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エリオットの『仕事』、ルイーナの名の由来

The Sky of Parts[03]

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。


Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。


「ルイーナに、名前の由来の話をしてあげたらどうだ?

 いちおうおぼえていたが、本当に込められた想いは、名付けた君にしか伝えられないと思って、しっかり語ってやった事はないから。

 じゃあ、『仕事』に行ってきます。

 『此岸しがんとは思えないような、憫然びんぜんな光景』を見せつける、立ち会いをしてくる。

 ふふ。

 それを今の君が阻止できないと思うと、今日はいつもよりも楽しく『仕事』ができそうだ。

 ああ。

 いい顔してくれたね!

 緊張した表情をした直後に、目がうるむ天王寺先輩は、何度見ても美しい――。

 あはは……おっと。すまない!

 ルイーナと二人きりの時間を有意義に過ごして、無意味な自責は負わない方がいい。

 たまたま僕の口から聞いてしまっただけで、天王寺先輩が帰ってきてる事に関係なく、元々決まっていたんだから!

 この世で最も安全なのは、このタワー『スカイ・オブ・パーツ』。

 外は、危険がいっぱいだ。

 だから、僕の大事な二人を一生、外に出すわけにはいかない。

 ――でも、君が、僕の代わりに、『此岸しがんとは思えないような、憫然びんぜんな光景』を見せつける号令を下してくれるのなら……このまま外に出してあげてもいい。

 どうする?

 くく……。

 そのコーヒーカップ、割れない素材だから――。

 食べ終わっているようだから、フォークもナイフも陶器の皿も、僕しか手の届かないところに下げておいて良かった。このまま、食洗器に入れてロックかけていくから。

 『敵対』してるから、悪ふざけを思いついて、衝動的に何かされると怖いからな」


「父上、いってらっしゃ……母上? どうしました!

 急に後ろから抱きしめられて驚きました……」


「じゃあ、また夜。

 ルイーナ。父上がお出かけだから、その間に悪い奴らが来ると怖い。

 リビングの外から鍵をかけていく。

 お部屋に忘れ物があっても、悪いが、夜まで取りにはいけない。

 母上がいるから、時間を潰すようなものは必要ないと思うが」


「母上、ボクの顔を隠さないで下さい!

 父上に、手を振ろうとしたのに……母上? 泣いてる?」


「……ごめん。

 ミューリーやあの人が死んだのも……私が、作戦を立てるのに手間取っていたから……エルリーンも……ごめんね。

 私の迷いが……原因。

 誰一人として助けられていない……ルイーナだって、外に連れて行ってあげられない……」


「エルリーンって、誰?

 ボクの部屋からも、お外が見えるよ。

 ちゃんと外の空気を吸って、光を浴びなさいって、父上に言われてるから、窓はこまめに開けてる。

 たまに、窓の外に幕が下りてきていて――何も見えなくなるし、鍵が動かない事があるけど――それは、嵐が来るからなんだって。

 お部屋のお風呂は、リビングのお風呂よりは少し狭い。けど、お部屋にしばらくいなきゃいけない時は、一人きりだから、広すぎると寂しくなっちゃうからいいかなって。

 ……母上……また泣いているの……?」


「今……もっと辛い気持ちになったけど、泣いていてはダメね……あいつは部屋から出て行ったけど……きっと、これを監視カメラとかで見られてるから……。

 うん。

 せっかくルイーナがいるんだから、笑っていた方が良いわね。

 泣き崩れていたら、『敵対』相手の思うつぼだわ。

 ……でも、もうちょっとだけ、強く抱いていてもいい?

 昨日は、しっかり抱きしめてあげられなかったから。その純真な気持ちがあふれるような、きれいな青い瞳を、もっとしっかりと母さんに見せて」


「うん。でも、正面向いて抱きしめて頂いてもいいですか?

 母上の顔を近くで感じたい。

 うわっ。母上!

 ボクから言ったけど、そんなに急いで前に回って、強く抱きしめないで下さい。ちょっと痛い!」


「ごめん、ごめん。

 赤ちゃんの時以来だから……うまく抱っこできなくて。

 ミルクをたくさん飲まないから、心配してたけど、大きくなったわね」


「牛乳を毎日飲んでますけど、なかなか父上やタケの背を追い越せません。

 タケもですけど、父上はスラっとしてる割には、肩にもしっかり筋肉ついてるし、いつか、ボクもあんな大人になれるのかな?

 母上やタケは、ボクよりも背が高いけど、父上はもっと高い。

 あ、強そうな男になりたいのは、母上を護りたいからです!

 悪いヤツらの手に、二度と母上が渡らないように、ボクが護ります!

 うわわわわっ。

 ちょっと母上、顔近すぎです!

 あの……このままだと、その……唇がくっついてしまいそうです……えっと、本で読んだだけだけど……それは、きっと恥ずかしいです……」


「ルイーナ。

 あなたが、私の最高のナイトに成長していてくれて、嬉しすぎたのかも……。

 ソファに移動しようか。

 そうだ!

 名前をどうして付けたか――知りたいの?」


「あ。はい。

 何か母上にとって、特別な意味があるみたいで、ぜひ知りたいと思っていました!」


「分かったわ。少し面倒で長い話。

 意味としては『ruina(ルイーナ)』をベースにしたのだけど、スペルとしては、月を表現する『luna(ルナ)』を使って、『Luina(ルイーナ)』。

 『ruina(ルイーナ)』は、廃墟、混沌、破壊などの――一般的には良くないと思われるような意味の単語。

 ――だけど、これは『ゼロ』であり、『全ての出発点』という想いを母さんは込めた。

 あなたが生まれた夜が、ちょうど新月だった。

 新月は、すべてが消えて、それから初めて見える月の事。

 生まれたばかりで、頼りないほどだけど、もう月明かりは降り注いでいるの。

 真ん中に『私は』、つまり自身をあらわす『(アイ)』。ちゅうに悠然と輝く月の中に、あなたがいる――。

 月夜は、うつろで、がらんどうだと感じる事もあるかもしれない。けれど、それを、あなたが存在する事で、きらめく空間に変化させられる。

 そんな子に育ってほしいなと思って、名前を決めたの。

 あとは、私の父方の祖先の言葉――そうか、あなたにとってはおじい様になるのね!

 両親を失った晩は、満月だった。

 それ以来、月が満たされるのが嫌いになった。でも、あなたが母さんのおなかに来てくれて、また月を愛せるようになっていった。だから、月に『愛』を、『(アイ)』という文字を入れておこうと思ったの」


「……あ。

 ごめんなさい。

 ずっと黙ったまま聞いてました。

 ボク、すごく母上に愛されていたんだなって……あれ、涙が出てきてる。

 父上は、ずっとボクのそばにいてくれたけど、母上にはお会いできなくて……愛されているか、聞けなかったから。

 ……うわっ。

 母上、ちょっと痛いです!

 けど――今は、このまま抱きしめていて下さい!」


「うん。私の方こそ、しばらく抱きしめさせてね……ルイーナ」



* * * * *



「閣下。少し驚きました。

 ……まさか、天王寺アリスさん用に、特別に用意した……その『粉チーズもどき』の筒を、ルイーナ様に手渡しさせるとは思いませんでした」


「違うよ、タケ。

 ルイーナが間違えて手にして、間違えて母上に渡してしまっただけで、僕は、口も手も出してない。

 チーズ好きな彼女が、無謀に口にしてしまっただけの話さ」


「分かりました……。

 我があるじたるエリオット・ジールゲン閣下が仰るのでしたら、そういう事ですね。

 配下である竹内イチロウが、無用な発言を致しました。お許し下さい。

 それにしても、この女……朝もですけど、夕食時も、なんとかしのびましたけど、監視カメラのモニタで見ていて、何度も踏み込んで、討ち果たしてやりたいと思いました!

 ――閣下に対する無礼の数々……今日は、その薬だけでよろしいのですか?

 昨晩の続きをするなら、すぐに準備はできます。

 今度は、十分な量にする事も可能です!」


「ルイーナが前から言うんだ。

 本で読んだのだろうけど――弟か妹がほしいって」


「……とりあえず。

 ルイーナ様のお部屋には、今夜は、外から鍵をかけておきました。

 お食事中に寝てしまわれるぐらいに、母上さまがお疲れ過ぎているようなので、部屋で大人しくしてるとは言っていましたが。

 閣下。

 ――ご命令のままに、いろいろ調べましたけど……こういうのは、できれば御自分でお考えになって下さい!

 用意は致しますから!」


「タケ、昨日は乗り気だったのに、今日は異を唱えるのか?

 この女の事だ。

 きっと、今日の方が嫌な思いをするはずだが?」


「もう、何も申しません!

 配下である竹内イチロウが、無用な発言を致しました。お許し下さい!

 昨日のは、私がうっかりするだけで、この女――天王寺アリスを消せそうで、楽しい限りでしたが」


「が? もういい、お前も出ていけ。

 劣化版とはいえ『sagacity』のバックアップをいくつも発見し、その一つのクラッキングを成功させ、本体の稼働を狂わすつもりでいたような、恐ろしい女の尋問は、このエリオット・ジールゲンが直々にしてやる!

 だが、バックアップ経路からの逆流には、劣化『sagacity』の足元作業が必要だと、押収した作戦書には書かれていたな。

 それを天王寺先輩自身がやるつもりだったらしい。

 その間に、反乱分子の連中に、このタワー『スカイ・オブ・パーツ』にある『sagacity』本体を攻撃させるつもりだったらしいが……よく考えてみると、結局は、ぐったりして、僕に抱きあげられている――今という時間に辿たどり着いていたのかもしれないという事だ。

 ふふ。

 『sagacity』本体が破壊される、我々にとっての最悪ルートには到達せず、反乱分子の連中を壊滅に追い込んだ上で……この女が自ら、我々の施設に足を運んでくれたという事実を残し、僕の手の中に堕ちていたのかもしれない。

 そんなルートも良かった。

 しまった!

 天王寺先輩を、もう少し泳がせておくべきだったか。

 あはは!

 運命を感じないか?

 まるで八年前と同じなんて――」


「はいはい。分かりました。

 ……しかし、閣下。

 その女を、高度戦略システム『sagacity』は消せと言っている事を、絶対にお忘れにならないで下さいね」


「タケ。僕は、その事を、いつだって忘れてはいない。

 ――ただ……面白いものを見たんだ」


「面白いもの?」


「『sagacity』は、戦争の為のデータ処理に特化している。だが、その演算が他に使えない事もない。

 気まぐれで、聞いてみたんだ。

 『sagacity』は、未来予知なんてできるはずもないのに、『僕を倒すのは、誰?』ってな。

 そうしたら、大学のサーバに残っていたものなのか……誰か顔見知りが保管していたデータから引っ張ってきたのか知らないが、昔の僕らが並んで映る写真が表示されていた。

 大学時代に、集合写真を撮る機会があって、僕が無理に、天王寺先輩の横に立った写真だ。

 最初に『sagacity』に尋ねた時は、僕の顔が半分隠れていて、天王寺先輩の顔がとても鮮明に表示されていた。

 ……タケが、天王寺先輩を確保したという連絡をくれた直後に、もう一度ためしてみた。

 僕の顔の方がちゃんと表示されていて、彼女の顔は半分隠れていた。

 ――きっと、ネットとかで気楽にできる、占い程度の話なんだと思う……。

 僕が、僕に倒されるのは、当たり前だろ。

 いつか、老いか、病に打ち破られる。

 ……彼女、子供の事はとても愛してる。もっと増えたら、とても戦場には戻る事ができなくなるだろうし、いつしか、僕を倒す事など忘れて、ただの母親になるかもしれない。

 その時、『sagacity』は、なんて言うのだろう?

 時間が経てば経つほど、たくさんデータが蓄積されて、より緻密な処理ができるようになっているはず。

 『僕を倒すのは僕だけ』になる日が来るのか、知りたい」


「『sagacity』は、閣下も仰る通りに、未来予知なんてできるはずないと思います。

 ただ、お考えは理解しました。

 今夜は、これで失礼致します。御二人で、どうぞ良い夜を――」


「あ、タケ。

 今日は少し早めに下がるんだから、明日の準備をしておいてもらっていいか?

 天王寺先輩は、簡単には懲りない方なので、そこが魅力で、もっと追い詰めたいから、失敗は、大成功だと思っているが。

 ……僕の趣味趣向など、聞きたくないという顔をするな!

 竹内イチロウ。

 お前だから許すが、無礼極まりない行為だっ!

 ふん。

 例の男、名前は忘れた。

 明日にする。

 彼女に見せつけてやろう!

 いいだろっ。

 彼女だって、自分を売り飛ばした男の最期なんて、気にする必要はないから――。

 天王寺先輩――他人が消えるのは、嫌みたいだから、それなりに効果があると思うんだ」


「あの男ですね。

 はした金で、自分たちの軍師でもあった、天王寺アリスさんの居場所を教えてくれた――『sagacity』に選ばれた者という言い方でもしてやりましょうか?

 この竹内イチロウに言わせると、ただのクズで、反乱分子の連中からしても、ああいう人物は、いずれ自分たちの首を絞める存在になっていたと思うので、正直こちらからゴミ処理代でも請求してやりたいぐらいです。

 あー。

 言われてみれば、私も名前は忘れました。

 顔の彫りが浅く、鼻が低くて、どこかに紛れると分かりにくくなりそうな……そんな感じだったと思いますけど。

 もう二度と会う事もなくなる相手の名前を、いちいちおぼえていたらキリがないので、どうでもいいですね。

 御意のとおりに。

 エリオット・ジールゲン閣下の御心おこころのままになるように、取り計らっておきます――」


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