抑圧~【地下室のエリオット】
The Sky of Parts[29]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
【!】『対話体小説』の読みにくさを軽減させる為、独自の「改行ルール」、「句点ルール」を使っています。
【※】あとがきの短編小説の方が長い回です。
「なんだよ……ルイ。
また、あたしが、あいつに、とられてしまいそうで、怖いとか言いたいのか?
心配しすぎだって」
「違う」
「だったら、なに?
とりあえず、アナコンダのぬいぐるみ持ったまま……近づいて来ないで……ルイ。
そんな怖い顔するな……表情がないっていうか、本当に怖い。
違うって断言するぐらいに、理由があるって事?
だったら、はっきり言ってほしい。
どうしちゃったんだよ……ルイ」
「エルリーン。
本当に、オレでいい?
一生、オレと一緒にいてくれる気があるのかどうかって意味」
「う……うん。
いいよ……だから、なんで、こんな事するのか。
ルイ。
お前が、本当は何を言いたいのか、聞かせてほしい」
「分かった。
これは、オレが、オレである為に、伝えておいた方がいいって思って。
包み隠したくないんだ。
エルリーン。
オレが嫌われてしまうのなら――違う意味で、覚悟を決めるよ」
「言っていいよ。
あたしは、ルイには、ルイであってほしいから。そんな真剣な顔するぐらいだから、よっぽどの事なんだろ?」
「うん……ありがとう。
これは、オレが母上と……そして、父上の子なんだっていう意味で……どうしても、どうにもならない事なんだ――」
※『対話体小説』ではありません。台詞部分は、一般的ルールになっています。
※エリオットが、首筋に触れるこんにゃくを恐れるようになった理由にあたるエピソード。シリアスで、割とダークな内容です。
※以下↓のタイトルで、短編としても投稿しました。なので、ここでは、総文字数に含まれない「あとがき」扱いとします。
■【「僕を置いていかないで……」地下室のエリオット】■
ボーン、ボーン、ボーン。
そんな音は、聞こえるはずがない。
ありふれた日常を過ごす為のリビングに置かれた、大きな古時計の響めきなど、あるはずがないのだ。
「お父さん、お母さん……」
目新しさもなければ、奇と感じる事もない。あるのが当たり前であるはずの父母の響めきに包まれる事なく、少年は、自宅の庭に設けられた地下室に独りいた。
「僕だけ、ここにいなさいって……どういう事? お母さん……後で、いつもみたいに呼んでね……エリオットって」
立てた両膝を抱え、冷たい石床に、エリオットという名の幼い少年は、座っていた。
「いつ、いつになったら、僕は、ここから出られるの……どうしたの……何が来るっていうの? 外は、すごく騒がしいよ……静かになるまで出ちゃいけないってどういう事? さっき声がしたよ……『家の中を、見せてもらう!』って、怖い男の人の声が聞こえたよ……何があったの……」
エリオットは、身体を傾けた。
腰をおろす前は少し気になっていた、カビくさい、埃にまみれた石床に、ついに横たわってしまったのだ。
余所行きの上等な白いシャツが、穢されていく。
幼いエリオットの心も、薄汚れていく。
「くらいよ……くらいよ……くらいよ……」
学校からの帰り道、右と左には、縁深い人たち。
繋がるだけで安らぎをおぼえる手が、エリオットの両手を、握っていてくれた。
今は、それがない。
黒い髪が、斜めに垂れ、眼前を遮った。
エリオットは、一度、目を閉じ、邪魔する髪を手で払いのける。再びあたりを映した青い瞳は、やはり怯えの感情を秘めていた。
ダン、ダンッ。
一体、何の音か。
後まで、エリオットは、この時に聞いた、界隈に広がって、すぐに消えた音の正体を知る事はない。
「……お父さん? お母さん?」
青い瞳の少年の口から、そんな言の葉が漏れ出た。
それからすぐに、騒がしさが変わったのだ。基準などなく、類い分けできるものではないが、言うなれば、荒々しくなった。
横になったままの小さな身体が震える。
ボーン、ボーン、ボーン。
エリオットは、心が押し潰され、失われてしまわないよう、聞こえるはずがない音を頭の中に描いた。
だが、思考の処理から外そうとした味を損なう程度の雑味が、毒にまで変化して、少年の心を侵していく。
きしきしきしきしきし。
慄く様を、今すぐ言葉にしろと言われたら、それだ。
心が握られ、原形をとどめないほどに絞られていく。
びしゃびしゃに濡れた布は、捻じられる事によって、水が滴る見せかけからは解放される。
けれども、元がぴたりとした、まっすぐな一枚であったとは思えないほどに、ぐちゃぐちゃな姿を晒す。
「た……助けて……ここは、暗いよ……お父さん、お母さん……早く、迎えに来て……お願いだから……」
がたん……。
がらん。
少年の心深くに刻まれ、決して消える事のない大きな音がしたのは、その刹那。
「うぁあああああああああああっ!」
エリオットは、身を起こし、狭い地下室の中で暴れた。
祖父母がいた頃に、防空壕として作られたと聞くその空間は、役目がない事を祈られたかのように、備蓄食や頃合い違いの衣類をおさめる場所となっていた。
小さな身体が引っ掛かり、棚が震える。
箱は揺れた程度だったが、散で載せられていた幾つかの物が、落ちたり、垂れ下がった。
ね……と……。
「わぁあああああああああっ!」
その時に、エリオットの首筋を掻いたのが、如何なるものか――確認するよりも先に、少年の身体は、別の棚に激しくぶつかっていた。
首の後ろに、疎ましさを抱えたまま、頭上からの荷崩れに襲われる。
どのような様を経て、跪いた姿になったのか、エリオット自身にも記憶がない。石の床で擦れたのか、気づいた時には、膝から少しばかり血があふれていたのだ。
膝上丈のズボンの少年が漏らした小さな悲鳴は、心苦しさそのものだった。
肉体にまで痛みを与えられ、エリオットはまともと言うものを、まるきり失う。
「お……おとうさぁあああああん! おかぁああさぁあああんっ!」
外は、静かとは程遠いと分かっていたが、何もかもが堪えられなくなった青い瞳の少年は、地上に繋がる扉を開ける為の錠を、操作しようとした。
子供の不器用な手で、うまく動かせず、焦りに急き立てられる。
苛立ちがつのり、先ほど感じた首筋への不快感がよみがえり、エリオットの精神は、徐々に損なわれていく。
ね……と……。
腹が立ってくるほど、事が運ばない状況。
恐ろしい物の怪の贄に選ばれ、これから狩られる事を分からせてやると言われながら押された烙印であるかのよう。首筋に残る感覚は、まさにそのような残酷さの根を、心に蔓延らせてくる。
「あ……開いた! お父さん……おかあさ……あ……あ……あああ……っ!」
緋色と灰色で覆われた世界が、幼い少年の青い瞳に映し出される。
その時、エリオットは、真後ろから首筋を射られたと錯覚した。
物理的に何か力がかかった訳ではなかったが、まるで弧でも描くように、エリオットの小さな身体は、仰け反った後に、その場に崩れ落ちた。
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