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ハンドルエクス・ダーク  作者: 千代田 定男
第三章 中央島戦争編
12/26

第12話 生きるものたち

12・生きるものたち


「あらゆる時代において、人類は戦いと共にありました。それは業であり、欲動です。その自らの歴史を、人々は詳細に研究しながらも、それぞれが都合よく解釈してきました。そこにいるのは常に人で、敵などというものが、実のところ、どこにも存在していなかったからです」

 沢山の人間が壇上に立つ女の言葉を聞いていた。その様子は中継され、外で待つ人間も見ることができるようになっている。

「現在においてもそれは同じです。しかし、それは良いのです。人は、忘れようとしたそれをも糧にして、良しか悪しか、どちらにしろ歩みを進めるからです。そう、一度起こった事実は、足跡は消えないのです。そして、人類は、必ず良い道を選べるものと私は確信しています。なぜならば、それが未来を築くということだからです」

 聞いている国際会議の者たちは、様々な国の代表者で、連盟といったような共同体に属するものでもあった。

「ですが、その事実を残さない者がいるのです。いや、消そうとすらしている者たちがいる! 歴史というステージにあがらず、登壇することはなく、そうでありながら、人間そのものを牛耳ろうとする者たち……すなわちベタナーク! 彼らは、人類の歴史をアーロイドという種で塗りつぶし、すべてを沈めようとしている!」

 多くの人間を前に、その女、ハイン=ハインドは初めて姿を現し、演説を打っていた。

「この時代に至って、ついに人類は本物の敵と遭遇したのです! 断言します! ベタナークこそが人類共通の真の敵であると! そして、今こそ、全人類が道を一つにする時なのです!」

 国際会議場の中、サイホ介入の表明演説を打つハインを、ダークは外のモニターで見ていた。ハインは役者かな、とも思ったが、これぐらいで丁度いいのかもしれない。なにせ、この演説は記録されないのだから。ハインが表舞台に顔を出すのは、これが最初で最後だろう。

 演説を聞く国際会議の面々は、はじめは物珍しさが勝っていた。しかしそれは興味をひかれていることというであり、事実、ハインの話にすぐにひきこまれていった。

「その存在を勘付ていた方もおられ、それを良しとする向きもありましょう。しかし! もう取り繕いは不要なのです! 人類は個々の安息のために、あるいは上辺の進歩のために、歴史を売ってはならないのです! 自らの生殺与奪は自らが持ち、内からあふれる誠の生命の欲求に応えていただきたい! その先にあるものこそ、人類という生命の、真の平和なのです!」

 今のダークは、かつての復讐という理由よりは希薄だが、より確かな何かを信じていた。その何かへの執着こそがダークの思う勝利。つまりはベタナークに勝つ意味だった。

「私は、皆がそれぞれに持つ、人として在るための自己を、私自身の命よりも優先します」

 ハインの煽るような言葉の端々に、それが代弁されているようにダークは感じた。そして、次の戦いの先にこそ、はっきりとした答えがあるような気がしてならない。

 ダークは作戦の人員に選ばれていなかった。しかし、なんとしても行かなければならない。

 ダークは自分のことを何一つ思い出せていなかった。ナイトドリームでさえ手がかりを掴めなかったのだ。しかし、意味がなかったとは思ってはいない。だからこそ目覚めた。 

 ダークは、これまでしてきたことはすべてこの日に至る準備にさえ思えていた。この日を迎えるという偶然。それは、予想していた面もあるのだから、確かに、偶然という形で顔を出した必然ではあるのだ。


***


 マッツェンは、今が人生で一番仕事をしているなと思った。

 希望班は沢山の問題を解決できないままだったが、いくつもの特例措置を受け、ナイトドリームから独立した。希望隊と名前を変えた今では、かつての母体を凌駕する勢いを持っていた。

 希望隊はナイトドリームの半数を持ってゆく形で結成されており、ナイトドリームの再編成とも言えた。分裂とのれん分けの間である。

 稲富重工社、メディケイトマネージ、世界基金財団、ルナエレクトロ、黄流通信といった巨大企業の協力により、規模もさることながら、密度の濃さを得ていた。

 これだけの協力者が集まったのは、希望班の持つWARのノウハウが興味を惹くからというのもあるのだが、同時に、トマイの手腕が発揮されたということでもある。

 ハインが本格的に協力し、ダークが復帰した頃からの変化は特に劇的なものだった。

 マッツェンはキベルネクト適応者であったため、戦闘員としての仕事が増えた上に、今までの仕事も減ったとは言えないので、各部署を横断して仕事をしなければならなかった。

 マッツェンは、トマイと希望隊の変容や現状を話しあう機会があったので、その際に仕事の多さに不満をこぼしたのだが、トマイがマッツェンに求めていたのはまさに今のような働きだったというので、さすがに閉口したものだった。

 マッツェンは、ナイトドリーム第3係の頃から変わってしまった日々をどう感じたらいいのかわからなかったが、ただ、わからないうちはトマイの横を歩いていようと思っていた。そして、そう思えば思うほどに思考の片隅に浮かぶ者がいた。ダークである。

 ダークが復帰してから大きく様変わりした訓練が模擬戦である。

 希望隊では、ダークをアーロイドと想定した実戦訓練が連日繰り返されており、マッツェンもその訓練をこなしていた。しかし、まともに勝てた試しがなかった。条件的にはダークがはるかに不利であるのに、だ。

 ダーク、つまりハンドルエクスは、アーロイドとはまるきり違っているというのがマッツェンの感想だ。強さ以上に戦法の差があるのだ。

 その模擬戦にギリギリ着いていけるのはトマイぐらいのものだった。もっとも、トマイ単独ではなくアーマードベース部隊を率いてという差がある上でのことだが。

 ゼノアームド社との衝突で、マッツェンもアーロイドとの実戦を一応は経験しているのだが、ダークと対峙していると、それとは全く異質な不安に襲われるのだ。戦慄とでもいうべきものが身体に走る。

「ありゃあ何かあるよな」

 うまく言い表せない違和感、嫌悪感、恐怖。そういったものは、概ね、力や見た目、無理解によるものだが、それは本能に由来しているとも言える。

「だとしても敵とは思えない……ただ、確認はしたいところだな」

 コーヒーをガブガブと飲みながらマッツェンは考える。

「なにせ実質の戦争だから、な……」

 ベタナークとの決戦とも言える戦いが迫っていた。希望隊を中心として、対ベタナーク体制が一変したことで、ベタナークの包囲網ができつつあったのだ。

 独立国サイホ中央島。ゼノアームド社との戦いに乱入してきた者たちの本拠地である。希望隊はここがベタナークの本拠地であると確定し、派兵決議も可決されていた。

 しかしここでも問題はあった。サイホへの介入は希望隊に一任されることとなり、他からは一切の協力が得られなかったのである。その裏には、各方面からの、力を強めた希望隊への嫉妬や危機感があった。トマイはこの状況も予想し、覚悟していたようである。

「テイク?」

「マオか、最近会わなかったな」 

「こんにちは。なんか疲れてますねー」

「そんなことねえよ。サイホのことを考えてただけだ」

「サイホ政府はだんまりだってね」

 マッツェンの向かいに座りながら相川が答える。冗談めかしてはいるものの、その動作を見て、むしろ疲れているのは相川の方だとマッツェンは思った。どうにも相川は元気がないのだ。

「そいつは違うな。機能してないんだ、全くな。あそこを実質まとめてるのは中央議会って奴らだ」

「それがベタナークの正体なのよね? あそこで起こっているのは内紛じゃなかったんだなって」

「そうだ。ややこしいからって放置している間に、そんな奴らが好き勝手やるようになったってわけだ。ナイトドリームにも責任はあるかもな」

 マッツェンの言葉は本心ではない。誰を責めればいいのかわからないだけだ。

「これってソーラ研の摘発で裏がとれたんだよね、確か」

「ああ。ただ、その頃にはベタナークの人間は逃げちまってたらしいがな」

「それから大きな動きが見られたってトマイさんが言ってたな」

ソーラ化学研究所から漏洩してきた情報を踏まえたベタナークの全容は、既に希望隊全員に明かされていた。


 かつてサイホ内では政府と反政府の対立があった。対立の原因こそ不明であるが、その反政府側がいつしかベタナークとなったようである。

 対立は、いつの頃からかベタナークによってコントロールされるまでになり、現在では国そのものが、アーロイドやゼンドの実験施設としての様相を呈するまでになった。

 ベタナークは、転覆した自らの国を隠れ蓑にして世界にまで手を伸ばした。いくつもの組織や企業にもぐりこみ、合法、非合法問わず、技術を手中におさめるためだった。

 時にはゼノアームド社のように完全な傘下組織をつくり、その技術を転化してゆく。そうして得た莫大な資金を下地に、さらなる増強を繰り返してきた。

 その中心がアーロイド部隊ゼンドであるが、もはやその存在目的はなくなってしまっていた。ベタナークに乗る形で、様々な人間が集まりすぎ、その本質などとうに消え去っていたからだ。

 ベタナークという解放区により、人間が欲望のままに跋扈するようになったと言える。

 もとよりサイホは諸外国との国交が浅く、独自の生活を守っていため、情勢をどこも把握できていなかったのが遠因としてある。

 希望隊は対アーロイドではなく対ベタナーク組織とし、犯罪組織であるベタナークによって被る害から、人類全体を守るために、元凶であるサイホに介入する尖兵となる。

 これが、説明された全容である。


 説明に疑問を持つ者もいた。しかし、重要なのは、これが希望隊の掲げる新たな論理であるということであった。

 トマイはこの体裁を整えるために奔走し、今もまだハインとともに忙しくしている。

 そこまで考えて、それか、とマッツェンは気付いた。相川もトマイとろくに会えていないのだろう。

「で、愛しのトマイさんに相手してもらえなくて元気がないわけだ、マオさんは」

「そ、そんなことない! 仕事は仕事で、公私混同なんて絶対してない!」

「それ、爆弾発言だと思うけど?」

「あ! そういう意味じゃなくて、あの……」

 相川がトマイに対して特別な感情を持っているらしいことは周知のことであった。ただ、囃し立てるほどのことでもなければ、トマイの魅力というのも皆が知っていたし、ファンも多かった。

 マッツェンはこうした軽口を叩きながらも、厳しいな、と考えていた。

 再編成された希望隊の戦力は、相対的には決して大きいものではないのである。一国を支配するほどのベタナークを相手にするにはあまりにも差がありすぎる。もちろんそのことに関しては覚悟はできている。ただ、マッツェンには別の不安要素が残っているのだ。

「お、ちょうどいいところに」

「え? あ、シオナシさん」  

「ああ、お二人とも、お疲れ様です」

「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいかい?」

「なんです?」

「中央島、アンタがいれば落とせるのか?」

「……どういう意味です」

「そのままさ。いくらサイホがどことも安全保障を結んでいない完全な軍事的独立国家と言ってもな、一国を相手にするんだぞ? 俺たちだけじゃ絶対に勝てない。絶対にな。だからさ、アンタにかかってるんだよ」

「テイク?」

「俺たちは押し付けられただけなんだよ、戦場一番乗りをな。国際社会全体が動くのは俺らの後からだ。俺たちが監視と加撃的武力行使の役割を引っ繰り返しちまったのをいいことにな。言わば俺たちは被害担任ってわけだ」

「でも、それが私たちの役目でしょ? そのための組織なんだから」

「そうさ、誰も初動をとろうとしない事案への即応部隊。その役割を取らざるをえなかったんだ、トマイはな。それで、気付いてるか? アンタのせいなんだぜ?」

「……何がです?」

「アンタと会ってトマイはわかっちまったのさ、どれほどの脅威が待っているのかをな。それであの性格だから、何もかも捨てて自分がそれに立ち向かわなきゃならないって考えてさ。命だって捨てる気でいるぜ、あいつは。自分の命を旗にして皆を引っ張るつもりだ」

 初めのうちダークは作戦に組み込まれていなかったのだが、ある時に、トマイがダークを中心にした行動を作戦に入れるよう要望したのである。

 トマイがダークに寄せる部分が大きいらしいこと。それがマッツェンの不安要素である。

「そんな、トマイさんはちゃんと考えて……」

「アンタもあいつと会った時、そういう奴だってわかったはずだ、特別な何かがあるってな。俺たちも同じさ。だからあいつに皆ついてきたんだ。それに乗っかった以上、アンタに成果を求めたいって気持ちは理解してくれるよな?」

 マッツェンの、嫉妬と不安、心配が入り混じった意識を感じとって、ダークは受け止めるしかないと思った。

「期待に沿えるかはわかりませんが、全力は尽くします。俺の役目だと思ってます」

「役目ねぇ? どんなのだ?」

「奴らに教えてやるんです。いかなる力があろうとも、それだけで、誰からも無制限に認められるものではないということを。そして、俺という敵がいるということを」

 ダークとマッツェンが見つめあう。

 ダークを窺うマッツェンの目には、ダークは思いつめたようにも、気張っているようにも見えなかった。

 マッツェンは満足したように気を抜く。

「……そうか。いや、悪かったな。アンタそう言っててくれると安心だ。頼りにさせてもらうよ」 

「テイク、いったいどうしたの? なんか変だよ。いくら心配だからって……」

「疑っているんですね?」

「ん……そのだな、あんたやハインド博士がトマイを操っているように見えたもんでな。いや、トマイがそんな甘い奴じゃないってのは知ってるんだがよ」

 そう言うと頭を掻いて、いつものマッツェンの雰囲気へと変わった。探りを入れるために演技していたのだろう。

「え? テイク、ハインド博士にいい印象持っているように見えたんだけど。美人だとか言ってたし」

「あ! シオナシの前で言うんじゃねえよ! 間男だと思われるだろ! まあ、そうじゃなくてだな、美人すぎると思ったんだよ。冷静で、隙がないって。なんでも知ってるようなさ、怪しいだろ? そういうのって」

「間男……? ふふっ、違う違う。俺と博士はただの仲間ですよ」

 ダークはマッツェンの変わりようが可笑しかった。相川もどこか嬉しそうにしていたので、余計にそう感じた。

「博士とは俺もしばらく会ってません。でも、博士も俺も目的は同じです。皆さんを死なせるつもりなんてない。俺も、博士も、例え一人になってもベタナークと戦い続けるってだけです」

 ダークと同じように、今のハインは、先にある何かを見ているように思う。それは、ダークの求めるものとは違う何かだ。それは先の演説でもわかる。それでも、根底あるものは同じだとダークは信じていた。


***


「掛け値なしのありったけだな」

 口ひげをさすりながらエルがトマイを見ている。

 エルもまた希望隊に編入されていた。立場はエルの方が上であるが、実質はトマイの補佐として働いている。

 希望隊ではサイホとの戦いの準備が続いていた。

 もはや希望隊は、多国籍の枠を超えた、無国籍の部隊とでも言うべきものになっていた。アーロイドという技術そのものに対する力だ。

「もちろんです。決戦ですので」

 トマイはエルより強い権限を持つ場合が多いのだが、関係は以前と変わらなかった。

「それでコレな、本当に使うのか?」

 エルは、ある戦闘艦の資料を手に持っていた。

「はい。もう仕上げに入ってます」

「確かにゼノ社の時より戦力差は著しいが、二隻のうち一隻は損耗補充分なのだろう? そんなものまでな……猫の手も借りたいのはわかるが」

「とんでもない、猫どころか獅子ですよ。大いに期待しています」

「プラズマ動力式水陸両用艦エマルジオ、ね。本当にここにある通りなら期待もできるが、どうにも小さく見える」

 そう言いながらエルが目をやった先にはハインがいた。

 ハイン、トマイ、エル。今、希望隊の代表的な領袖はこの三人である。

「このデータは虚妄ではありません。多彩な攻撃性能と、それを上回るほどの情報処理能力があり、防空能力は既存のいかなる艦をも上回ります。サイズは関係ありません」

「博士が組織から持ち出してきたものに、WAR構想で得られたノウハウを上乗せして実現したんです。サイズはミニマムですが、設計にあるマキシマムの性能を実現しています」

「ううむ。これといい、エンドローダーといい、ベタナークの技術力は驚異的だな」

「新技術を()()()()で運用するのは初めてではありません。水先案内にはいっそ(あつら)え向きですよ」

「んー……わかった。俺も承認する」

「ありがとうございます、さて、我々が決めなければいけないのはこのぐらいですね。後は隊に回して……」

「ええ、運を天に任せようかしら?」

「天ですか? それは困りますね、制空権はおさえておきたいですから」

 トマイは軽口をたたきながら自分の後ろを振り返る。気配がしたからだ。

 トマイの視線を追って、入ってきた人間を見たエルは飛び上がった。

「ゲイリー……総司令!」

「お邪魔してよろしいかな?」

 恰幅(かつぷく)のよい初老の男は、そう言うと三人に近づいてきた。ナイトドリームの総司令である。

「どうぞ。ようこそ希望隊へ。丁度まとまったところですよ」

「それはよかった。なに、博士も踏まえて、私の出番について話をしておきたくて……」

 ゲイリーがエルの方を見る。外に出ていろという意味だ。

「そうね、必要なことだわ」

 ハインが席を立とうとしたエルを手で制する。

 ゲイリーもトマイも、それを見て驚いた顔をしていたが、ハインの表情から、意図があるものと納得した。

 エルは、この戦いの後についての話があるのだろうと思った。希望隊が主導をとるにあたって、ナイトドリームとなにかしらの取引していたのだろう。

 止められたからには、相当な厄介事を押し付けられるのだろう。エルはそう腹をくくった。

「たしかに、今のうちに色々と決めておかんといかんか……」

 戦いの後を考えている時ではないが、エルは考えなくてはならない立場にいるのだ。

 来るべき中央島決戦は、世間的には知られていないものであった。

 ただ、何かあるのだろうということは伝わっていて、その不安感は賑わいのような形で現れていた。

 その一つが終末論で、その内容は、怪物による人類の滅亡といったものであった。ただの流行に過ぎなかったが、ベタナークを考えれば大きく外れているわけでもない。

 これは、漏れ出たわずかな情報があって、さらに脚色されて伝わったからである。

 こうした流行では、往々にして、昔にあったものが掘り起こされ、大々的に宣伝されるものである。

 この終末論者たちの中にも再燃しているブームがあった。『霊物との邂逅(かいこう)』活動である。これは、(もつとも)もらしく言えば、古代学者集団の行った神話探求である。

 『霊物との邂逅』活動自体は、神話の痕跡と主張する資料を怪物と関連づけて解説しているに過ぎないのだが、流行するにあたって、現在の提言者に都合の良い解釈が行われているのは言うまでもない。

 勘繰りについては民衆の得意とするところで、それを煽る市場もあった。それが認知度を高める一助になっており、まことしやかにだが、希望隊にあたる集団の存在を言い当てるまでになっていた。

 邪推も度が過ぎれば一つの現実と言えるまでになる。事実はいくつもの真実を生み出して、現実として人の目に映るのだ。

 特に日本では、極秘ではあるが希望隊に依頼という形で繋がりを持っており、国の動きから察して嗅ぎ回る者も多かった。誤った道からではあるが、怪物兵士の戦場伝説にメディアがたどり着くのも時間の問題である。 

 準備に時間がかかりすぎたのが原因であった。だが、それでも、希望隊としては、存在が公にされる前に中央島は抑えておきたいと考えていた。


***

 

「さて、答えてもらいましょうか、なぜあのような指示を勝手に出したのか。おかげで誰も知らないうちに五社が希望隊に協力してしまった」

 問い詰められる男の顔に感情はなかった。壁のモニターに映る六人の人間からは次々に野次が飛んでいる。

 立派な内装が施された部屋。そこは彼らにとって特別な部屋であり、通常は彼ら以外の何人も入ることは許されていない。

 だが、実際にはその場には、問責されている人間と、赤毛の少年の二名がいた。

「貴方も裏切り者ですか」

 セーアは今にも掴みかかりそうな形相だったが、必死に冷静さを保とうとしていた。

 セーアは真相を知りたかった。すべてでなくても良い。イロッシュやイリア、多くの仲間たちが犠牲になる意味はあったのか、それだけを確かめたかった。

「オオエさん」 

 糾弾されている男は重い口を開き、セーアに向き直った。

「我々に裏切りは存在しません。皆等しく委員長と同じ理想を追い求めているのです」

「……私の報告はご覧になったでしょう! あの方はその覚悟を踏みにじられたのですよ! 彼こそ真の忠臣だった! それをあの裏切り者は……!」

「彼……エイダムさんの栄誉を汚そうとしているわけではありません」

「では、ノーマン委員へ助力させるような指示の真意は!?」

「宣誓を忘れましたか?」

「……すべては、人類の明日のために」

「我々は常に一つです。だから君が先日とった行動も(とが)めたりはしなかった。君の行動原理は正しい」

 男が言っているのはセーアの希望隊襲撃のことだ。淡々と言い放つ様は涼しげですらある。

「……危険だ」

 言葉を受けたセーアの身体が膨らんでゆく。

 セーアにうまれたのは怒りなどではなく、単純な危機感であった。そこには、この男は組織を潰すだろうという気配があったのである。

「ずいぶん都合のいいことを言う、ラルス」

 モニターの人間が話し出す。

 責められている男はラルス=ギャラルダイン。ベタナーク副委員長である。

「そのラナイバック種の言う通り、あれの裏切りは明白でした。そのような理由で我々の意見に反対して、支援を続行させようとしたのですか?」

 問責する者たちの表情は冷たく、蔑むという表現が似合うもので、勢いこそ違うが、セーアの感情と同じものであるらしかった。

 ラルスは眉一つ動かさない。

「それが我々の使命です」

 これから起こりうる事態をとっくに予想できているはずであるのに、ラルスは微動だにしない。

「おまえの、の間違いじゃないかね?」

「残念ですが、あなたの功績を尊重するのもここまでですね、副委員長」

「気を使っていただいたことには感謝しますが、はじめからそんなものは不要なのです。私は私の役目を果たすだけなのですから」

「皆さんもうよろしいでしょう? 時間の無駄ですよ」

 小太りな中年男性がモニターの人間たちに呼びかけると一言でその場が沈黙した。様子からして、その場で最も発言力があるようだ。

「票決しましょう。私、カドナリ=ヤマチは彼の不信任に投じます」

 見た目に反し、目つきの鋭いその中年の男が皆に促すように言い捨てる。

「ルアン、同じく一票だ」

「わたくし、タジャンもです」

「クライブ=アーロン、やはり不信任です。納得いくわけないでしょう。トリフィスト書記員、会計に関わるあなたは?」

「自分ですか? 不信任です。当然ですね」

「結果……言うまでもありませんね」

「ネシュがいませんが、事態の収集に向かわせたきり連絡がとれません。懐柔(かいじゆう)されたと見るべきですね。ここまでおおっぴらに弓引いてくれると感心すらしますよ」

「皆さん、私やネシュに自殺願望があるとでも?」

「裏で合流する気だったのだろう?」

「ほどなく奴らが来るだろうが、その前に……やれ、ラナイバック種」

「そこに配備している者たちはくれてやろう、せめてもの手向けだ」

 一方的に話し終えると、六名はモニターから姿を消した。急ぐ仕事が山積みなのだ。

「後のことは任せて大丈夫そうですね、結構なことです。手向けという割りには、あなたに指揮系統を掌握させようとしているようですけどね」

 他人事のように呟くと、ラルスは椅子を立つ。

 目の前には一体のアーロイド。

 命令を受け、縛るものはなく、若さのままに熱意を上乗せし、人間を超える力を持つ少年。それは、ラルスに向けられたこの上ない凶器である。

「副委員長、おわかりですか? 貴方は委員のまま死ぬことが許された。これほど情け深いことはありません。私も相応の態度で(のぞ)ませていただきます」

 今度は、セーアが委員の代弁をするかのように前に出る。

「そうですか……ところで、あなたはここで彼らを迎える気ですか? 援軍もなく、実質的にここは破棄されることになると思いますよ?」

「そのつもりです。貴方を除去し、ここで委員会のしもべとして希望隊を迎え撃ちます。茶番ではなく本当の戦いをするのです。それが使命」

「茶番……? 希望隊ははじめから本気でこちらと戦うつもりですよ? 委員たちは皆、それも理解した上で様子見に使っているだけです。彼らは委員長の意思の在り処を探しているのですね」

「どうでもいいことです、どちらにしろ希望隊はここで消えるのですから。それには、ここにある戦力だけでも十分です」

「……若者には学ぶことが沢山ある。しかし、若さ故にそれが理解できない。時には厳しく教育するのも年長者のつとめですね」

 ラルスが歩み出て、アーロイドの姿となったセーアの姿を見上げた。

「くくっ……地獄の亡者どもは、きっと貴方より年上ですよ」

 しばらくして、部屋から出てきた者から、迫り来る者たちに対しての迎撃命令が下された。

衝突する鋼の秩序と秘されし喪失者。

全容を見透かすにはまだ高さが足りないと炸薬を足場にする。

突き崩すのが壁ならいいが、それが天井を支える柱ではないという証拠はどこにもない。


次回、ハンドルエクス・ダーク第13話『無垢の記』

暗闇への審判が、今、下される。

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