつけ」

「おや……」

二体から発せられる熱が大地を焼いてゆく。

その景色は、遠くからだと災害に見舞われたかのようですらある。

 ダークが真っ赤な川を滑りながら、生き残った腕でラルスに殴りかかる。焼けた鉄を打つがごとく火花が飛び散り空気が破裂する。

 ラルスはダークの攻撃を受けても平然としたまま、青い膜でダークを地面ごと掃う。

 耐えるダークに向かい、ラルスが息を吐く。その息は何もかもを攪拌(かくはん)しながら、はるか先の沿岸部にまで伸びていった。

 なんとか立っているダークであったが、しかし、それでやっとであった。

 ポイント-ブランクの飽和点に近づいた反動と今までにない損傷によって、敗北はもとより、生存もほぼ絶望的である。

「確かにこれではワタクシに勝つことはできず、ここで終わりになっていまいそうですね。ですが、それもまた、貴方にとっては開放と言えば開放でしょう? こちらとしては諦めがつくところまでは到達していますので、安心してください」

 つまりそれは、有賀が言っていたことと同じである。

 ダークは、この圧倒的な力に肩を並べていなければおかしいという意味だ。そして、そこからは別のことが読み取れた。

「どうすれば本来の力を発揮できる?」

「なんと……」

「答えろ!」

「……もう本来の力を発揮していてもおかしくありません。にも関わらずこの程度なのは、貴方が失敗作であるか、我々の完成度が高過ぎるか、です。とはいえ、この戦いは最後の仕上げ、つまり確認のためでもあります。ですからご心配なく。ここで貴方が死ぬのならば、もうそれはそれで仕方のないことなのです。残念なことではありますが」

「つまり、この戦いもおまえにとっては、結局は性能比較試験というわけだな」

「まさかワタクシにそんなことを聞くとは思っていませんでした。そうですね、敵を塩を求めるといったところでしょうか? 貴方、とても無様です」

 ラルスは心底呆れたようでかぶりをふっている。尾を異様に振り回しているところからして、苛立ちすら感じたようだ。

「そこだよ、やはり開放なんてありえない」

「……ほう、何かあるのですね?」

「ベタナークの規模から言えば、この戦いに投入されたおまえたちの戦力は少なすぎる。それは希望隊が性能比較試験の反対派を煽って、おまえを孤立させたからだ」

「ええ、その通りです。よくできたものだと、そこは褒めて差し上げましょう。ですが、それが何の関係があるのでしょう?」

「おまえがただの委員ではなく、『核付き』であることが問題なんだ。委員長の意思代行であるおまえが性能比較試験を続行しているのならば、おまえがアリガや希望班を利用して反対派のイロッシュを()めたという、俺たちの予想は覆される」

「……なるほど、『核付き』の存在意義まで知っていたのですか」

「はっきりしたのは、絶対的権力を持つ委員長がおまえの側の人間ならば、切り捨てられたのは委員たちの方ということだ。つまり、たとえ今のベタナークを潰したとしても、俺が開放されることなどないんだ」

「……そうですね、その通りです。我々『核付き』の意義を知られているのは致命的でした」

「それでなくとも、あのセーアとおまえが同時にここにいることがおかしいんだ。おまえが裏切り者であるのなら、あの直情的な少年がおまえを放っておくわけがない」

「はは、なるほど。確かにご指摘の通り、彼に襲撃を受けましたよ。負けるはずもありませんが、すべてを話して理解して頂いたわけです」

「ハンッ! そういうことだったか」

「ふむ、少し見直しました。と同時に気付きましたよ。時間稼ぎはもうよろしいのでは? ワタクシもですが、貴方はより時間がないでしょう。こんなお喋りは無意味です」

「ちっ……!」

「次で最後でしょう。これでワタクシに勝てないようでしたら、残念ながら性能比較試験は失敗ということですね」

 力強いポイント-ブランクの輝きに反して、わずかな動きさえも弱々しい。莫大なエネルギーを発しながらも、ダークにはもうそれを使うための器がないのだ。

「成功も失敗もないさ、保証する」

 ふらふらとラルスに近づくダーク。とても手があるようには見えない。策もなく、覚悟を決めたように思える。ダークにはもう出すものがないことだけは確かなのだ。

「製作物は製作者が保障するものですよ」

 ラルスはダークに刮目(かつもく)したが、何もしなかった。ハンドルエクスの最後を見届けようとしたのか、まだ何かを期待しているのか。

「ありがとう」

 触れそうな場所まで近づくと、ダークは一言礼を言った。ラルスが攻撃をせずに待っていたことに対してだろう。

 ラルスは怪訝(けげん)そうな顔をしていたが、すぐにダークの意図を読み取って青ざめた。

「……貴方、死ぬ気ですか!」

「応!」

 それは、この世に顕現してはならないものだった。ダークがその内から手放してはいけないものだった。手放すことなどできるはずもないものだった。

 結晶石。無限原質力発生器。ハンドルエクスの核にしてダークを縛るもの。表現体から辛うじて垣間見ることのできる、この世にあらざるものである。

 ダークの成長が、未完成さが、あるいは歪な完成が、それを可能としてしまったのだ。

 表現体の完全な開放。

 それはもはやポイント-ブランクなどといった生易しい話ではない。結晶石そのものを武器とした、放置すれば恒星ともなりかねないエネルギーの奔流(ほんりゆう)である。すなわち飽和点の突破と暴走。

 ダークとラルスは光の渦に巻き込まれながら、どちらも互いから離れようとはしなかった。ラルスも原質力を強め、活性化した念物質で対抗しているのだ。

 爆炎を生み出す嵐の中で、すべてが光に還る熱の中で、二体は睨み合いながら、しかし、笑っていた。

「凍えるほどにぬるい!」

「やせ我慢は痩せてからするんだな! デカブツ!」

 ダークは視力すら失っていたが、見えているものがあった。それは沢山の人々、世界中の生命の死。星そのものの終わり。そして、それを満足げに見つめる自分自身だった。

 ベタナークが、ゼンドが、アーロイドが起こしかねないと思っていた悲劇は自らの中にも根付いていた。いや、きっと、この意識からすべては始まっていたのだ。

 この破壊衝動に飲まれてはいけないと思う。ラルスが呼んでいるのはこれなのだ。だが、思い出すように浮かんでくる感応が認識へと刷り込まれてゆく。

 ダークは、空から降ってきて自分に刺さったこの感覚は、初めから自分の意識に管を通していたのだと悟った。この意識はそれが開通しただけに過ぎない。

 光の海に溺れながら、ダークの消えてゆく肉体が念物質に置き換えられ、それを満たすために原質力を吸い込んでゆく。

 燃え盛る骸骨のような姿となったダークが光を飲み込んでゆく。栓の抜けた水溜りのように竜巻が収まっていった。


・・・

 

 先ほどまでの火砕流は嘘のように治まっていた。今ではもう地面から冷気を感じるほどである。

 ラルスは冷えた大地に立っていた。その外見に大きな傷は見当たらない。ポイント-ブランクもいつの間にか収まっている。

「……これが貴方のヌース! 成功です! まさにエラン・ヴィタール!」

 歓喜するラルス。目の前には燃える骸骨となったままのダークが静かに立ち、観察するように自分の体とラルスを見回している。

「初めてお目にかかります。『霊物』の使い、ペルソナ・ノン・グラータよ……」

 声を無視して見つめるダークの眼は無機質で、そこに宿った暗い輝きはあまりにも冷たいものだった。

「……くうっ!」

 ラルスはその視線に耐えかねたのか、前足を乱暴に振り下ろした。ダークはそれを軽々と受け止める。受け止めたと言っても、何もしていない、ただ突っ立っているだけだ。(ほこり)すら巻き上がらない。

 ラルスは慌てて息を吐き出す。

 原質力によって生み出された破壊の息は、ダークに触れた途端に吹き消すかのように乱れ、掻き消えてしまった。

「その体! 極限まで圧縮されたサイコマターなのですか!」

 ラルスの足が勝手に後退る。体が震え、萎縮する。ラルスは勝てないと悟っていた。

「まるで桁が違う……」

 ダークはおもむろに手を伸ばし、ラルスの首を掴む。高密度の肉体を簡単に握りつぶしながら、引きずり、放り投げる。

 宙を舞う巨体に向かいダークは跳ね、その腹部にあった金属に手を突きたてた。

 地面に降り立ち、ラルスの体を投げ捨てる。ダークの手には金属が握られていた。

「う……ご……」

 ダークは手にした金属を確認するように眺め回すと、ラルスに向き直り、空いている方の手を乗せた。

 ただそれだけのことであったが、ラルスの体はそれを受け止めることができなかった。ラルスの体はただそれだけのことで陥没してしまったのだ。

 ラルスの体が空洞化したかのようにへこみ、(たわ)んだ鱗がバサバサと落ち始める。

「……俺は!」

 ダークが急に驚いて飛びのいた。同時にダークの肉体から炎が消えてゆき、全身をぼろきれ状の念物質が覆う。

「今のは……」

 ダークは自分が何をしていたのかまるで理解していないのだ。意識はあったのだ。しかし、自制が利かなかった。

「ワタクシにも見えましたよ。失敗作という言葉は取り消しましょう……」

 横たわったままのラルスが、黒いミイラとなったダークに呟く。

「今のはイレブンの意識だな? とても制御できるようなシロモノじゃない……! 俺があんなので、『核付き』があんなのと同等だと?」

「嘘ではありません、同等ですよ。ですが、確かに実際見てみると、ワタクシとはかなり差がありますね」

「あんたの消耗がはやいのも関係が?」

「いいえ、どうあがいても『核付き』はハンドルエクスの廉価版でしかないのです。結晶石は一つしかありませんから、残念ながら、ワタクシはマーシャハにはなれない運命なのです」

「……そうか、このメタルプレートは純エネルギーの供給源ではないのだな」

「ええ、メタルプレートはただの弁にすぎません。機能で言えば結晶石ではなく表現体の代わりなのです。『核付き』の純エネルギーは、肉体にあるものを還元して使用している過ぎない。それではエンテレケイアには成りえないわけです」

「そこまでするのか……」

「言い訳にはしません。我慢比べはワタクシの負けです」

 ラルスのその声には、どこか憎しみがこめられていた。

秘されし言葉が語られた。

黄金色のヴェールの下、伏せた瞳が泳ぐ。

悪夢だと思っていた景色が現実のものだったと悟ったとき、剣は、地に落ちる。


次回、ハンドルエクス・ダーク第16話『昨日に死す』

暗闇への審判が、今、下される。

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