第13話 無垢の記
13・無垢の記
砂漠の中を歩く行商のように、数隻の艦が広大な海を進んでゆく。円陣を組み、さながら動く基地である。
この鉄の軍勢が持つ力は想像を絶するが、この戦いにおいては不足である。
希望隊がこれから挑むのは一国を支配するほどの軍備を持つ。その確固たる事実が、一団を寂しくも、心細くも見せていた。
希望隊の艦隊には、船というには見慣れぬ外見のものが二隻あった。全体的にどこか玩具じみた印象すらある、できすぎた外見の艦だ。
特異な艦の正体は、希望隊の持ち出した新型艦エマルジオ級である。一号艦エマルジオに加え、急遽襲名した二号艦スプレニクが艦隊に投入されていたのだ。
「対艦レーダーに艦影確認!」
戦闘での性能実証こそされていないが能力は確からしく、二隻の情報室ではすでに迫り来る機影を把握していた。
解析された情報はWARネットワークを通じて共有されている。同時に、キベルネクトシステムによる、緻密で柔軟な対応がなされる。ただ、これは一部においてで、やはり多くは人の手が必要であった。
「対艦戦闘態勢! 警戒警報発令!」
放送に応じてバタバタと船の中を隊員が駆け巡り、通信の声が静かに飛び交う。
目標となる物はまだ見えない。
目には見えない距離での戦いが人間の戦いでは普通のこととなってから、歴史的にはもうかなりの時が経つ。この戦いは、その中でも最たるものとなるだろう。
「ECM戦用意!」
すぐさまはじまった電子戦が実体のない開戦の狼煙であった。機械と機械の戦いの中、人間の戦いも迫っている。あらゆる所から漏れ聞こえる音が、カウントダウンとして投げかけられる。
「敵の早期警戒機が見当たらなかった?」
「ああ、他の機影も少ない。艦影は航空母艦が2、巡洋艦が4、駆逐艦が6、か……空母群2つぐらいだな」
「それに満たないといったところだが、通常の編成に当て嵌められないだろう。こちらからすれば驚異的な戦力に変わりはない」
「まったくだが、勝機の話だよ」
「警戒なしというのは高度偵察機でも使用しているのか? そういう情報はないんだがな……もっとも、こちらは半分以下の戦力の上、相手の艦種まで不明ときている。なめられているだけかもしれん」
「半端な数にも感じるし、別動隊があるのかもな。でもよ、サイホ政府側がどうなってるのかは知らんが、とりあえず中央島と一対一で済すみそうってことだよな」
「ああ……しかし技術の進歩は恐ろしいものだな。ここは遠距離防衛圏から軽く数十キロは遠い」
トマイとマッツェンは巡洋艦に戦闘員として乗艦していた。上陸しての決戦に備えてである。待機場所では幾人かの陸上戦力がその時を待っていた。
揚陸も少ない戦力で行うしかなく、その上、艦の戦闘力を下げないための、双方のギリギリのバランスの人数である。沈めばそれまでであるが、そうするしかないのだ。
いかに希望隊が潤沢な支援を受けていようと、今作戦は、挑めば命も時間もないものと考えなければならないほどのものだった。
そんな中だから、トマイたちはキベルネクトからもたらされる情報を、漏らさずに把握して、注意深く戦況を窺っているのだ。
「うん……そろそろミサイル戦に入るな」
いくつもの飛行物が艦から離れ、雲を直線に引きながら飛行してゆく。先発した攻撃機からも同じようにミサイルが放たれる。
先手を取った形で、希望隊のミサイル群が敵の艦隊へ向かっていった。
希望隊は敵艦隊の動向を静かに見守る。
「やっぱ妙だぜ。こちらの攻撃機に対して何も邪魔が入ってこねえ。ECM戦も優勢みたいだし……奴らもう武装アーロイドで格闘戦をしかけようってんじゃないのか?」
「それは当然これからあるだろうが、このままだと刺さるぞ。まずはこれを防げなきゃ話にならない。あっちにも何か特殊な防空兵器があるのか……?」
「見落とすほどにボンクラだったてのが、一番ありがたいけどな。いや、前にもあったし潜水艦が怪しいな、あれがなにか……」
「ウッ! なんだ!?」
一瞬、視界が奪われた。厳密には、SZUを通して見ていた映像が白くとんだのだ。
何が起きたのか把握できていないのはトマイやマッツェンだけではない。希望隊のすべてに、空白のような時間が流れている。
「輝点が消えた? なんだ? やられた?」
「全基ロストしている……」
「おいおいなんだこりゃ、故障か? トマイ、何が起きたんだ?」
トマイは答えない。艦の解析情報を見ているらしく、首が少し動いている。
第二次攻撃も結果は同じだった。雷のように閃光が走り、情報が途絶えて、気付けばすべて撃墜されていた。
「爆発音に混じってなにか音がするな。この音と光は……レーザー? いや、パルスレーザーか……? まさか!」
トマイは叫ぶと、司令部へとキベルネクトを繋ぐ。彼のみ特別なラインが用意されているのだ。もちろん緊急の事態に備えてのものである。
・・・
「対地攻撃衛星の可能性だと!? 冗談じゃないぞ! そんなもの誰がいつ造って、いつ打ち上げたんだ!」
トマイの連絡を受けたエルが吼えた。荒唐無稽もいいところである。仮にトマイの話が事実だとして、どう対処しろというのか。
「衛星攻撃兵器なんてものがどこにあるっていうんだ! あったとして、この急場で対サテライト戦闘なんてできるものか! 撤退しろ!」
「そんなもの不要ですから、なんとかして座標を特定してください! おそらく低軌道衛星です! 長くてここ二時間でこの海域から逸れる所に浮いている! 撤退はしませんよ!」
「くっ……だが、見つけてどうする? なんとかして、衛星の軌道が逸れるまで逃げていた方がいいんじゃないのか?」
「艦隊の交戦圏に入ってるんですよ、無事に帰してくれるとでも? これ以上やられる前に撃ち落とすしかないんです。何をするにしろ、位置を把握する必要があります」
「……ええい! なんとかしてみる!」
「急いでください。飛翔中のミサイルも攻撃機も撃ち落としたんです、艦なんて止まってるも同然ですからね」
トマイは艦指令所にもすぐに連絡をつけ、事態を伝える。
マッツェンはトマイの行動を見て事態を把握したが、そこから先、どのような手に出ればいいのか全く思いつかなかった。
指令所においてもマッツェンと同じで、混乱どころか、実感をもてる者さえ皆無だった。
トマイの出した答えは作戦の続行であった。対処はトマイらでするとし、艦隊はこのまま予定通り進攻する。
トマイがエルに話したように、この衛星が艦を狙うことなど造作もないはずで、逃げ場などない。事前の交渉を受け入れなかった時点で、敵はこちらを確実に迎え撃つ気なのだ。
・・・
「アーマードベース投下!」
不毛なミサイル戦が続く中、希望隊が調達できた唯一の航空母艦からコンテナが降ろされ、そこから海上用アーマードベースが飛び出る。アーロイドに対抗するためだ。ミサイルがことごとく打ち落とされる中、ついに敵アーロイドの出撃が確認されたのだ。
本来、このアーマードベースは少ない戦力を補うために用意された攻撃用である。それも、比較的海岸部での運用を目的とした水上用の火器なのだ。
艦載機を大幅に失ったため、アーマードベースを急遽防空にまわすこととなったが、これは、前に出るエマルジオ級二隻のためでもあった。
「我々の出番です。使えるんでしょうね?」
「無論です。私が責任を持ちます」
エマルジオ級建造に関わった稲富重工のヒルがエマルジオ艦長の質問に答える。
ヒルは稲富重工の社長であると同時に技術者でもある。この戦闘に際し、アドバイザーとして同乗を進言したのだ。
希望隊は攻め手を失ったわけではなかった。エマルジオ級にのみ搭載された兵器、プラズマ動力型歪曲式ハイエネルギーカノン、略称でHEカノンと呼ばれる装備があるのだ。これは歪曲するビーム砲の一種で、使用の限定はされるが、ミサイルの代替手段になる。これならばパルスレーザーでの撃墜もされない。
HEカノンは出力調整や軌道計算が難しく、スプレニクには防空用に限定した安定型しか搭載されていないが、エマルジオのものには制限はなく、そちらなら対艦攻撃までもが可能なのだ。
敵艦に近づけば、それだけアーロイドによる攻撃に曝されることになるが、少しでも着弾の可能性を高めるために、被弾のリスクを覚悟したのだ。
エマルジオ級二隻の後方となった本隊でも、更なる危機が迫っていた。海中からの攻撃である。
「次から次へと……ここは魔窟か!」
旗艦エソファグスの艦長が叫ぶ。
キベルネクトシステムに由来する希望隊側の防御力は極めて高い。それは対潜戦闘においても同じである。しかし、海中にいるのが未知の敵となると、そううまくゆくものではない。
「艦長、潜水艦セプタム撃沈されました!」
「敵の潜水艦二隻を沈めてみせたセプタムをこうもあっさりと……アーロイドの探知できるか?」
「無理です! 捉えているはずですが、異物と区別できません!」
「十分だ。キベルネクトと、セプタム乗員が命がけで送ってくれた音紋がある! 対潜戦闘用意! セプタムの仇を討つ!」
「データ入力! 発射!」
海面が揺れ、爆発が繰り返される。わかっているだけのすべての音紋に対し幾度も攻撃を仕掛ける。
相手が通常の潜水艦であれば確実かつ的確に勝負をかけられる攻撃システムを持っていたが、それもアーロイド相手では、弾をばら撒く方法をとるしかなかったのだ。
「艦長、トマイだ。生き残りのアーロイドがそろそろ浮いてくるはずだ。我々も甲板上に出る」
「危険だ! 衛星からの攻撃だっていつくるか!」
「それを直接艦に撃ち込んでこない理由がわからない以上、萎縮していてもはじまらん」
「海中のアーロイドがこちらに来るとは限らん!」
「必ず来る。あらゆる水中兵器が持ち得ない高い自由度を持ちながら、洋上艦を見逃すほど敵は間抜けではない」
通信を一方的にきると、トマイら陸戦要因は艦各地に散ってゆく。指揮系統を乱すことはあってはならないことなのだが、トマイにとってはそれだけ緊急のことだった。巡洋艦二隻で空母を守りきらねばならないのだ。
「甲板から報告! 海面に影!」
「ぐ……! 浮上してきたアーロイドは、甲板上のSZU装着員で対処! 対潜戦闘続けろ!」
トマイとマッツェンは二人組で甲板上に出る。WARネットワークで従えられた部隊は、よく統制されているとはいえ、細かくはまだ戸惑いが見られている。
「トマイ! 俺たちは陸戦要因なんだぞ! もしここで必要以上に損耗したら!」
「相手の技術を測り違えていたんだ、このままでは危険だ。敵をゼノ社の延長で見ていたが、衛星兵器がある時点でもうその次元でない。ここで人間が作戦を調整してやる必要がある」
「何をしてくるかわからん奴らが、何を持っているかを見間違えたってのか? おまえらしくもないな……」
「そうだ、だからこそ退く訳にはいかないんだ。責任は僕がとる……SZU装着員は海面からくるアーロイドに注意しろ!」
「見えてきた! 撃て撃て……! なぁトマイ、これってピンチだよな?」
「ああ、自信を持っていいぞ、最悪だ。船底を撃ち抜かれるのも時間の問題だろう」
「どうするんだよ?」
「信じるんだ、味方を」
トマイたちの後方では、希望隊の航空母艦が静かに沈み始めている。
晴れ晴れとした青い空を、はしゃぐ子どもが駆けめぐるように、海の風が黒煙を混ぜ始めていた。
・・・
前に出たエマルジオ級の二隻は、作戦が功を奏し、敵駆逐艦二隻を沈めていた。
当然ながら希望隊も無傷ではない。もともと無理のあった艦護衛のアーマードベースはもう半数ほどにまで減ってしまっていた。
エマルジオとスプレニクがこのまま突破できたとして、敵の艦隊は航空母艦1、巡洋艦2、駆逐艦2が動かないまま残っている。敵側の艦隊は別動隊がいるのではなく、そもそも別動隊込みの編成だったのだ。
中央島への防衛線を突破するどころか、策を弄したとしても、希望隊はもう戦闘を続行するのでギリギリの戦力である。
そんな中、ミサイルやHEカノンが飛び交う間をぬって、エマルジオの甲板上にでてくる者がいた。
SZUやアーマードベースに搭載されているいくつかの装備を、彼用に調整して身につけたダークである。
「当てられる確証はないぞ」
「威力は申し分ない。管制しだいだが、君ならキベルネクトを使いこなせるはずだ」
ダークとトマイが相談している。ダークとキベルネクトの適応はトマイと同じか、それ以上だった。
「衛星など無視すれいいんじゃないのか?」
「撃ってこない理由は不明だが、このまま中央島まで近づくとなると無視はできない。かといって、このまま粘っていてもやられるだけだ」
攻撃衛星の位置情報は思ったよりもはるかに早く手に入っていた。エルが衛星について国際会議に追及すると、匿名ではあったが、該当する機関より情報の提供がすんなりと行われたのだ。どこの大国が噛んでるかは予想がつく、とエルは激怒しながらトマイに伝えた。
トマイには考えがあった。希望隊の武装に対衛星兵器があるわけではない。だが、可能性のある攻撃方法があるのだ。ダークの光の砲である。トマイたちが見た、あの倉庫群を消し炭に変える力ならば、あるいは可能だと考えたのだ。
問題がないわけではない。あの時の光の砲の威力は、ポイント-ブランクの飽和点に近づいたことによって発揮されたものであるという点だ。
あの時のポイント-ブランクでは、大量の原質力がダークの体外に漏れ出ていた。艦上で使えるものではない。つまり、ポイント-ブランクの低率期で光の砲を使用することになるため、それを知るダーク自身は、威力に不安を感じていた。
「甲板に出たが、ハエが鬱陶しい! 純エネルギー集中の時間が必要だ!」
防衛網をアーロイドが掻い潜ると、それはすぐさまダークに攻撃してきた。念腕でそれをいなしながら、衛星の位置を探る。
「アーマードベースにも援護させる、衛星に集中してくれ」
整理された衛星の位置情報がダークに伝えられる。
「失敗した場合を考えて、次の手を考えた方がいいと思うぞ」
「そんなものはない。いいかシオナシ、ここであれをなんとかしないと次の段階に移行できない。そうなったら、後はじり貧だ」
「……やるだけやる」
アーマードベースがエマルジオ周囲を包み、防御体制をとる。ただでさえ機動力で劣り、消耗しているアーマードベースは、これでいい的となった。
アーマードベースの航続可能距離は無限ではない。戦闘しながらなのでそれはさらに短くなっている。時間が経てば経つほどチャンスは減ってゆくのだ。
しかし、だからこそ起きた執念が、アーロイドの攻撃に空隙をつくらせた。
ダークがポイント-ブランクに入る。全身が焼ける炭のように発熱し、発光してゆく。
「……また変わっている」
ポイント-ブランクの負担が少ないのだ。莫大な力を放出してなお、身体と相談する余裕があった。
今まで何度か自分の変化を感じていたダークである。その変化を持て余したりはしない。
「コントロールが利く。これなら……」
空を見あげると、仮想モニターを通じて衛星の位置が示される。常に修正が加わっているため安定しない。ハンドルエクスとしての感覚でさらに補正する。
幾層にも重ねられたレンズで星を観察するように、ダークの神経が、揺れ動く視界にその像をくっきりと浮かび上がらせた。
地表からの距離、およそ600キロメートル。
人の戦いは、目に見えぬ領域を、人の目で直接見える形で行われるようになり、その範囲は、ついに地球の外にまで及ぶに至った。
自分から吹き上がる熱までも、掬い上げた火の水に結い上げて、ダークは天に掲げた手をレンズの先に合わせる。
焼けた石炭のようでありながら、海風の冷ややかさを乱すことはなく、洋上に漂う血の暖かさをそのままに、ダークは光の砲を放つ。
光の砲は、空を破るように昇っていった。
誰もがそれを目で追い、つかの間の静寂が戦場を包んだ。
敵も味方も状況の把握を優先している。変化が起きることを誰もが予感したのだ。
「やった……? トマイ、やったぞ! 衛星をぶち抜いた!」
わずかな沈黙の後、ダークはトマイに叫ぶ。機械の限界をも超えてダークにはわかるのだ。
「本当か!?」
「間違いない、手ごたえがあった!」
「わかった……それで君のダメージのほどはどうなんだ? ポイント-ブランクというのを使ったんだろう?」
「まずは大丈夫だ、多少は調整が利くようになったようだからな。それより、これで奴らの防衛力は減衰したんだろう? 急げ、こっちはもうもたん!」
「……よし、シオナシ、よく聞いてくれ。おまえにもう一つ頼みがある」
「なんだ?」
「これから予定に従って、我々希望隊は中央島へむかう」
「ああ、ここを突破してな」
「しかし、揚陸させる予定だったアーマードベースを防衛にまわし、かなりの損害を受けた。これでは正面からゼンドの陸上部隊に当てることができない」
「火力が足りないのか?」
「そうだ。そこで、すまないがこちらと役割を入れ替えてほしい。僕たちが基地へ電撃戦をしかける。君は残存戦力と協力のもと、ゼンドと戦ってくれ」
「なに……」
「君があいつらと直接決着をつけたがっているのは知っている。だが、このままでは僕たちは何もできないままで終わる! それだけは駄目だ!」
「……条件がある。ゼンドの陸上部隊とは俺が先行して、俺だけで戦う。残りはすべて後方で待機だ。連れて行ける者はトマイがすべて連れて行ってほしい」
「シオナシ、それは……」
「俺だけでやる。そちらも無事というわけではないだろう? そっちにこそ手数がいるはずだ」
少し待ち、トマイが回答に悩んでいるらしいことに気付くと、ダークは再びポイント-ブランクを発動し、光の砲を敵巡洋艦に向け放った。
やけを起こしたのではない。その行動は、単独で乗り込んだ場合に、対地攻撃を受けないようにするという意味が込められている。つまりはダークの意思表明である。
その砲は敵艦に見事着弾し、それだけにはとどまらず、貫通してその先にいる航空母艦にまで及んだ。
いくらポイント-ブランクをコントロールできるといっても、短時間での連発は相応のダメージを残しているだろう。
「無茶するな! パワーダウンするぞ!」
「……トマイ、俺の覚悟は変わらない。俺は一人でベタナークに対する抑止力となる!」
「ハンドルエクス……」
「トマイ、さっきまでのアーロイドの動きを見てもわかるだろう。奴らも俺を狙っている。囮としても十分だ」
「……ここまできたら、いっそそれもいいかもしれないな……よし! エマルジオを上陸舟艇にして援護させる! シオナシは単独先行して戦場を抑えてくれ! スプレニクはこちらと合流させる!」
「すまない。気をつけろ、あそこには通常のアーロイドとは桁違いのバケモノがいるはずだ」
「なんとかするんだろう? お互いにな」
「……そうだな、そうしよう!」
エマルジオはホバークラフトのように水面からわずかにはなれると速度を上げてゆく。
水飛沫を巻き上げるその姿は力強く、虹まで残す航行はあまりに優雅だ。
優雅ということは、それだけ欺瞞ができていないということでもある。
吹き上がる熱が即座に敵に察知され、危険を示す信号が艦内に響き渡る。
「サルボー!」
アーロイドの編隊に対し最後のミサイルを打ち上げながら、それに向かい突き進んでゆく。
みるみる速度をあげてゆくエマルジオとは逆に、スプレニクは護衛のアーマードベースと共に速度を落としてゆく。
エマルジオは単独で艦隊へと近づいてゆく。相手から見れば沈めてくれと言っているようなものだろう。
甲板上で、アーロイドと戦うダークにエマルジオの艦長から連絡が入る。
「シオナシ! エンドローダーの準備はもうできている! 貴様は待機だ!」
「待機どころかすぐに出ます! それより艦を前に出しすぎです! 俺が出たら、ここをトマイに任せて後ろに退いてください!」
「いや、ここは振り切る! 防衛網に近づき、SZU兵を乗り込ませて白兵しつつ強行突破だ! その隙に、貴様はエンドローダーであの防衛網を抜けろ! 回収は旗艦のエソファグスに任せる!」
「沈むだけです! みんな死にますよ!」
「聞いてくださいミスターシオナシ。私はヒルといいます」
突如通信に割り込む声があった。聞いたことのある声である。声の主は希望隊に協力している企業の人間で、ダークも以前に会ったことがあった。
「あんた、たしか稲富重工の?」
「私たちはハインド博士が命がけで持ち出した技術を元にこれらの艦を造りました。正義のためなんて言いません。私たちは技術屋です。こんな不利な状況で我々がこの戦いに臨んだ理由は、ハインド博士の情熱に惚れこんだからに他なりません」
「だからどうなってもいいと言いたいのですか? その意固地さがみんなを殺します!」
「違います! このエマルジオには、それこそ山のようにあった実現困難な技術を、すべて克服して盛り込みました。それは、勝つためにです。他の皆がなんと言おうと、私がここにいるのは、勝利するために他なりません。この艦は、勝利のために造られたのです。ハインド博士もそれは同じでしょう」
「しかし、そんな精神論は……」
「ああもう! まどろっこしい奴ね! アンタもハインド博士に造られたのなら、勝利のためにだけ進みなさいって言ってるのよ! もう! 理屈がなんだっていうの!? さっさと行って、ちゃっちゃと全部ぶっ飛ばしてきなさい!」
ヒルの怒鳴り声が耳元で響き、ダークは首をすぼめた。なのに、なんだか肩の力がぬけて表情が緩んだ。なんと出鱈目で、なんと力強いことか。
艦長が通信を取り戻す。ヒルは勝手に割り込んだらしく、いらついた声を出している。
「いいから貴様は行け! 中央島で会おう! ようしHEカノンに切り替え! プラズマ動力の限界まで撃ち続けろ!」
「……よし!」
砲撃戦は耐久力の勝負である。それだけ耐え、どれだけ撃ち込むかの、正面きっての殴り合いと同じなのだ。
砲門は互いに一門のみ、口径は敵が上、船の大きさも敵が上。世辞にも五分とは言えない。
この先が見えている勝負を、エマルジオは耐えた。
甲鉄板が耐える力を与えた。速度が敵艦の突破を可能にした。操舵の妙が、敵の巡洋艦を沈めてまで見せた。
敵の艦は反転して追撃しようとしたが、それは大きな間違いであった。ほどなく、トマイら率いる艦からの攻撃がきたからだ。
エマルジオが中央島の防衛線に近づく頃、希望隊の艦隊は、巡洋艦ディアフラガムという犠牲を払い、ついに攻撃艦隊の殲滅に成功した。同時に、とりついていた残りわずかなアーロイドも散り散りになっていった。
・・・
希望隊の本隊からも中央島が見える。多くの犠牲を払い、ようやくここまで来たのだ。
希望隊に喜んでいる者は誰もいない。
ここから先こそ死地と呼ぶに相応しく、生き残れども、その先に待ち受けるのは怪物の巣なのだ。
「艦長、防衛線を敷いている艦隊へコールをしてくれ!」
「トマイ!? なんだ!?」
「停戦を申し入れる! エマルジオへは敵艦隊への攻撃を禁止し、そのまま通り過ぎるように伝えてくれ!」
「停戦? ここにきて何を! エマルジオにいる将兵を死なせる気か!」
「説明している時間はない! あの艦隊とエマルジオが接触する前にはやく! これが最後の可能性なんだ!」
トマイがここまで必死の形相をするのは珍しい。冷静さを欠いているようにも見える。
「シオナシには、予定地点に到達したら我々にかまわず出るように伝えろ!」
先ほどまでとは違った緊張が戦場に走りはじめる。
「こちらはサイホ艦隊司令ロイ=アッキスだ。停戦要求と聞いた。貴官は?」
「こちらは希望隊代表イユキ=トマイだ、大使と考えてもらいたい。やはり君らはサイホ政府軍なんだな? ベタナークのゼンドではない」
「そう、我々はサイホの正規軍だ。ベタナークの艦隊は貴艦隊が沈めたものがすべてだ」
「よし……聞いてくれ。そちらに向かっている艦はもちろん、我々希望隊はそちらを攻撃しない。そちらからの攻撃も控えてほしい」
「この侵攻を見逃せというのか?」
「侵攻ではない、が、言わんとしていることはそうだ。我々の出動目的は、あくまで平和維持活動の履行であり、その対象はベタナークのみだ。よって、貴艦隊との交戦は避けられるものと考える」
「いまさらできない相談だな。我々には守らねばならないものがある」
「我々は、サイホに対して一切の被害を出さないことを約束する。また、ベタナークに関しての一切の責任をサイホには要求しない。そして、必ず我々はサイホを開放させてみせる。理解しているはずだ、ベタナークは唾棄すべき存在なのだと」
「私は政治的判断は行わない。ただ任務に従うだけだ」
もうサイホの艦隊とエマルジオの距離はない。サイホの艦の砲門がエマルジオを追っている。
「その任務というのはどこが出したものだ!? ベタナークじゃないのか! 君たちが守るべきはサイホの人間だろう! 君たちもまた、ベタナークと戦うべきなのだ!」
「……ここで我々が退けば、誰が国民を守る! これ以上は大きなお世話だ! 介入? 保護? 主権侵害? 内政干渉? どれも同じことだ! もう言葉の飾りは沢山だ! 同じように聞こえのいい言葉ばかり吐いていたサイホの為政者は、国民を捨てたのだ!」
「僕は見捨てない! 一緒に戦ってくれ!」
「十分に戦っているとも! 万が一ここで貴様たちがベタナークの力を殺げたとして、それが何を生むか! 再び激しい内乱が起き、そこに他国が介入する! そうなればもうサイホにはそれを耐えるだけの力はない! 国が消える!」
「しかし、しかしこのままベタナークを放置すれば、サイホは!」
「……蜂の巣をつつく真似も、我々を引き込もうとするのもやめてもらおう。貴様らはあれの正体を知らんのだ。誰もベタナークは潰せん。戦うべき相手はベタナークと、それを刺激し、サイホを危険にさらす者すべてだ!」
エマルジオが敵艦隊の横に並ぶ。エマルジオの甲板上にはSZU兵が並び、微動だにしない。トマイの通信は全隊員に対して聞こえるように回線が開かれ、皆がその説得に聞き入っていた。
「ならば……もし世界がサイホを切り売りしようと判断したならば、僕は、その世界とも戦う!!」
「馬鹿げた提案だ、説得というより、まるで安い恋文じゃないか」
「違う、そうじゃない。僕はすべて知っているんだ。アッキス司令、あなたと同じだ。そして、その上で準備がある。君が必要だ」
「……ただの冗談でもないようだな。しかし停戦は受け入れられない。我々はサイホの軍。自国の防衛を継続する」
「司令!」
「よって、中央島での戦闘の被害が他に及ばないようにこの場より移動する。また、同時に、人道的見地から、敵味方問わず沈没した艦乗員の救助を行う……文句はないな?」
「では……」
「おまえに期待しているわけじゃない。ただ、我々は、少しでも『希望』を見出したいだけだ」
「英断に感謝する!」
エマルジオが通り過ぎ、その前には波にまぎれるほど小さな航跡ができている。エンドローダーが先行した跡だ。
「アッキス司令、一つ聞きたい。なぜギリギリまで攻撃してこなかった?」
「さあね。ただ、君らがベタナークと対等以上に戦うのを見て、溜飲が下がったのは確かだ」
「そうか……エンドローダーはわざと見逃したんだな?」
「エンドローダーというのか、見えないあれは」
「ああ、適材が乗っている」
***
日も暮れ始めようとする頃、中央島の平野に無数のアーロイドが集まっていた。
ダークは自らの位置を発信しながら中央島に降り立った。それに応えるかのようにみるみるアーロイドが集まったが、集まりきるまで、どちらも手を出さなかった。
ダークを取り囲むアーロイドたちの動きには、戦術や戦略といったものはまるで感じられなかった。それぞれがそれぞれ、ただ待っているのだ。
数が満ちた頃、アーロイドの集団からダークに向かい、一人で出てくる者がいた。赤い毛の少年である。
少年とダークと向かい会うと、そこだけが一際異様な熱気を帯びはじめた。
そこにいるダークも、アーロイドたちも、誰もが気付いていた。ここから先は、戦争ではない。
空が砕け、海が燃え、大地が溶ける。
命を鋳込んだ稜線から垣間見るのは戦慄の群れ。
いつまでもいつまでも果てしなく剣呑な怒声が続く。子守唄は、聞こえない。
次回、ハンドルエクス・ダーク第14話『虚ろな戦』
暗闇への審判が、今、下される。