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ハンドルエクス・ダーク  作者: 千代田 定男
第三章 中央島戦争編
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第14話 虚ろな戦

14・虚ろな戦


 沈黙を破ったのはダークであった。

「君を殺す。君だけじゃない、邪魔をする奴はみんな殺す」

 静かにかけられたその言葉は宣言である。そして、ほんの少しの警告が混ざっていた。 

「僕もだハンドルエクス。性能比較試験は終了が決定した。ここでおまえを殺す」

 人間の姿のままのセーアが答える。

 そうか、これはお礼参りか。この熱気をダークはそう解釈する。溜まった不満をすべてぶちまける、これは祭りなのだ。

 ダークが『解像』を解く。黒い念物質を巻いてはいるが人間の姿だ。セーアとはこの姿で決着を、と、ずっと考えていた。

 装備をはずし、投げ捨てるダークを見てセーアが笑う。

「おまえは勘違いしている」

「何をだ?」

「僕やアーロイド、いや、ベタナークについて、全部だ」

「勘違いなどしていない、ベタナークは人間を不幸にする」

 セーアは天を仰ぎ、歯をむく。笑顔ではあるが、何が可笑しいわけでもない。苦笑いである。

「人間? 人間とは誰を指す? 貴方に一つ教えてあげよう。あの倉庫にいたのは僕の仲間たちだ」

「……君は、仲間を?」

「仲間を売ったとでも? 違う。僕たちはサイホ政府を倒すために立ち上がった義勇軍だったんだ。おまえがさっきまで戦っていた政府軍に命を狙われていたところをベタナークに拾ってもらったんだ」

「……それは、まさか」

「僕が言っていること、理解できたか?」

「馬鹿な!」

「アーロイドはすべて志願者なんだ。つまり、自ら望んでアーロイドとなった者ばかり。当然洗脳でもなんでもなく、自らの意思でそうしようと決めた個人の人間だ。仲間たちは残念ながら耐えることができなかったけど、彼らも、彼らの意思でアーロイドへの処置を志願したんだ」

「……なぜ自らアーロイドに?」

「話したところで理解できるはずもない。おまえは勝手な理屈と理由で、人間の意志を代弁しようなどという傲慢(ごうまん)そのもの、自己陶酔(じことうすい)権化(ごんげ)なのだからな」

 ぼんやりしたダークの顔にセーアのとび蹴りが入る。

 人間の能力を超越した高さから、打ち下ろすように蹴りだされたセーアの足は、ダークの顎に向かって体重を通し、首を大きく鳴らせた。

 ダークの耐える力を利用して、セーアがそのままもう一度跳ねる。

「……おまえさえいなければ、あれ以上誰も死なずにすんだんだ!」

 ダークは再び顔でそれを受ける。鼻がひしゃげて血が吹き出る。周囲のアーロイドから歓声が起こる。

「俺は……」

「そう! 死ぬべきなのはおまえだったんだよ! 死ぬべきはおまえだけなんだ! この人殺しめ!」 

 一度距離をとり、反転したセーアの膝が腹に刺さる。小柄であるが、瞬発力が生み出す速度と破壊力がダークの体を屈ませる。

「おまえは何のために戦う! なぜここにいる! おまえだけが場違いなんだ!」

 身体が動かない、動かせない。逃げ出したい。羞恥(しゆうち)がダークの体を満たしてゆく。

「裏切り者の傀儡(くぐつ)! それが……おまえのすべてだぁ!」

 ハインは知っていたのか。いや、そんなことはどちらでもいい。トマイは、ハインは、いったいなんのために戦っているのか。

 ダークの意識が揺らぎ、さまざまな人の顔が浮かぶ。

 トマイたちは人間だ。トマイたちにとってはベタナークは脅威なのだ。ベタナークがアーロイドを生み出すからではない。非合法な手段で人間の社会を乱すから脅威なのだ。彼らのベタナークとの戦いとはそういうことなのだ。

 自分はいったい何だ。自分が誰なのかもわからず、誰でもなく、誰のために戦うのかもわからない。誰にもなれない。

「おまえが殺したイリア様は、自らがハンドルエクスに勝つことで、このくだらない試験を終わらせようとしたんだよ! 仲間のためにな! エイダム様も同じだ……僕たちはその賛同者だった!」

 ダークは何一つ割り切れてなどいなかった。命をかけることにも、命を奪うことにも理由を求めていた。

「そのために殺されてたまるか……」

 ダークの精一杯の反論である。

「こっちの台詞だ。おまえが死ななきゃ、皆おまえに殺されなきゃならないんだ。馬鹿馬鹿しい!」

 本当に何もわからなかったのか。何もわかっていないふりをしていたのではないのか。無知であることを演じ続けてきただけではないのか。

 ダークは自分自身を嫌悪した。

 アーロイドに近い存在でありながら、アーロイドに命を狙われ、アーロイドの命を奪う。戦いに挑んだのではなく、そういう戦いに逃げたというのが真実なのではないのか。

 ダークの身体が(きし)む。セーアに組み付かれ、首を締め上げられているのだ。

「うわああああ!」

 ダークの体が震えた。声ではない叫びが体を満たした。セーアを弾き飛ばし、その拳を振り上げる。

 ダークを恐怖が満たしていた。戦うことへの恐怖でもあり、戦ってきたことへの恐怖でもある。

「怖いか? 恐ろしいか? それでいい!」

 セーアは笑いながらダークの攻撃を避ける。アーロイドたちの笑い声が聞こえる。それは人間の笑い声であった。

 ダークは、戦ってきた相手の持っていた人間らしさに憧れた。嫉妬した。

 ダークは、出会った人間の持つ目的に羨望をもった。嫉妬した。

 ダークは人とアーロイドのどちらかに入ることで安心しようとしていたに過ぎなかった。

「やめろ! くるな!」

「あの夜のあの時、何もいらないとおまえは言ったな? そうじゃないんだよ! おまえには初めから何もありはしないんだ!」

 その言葉を打ち消すかのようにただただ叫ぶと、ダークは後退る。

 ダークは自らを取り戻すと誓った。ハインと共に戦うと誓った。復讐を誓った。人々のために戦うと誓った。

――何と戦う?――

――敵だ。怪物とだ――

――怪物? 違う。人間だ。彼らは人間だ。そして同種だ。だが、彼らは自分を否定する――

「ハンドルエクス! おまえは死ぬべきだ!」

 ファロエミナ種の木野を思い出す。彼女のあの敵意は、ダークの、ハンドルエクスであることから逃げようとする意識へ向いていたのだ。

――シオナシ……私は……おまえを……許さない……――

 彼女はダークを嘲笑していたのだ。

 ダークの中で、自分の役割から目を背け、すり替えたことへの悔恨(かいこん)がうまれていた。

 ダークの役割とは、殺し殺され続けること。それ以外には存在しないのだ。

 何も変わってはいない。すべて奪われ、それから何かを得たわけではなかった。それを受け入れたくないジレンマがダークの意識を混濁させる。

「俺は、生きたい……」

「許されない」

「殺したくない……」

「無理だ」

ダークはハインに会いたいと思った。

「いい顔だ。そろそろいいだろう、終わりだ」

 セーアが言い終わると同時に、飛行アーロイドがダークを急襲する。それを見て、ダークは動けなくなった。人の姿のままでは危険である。

 大きな衝突音がした。

 アーロイドがダークに襲い掛かる寸前、アーマードベースが立ちはだかり、ダークの盾となったのだ。アーロイドの無数の突撃によりアーマードベースはすぐさまスクラップとなった。 

「くっ……シオナシ! 無事か!」

 壊れたアーマードベースの中から声が聞こえる。自分を呼ぶ声に、ダークは思わずそちらに足が向く。

 アーマードベースから男を助け出す。

「マッツェンさん!」

「おまえのキベルネクトが不安定になったのが心配でな、こっちに来させてもらった! おい、どうした? ダメージがあるのか?」

 ダークが装備を失い、人間の姿をしているのを見てそう思ったのだろう。責めるでもなく、マッツェンは本当に心配している。

「俺は……」

 遠く金属の擦過音がしたかと思うと、光がアーロイドの集団に飛び込んだ。エマルジオがダークに遅れて上陸し、その援護を始めたのだ。

 アーロイドたちのどよめきが大きくなる。それで、ダークは背後で大きな音がしていることに気がついた。

「動けるか? 後方のエマルジオに退け、ここは俺たちがやる」

 ダークは動けなかった。先ほどまでとはまた別の恐怖。目の前の男が死んでしまうのではないかという恐怖だ。


――その恐怖と予感は間もなく的中する―― 


 アーマードベースに衝突したアーロイドの内の一体が、マッツェンに向かい、その影をダークが目で追った次の瞬間、マッツェンの身体は引き裂かれていた。

 もたれ掛かるように倒れるマッツェンをダークが受け止める。血の飛沫が顔にかかり、その暖かさにダークは戦慄した。

「ああ……ウワアアア!」

 アーロイドの咆哮(ほうこう)が聞こえる。祭りの邪魔をされてすこぶる不機嫌なのだ。その声に遅れてSZU兵が展開してくる。

「ん……ぐ……」

「頑張ってください! すぐにエマルジオに連れて行きます!」

「やめろ、おまえだけでいけ……」

「駄目だ! 死なせないって約束した!」

 エマルジオの方角から爆光が見えた。その光はHEカノンの輝きに似ていた。プラズマ動力炉の爆発の輝きである。エマルジオも限界なのだ。

「覚悟はできてる……俺も、散った皆も……シオナシ、俺は死ぬ……約束は忘れろ……」

 ダークはマッツェンの身体が震え、力が抜けるのを感じた。

「マオによろしく伝えてくれ……」

 マッツェンが最後に小さく呟いた言葉をダークは聞き逃さなかった。

 彼らには使命がある。退く場所などどこにもないのだ。自分はどこへ退く? 退いてどこへ行く?

 またハインの姿が浮かぶ。

 違う。ダークが本当に考えなくてはいけないのは、理解していなければいけないのは、もっとシンプルなことだ。

 マッツェンを寝かせ、ダークは立つ。

セーアの横をアーロイドがすり抜けて、希望隊へと向かってくる。それをSZU兵が迎え撃つ。

 武装していないとはいえ、数はアーロイドが上であり、損耗の激しい希望隊では長くはもたないだろう。

 彼らが死ぬのは嫌だ。ダークは強く思う。

 そう、嫌なのだ。銃撃の中、進撃の中、立ち上がる。

 怖いまま、恐れを抱えたまま、戦場に目を向ける。セーアと目が合う。セーアは動かないまま、ダークだけを敵意の目で見続けていた。

 木野葵が抱いたのはシオナシに対して、セーアが抱くのはハンドルエクスに対しての敵意。

 受け止める勇気。それは今すぐに得られる力ではない。しかし、だからこそダークは構えた。

「俺は、生きたい! おまえたちを殺してでも生きたい! そして、俺を受け入れてくれる者のために戦う!」

「……本性を出したな」 

 落胆したように肩を落としてセーアが距離を縮める。恐怖のおさまらないままのダークが、恐怖にとらわれたまま睨み付ける。

――『解像』!――

 風が抜けた。

 二つの声の後、人間とアーロイドの戦いの狭間に二体の戦士が現れていた。

 一人になってもベタナークと戦う。それは、ダークにとっては、誰かと対等になりたいからに他ならない。

 二体の戦士は向かい合い、確かめあうように手を掴み合う。組み合った手に力をこめる。力で言えば当然ダークの方が上であるが、その力比べは拮抗していた。

「失敗作め! おまえさえまともに完成していれば、誰も無駄な犠牲にならずにすんだのに!」 

「くっ……! これは……!」 

 身体が鈍く、重い。ラナイバック種の能力で噴出されたガスが、ダークの身体を文字通り固めはじめたのだ。

「気付くのが遅い! 硬化ガスだ! 強化された細胞も組織も瞬時に変質させ死滅させる! 共に死ねぇ!」

 人は、命を惜しみ、時に、その命すら賭けてもいいと思う目的を持つ。

 セーアの顔がラナイバック種であること以上に歪み、組んだ手に力が加わってゆく。

 ダークは、自分の身体が冷たくなってゆく感覚を味わっていた。おそらくセーアも同じだろう。芯に達するほどまでに凍えがくる。

 四肢に亀裂が入り、表面が崩れてゆく。このままでは互いに塵と化すだろう。

 しかし、ダークにはまだ感覚があった。神経まで硬化したとしても、念物質はガスの影響を受けず生きたままなのだ。

「途中までは付き合う。だが、ここから先へは一人で行ってくれ!」  

 念物質に力を与えてゆく。

 しかしセーアは前に進む。いくつもの断裂音と破砕音がして、自らの力でセーアの腕が砕ける。ダークは後退り、体幹にまで亀裂が延びていった。

 二つの肉体に宿る力の種類は同じだが、向きは間逆だった。

 ダークの限界。セーアの限界。

 衝突しあう二つの限界は、その先にどちらか一つしか残させない。力だけが、限界の先を切り開くのだ。

「ここまでか……」

 先に終わりを確信したのは、競り勝っていたはずのセーアだった。

 ダークは崩れそうな体を念物質で無理矢理縛り付けているが、セーアには、自らの、ラナイバック種の毒に抗う術がなかった。

「だが、それもいいか……一足先に行って待ってるぞハンドルエクス。だけど忘れるな、おまえもすぐに僕に追いつくことになる」

「…………」

「そして、僕はおまえの手にかかるつもりはない。自分の意思で行くんだ」

 今にも泣くか笑うかしそうな表情を見せて、セーアは目を瞑った。

「みんな、ごめんなさい……」

 その言葉と共に、セーアが急速に崩れてゆく。おそらくは、能力を自らの体内に向かって使ったのだろう。

 結晶石から念物質に伝わる純エネルギーが体にできた亀裂から漏れ出し、抱きつくように被った灰が、暖かな霧に乗っていた。


・・・


 ダークはゆっくりと後ろを振り返る。そこには地面に横たわるマッツェンがいる。

 身体の震えはとまっていた。恐怖も消えていた。ただ、マッツェンの死というしこりだけが残っていた。

 マッツェンの後ろに夕日が見える。沈む日を背にし、ダークはアーロイドの群れを見つめる。

 静かだった。だがそれは祭の後の静けさではなく、嵐の前の静けさであった。

 夕日が沈みきる瞬間に放たれる一際強い輝きと共に、ダークはアーロイドの群れへと飛び込んでいった。

「ぐおおおお!」

 右腕が頭を潰し、左腕が背を砕き、右足が腹を貫き、左足が首を折る。アーロイドの屍を積み上げて、ダークは道を作り続ける。その道を希望隊が進んでゆく。

 いまさら隊員たちに退けなどと誰が言えようか。

「俺は生きるため、生かすため戦う! 命を奪ってでも、命を捨ててでも! それが人間だ!」

 宴もたけなわである。

 ダークの抱く思いは生と死に終始して、そこに新しい意義を見出した。だが、幻想にすぎない。ダークはそれを、これから嫌と言うほど思い知ることになる。


***


 トマイは中央島の本拠地に侵入していた。スプレニクによる揚陸と、兵員輸送機による強襲である。

 そこは言わば要塞であったが、対地攻撃もそこそこにこのような方法をとるのには理由があった。

 ゼノアームド社の消失によって、ベタナークの全貌がここまで来ながら具体的に掴めていなかったのである。

 よって、彼らの目的は、副委員長と予想されるベタナーク要人の確保に絞られていた。

 言い換えれば、ただ一人の逮捕のためにこれだけの犠牲を出していたのである。

 しかし、希望隊はそれをして見せねばならなかった。

 この戦いは、社会の隅々にまで入り込んでいると考えられているベタナークの、その狩りの幕開けにしなければならないのだ。

 作戦は速やかに行われるかに思えた。アーロイドの数が異様に少なかったからだ。

 殆どのアーロイドはダークに向かったらしく、しかも、いくつもの装備品が要塞に残されたままだった。

 やはり(こだわ)るか、とトマイは思った。ベタナークという組織そのものが、オリジナルアーロイドと呼べるハンドルエクスへの執着があるのだ。

 予想されていた状況でもあったが、同時に疑問点もある。

 果たして、サイホの統治にこれほどの戦力は必要だったのだろうか。目的を失い、暴走した軍備拡張が生み出した結果でしかないのか。

 明らかに違う。これらは純然たる意思のもとに統率され、正常に機能し、目的を持っているものだ。

 ならば答えは一つ。ベタナークには、ゼンドには敵が存在しているのだ。

 では、その敵とは。ベタナークは何と戦っているのか。いや、何と戦おうとしているのか。これではまるで、自らが生み出したハンドルエクスと戦うことこそが目的のようですらある。

 その疑問の先までを知っているかのように迷いのないトマイであったが、その足がとまった。

「マッツェンが死んだ……」

 ヘルメットの下に隠されたトマイの表情は窺えない。ほんの数秒立ち止まったが、すぐにまた変わらないペースで走り出した。

 わずかに現れるアーロイドも皆生身であり、肉弾戦ばかり仕掛けてきた。数で勝るならば、アルモニコ種にも勝ったトマイに負ける要素はない。

 その行動にはなにかしらの意味が込められていると考えて間違いない。おそらくアーロイドたちは承知しているのだ、自分たちがここに捨て置かれた存在であることを。

 ゼノアームド社の時とは違う。ベタナークはここですべて燻り出される。少なくとも現存するベタナークはすべてだ。

 中央島要塞の奥、軍事設備には似つかわしくない白く美しい廊下。その静かな最深部に希望隊の足音だけが響く。

 見事な装飾のある部屋にその男は待っていた。 

「よくいらっしゃいました」 

 机の前に座った男は、姿勢を崩すことなく一言発した。

 部屋の中に展開し、希望班は油断なく構える。

 隊員が男の顔を覗き込み、確認する。

「サイホ中央議会議長ラルス=ギャラルダインです! 間違いありません!」

 トマイが前に出る。おそらくラルスはこうなることを視野にいれていたはずだ。そうなるように仕向け、ここまで来た。成功したのだ。始まりへの勝利である。

「ご同行願いますよ、ミスターラルス。貴方がベタナーク副委員長ですね?」

 ラルスは座ったまま微笑んでいる。それを見た時、トマイは強い違和感を感じた。しかし、無意識のうちにそれを見落としていた。違和感を感じたにも関わらず、それに気付けなかったのだ。

「さて。了承するとでも?」

「しなくていい、確保する」

 どのような考えがあろうと、SZU兵ばかりのこの隊ならば問題はない。例えラルスがアーロイドであろうと、今のこの状況だけを切り取って見れば、ゼノアームド社の時よりもよほど有利なのだ。

「こっちへ……」

 隊員がラルスに向かって手を伸ばすのを見て、ようやく自分が違和感を感じていることにトマイは気付いた。

 確かに、副委員長であるラルスがアーロイドであってもおかしくはない。それでも、ただ一人で待っていると考えるのは、あまりに浅はかだった。

「しまった! 離れろ!」

 トマイが叫んだ時、ラルスに触れようとした隊員の腕は、彼の身体からなくなっていた。


***


 ダークは、おびただしい量の血と、肉と、骨の混じったスープの上を歩いていた。

 日は落ちきり、つい先ほどまでほとばしっていた閃光も、遠吠えもなかった。熱気だけがわずかに残り、その残り香が鼻をくすぐる。

 それは不快で、しかし脱力を伴った爽快感をもたらし、強い徒労感に沈ませてゆくものだった。

 ダークは探していた。命を奪い、生きようとした人間を。そして目に焼き付けていた。命を捨て、生かそうとした人間を。

 ダークは脳が(うず)く感じがした。キベルネクトシステムから情報を差し引いたような感覚で、何かが足りず、歯がゆい。

 希望隊の隊員たちが、仲間の体を回収するために、分別して山積みにした肉くれを見る。そこに足りないものがあるような気がして、ダークは掘り出した。

 それをいぶかしげに見ているだけだった隊員は、ダークが掘り出したものを見て安心した。

「見落としていたようですね、すみません」

 ダークの手には潰れたヘルメットがあった。

 受け取ろうと隊員がダークに近づいたが、ダークはヘルメットの露出したフレームを覗きこんでいる。

 ヘルメットからは潰れたバッテリーがだらしなく垂れ下がり、ささくれだった配線が飛び出し、割れたゴーグルから赤黒い液体が滴っている。

「……要塞の方はどうなってますか?」

 ヘルメットと見詰め合ったままダークは隊員に問うた。

「被害のため詳細は不明です。WARネットワークでも、高度適応者がいないため解析できない状況にあります。ただ、先ほどスプレニクから回収機が出たということですが」

 ダークはふと要塞の方に向き直る。 

「行かないと……何かが……」

「え? あの!」

 ダークが急にヘルメットを投げてよこしたので、隊員は驚いて受け取りそこなった。それを拾って顔をあげた時には、ダークは砂埃だけを残して見えなくなっていた。

 ダークは感じていた。先ほどの足りない何かがそこにある。予感ではない、確信だ。それも酷く嫌な種類の。

 先ほど、何かを気にしてヘルメットを覗いた途端、凄まじいまでの重圧を感じたのだ。そして、この感じには覚えがあった。忘れようもない、あの者に感じさせられた威圧。

「動き出したな、アリガ!!」


***

 

「スプレニク! こんな近くまで!」

 ダークの目にもう一隻のエマルジオ級であるスプレニクが見える。まるで森に沈没しているかのようだった。その奥には要塞が見える。

 エマルジオもそうだが、陸上を移動できるとは言え、そもそも無理のある大きさである。陸上運用は極めて限定的なもののはずだ。皆、無理を通しているのである。

 暗闇の中、要塞に近づくにつれ、希望隊の襲撃班の動きが見えてきた。どうやら敵の懐奥深くまで切り込んできたらしい。

 要塞に向かって進んでゆくローターのないヘリのような飛行物が見える。希望隊の兵員輸送機である。おそらくは隊員の回収の為だろう。

 スプレニクに向かって赤い火が走る。

 ダークはその火の軌道を読み取り、大きく跳躍すると、巨大な砲の目前に着地した。要塞砲である。

「こんなものまで……!」

 スプレニクが()()していた原因はおそらくこれである。

 ダークは念腕で体を固定し、弾が発射されるのと同時に砲門に拳を突き入れた。

 発射された弾がバレル内で炸裂し、爆発する。自動であったらしく、周囲には何者の気配もない。

 「トマイ達はまだ中なのか」

 ボロボロになった腕を引き抜きながら状況を読み取る。もし有賀と対峙しているなら急がねばならない。あれはまともではないのだ。

 場所についてはわからなかったが、近づいているのは確かだ。相手もこちらを意識している。これは、アーロイド同士が意識しあう感覚を、もっと大きくしたものだ。

 硬化ガスで死滅した部分がむず痒い。組織新生が進んできているからだろう。胸部の瘤の中がせわしなく働いている。

 乗り込んだ要塞には戦闘の跡だけがあり、もう何者の気配もしなかった。

 ダークは気持ちだけが先に駆けて、体がいまひとつそれに追いついていなかった。焦りとも違う、浮ついた気分が心を刺している。

 ピリピリとした刺激をダークは受ける。肉に対してではなく、念物質にである。それに結晶石が共鳴し、表現体が(きらめ)いている。

 この戦いが終われば、少しは自分のこともわかるだろう。だが、もうそれだけでは不十分だとわかった。

 これから先は、新たに歩むべき道を拓くために進まなければならない。

 駆ける先、崩れた廊下の奥に人影が見えた。

現れ出でる大いなるもの。

栄光と哀れみ、慈しみと救い。

欠けた王座に讃歌が鳴り響く。


次回、ハンドルエクス・ダーク第15話『人ならざるもの』

暗闇への審判が、今、下される。

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