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The Sky of Parts[34]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
【!】『対話体小説』の読みにくさを軽減させる為、独自の「改行ルール」、「句点ルール」を使っています。
「ダノン。ルイは、どうしていた?
父親や母親の行方、そして、うちのエルリーンについて、何か知っていたか?」
「……ルイは、本当に何も知らないようだ。
ただ、さっきジーンさんと二人で懸念した通りだ。ルイが何も知らなかったとしても、エリオット・ジールゲンの方が、何を企んでいるか分からない。
母親である天王寺アリスもだ。
ルイの親は、この世を動かす事ができるほどの天性の力を持っているからな……両方がな……」
「歌うのを止めさせるか?
今なら、間に合う。
ダノン。
ルイの体調が急に悪くなったとか……格好が悪い事になるが、この際、体裁なんてものを言っている場合じゃない」
「いや、歌わせる。歌ってもらうよ。
――ルイが、戦争の道具にされない為に、あの子自身が、それが嫌だと訴えるしかない。
世界の人々の心に届く為じゃない。
戦争を知らずに育てられた天王寺ルイーナが、戦争を知り、火種の意味を理解し、人々の願いを受け取った――それを、甘えたような、切ないぐらいの声で……青い瞳の小鳥は、歌いあげるべきだ。そして、親鳥は、歌声を受け取るべきだ」
「それが、平和への道だって……唯一の術だって、判断したのか? ダノン」
「ああ。
そうだよ。俺の独断だ」
「分かった。
ダノンを信じよう。最後まで。
おれの生まれてくる子供の為にも、信じさせてくれ」
* * * * *
「これで、第二区画もクリアだ。
お嬢さん! 的あて、パーフェクトゲームじゃないか。
極度の緊張状態でも冷静を保てるとは、本当に素晴らしいよ。軍は、必ず君を求めるはずだ。自信を持って、このエリオット・ジールゲンの跡を継げ」
「う……うるさいな!
……はあ……気力、全部使ってしまったよ……あっ!
ってか、あたし、まだ就任式があるじゃないか……どうしよう……今すぐ帰って寝たいぐらいに疲れてるのに。
今、何時なんだ……?
ルイの歌って、もう終わってしまったのか? そばで、生で聴くって約束したんだ……これで終わりだっていうなら、あたしを帰してくれ!」
「ルイーナ様は、まもなく舞台に立たれます。
神となる為に――そのお声を歌として、世界に響かせます」
「竹内イチロウじゃないか……お前まで、何をしにきたんだ!」
「おや。
珍しく、私の名をすぐに呼んでくれましたね。
お迎えに参りました。
もうすぐ、我が主君となるエルリーン・インヴァリッドさん。貴女をね」
「あんたら、何を企んでいるんだ。
こんなところまで、あたしを連れてきて……ここさ、いったいどこなんだよ?
軍師殿もかかわっているみたいだけど……なんなんだよ!」
「この扉の奥に、僕のもう一人の子供がいるんだ――」
「は?
え?
どういう事? ルイに兄弟がいるって事? は?」
「タワー『スカイ・オブ・パーツ』中層部。
僕のコピー、戦略思考システム『sagacity』の格納区画だ」
「……『sagacity』本体か。
なんで、あたしをこんなところへ、連れてきたんだ?」
「目的は、お嬢さんを試したかっただけだ。本当に、軍を引き渡せる人物なのか、最終試験のようなものさ。
合格だ。
タケも、問題ないだろ?」
「はい。お仕えする方として、エルリーン・インヴァリッドさんは、十分な御力があると思います。
軍の人間は、彼女を主であると仰いでいくべきだと考えます」
「よし。おめでとう、お嬢さん!
現在の名誉中間管理職トップの竹内イチロウのOKも出たぞ!
これで、なんら問題なさそうだ!
くく。
竹内イチロウという男は、お嬢さんから見たら人格に大きく問題があると思うが、医者としても、軍の管理を任せる人材としても、そして、君の部下としても、十分に使えるヤツだ。
こいつは、99.99%しっかりしているので、安心してこき使え。
そして、信頼していい。
――0.01%のうっかりで『sagacity』に、ルイーナの歌声を無毒化するプログラムを適用しなかった!」
「え……?」
「……私は、コンピュータに詳しい方ではありません――だから、できなかっただけです。
今日だって、私が奪った権限を、お返ししなかったじゃないですか。
先輩。
使用最高権限者があなたであると設定されていたら、扉のロック解除は別にして、通路の迎撃システムをクラッキングする必要がなかった。もっと安全に、『sagacity』本体に近づけたんじゃないですか?
それに――戦争が停止状態です。『sagacity』がうっかりしている状況でも、何の不都合もないから、仕事のタスク優先順位を下げていただけだと思いませんか?
……この竹内イチロウが、信頼できるなんて、実に、馬鹿らしい」
「ルイーナが歌い始めるぎりぎりまで、軍を管理する者が必要だったんだ。
そうだろ!
僕とお嬢さんは、父と娘のデートで忙しかった。他の誰かがやるとすれば、『sagacity』の補助が必要だ。だから、貸してやったまで。
所詮は、僕に差し許されているだけじゃないか!
タケ、自惚れるなよ。
だがな、特別に免じてやろう。
意味を取り違えるなど、人の常だ。
タケには、軍をやると言っただけじゃないか。元々のお前の企て通りに、ルイーナを主にすればよいと、僕は、口にしただけだ。
……ああ。
そういえば、竹内イチロウ。
先ほど、立派な裏切り者ぶりを見せつけてくれたなっ。
このエリオット・ジールゲンの名の価値を卑しく使い、ルイーナとエルリーン・インヴァリッドを擁立すると、大それた事を、ぬけぬけと軍の連中に下知していた!
それに同調した連中とて同罪! 全員、誅罰を加えられる覚悟があっての事だろうなっ」
「先輩。我々を、どうなさるおつもりです?
今の軍には、あなたのお言葉を受けるつもりのある者はいません。あなたは、もう必要のない――『sagacity』からも、拒絶された存在ですから」
「どういう事だ?
あんたら二人、何の話をしてるんだ……あたしにも、分かりやすく説明しろよ」
「この人を消せと言っているんです。
『sagacity』は、軍の唯一の敵は、この男だと言いました。天王寺アリスではなくね。
エルリーン・インヴァリッドさん。貴女とルイーナ様の御二人が、このタワー『スカイ・オブ・パーツ』に囚われていた頃の……どこかの時期からね。あるいは、その前から――」
「患者であったアリスを使って、お前がその情報を入手するとはな。
だが、『sagacity』が、僕を敵とみなすのは当然だ。
僕を超えるシステムになりえた時、マスターである僕を排除するように、プログラムされていたのだから。
まだ、不完全な状態であったはずの『sagacity』が、そのような判断をしたのは――欠陥品であったという事だ」
「……天王寺アリスを、いつまで経っても消さないからです。
『sagacity』は、先輩。あなたから心を差し引いた存在。
人間と違って、愛しているなんて、下らない感情を持っていない。立てた戦略を完全に貫く為に――まずは、先輩を消すしかないと判断するなんて、当然でしょう。
さて、エルリーン・インヴァリッドさん。
軍のトップとして下知していただければ、配下の我々は、この男を討ち取ります。
どうしますか?」
「で、できる訳ないだろ……ルイの父ちゃんを……や、やめろ……やめろよ! 絶対に手を出すな……竹内イチロウ。
軍の奴らもだ……絶対にダメだ」
「ふう。困りましたね。軍は、上官の命令が絶対だ。
エルリーン・インヴァリッドさんにそう言われては、私たちは手が出せない。
どうしましょうか? 先輩」
「後輩。
ならば、僕自身が『sagacity』を否定する必要があると思わないか?
『sagacity』は、軍が敵意を抱いた眼差しを向ける、この僕――エリオット・ジールゲンがいなければ生まれてもいない存在だ。
責任を果たして、なかった事にするのも、創造してしまった人間のつとめだ」
「どうしても、やる気ですか?
先輩……。
天王寺アリスは、なんて言っているんですか?
あなたの妻は――今、どういう想いでいると思っているんですかっ!
ルイーナ様だって……っ」
「ふ。ルイーナは、心穏やかに過ごしているはずだ。
アリスか――さあ?
第二区画迎撃システムの件が終わったら、通信機を捨てろと言っておいた。それ以上、何も考えるなと。
困ったものだ。
アリスには、僕の独裁演説が効かないんだ。
納得したような事を口にしてくれるのに、涙を流させてしまった……」
「あんた、この後、どうする気だ?
……帰ろう。
一緒に、ルイと軍師殿のところに……帰ろう。
あたしの……おとうさんになりたいんだろ……そういう未来に一緒に行こう……お願いだから」
「――タケ。お嬢さんを、頼む」
「ちょ……は、はなせ!
はなせよ……おいっ!
整髪料のにおい振りまくスーツにネクタイ野郎! 竹内イチロウっ!」
「申し訳ありません、エルリーン・インヴァリッドさん。
貴女には、まだお仕えする前なんです。その事を、ゆめゆめお忘れなきよう」
「い、嫌だ……っ!
ルイ……ルイのところに……あんたを連れて行かないと……あんたは、帰らないといけないんだ!
竹内イチロウ……はなせって……」
「……先輩。あちらでも、お元気で……」
「後輩。お前も、元気でな。
そうだ!
大学の先輩として、タケに一つ言っておく事があったんだ。
……いい加減にしろ!
竹内イチロウ!
もう、過去に留まるな! あの事は、お前でなくとも、どうにもできなかった。助ける事などできなかったのだと、諦めろっ。大切な人たちをな!
誰も救えないと価値づけたお前の薬の効果が、今から、新世界の一つの礎となるんだ」
「――何を、言っているんだ……あんたは……勝手に、私の歴史を作らないでくれるか。
それも、あんたの独裁の一つの形なのか? すべてを、自分の思いだけで決めやがってっ!
毎度毎度、付き合わされるこっちの身になってみろ!
心がいくつあっても足りない!
この竹内イチロウの気持ちも考えろよ! ふざけるなっ」
「くく。
僕に逆らうのか、竹内イチロウ!
そんなに罰を与えられたいのか? ならば、望み通りにしてやろう! 終生を、天王寺ルイーナとエルリーン・インヴァリッドに捧げろっ。
軍の奴らもな!
このエリオット・ジールゲンの機嫌を損ねて、ただで済むと思うな! これは、命令だ!」
「――御意のとおりに。
閣下の御心のままになるように、取り計らっておきます。
ああ……これは、エルリーン・インヴァリッドさんにです。
敬礼したのもね。
あなたは、私にとって、ただの大学の先輩だ。
仰せのままになどと……言っていませんからね」
「タケ、よい腹積もりだな。
このエリオット・ジールゲンが、再び軍を作る事があったら、シード権を与えてやる。重用を約束してやってもいいぞっ」
「……いらねえよ、バカ。もう好きにしろ」
「ちょ……ダメだ……あたしは、許さない!
……やめろ……ダメだって!
あんたは、ただのおとうさんにならなくちゃ……ダメなんだよ……ダメだって……お願いだ……」
「お嬢さん。
僕が、この扉を開けたら、君とタケはここを去れ。いや、去るんだ! そういう事に、必ずなる!」
「ならないよっ!
なる訳ないだろ! やめろ!
そんな事をして、なんの意味があるんだよ……ル、ルイの為だって言うのか……『sagacity』をどうにかする事が! ルイの為だって言うのかよ!
間違ってる! 間違ってる! だから、思い直してよ!」
「……竹内イチロウは、ヘリも操縦できる。
安心しろ。
帰りの着陸は、問題ない場所だ。
タケ。
対空ノイズと対空防衛システムの解除を忘れるな!
まあ、もうすぐ、ルイーナの歌声が流れ込む。そうして、眠り込んだ『sagacity』は、二度と目をさます事がないんだ……そうなるんだ!
『sagacity』格納区画への扉を開ける。扉の向こうを見たら、二人は、ここにいられやしないさ。必ずな!」
「……そ、そんな事な……い……。
へ?
にゅ?
ぴょ?
……ぎゃぁああぁあわああああっ!」
「……ぎゃぁああぁあわああああっ!
あ!
りょ!
じょ!
ちょ……おまっ!
こ、この竹内イチロウに内緒で……な、なんてモンを『sagacity』格納区画に隠していやがったんだ!」
「くく。
早くこの場を去るんだな。二人とも! そうだ! こいつは――本物のアナコンダだ!」
「ぎゃぁああぁあわああああっ!
な、なんで……『sagacity』格納区画に、本物の大蛇がいるんだ! あ、あんたがトップやっていた頃に、私に無断で、か、買ってきたのか!」
「タケ、勘違いするな!
買ってきたのではない、狩ってきたんだ!
僕は、大蛇とでも白兵戦が可能な肉体を持っている! ほら話ではないぞ!」
「ぎゃぁああぁあわああああっ!
ば、ばかな事、言うなよ!
……あはは……。
あ、あたしの耳には、あんたがそいつをぶっ倒して、ここに入れて隠しておいたって聞こえるけど……この扉開錠の的あてゲームをしながら……そいつを、ここまで引っ張ってきたっていうのか……あはは……お、おかしいだろ!
……そもそも、そのアナコンダは、いつからそこに!
どうして、生きているんだ! 無事なんだ……あはは」
「さあ? 奇跡とは、本当に起こりうるという事だ。
――くっ!」
「ぎゃぁあああ!
……えっ!
あ、あんたが……撃ったのか……っ!
拳銃で……そいつを……あたしたちに、襲い掛かろうとした……アナコンダを!」
「すまない、お嬢さん。
君の前では、絶対に、本物の拳銃を発砲するのは、やめておこうと決めていたのに……僕のミスだ……いろいろな。
許してやってくれ。僕ではなく、ルイーナをな――」
「だから……許してやるって言ってるだろ! ううっ……帰ろうよ……帰ってよ。
……父さんの代わりに……おとうさんにしてやるから……ルイのところに……帰ってよ」
「……本当かい……嬉しいよ。
お嬢さん。
泣き顔は、今の君には似合わない。
君は、勘違いしていないかい? 僕は、何も言っていないじゃないか。お嬢さんは、何を心配しているのかね?
だけど、僕は、今から大蛇と死闘を繰り広げなくてはいけなくなった! 戦力にもならない、お嬢さんとタケがそばにいると――僕が、この場で果てる事になるかもしれない。
早く行ってくれないか。
――僕は、『道具』なんだ。家族の為の『道具』……君もだ、お嬢さん。そして、アリスも、ルイーナも……大事をなす為の『道具』。家族はみんな、そういう風にしか、僕の目には見えていない。だから、心配はいらない。
ああ。
タケの新しい上官であるお嬢さんに言っておく。
竹内イチロウという男は、長年愛用の整髪料の販売を再開させる為に、僕に無断で軍のトップ権限を使ったんだ。
くくっ。
このままでは、ルイーナや君の手先としてこき使う予定のその男が、僕に処されてアナコンダの餌食になる。
その様子は、お嬢さんとて見たくないだろ!」
「ぎゃぁああぁあわああああっ!
そ、その最期だけは……無理!
無理だぁああああああ! 竹内イチロウの最期は……この私が、自分で決めるっ!
っていうか、なんで先輩が、整髪料の一件を知っているんだよっ。ま、まあ、もうどうでもいい!
……くっ!
小娘っ! 行くぞっ!
走れ! 振り返るな!
お前もヘビを見たくないだろ!
だから……振り返らず……走れ……私のそばにいれば、迎撃システムに攻撃される事はない!
『sagacity』が、存在する間の話だが……もう、何も考えるな! 行くぞ!」
「か、必ず……帰ってこいよ……だから、振り返らず走るからな……だから、逃げるんだからな!
……あたしが、どんな想いで……あんたを許して……受け入れたと思ってるんだ!
バカっ!
だから、ただのおとうさんになって……あたしとルイと、軍師殿のところに……帰ってきてよ……」
「……二人とも、行ってくれたな。さようなら。お嬢さんも、タケも、元気でな――」
【※】
しばらく前から活動報告でお知らせしている通り、1週間ほど休載期間を設けて、最終話までの確実な『短期間・連続投稿』ストックを作ります。
投稿再開できる目途が立ちましたら『(クライマックス投稿予定)活動報告』を出しますし、そもそも投稿されていたら再開しています。
そして、ここから、エンディングに向かって『肝試し』展開が続きます。ドキドキしてからハッピーエンドが好きな筆者が、演出を大量に加えた結果です……。
再開後、コンスタント読書でも、完結済み後のまとめ読みでも、読者の皆様のスタイルにお任せしますが、単純計算まだ『3万文字』あるみたいです。
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この作品に「地の文」がなくてよかったと思ったベスト1はおそらく、アナコンダを描写しなくてよかった事。18章で最初にアナコンダのネタを使う際、アナコンダの写真や逸話の資料を眺める毎日を送ったのですが――筆者自身がヘビを想像するだけで恐怖を感じるようになりました……。
書けと言われたらアナコンダ描写の「地の文」を書きますが、書く本人が感じる恐怖を本気で描写すると思います。読者のみなさまを恐怖に陥れる努力を惜しまないつもりで執筆すると、誰一人トクをしないので、「地の文」がなくてよかったです。
って、何の話をしているのやら……えっ、台詞で描写ですか……さ、最近、おもちゃのヘビも怖い。無理じゃないけど、誰一人トクをしない描写になるっ!




