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ハンドルエクス・ダーク  作者: 千代田 定男
第一章 黒い戦士編
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第1話 扇動

忌まわしき稲妻 おぞましき吹雪

奇怪の化身が 怒りを馳せる

名は呼ばれず 声は聴こえず

陽のインパルス 月のルミネセンス

笑顔で討つは昨日の空 涙で塗りつぶす明日

1・扇動


 ひんやりと冷たい感触がした気がして、それで目が覚めた。

 まどろみの中、生暖かい自身の体温を感じて、冷たい感覚は勘違いだったと気付く。

 考えるのを止め、また眠りにつこうとして、意識は急激に現実へと浮かび上がった。

――ここはどこで、自分はいったい、誰だ――

 すべてが信じられなかった。頭が妙にクリアなのだ。なにもない。頭の中におよそ一切の記憶という記憶がないのだ。

 そんな馬鹿なことあるはずがない、なんでもいいからと、なにかを思い出そうとすればするほど、(から)の箱をかき回すように空虚な手触りと違和感が全身を駆け巡るだけであった。ただ、腹部の異物感だけが不自然なほどに主張しているのだった。

 そうするうち、ただ焦りだけがあふれてきて、それで溺れるような気がして、そこから逃れようと鼓舞(こぶ)せずにはいられなかった。

 暴れだしたいほどの衝動に駆られながら、しかし、わずかな身じろぎもできない。

 喪失感の中、それでもようやく辺りを窺う余裕が出てきた。記憶はないが知識は残っているらしかった。

 身を起こし、この簡素なベッドにどれほど眠っていたのか、今がいつなのかを思う。

 あたりは薄暗くてなにもない。人が普段生活するような場所ではない。あまりに無機質だ。なのに、妙な暖かさが保たれている。

 光沢のある床に足をつけようとして、自分が黒いぼろきれを着ているのに気がついた。よもや服がこうなったのではあるまい。布が自然になるような状態ではないのだ。

 見た目より重量を感じるぼろきれを引きずり、唯一ある扉に向かう。重々しい扉には、八の字を直線が貫いているマークが描かれていた。

 扉に手をかけ、少しずつ開くと、生暖かい空気が舞った。

 

ここはどこなのか。とりあえずは立派な建物である。病院か、なにかの施設か。さきほどの扉などはかなり重さのある頑丈なものだった。ただの家などということはないだろう。

 薄暗く、長い廊下を一人進んでいると、鋭敏になった感覚が何かを捉えた。生き物の気配である。

 何もわからない中で何かに出会う予感に警戒心が首をもたげた。廊下の壁が迫るようなイメージで押し潰されそうになる。

 動けずにいると、長い廊下の向こうで足音が聞こえ始めた。人らしい。少なくとも人間であることがわかり、少し安堵する。正体のわかる情報が少しでも(もたら)されたのが緊張を緩和させた。自分が相手をわからなくても、相手がこちらをわかる可能性もある。

 冷たい足音をたててそれが姿を現した。男と思われるシルエットが足をとめる。こちらに気付いたらしかった。

「何かいます……受ける印象より再現体と予想します」

 電子音がかすかに聞こえる。男は誰かと話をしているらしい。

 『再現体』とこちらを呼んだ男は、この薄暗闇の中で、こちらを視認できているらしい。

 なぜか再び緊張がよみがえり、壁が迫ってきた。

 どこかが、なにかが、おかしい。

 脳髄に突き刺さるような強烈な印象(インプレツシヨン)があった。

「あなたは」

 声が出た。

 なぜこんなに落ち着いた声が出せる。緊迫し、張りつめた意識の中、なぜ逃げようと思わない。自分でも不思議だった。

「ん……報告。再現体が話しかけてきました。いえ、言葉で、です」 

「あなたは誰なんです? 俺……私はなぜこんな場所に? ここはどこです?」

「どうやら人格が。ええ、そうです……了解、確保します……ああ、失礼しました。貴方を迎えにきました」 

「なんです?」

「この施設の者です。移動しますのでこちらにどうぞ」

「でも今、確保だとか」

「言葉のレトリックですよ。なに、職業柄のものでして。さ、こちらへどうぞ」

 男が手招きするように動いている。信用できるわけもない。しかし、今は従うしかない。

 影に近づいて気付く。いやに大きな男だ。顔を見上げるがその表情を読み取ることはできない。ただ、自信に満ちているようで、しかし、どこか自分以上に緊張している面持ちに見えた。

 その癖のある毛と濃い髭を持つ大男は、先に立って歩き出した。いくつか質問をしたが、すべて後で話すとはぐらかされた。

 いくつか扉をぬける。それもまた、自分がいた部屋のものと同じ、頑丈そうな扉だった。それを軽々と開ける男。見た目通りの力があるらしい。

 作業服のような服を着た大男の背中を見て考える。自分はこの男の手の内にあると言えるのに、やはり自分の中の緊張と余裕は変わらない。

 時間が経つにつれ、まるでなにかを予感するかのような自覚があふれてくるのだ。いや、これは予感ではなく別のなにかだ。

 再び小さな電子音が鳴る。大男の無線だ。

 話に集中しているのだろうか、大男の足が不意に停まる。

「……それが委員会から? はい。はい。了解しました。今から開始します」

どこか冷めた声をした男が通信を終える。

「あの、なにか……」

 聞き終わる前に身体が壁に叩きつけられていた。

 大男が自分を振り回し、投げる。見た目通りどころではない、もはや怪力だ。

 自分の身体が廊下の端まで滑ってゆくのがわかった。

 なぜ自分が襲われるのか。なぜ根拠のない余裕が続いているのか。そんな疑問よりも、この大男が敵という事実だけが重要に感じた。

 ゆっくりと肉体の隅々まで意識しながら立ち上がる。痛みはあるが問題はない。しかし、妙な余裕が油断を呼んだ。男が眼前まで迫っているのに気付けなかった。

 大男は長い廊下で十分を加速をつけ、目の前で飛び上がっていたのだ。

 一瞬、顔面を襲う大きな靴の裏が見えた。

 耳の奥でとてつもない音がした。

 重い扉に見上げるほどの大男のとび蹴りで頭を挟み潰されたのである。誇張ぬきで死んでもおかしくない。

 そして、大男は油断なく距離をとった。その判断に間違いはない。

 倒れないのだ。今の衝撃を受けていながら自分は倒れない。痛みはある。凄まじい痛みだ。なのに立っていられる。

 たまたま急所が外れたのか。いや、違う。おそらく違う。

 大男の表情にあまり焦りは見られない。その原因は、おそらくこちらと同じ感覚に由来するものだろう。ならば、それを試してやろうと思った。

 大男にゆっくりと近づく。

 大男は殴り、抜群の間合いで蹴りを放ってくる。先ほど怪力と感じたそのままの威力と、そして外見には見合わぬ速度だ。その度に身体が浮き、その度に耐え、歩みを進めた。

「ぬうんっ!」

 初めて大男が吼えた。焦りからではない。これで仕留めるという気合だ。

 掴みかかり、絞めあげる。打撃ではなく、その怪力で(ひね)りあげにきたのだ。

 首をとられている。苦しい。当然だ。しかし、それは当然の苦しさでしかなかった。

 そう、打撃も、絞めも、確かに相応の、いや、それ以上の威力がある。しかし、その威力というものは、自分にとってはこの程度でしかない。

 このダメージは、この大男の力は、自分の容量を決して上回ってはいない。

「うおっ!」

 力で、単純な力で振り解く。完全に極まっていた絞め技がいとも容易く解けた。

 大男は驚愕したようだったが、すぐにまた掴みかかろうとした。今度はこちらからそれを捕まえ、力だけで放り投げる。

 大男が長い廊下を飛ぶ。さっきの自分のように滑るのではなく、宙を飛んでゆき、逆さまになって壁にぶち当たった。

 身体に力がこもる。こんなものではないと肉が教える。自分にはまだまだ先がある。

 それは相手にとっても同じらしかった。何事もなかったかのように起き上がって、もうこちらを(うかが)っているのだ。

 そして、またしても誰かと話をしている。

 この距離で、小声のはずのそれが聞こえた。表情はやはりない。そしてそれが見える。薄暗いはずのこの廊下で、相手の姿がはっきりと見えている。目が慣れたのではない。

「やはり無理です。こいつが再現体で間違いないですね。ええ、『解像』して対処します。では、後のことは……ええ、以上です」

 大男はそれだけ言うと、通信機らしいそれを外してしまった。

「おまえと我々、どちらの性能が優秀か、試そうじゃないか」

「なに……」

 大男に変化が起こった。

 顔が歪み、呻き声がもれ、その姿を大きく変えていく。服いっぱいにまで体が膨れ上がり、裂けていったのだ。

 人間でないのは一目瞭然である。

 両手足が伸びてゆき、細やかで密集したトゲが生えてくる。

 眼は光をなくしたガラス玉のような質感となる。その横からは同じ質感の複数の玉。おそらくそれも眼なのだろう。

 体が倒れ、足が人間のそれとは異質な角度にせり上がってゆく。

 顔は既に人間の表情を失い、左右に裂けた口唇からは剣山のごとき顎がせり出している。

 服を破り捨てたその下にあったのは、赤と黒の、見るからに毒々しい色合いの体だった。

 大男の変化を見て震える。悪夢だ。この世にあってよいものではない。しかし、予感の正体はこれだけではない。この怪物に対してだけではない。

「え、なんだこれ……」 

 震えが強くなってとまらない。もはや振動である。頭に満ちてくる肉体の感覚を処理するのに精一杯だ。

 違う。これは恐怖じゃない。今、口からもれた言葉はこの怪物に対してではない。もう答えはわかっているはずなのに、その答えに追いつけない。

 巡る思考は、何かが軋む音がして遮られた。あの怪物にはじきとばされたのだと、飛びながら気付く。

 熱さと冷たさとを顔の中、つまり皮膚の下に感じた。頭から壁にめりこんだのだとすぐにわかった。

「そうか……そうだ……」

 しかし、それで確信する。耐えられないほどの痛みで確信する。

 認識が、自分に、自己に、自我に、追いついた。

――俺にも、同じ力がある!――

 心の中でそう叫ぶと、首が軋んだ。力がこもって、壁から頭が引き抜かれた。

 敵の追撃がないのは待っているからだろう。こちらの変化を待っているのだ。怪物が、自分という怪物を待っているのだ。


 体からあらゆる音があがる。相手と同じだ。だが、それだけではない。この先、この腹の奥。こいつが出たがっている。顔を出したがっている。頭の中で煽る。出してやる、見せてやる。出て来い。 

――俺よ、出て来い――

 腹部から黒いぼろきれを貫通して、黄色い光が発せられた。すると、痛いほどに力んでいるその体中に何かが通った感覚がした。

 体のあらゆる所から何かが吹き出る。ぼろきれが弾けて、ぼろきれと同じものが体からあふれ出て、それが全身を這っていた。

 体が浮くのを感じた。

 全身を這うそれが、満ちてくる力に、まぎれもなく増してゆく肉に、纏わりついて入り込んで、強く強く縛り上げてゆく。そして、その隙間を黄色い光が所狭しと駆け巡る。

 足が地に着く感覚がすると、さらに力がこもり、体が反った。鳩尾あたりに出来上がった瘤から、蒸気のようなものが噴出するのがわかった。

 体の反りを戻すと同時に口を何かが覆った。牙だ。横向きに生えた牙がかみ合うように左右から閉じて、自分の口を覆ったのだ。新たにできた牙、顎の感覚を確かめる。


「『解像』したか。これがハンドルエクス……」

 苦々しく、しかしどこか嬉しそうに怪物がつぶやく。

 『解像』をしたという自分の姿を見渡す。

 黒い体色、筋肉が剥き出しになったかのような体幹。胸の中央に瘤。

 光を発した腹部には違和感の正体があった。それは、待ちわびたかのような、怪しく、強かに煌く黄色の結晶。

 手足はプロテクターが巻きついたようになっており、丸太のように太い。

 自分の顔に手をやると、先ほど感じた牙、額には触覚か角のような二本の感覚器に触れる。角の間に感じる感覚をなぞれば、逆三角形に並んだ三つの眼を感じた。側頭に手をやれば棘のような、頭頂に手をやれば密集した針金のような毛に触れる。

 これが自分。この大男以上の悪魔。動揺と平静の間にある意識の中で呟く。大男が言ったハンドルエクスとは、この力のことか。

 右腕をひいて左腕を前に突き出す。戦いの構えなど知らない。だから構えではなく備えだ。この戦いと、今の自分への。

 『あっちの怪物』も既に距離をとって、しかし逃げる気など微塵も感じらないような構えをとっている。戦いは続行だ。そのガラスのようないくつもの眼に、もう一匹の怪物が映っていた。

 まずは殴る。そう決めた。

 どうせ何もかも手探りなのだ。ならば、開き直って飛びこんでやろうというのだ。

 手を何かが包む感触がした。

 風の音もなかった。

 距離などまるで感じなかった。這いつくばる相手を、掬いあげるように振り上げた拳に感じたのは、意外にも柔らな感触だった。

 少し呆気にとられる。あまりにあっさりと攻撃が当たったこともあるが、なによりその手ごたえが尋常ではなかったのだ。

 人間にはありえない領域の手ごたえ。それは、相手がいかなる生物であろうと無事ではすまないだろうと確信するほどの、規格外の手ごたえだった。

 凄まじい反響音と、肌に感じるほどの振動、舞う破片と煙。殴った相手は壁にめり込むどころか突き破り、その先にある部屋の奥まで吹き飛んでいた。

 すぐに我に返り、追撃をすべく、できた穴をくぐりながらぞわりとする。壁も、床も、なにもかもが恐ろしいほどに(もろ)く感じるのだ。

 やはり何もない部屋の中に入ると、瓦礫に混じって動く怪物が見えた。

 血液か体液か、液体を滴らせる怪物は、どこが破けてどこが無事なのかわからなかった。

「んふ……ううお……んぐっく……」

 呻き声、明らかな苦悶の声。しかし、それでもなお立っている。

 咆哮があがる。悲鳴のようにも聞こえる、部屋の空気が震える雄叫び。まるでノシイカだったそれが、もとの怪物の体裁を整えてゆく。

 それを見て少し笑う。滑稽に見えたし、自分もこの怪物と同じだと思うと、自然と笑いがこみ上げてきた。それは自嘲からくる笑みだった。

「何なんだ、俺たちは?」

 ポツリと呟く。『こっちの怪物』も喋れるのかとまた少し笑えた。それはもはや、諦めに近い笑いだった。

「黙れぇ!」

 激昂した叫びが聞こえたかと思うと、今度は自分が壁を突き破っていた。本格的に笑いがでてくる。

「ハハッ! やっぱり脆いじゃないか、この壁!」

 勢いをつけて思い切り立ち上がる。地面がビシリと鳴いた。

 こちらに向かってきた怪物とお互いを掴み合うと、そこからはもう滅茶苦茶だった。

 お互いを殴り、蹴り飛ばし、振り回した。その度に吹き飛び、壁という壁を、地面という地面を(えぐ)り飛ばした。

怪物と怪物が殺しあっていて、その片割れが自分なのだと改めて実感する。

 そんな中、まだなにかあるのに気付く。人間の姿の時には存在しなかった感覚。それは、無いはずの肉体の感覚。先ほど手を包んだ感触は、この見えない体である。

 試しにその体で相手を殴る。力が伝わって相手が吹っ飛んだ。こちらでもかなりの威力と手ごたえを感じる。

 存在しないはずの腕が現れた。

 肩口、背中あたりから感じる、揺らめく炎のような一対の腕。

 副腕とでもいうのか。

 増した肉体の感覚に戸惑うが、体は納得しているかのように、当たり前に受け入れている。

 この感覚を知っている。この腕のようなものは、『解像』する時に体の表面を伝ったものと同じだ。体に纏わりついていたぼろきれと同じだ。この不定形の腕は、それらをより強く、鋭敏にしたものだ。意識したことで、それが目に見えて使えるようになったのだろう。

 思案していると目に刺激を感じた。光だ。今の一撃で、怪物が外壁を突き破ったらしい。

「……出ないと」

 光に向かい、陽炎(かげろう)の腕を振り回しながら歩く。

 空気と瓦礫(がれき)を掻き分けながら進み、おそらくは、既に体勢を整えているであろう敵の待つ光へと手を伸ばした。


「ああ……」

 声がもれる。日の光だ。まるで熱を貪るかように日の光に食い入っていると、自分の周囲に沢山の人間がいるのに気がついた。

 目に入ってきたのは銃だった。銃を持った人間に囲まれていたのだ。

「アラネカイト種では相手にならな……」

「モニター継続してい……」

「……レブン不完全……」

 声が聞こえる。自分のことを話している。銃を構えた者たちが自分を警戒している。先ほどまでの怪物ではなく、自分という化け物の方を、だ。

 それは見るからに『部隊』であった。周囲は何もなく、まるで荒野なのだ。その荒野に、既に『部隊』が展開されているのだ。まるで、はじめから計画されていたように。

 あの怪物の仲間だろう。仲間がいるらしいことは予想できた。しかし、このような『部隊』が相手とは思ってもいなかった。

――なぜこんなことをする? なぜこんなことをされなければならない?――

 先ほどまで妙に余裕があったのは、自分がこんな化け物だとどこかで予感していたからなのだろう。それはわかった。しかし、結局は、まだ何も状況は変わっていなかったのだ。そして、その状況は、混乱するに十分なものだった。

 つまり、自分が策に嵌められたのではないかということだ。この『部隊』が自分を怪物にして、もう一匹送り込んできたのではないか。そう思って狼狽したのだった。

「うわああああ!」

 大きく吼える。

 今更銃がなんだというのか。こちらは壁をもろともせず破れる。同じような力で振り回されてもなんでもない。この状況も力ずくで奪い取ればよいだけだ。

「聞こえているぞ! さっきの化け物はアラネカイトと言うんだろう!」

 返事はない。沈黙のままに、ただ銃口が向けられている。

「おまえに言っているんだ!」

 今までよりも強い力で駆ける。自分のことを報告しているそれに向かってはじける。

 撃たれはしなかった。撃たれる間もなく、その跳躍で、目的の前に到達していたからだ。

 装甲車のようなそれの扉に掌をつける。少し力をこめてわかる。これも脆い。 

「答えろ! おまえたちは何者なんだ!」

 扉をめくり、剥がしながら問いかける。

 報告を受け、指示を出していたからには、そいつは『偉い奴』なのだろう。なにか知っているはずだ。

「落ち着け。我々は君を保護しにきた」

 堂々とその人間は答えた。まるで知己(ちき)のようですらある。

「あの怪物をけしかけただろう!」

「ん? アーロイドはわかっていないのか……」

「アーロイド? 俺をこうしたのもおまえらなんだな!」

「なるほど、記憶はないのか。ならば、君は何のために目覚めたんだ?」

「それはこっちの台詞だ! 俺は何もわからない! 何も覚えていないんだ!」

「ハイン=ハインド博士はいったい何をしようと……」

 掴みかかろうとしたその時、その手を強い力ではらわれた。強い、強い力で。

「おまえもなのか……」

 後退り、周囲を見る。銃を持っていた者、なにか機械を見ていた者、なにをしてるのかわからない者、それら全員が変化してゆく。

 その場にいた全員が『解像』してゆく。

 変化する者たちの中を歩いてくる者がいた。アラネカイトというらしいあの怪物、あの大男だ。外見はボロボロのままだが、もう回復しているらしい。

「……おまえはアーロイドっていう化け物で、アラネカイトって名前でいいのか?」

「そうだな。といっても、ここにいるのは全員アラネカイト種だがね。アラネカイトは名前ではなく、種類だ」

「じゃあ俺はハンドルエクスって種類か?」

「ん……言うなという指示はないしな。君はハンドルエクスという化け物で、ダークというコードネームだよ。ハンドルエクスは君だけだ」

「ダークは名前なのか。じゃあ、ハンドルエクスとアーロイドは別物か?」

「重要かね?」

 後ろから『偉い奴』だったものが聞いてくる。今はもう、外見ではそれが誰なのか区別できない。

「あとは上にでも聞けばいい。君は我々が保護する。指令を果たした後で、だがね」

「指令……?」

「ハンドルエクスと戦え、だ」

 後退る自分の前で、すべてのアラネカイト種が地面に伏せる。そういう戦い方なのだ。地獄絵図に、また亡者が書き加えられた。

 もうすっかり落ち着いてしまっていた。これは実験なのだ。どこかの軍が怪物をつくって、その性能を見ているのだ。

 ふざけている。戦うというのなら戦ってやる。この力で、考えなしにただ暴れまわってやる。そう開き直った。

 わらわらと向かってくるアラネカイト種どもに最大の一撃をくらわせてやろうと思った。

 相手と同じように手を地につくと、ゆらめく腕を出して、遠くの地面を掴む。見た目に不確かな腕は、思い通りに伸びたり縮んだりするようだ。

 手足で地面をかき、走り出す。体を起こし十分に助走をつけ、奴らに向かって跳ねる。同時に、遠く伸ばした雲の腕で自らの体を強く引っ張る。

 空中で体勢を変え、足を前方に突き出す。腹部の結晶が輝きを強め、さらなる力がこもる。

 弾丸のごとき速さで、緩やかに螺旋を描きながら、手足がわずかに光を放っていた。

 何もかもを破壊してゆく感触の中、少しの快感と、多くの虚しさだけが残った。ふり返れば、目の前にいたアラネカイト種のことごとくが、破片だけを残して消えてしまっていた。

「なんて力だ……」

「もうすぐ援軍がくる。なんとしても抑えるんだ」 

 残ったアラネカイト種が動揺している。

 もう少なくなったそれらを見て思う。茶番だ。これは性質の悪いショーだ。

 自分が抉った地面を歩きながら、残った者たちも茶番劇に混ぜてやろうとほくそ笑む。

 ふと、彼方に飛行する集団が見えた。ローターのないヘリコプターのような機械だ。それも怪物たちの仲間なのだろう。

 妙なことに、それは地面に攻撃しているようだ。何かがいるらしい。

 姿は見えないが、攻撃を受けているそれが凄まじい速度で近づいてきている。飛行物より速い何かにアラネカイト種も気付いたらしく、そちらを見ている。

 見えない何かが巻き上げる砂埃(すなぼこり)が見えた頃には、強い衝撃に見舞われていた。見えない腕で体を支えなければ遠くまで吹き飛ばされていただろう、さっきまで周囲にいた者たちのように。

 いい予感などするわけもない。一寸先どころか、後ろにも横にも、闇しかなかった。

自身を救った者がもたらす事実が、より自分を追い詰めることもある。

真実とはときにそういうものだ。

しかし、知らねばならぬ。そして、きっと、行かねばならぬ。


次回、ハンドルエクス・ダーク第2話『滅びの蝶』

暗闇への審判が、今、下される。

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