黙
The Sky of Parts[31]
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
【!】『対話体小説』の読みにくさを軽減させる為、独自の「改行ルール」、「句点ルール」を使っています。
『天王寺先輩。また来るから。お大事に。
じゃあ。
……まったく、この高熱……いつになったら下がるんだ……』
『閣下。
お越しになっていたんですね。天王寺アリスさんの様子、どうでしたか?』
『どうもこうもない。三十九度前半の高熱が続いていて……意識が朦朧としていて。
――タケ。
昼間、天王寺先輩の処置に全力を尽くしてくれた事、感謝している』
『ありがとうございます。
四十度に達するとは……肺の炎症や感染症なども疑ってみたのですが、どれも陰性で、妊娠している事以外に原因が考えられません。
閣下も、遠隔でモニタリングしてくださっていたようですが、腹の御子は、とても元気なようです。
――宿る身が、あの状態なのに、不思議なぐらいに。
母体……天王寺アリスさんの方は、あんな状態なのに。
あれでも、今は落ち着いていると思います。妊娠末期に入っているので、使える薬品が限られていまして……その……あの』
『僕とて、そんな事ぐらいは、分かっている。
その上、使える薬が、どうにも効果がないのもな……』
『御子、もう御一人で大丈夫だと思いますが……母体があの状態だと、どうしてよいやら』
『――僕も考えておく。決断するか、という意味でな。
タケ。
天王寺先輩の容体が急変した場合、悪いが真夜中でも呼びつけさせてもらう』
『閣下。御心を、強くお持ちください。
きっと、大丈夫です』
『……ああ』
* * * * *
「やあ、御二人とも、久しぶり。
タワー『スカイ・オブ・パーツ』へ、ようこそ。
あれ?
Luna。この前、会った時よりも、身長が伸びたんじゃないか?
――とりあえず、座って。
ヘリや公共交通機関での長旅で、疲れていないかな?
ジュースのおかわりは自由で、お菓子も好きなだけどうぞ。パフェは、重要な話が終わった後で、運ばせるよ」
「おおっ!
整髪料のにおい振りまくスーツにネクタイ野郎にも、ルイの身長が伸びたのが分かるんだ!
そう、二センチっ!
二センチも、伸びてたんだ! 百五十センチ丁度になったんだ!
夜遊びやめたら、急に身長が伸びてきたんだ!
――それにしても、う~ん! パフェ~楽しみっ」
「へえ。
Luna、最初に会った時の三倍以上に身長が伸びたんだ。大きくなったね」
「タケ……三倍以上になったって……五十センチ以下だったって事じゃないか。
……ああ。
オレが、生まれてすぐって事ね」
「そうそう。
ああ!
もっと小さい頃――器官形成中の写真を見せてもらった事もあるがね。
まあ、座って。
さて、ここからは、世界の代表になっていただくルイーナ様と、軍のトップになっていただく予定のエルリーン・インヴァリッドさんにお話します。
ん?
ルイーナ様、どうしましたか?
きょろきょろして」
「いや。
タワー『スカイ・オブ・パーツ』に、こんな部屋があったんだなって思って。
オレ、三歳から、この塔に住んでいたけど、ずっと上層階にいたから。
Lunaとして、外に出る時も、父上とタケに連れられて、すぐに車に乗せられていたし」
「Lunaとしてアイドル活動中に、レコーディングや民衆に対するメッセージ発信の為、実は、低層階に移動してもらった事はありましたが――御自分が今どこにいるのか、ルイーナ様には、教えていませんでしたから。
ええっと。
ここ、応接室兼、私の執務室になっています。
元が小会議室だったので、前任者――ルイーナ様の御父上の執務室に比べたら、相当見劣りしますがね。
そこのカーテンだって、少し破れているぐらいですから」
「たしかに、あいつの執務室は、豪華だった気がする。
まあ、ルイと二人で、ほぼ強制連行だった上に、ダノンたちに救出されるまでも緊張感いっぱいだったから、記憶が曖昧だけど」
「前任者の執務室のあった場所は、御二人も巻き込まれた『事件』の際に、かなり破壊されてしまっています。
場所として、存在していると思いますが――中層の『sagacity』設置区画が全面封鎖されているので、上層に行くには、ヘリなどを使い、空から侵入するしかありません。
ちなみに、本日も対空ノイズは展開させていただいています」
「タケが、『sagacity』システムを掌握しているの?」
「ルイーナ様。
使用者としての最高権限は、この竹内イチロウに付与されています。
ですがね、『sagacity』の管理者権限アクセスキーを手に入れたつもりが……筐体に近づくには、生体認証が必要らしいですよ。
ね?
使用者最高権限の生体認証は、私に書きかえ可能だったので、普通に使う上で問題ないです。
……はあ。
つまり、いまだにルイーナ様の御父上の考えが、この軍を動かしている状態という事」
「あいつ、あたしには、軍人辞めたから安心しろと、しつこいぐらいに言ってきたけど、嘘だったんだな!
事実上は、軍のトップとして君臨してたって事だろ!」
「どうでしょうかね。
エルリーン・インヴァリッドさん。
たしかに、『sagacity』システムは、あの人の考えのコピー。
ですが、意思決定という意味では、独立しています。
双子というと、表現が正しくないと思いますが、同じ考え方をする人間が二人いたとしても、異なる断を下す。
そんな感じです。
前任者は、『sagacity』を、エルリーン・インヴァリッドさんの好きにしていいと言っていました。
システムに爆弾を仕掛ける逆賊がいるかもしれないので、各地のバックアップは処分しておくとか――現在、軍の管理者である竹内イチロウの耳に、そんな危険な情報が入ってきた気がしますが、きっと、空耳でしょう」
「『sagacity』なんて、あたしはいらないよ!
ルイの歌の録音をずっと流しておいて、居眠りさせてやる!
あいつのコピーなんて、絶対にいらないよ!
ルイに頼んで、こんにゃくのおもちゃも用意してもらうよ!」
「エルリーン・インヴァリッドさんのお好きなように。
話を戻しましょう。
今さらかなと思いますが、自己紹介させていただきます。現在、人間として、軍を管理させていただいている、竹内イチロウです。
私、軍医採用者。
前任者だった頃に、いろいろあったせいで――実権をもらっても、なんとかなってしまっています。
『sagacity』もありますし」
「タケって、軍の中では偉かったんだね。
ずっと、オレと父上のそばにいたし、お医者さんなのも知っていたけど」
「今日から軍のトップをやると言い出して、盲目的に従う者がいるぐらいには、偉かったみたいですね。
ただ、裏方として、ルイーナ様の御父上のそばでの仕事が中心でしたが。
そうだ。
忘れないうちに。
ルイーナ様。Lunaとしての軍属の籍、削除して問題ないですよね?
竹内イチロウのハンコ一つで、処理可能な段階まで進めてあります。というか、削除しておいた方がいいと思います。念の為に、本人確認しているだけです」
「たぶん、問題ないと思うけど……オレじゃよく分からない。
タケ。
うちの両親に聞いて、処理しておいて」
「御両親には、確認が取れているので、削除しておきます。
と、まあ。
事務処理関係は、お任せいただけるのなら、これからもこの竹内イチロウが行っていくので、学業との両立は、可能ですよ。エルリーン・インヴァリッドさん。
――彼氏さんと楽しい時期でしょうしね。
正式なご婚約、おめでとうございます。
軍の関係者の一人としても、御二人のお知り合いとしても、お祝いさせていただきます。前任者の頃、このタワー『スカイ・オブ・パーツ』上層での一件――ご無礼の数々をお許しください」
「許さないけど、許しておくよ!
カッコ、仮、カッコ閉じるぐらいでな!
整髪料のにおい振りまくスーツにネクタイ野郎、で、あたしに何をさせたいわけ?
ルイと一緒の意味で、戦争を止める証として、軍のトップになってほしいって事だから快諾したけど、何をしたらいい?」
「何もしないのが、仕事です。エルリーン・インヴァリッドさん」
「は?」
「就任時に、皆の前で誓っていただきたい。
戦争を再開するかを決めるのは、自分だと。
つまり、エルリーン・インヴァリッドさんが望まない限り、軍は、戦争をする為の武力行使が行えなくなります。
重要な役割ですよ。
貴女の思いによって、世界は、戦火から解放されているのだから」
「……分かった。
それなら、なるよ。
あたしから、父さんを奪った戦争を――間違いなく終わらせられる。確実に、父さんの仇討ちできる。
うん……あたしは、満足だよ。
ルイ。
お前の方が、そんな切ない目をしないでほしいな……あたしが、納得してるんだから、それでいいよ。
あれだ!
ルイと付き合ったから、婚約したから、本当の意味での仇討ちができる事になったんだ。
だから……な!」
「エルリーン……」
「……込み入ったお話は、後で、御二人でしてください。
申し訳ないが、私は――竹内イチロウといたしましては、そういう話題は、得意ではないのでね。
――エルリーン・インヴァリッドさんにも、個人的に、伝えなければいけない事があります。
それは、後ほど。
軍のトップになっていただく件ですが、他には、定例の日に、皆の前で挨拶など願います。
演説原稿は、お任せいただければ、私の方で用意します。
ああ。
貴女のハンコが必要な時には、ご確認の上でよろしくお願いします。貴女には、すべての資料に対するアクセス権限がありますので、閲覧が必要なら仰ってください。
ま。
学業の傍ら、適当に軍の管理方法を勉強していってください」
「勉強か……勉強な……学業以外にも勉強か……あたしが、勉強か」
「前任者いわく、エルリーン・インヴァリッドさんの洞察力は、第六感レベルだから、適当にやっていればどうにかなると、無責任な事を言っていましたけどね。
通勤は、軍の方でヘリや軍用車を用意します。
ええっと。
小耳に挟んだ程度ですが、ハイスクール進学時に、都への引っ越しを考えているとか」
「ダノンの基地、建物としては残すし、住みたい人は、住めばいいらしいけど、ダノン自身は、都に引っ越す事が決定してるから。
だったら、あたしとルイも引っ越そうかなって。
なあ、ルイ」
「うん。
進学先は、ほぼ決定していて、エルリーンと二人で、都に引っ越すつもり。
あ……タケ!
ど、同棲はしないよ……全寮制! 全寮制のハイスクールに進学するって話!」
「全寮制ね……そのお話も、ルイーナ様にしなくてはいけないんですね……」
「ん? どうしたの? タケ」
「……ダノン・イレンズくん。
御二人のいる反乱組織の責任者の人。
統治関連は、彼が代表になるみたいだね。
彼とは、音声通話で、頻繁に連絡を取り合っているが、政をこなせる十分な力があると、私も思うよ。
年若いのに、反乱組織のまとめ役をしていたから、パイプだっていっぱいもっている。
適任ではないかな。
ルイーナ様には、ダノン・イレンズくんとエルリーン・インヴァリッドさんの上に立っていただく形、普通に考えると、総攬者になりますが――政に関与できません。
政治的な権限を持つのは、ダノン・イレンズくん。軍事的な権限を持つのは、エルリーン・インヴァリッドさんという事です」
「タケ。
うん、しっかりと理解しているかって言われると不安だけど、オレ、分かっているつもりだよ」
「実権がない。
失礼な言い方をすればお飾りですが、神の歌声を持つルイーナ様は、世界中の人々から信任を得ている事実があります。これからの時代において、なんらかの形で、地位が必要な存在です。
聞いていると思いますが、御父上の唯一のお血筋なのも、重要です」
「父上が行ったのが悪政であったと、否定していく事。オレができる、オレにしかできない償い」
「そういう事です。
言い方が厳しいかもしれませんが、ルイーナ様は、弾圧政治を指導した人間のすぐ近い血縁者。
何も知らずに育ったのは、この竹内イチロウ、よく存じておりますが――生まれた定めだと思って、腹を括ってください。
むしろ、命が無事だった事、御自分の神通力に感謝した方がよいぐらいだ」
「オレ、男だから――声変わりする。
声変わり後は、みんなの心に届くような歌がうたえるか、分からないけどね……父上と母上が、それを心配して、いろいろしてくれていたとは思ってもみなかった」
「声変わりは、時期や期間、そして、どれぐらい低くなるかは、個人差があると思います。ですが、思春期男子の身体の変化で、必ず発生します。
気になるほどの変化でないだけで、女子にも起こりますが。
伝統ある少年合唱団では、十四歳ぐらいでもう退団だそうです。
変声期は、短期間で終わる場合もありますが、安定するまでに、数年かかると言われています。
その間、声帯が不安定になるので、そもそも歌えなくなる可能性もあります。
カウンターテナー。
女声の高音域が出せる、ソプラニストになるかもしれませんがね。
神通力が残るか、いろいろと未知です。
ルイーナ様。
万が一に備えて、新たな衆望に応える必要があります。御身の為にも、エルリーン・インヴァリッドさんの為にも、そして、世界中の人々の為にもね――」
「タケは、戦争が終わってほしいの?」
「……さあ。
そんな質問にお答えして、意味があるのか。そもそも戦争というものが、必要なのか分かりません。
ですが、ルイーナ様。
この竹内イチロウ、あなたの歌声を聴いて、ルイーナ様が描いていく新世界というものを見てみたくなりました」
「タケ……」
「声が変わったからといって、他者の心に差し響かせる神通力を失うかも分かりません。
ですが、物案じに繋がるような要素は、竹内イチロウといたしましても、少しでも取り除きたいと考えています。
軍の方からも、全面的にバックアップする所存です。
――未来の奥様のお名をお借りして」
「お、奥様っ!
……うん。
ルイ、あたし頑張るわ!
あれ? でも、軍の人たちってどうするのさ?
反乱組織の人間は、適当に就職先さがすとか、そんな感じだけど。あれか、みんなで、廊下掃除でもするのか?」
「エルリーン・インヴァリッドさん。
貴女の義理の母上さまが、資料データ送りつけてきて、言っていました。都では、救急車が病院に到着するまでに時間がかかりすぎているから、暇な軍の人間で交通整理しろと。
あの方、ご自分が拉致された時、軍用車が、何度も、何度も、渋滞にはまったのを、今でも根に持っているんです」
「あ。
そんな使い方OKなんだ!
じゃあさ、がけ崩れがあった時の土砂の撤去とか、洪水で橋が流された時の修理とか、そういう目的で軍の人間を使ってもいいのかな。
反乱組織が解体じゃ、そういうのを、今後は誰がやるんだろうって心配してたんだ。あたしがお願いしたら、やってもらえるのか?」
「……YES。Your Excellency」
「は?
何?
整髪料のにおい振りまくスーツにネクタイ野郎は、なんて、言ってるの?」
「あの、あれだよ。
偉い人に対して使う敬称だよ。ヒントは、タケが、オレの父上を前に呼んでいた、アレ」
「ああっ。『か』から始まるアレね!
あー、ルイの前だから、わざとそういう言い方したのか……なるほど……なんか、あたし、偉い人みたいだ……あはは」
「実際に、貴女は権力者になるんです。
エルリーン・インヴァリッドさん。
今後の話ですが、公式に届く郵便物の宛名に、『H.E.』とついている事があると思います。
『Her Excellency』の省略ですので、お気になさらず。
就任前に、貴女に向かって、右手の拳を握って胸の前につけ、敬礼してくる者がいましたら、軍旗が『E・Z』の頃からの習慣ぐらいに受け止めていただいて――適当に手でも振って、スマイルを心がけてください。
どちらかというと、未来のご夫君のイメージ戦略ぐらいのつもりで」
「軍の為じゃなくて、ルイの為ね。
あたしのやる気を持ち上げる戦法か……整髪料のにおい振りまくスーツにネクタイ野郎は、ちゃっかり者だな。
ま。
恥ずかしさマックスな展開じゃなきゃ、適当に答礼しておいてやるよ」
「私は、下働き歴が長いですし、その方が向いていますので。
仕える者の敵となりそうな相手を密かに排除したり、主君の御心が乱れている時、諫めさせていただいたり、正しい方向に導かせていただくのも、この竹内イチロウの使命だという腹積もりでした。
どんな手段が必要だとしても――。
ふふ……。
でも、失敗でした。
いや、結果として、成功だったのかもしれませんが。
ルイーナ様。
こちらの書類。
私が私的に作った、ある件の資料です――付箋紙が挟んであるページをご覧ください」
「なにこれ?
人の名前とか、使用日? 効果、その後の経過。
あれ?
付箋紙が挟んであるページ、未記入だよ。
タケ。
言われたページは、日付しか記入されていないよ」
「……ルイーナ様。
その日付、見覚えがありませんか?」
「え?
……これ! タケ! これって……え……っ」
「な、なに?
どうしたんだ、ルイ?
あれ、この日付って、ルイの誕生日じゃないか!」
「年は……オレが六歳になった年だ……ど、どういう事……?
タケ。
何を伝えたいんだ! ま、まさか……これって……」
前にも書いたネタですが、現実世界の軍で、上官を呼ぶ時は、
『男性上官』 → 「Yes, sir」
『女性上官』 → 「Yes, ma'am」
女性軍人でも「イエッサー!」と呼ばれたい方はいるみたいなので、フィクションと強調する為「Yes, Your Excellency」を使ってみました。Excellency=閣下。
敬礼は、映画発の演技用。
この物語で使う『劣化』という単語、辞書通りだと使い方ミスなのですが、コンピュータ分野だと『コピー物』っぽい表現になるので、採用しています。
視覚的に伝わりやすい表現を選択するか、辞書通りの意味を重視するか……よく悩みます。
『さま』と『様』、ひらがなか漢字かは、視覚優先で使い分けしています。
竹内イチロウが使う『御』、『ご』『お』を、漢字で書くか、ひらがなで書くかは、相手を尊敬して話しているかなどが関係しています。




