エリオットの『仕事』、ルイーナの名の由来
The Sky of Parts[03]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。
「ルイーナに、名前の由来の話をしてあげたらどうだ?
いちおうおぼえていたが、本当に込められた想いは、名付けた君にしか伝えられないと思って、しっかり語ってやった事はないから。
じゃあ、『仕事』に行ってきます。
『此岸とは思えないような、憫然な光景』を見せつける、立ち会いをしてくる。
ふふ。
それを今の君が阻止できないと思うと、今日はいつもよりも楽しく『仕事』ができそうだ。
ああ。
いい顔してくれたね!
緊張した表情をした直後に、目が潤む天王寺先輩は、何度見ても美しい――。
あはは……おっと。すまない!
ルイーナと二人きりの時間を有意義に過ごして、無意味な自責は負わない方がいい。
たまたま僕の口から聞いてしまっただけで、天王寺先輩が帰ってきてる事に関係なく、元々決まっていたんだから!
この世で最も安全なのは、このタワー『スカイ・オブ・パーツ』。
外は、危険がいっぱいだ。
だから、僕の大事な二人を一生、外に出すわけにはいかない。
――でも、君が、僕の代わりに、『此岸とは思えないような、憫然な光景』を見せつける号令を下してくれるのなら……このまま外に出してあげてもいい。
どうする?
くく……。
そのコーヒーカップ、割れない素材だから――。
食べ終わっているようだから、フォークもナイフも陶器の皿も、僕しか手の届かないところに下げておいて良かった。このまま、食洗器に入れてロックかけていくから。
『敵対』してるから、悪ふざけを思いついて、衝動的に何かされると怖いからな」
「父上、いってらっしゃ……母上? どうしました!
急に後ろから抱きしめられて驚きました……」
「じゃあ、また夜。
ルイーナ。父上がお出かけだから、その間に悪い奴らが来ると怖い。
リビングの外から鍵をかけていく。
お部屋に忘れ物があっても、悪いが、夜まで取りにはいけない。
母上がいるから、時間を潰すようなものは必要ないと思うが」
「母上、ボクの顔を隠さないで下さい!
父上に、手を振ろうとしたのに……母上? 泣いてる?」
「……ごめん。
ミューリーやあの人が死んだのも……私が、作戦を立てるのに手間取っていたから……エルリーンも……ごめんね。
私の迷いが……原因。
誰一人として助けられていない……ルイーナだって、外に連れて行ってあげられない……」
「エルリーンって、誰?
ボクの部屋からも、お外が見えるよ。
ちゃんと外の空気を吸って、光を浴びなさいって、父上に言われてるから、窓はこまめに開けてる。
たまに、窓の外に幕が下りてきていて――何も見えなくなるし、鍵が動かない事があるけど――それは、嵐が来るからなんだって。
お部屋のお風呂は、リビングのお風呂よりは少し狭い。けど、お部屋にしばらくいなきゃいけない時は、一人きりだから、広すぎると寂しくなっちゃうからいいかなって。
……母上……また泣いているの……?」
「今……もっと辛い気持ちになったけど、泣いていてはダメね……あいつは部屋から出て行ったけど……きっと、これを監視カメラとかで見られてるから……。
うん。
せっかくルイーナがいるんだから、笑っていた方が良いわね。
泣き崩れていたら、『敵対』相手の思うつぼだわ。
……でも、もうちょっとだけ、強く抱いていてもいい?
昨日は、しっかり抱きしめてあげられなかったから。その純真な気持ちがあふれるような、きれいな青い瞳を、もっとしっかりと母さんに見せて」
「うん。でも、正面向いて抱きしめて頂いてもいいですか?
母上の顔を近くで感じたい。
うわっ。母上!
ボクから言ったけど、そんなに急いで前に回って、強く抱きしめないで下さい。ちょっと痛い!」
「ごめん、ごめん。
赤ちゃんの時以来だから……うまく抱っこできなくて。
ミルクをたくさん飲まないから、心配してたけど、大きくなったわね」
「牛乳を毎日飲んでますけど、なかなか父上やタケの背を追い越せません。
タケもですけど、父上はスラっとしてる割には、肩にもしっかり筋肉ついてるし、いつか、ボクもあんな大人になれるのかな?
母上やタケは、ボクよりも背が高いけど、父上はもっと高い。
あ、強そうな男になりたいのは、母上を護りたいからです!
悪いヤツらの手に、二度と母上が渡らないように、ボクが護ります!
うわわわわっ。
ちょっと母上、顔近すぎです!
あの……このままだと、その……唇がくっついてしまいそうです……えっと、本で読んだだけだけど……それは、きっと恥ずかしいです……」
「ルイーナ。
あなたが、私の最高のナイトに成長していてくれて、嬉しすぎたのかも……。
ソファに移動しようか。
そうだ!
名前をどうして付けたか――知りたいの?」
「あ。はい。
何か母上にとって、特別な意味があるみたいで、ぜひ知りたいと思っていました!」
「分かったわ。少し面倒で長い話。
意味としては『ruina』をベースにしたのだけど、スペルとしては、月を表現する『luna』を使って、『Luina』。
『ruina』は、廃墟、混沌、破壊などの――一般的には良くないと思われるような意味の単語。
――だけど、これは『ゼロ』であり、『全ての出発点』という想いを母さんは込めた。
あなたが生まれた夜が、ちょうど新月だった。
新月は、すべてが消えて、それから初めて見える月の事。
生まれたばかりで、頼りないほどだけど、もう月明かりは降り注いでいるの。
真ん中に『私は』、つまり自身をあらわす『I』。宙に悠然と輝く月の中に、あなたがいる――。
月夜は、虚ろで、がらんどうだと感じる事もあるかもしれない。けれど、それを、あなたが存在する事で、煌めく空間に変化させられる。
そんな子に育ってほしいなと思って、名前を決めたの。
あとは、私の父方の祖先の言葉――そうか、あなたにとってはおじい様になるのね!
両親を失った晩は、満月だった。
それ以来、月が満たされるのが嫌いになった。でも、あなたが母さんのおなかに来てくれて、また月を愛せるようになっていった。だから、月に『愛』を、『i』という文字を入れておこうと思ったの」
「……あ。
ごめんなさい。
ずっと黙ったまま聞いてました。
ボク、すごく母上に愛されていたんだなって……あれ、涙が出てきてる。
父上は、ずっとボクのそばにいてくれたけど、母上にはお会いできなくて……愛されているか、聞けなかったから。
……うわっ。
母上、ちょっと痛いです!
けど――今は、このまま抱きしめていて下さい!」
「うん。私の方こそ、しばらく抱きしめさせてね……ルイーナ」
* * * * *
「閣下。少し驚きました。
……まさか、天王寺アリスさん用に、特別に用意した……その『粉チーズもどき』の筒を、ルイーナ様に手渡しさせるとは思いませんでした」
「違うよ、タケ。
ルイーナが間違えて手にして、間違えて母上に渡してしまっただけで、僕は、口も手も出してない。
チーズ好きな彼女が、無謀に口にしてしまっただけの話さ」
「分かりました……。
我が主たるエリオット・ジールゲン閣下が仰るのでしたら、そういう事ですね。
配下である竹内イチロウが、無用な発言を致しました。お許し下さい。
それにしても、この女……朝もですけど、夕食時も、なんとか堪え忍びましたけど、監視カメラのモニタで見ていて、何度も踏み込んで、討ち果たしてやりたいと思いました!
――閣下に対する無礼の数々……今日は、その薬だけでよろしいのですか?
昨晩の続きをするなら、すぐに準備はできます。
今度は、十分な量にする事も可能です!」
「ルイーナが前から言うんだ。
本で読んだのだろうけど――弟か妹がほしいって」
「……とりあえず。
ルイーナ様のお部屋には、今夜は、外から鍵をかけておきました。
お食事中に寝てしまわれるぐらいに、母上さまがお疲れ過ぎているようなので、部屋で大人しくしてるとは言っていましたが。
閣下。
――ご命令のままに、いろいろ調べましたけど……こういうのは、できれば御自分でお考えになって下さい!
用意は致しますから!」
「タケ、昨日は乗り気だったのに、今日は異を唱えるのか?
この女の事だ。
きっと、今日の方が嫌な思いをするはずだが?」
「もう、何も申しません!
配下である竹内イチロウが、無用な発言を致しました。お許し下さい!
昨日のは、私がうっかりするだけで、この女――天王寺アリスを消せそうで、楽しい限りでしたが」
「が? もういい、お前も出ていけ。
劣化版とはいえ『sagacity』のバックアップをいくつも発見し、その一つのクラッキングを成功させ、本体の稼働を狂わすつもりでいたような、恐ろしい女の尋問は、このエリオット・ジールゲンが直々にしてやる!
だが、バックアップ経路からの逆流には、劣化『sagacity』の足元作業が必要だと、押収した作戦書には書かれていたな。
それを天王寺先輩自身がやるつもりだったらしい。
その間に、反乱分子の連中に、このタワー『スカイ・オブ・パーツ』にある『sagacity』本体を攻撃させるつもりだったらしいが……よく考えてみると、結局は、ぐったりして、僕に抱きあげられている――今という時間に辿り着いていたのかもしれないという事だ。
ふふ。
『sagacity』本体が破壊される、我々にとっての最悪ルートには到達せず、反乱分子の連中を壊滅に追い込んだ上で……この女が自ら、我々の施設に足を運んでくれたという事実を残し、僕の手の中に堕ちていたのかもしれない。
そんなルートも良かった。
しまった!
天王寺先輩を、もう少し泳がせておくべきだったか。
あはは!
運命を感じないか?
まるで八年前と同じなんて――」
「はいはい。分かりました。
……しかし、閣下。
その女を、高度戦略システム『sagacity』は消せと言っている事を、絶対にお忘れにならないで下さいね」
「タケ。僕は、その事を、いつだって忘れてはいない。
――ただ……面白いものを見たんだ」
「面白いもの?」
「『sagacity』は、戦争の為のデータ処理に特化している。だが、その演算が他に使えない事もない。
気まぐれで、聞いてみたんだ。
『sagacity』は、未来予知なんてできるはずもないのに、『僕を倒すのは、誰?』ってな。
そうしたら、大学のサーバに残っていたものなのか……誰か顔見知りが保管していたデータから引っ張ってきたのか知らないが、昔の僕らが並んで映る写真が表示されていた。
大学時代に、集合写真を撮る機会があって、僕が無理に、天王寺先輩の横に立った写真だ。
最初に『sagacity』に尋ねた時は、僕の顔が半分隠れていて、天王寺先輩の顔がとても鮮明に表示されていた。
……タケが、天王寺先輩を確保したという連絡をくれた直後に、もう一度ためしてみた。
僕の顔の方がちゃんと表示されていて、彼女の顔は半分隠れていた。
――きっと、ネットとかで気楽にできる、占い程度の話なんだと思う……。
僕が、僕に倒されるのは、当たり前だろ。
いつか、老いか、病に打ち破られる。
……彼女、子供の事はとても愛してる。もっと増えたら、とても戦場には戻る事ができなくなるだろうし、いつしか、僕を倒す事など忘れて、ただの母親になるかもしれない。
その時、『sagacity』は、なんて言うのだろう?
時間が経てば経つほど、たくさんデータが蓄積されて、より緻密な処理ができるようになっているはず。
『僕を倒すのは僕だけ』になる日が来るのか、知りたい」
「『sagacity』は、閣下も仰る通りに、未来予知なんてできるはずないと思います。
ただ、お考えは理解しました。
今夜は、これで失礼致します。御二人で、どうぞ良い夜を――」
「あ、タケ。
今日は少し早めに下がるんだから、明日の準備をしておいてもらっていいか?
天王寺先輩は、簡単には懲りない方なので、そこが魅力で、もっと追い詰めたいから、失敗は、大成功だと思っているが。
……僕の趣味趣向など、聞きたくないという顔をするな!
竹内イチロウ。
お前だから許すが、無礼極まりない行為だっ!
ふん。
例の男、名前は忘れた。
明日にする。
彼女に見せつけてやろう!
いいだろっ。
彼女だって、自分を売り飛ばした男の最期なんて、気にする必要はないから――。
天王寺先輩――他人が消えるのは、嫌みたいだから、それなりに効果があると思うんだ」
「あの男ですね。
はした金で、自分たちの軍師でもあった、天王寺アリスさんの居場所を教えてくれた――『sagacity』に選ばれた者という言い方でもしてやりましょうか?
この竹内イチロウに言わせると、ただのクズで、反乱分子の連中からしても、ああいう人物は、いずれ自分たちの首を絞める存在になっていたと思うので、正直こちらからゴミ処理代でも請求してやりたいぐらいです。
あー。
言われてみれば、私も名前は忘れました。
顔の彫りが浅く、鼻が低くて、どこかに紛れると分かりにくくなりそうな……そんな感じだったと思いますけど。
もう二度と会う事もなくなる相手の名前を、いちいちおぼえていたらキリがないので、どうでもいいですね。
御意のとおりに。
エリオット・ジールゲン閣下の御心のままになるように、取り計らっておきます――」